十五年前の亡霊
烏真は《探索者協会》本部へ来ていた。
昨夜の襲撃事件を受け、朝から建物の周囲は慌ただしかった。協会職員や《探索者》たちが忙しなく行き交い、普段よりも明らかに警備の人数が多い。
その中を、烏真と緋尋は並んで歩いていた。
「それじゃあおじさま、また後で」
「うん」
事情聴取は別室で行われるらしい。
「終わったら入口で待ってます」
「分かったよ」
緋尋は一礼すると、職員に案内されて奥へ消えていった。そして烏真も別の職員に呼ばれ、小さな会議室へ入る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
事情聴取自体は三十分ほどで終わった。
その内容は昨夜の状況や襲撃者についてだった。烏真は聞かれたことに正直に答えた。
そして【§】の刺青。
だが、それよりも最後に現れた男について烏真は逆に質問していた。
「蕃弥 唯一――確かにそう名乗っていましたね」
「やはり……その男でしたか」
記録を取っていた職員の手が止まり、そう言った。
「何者なんですか?」
まるで職員は最初から知っていたような口ぶりだった。向かいに座る中年の職員も静かに息を吐いている。
「知って、いるんですか?」
烏真は眉をひそめる。
「ええ……」
職員は周囲を一度確認すると、声を落とした。
「ですが、この件は外では口にしないでください。情報規制が敷かれていますので」
「規制?」
「一般探索者どころか、多くの職員にも共有されていません」
そこまで言われると、その男の正体を知らぬままではいられなかった。
「そんなに危険な……男なんですか?」
「はい……」
職員は頷いた。
「蕃弥 唯一――《探索者》殺し……という、十五年前に発生した《探索者》殺人事件の犯人です」
職員の持つ資料には、被害者の《探索者》と唯一の顔写真が載っていた。
「《探索者》殺し……」
不愉快極まりない名称だ。
「当時、多くの《探索者》が殺害されました……しかも殺した相手に【§】の文字を刻んでいた異常者ですよ」
職員も眉を顰めながら、
「ですが、彼は捕まらなかった……それどころか、ある時を境に姿を消しました」
机の上に置かれた資料を閉じる。
「ぴたりと被害も途絶え、もしかしたら襲った《探索者》に返り討ちにあったのか……死亡説まで流れていました」
職員は真っ直ぐ烏真を見る。
「しかし、突然また姿を現した……と。生きてたんですね……あの畜生」
職員の口から思わぬ言葉が飛び出したが、烏真は聞かなかったことにした。
「それにしてもどうして情報に規制を?」
「この男も《探索者》なのですよ……」
「ああ……」
《探索者》が《探索者》を殺す。あってはならないことだ。こんなことが公になれば《探索者》という職業のイメージが落ちる。
「ですが《探索者》の評判を守るためだけではありませんよ。当時、犯人の正体も、居場所も、仲間がいるのかも何ひとつわかっていませんでした……そんな状態で事件を公表すれば逆にどうなるかわからず――上は公表を控えたそうです」
「だから……隠した?」
「いえ、そもそも当時は犯人が誰なのかすらわかっていませんでした。わかっていたのは【§】の刺青を遺体に残すことだけ――……」
「ならどうしてこの男が?」
「……突然その蕃弥 唯一が《協会》に直接犯人だと名乗り出だんですよ……それを最後に何故か犯行は止まりました」
「でも、その男も消えてしまった……と」
しかし、犯人を捕まえることはできなかった。そのまま十五年間、隠され続けた情報が公になることもなかった。
「それも……時間の問題でしょうね」
職員の男が大袈裟に溜息を吐く。
「今回は規模が大きすぎます。そもそも私たちもこんな恐ろしい事件、《探索者》のイメージが悪くなったとしても……やはり、人々の知らないところでこんなおぞましい人間のことを隠したままなんて嫌ですよ」
十五年前はこの蕃弥 唯一と名乗る男の単独犯だった。しかし今回は違う。複数の《探索者》たちが一斉に襲われている。
現在の死者は一人。しかし重傷者は複数人出ているとのこと。
そしてその死者は烏真も知っている――支倉 晃だった。
「ニュースで《探索者》が殺されたと報道されていました。やはり、関係あるんですよね?」
「はい……その、言っていいのか――」
「お願いします」
「短い刃物で……腹部を刺され、そのまま滅多刺し――だったそうです」
「酷い……」
烏真の脳裏に晃の笑顔が浮かんでいた。
次に会う時はいっしょにダンジョンに潜る約束もした。しかしそれも叶わない。その未来を奪ったおぞましい存在たちの手によって。
「あとは【REVER§E】というクラン名を名乗っていました……これは何か関係が?」
「……【REVER§E】――その名前はこれまで一度も聞いたことがありませんが……ただ千ヶ峰さまを襲った者らはそう名乗っていたそうですね。他の《探索者》たちも数人、昨日の夜にその集団に襲われています。死者はいなかったようでほっとしていますが」
「もし……」
烏真が口を開く。
「協力できることがあれば、俺も――」
自分から首を突っ込んだようなものだ。ここまで来たら無責任に知らないふりもできない。
何か力になれるなら、烏真も手を貸したかった。《探索者》として出来ることを烏真もしたい。
「ご協力ありがとうございます……ですが、鏑木さまもお気をつけて。あなたも《探索者》なのです。無差別に襲う恐ろしい集団なら――おひとりで動かないように気を付けてください」
「それはもちろん……」
それは守れる約束ではないのだが。
そもそも一緒にダンジョンに潜る相手もいないのだから。しかし、地上ですら襲って来る集団なら、今後は行動には気を付けなければならない。
それから何度か会話を交え、事情聴取は終わった。
「そういえば捕まった男たちからは何か聞けたんですか?」
退出する前に烏真がそう訊くと、職員は隣の職員と顔を見合わせ、目を伏せた。
「それが……突然、悲鳴を上げたと思えば……事切れまして」
「どういう……ことです?」
「わかりません……外傷もなく、ただ眠るように動かなくなりました」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《探索者協会》本部の入口で緋尋が先に待っていた。
「おじさま、お疲れ様です」
「ごめん、待たせちゃったね」
「いいえ、気にしないでください」
イエルは外で待ってくれていた。烏真と緋尋が《協会》を出ると、静かに二人の隣を歩く。
そのまま並んで建物を出る。少し歩いたところで緋尋が尋ねた。
「その……おじさまほんとに良かったんですか?」
「どういうこと?」
「い、いえ……昨日、わたしのクランのリーダーとお話してましたけど、まさか直接会って話をするなんて……」
「電話じゃ話せない内容だって言ってたし」
「その、別におじさまが話す必要は……」
「言ったでしょ。緋尋さんと関係ある話なら断れないよ」
昨日の件――と、言っていた。
もしかしたら《探索者》殺しが絡んだ内容かもしれない。別に一人で犯人を追って捕まえようとは思っていない。
それに相手は集団で、無差別に人を傷つける最低な連中だ。下手に刺激してしまえば何をするかわからない。
「そもそも緋尋さんが所属してるクランのトップの人が俺と会って話がしたいなんて……俺から出向かないと失礼だしね」
「お、おじさまがそうおっしゃるなら……」
「わざわざ来てもらうのも申し訳ないよ」
それ以上、緋尋は何も言わなかった。
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