星空の下で
目も開けられないほどに眩しい光が視界を包む。
その光がゆっくりと消えると、そこには昼間とは違う静けさが広がっていた。緋尋は見たことの無い景色を前に驚いていた。
遠くで聞こえる虫の鳴き声と川のせせらぎ。都会では聞くことのない音が響いている。
「……綺麗」
満天の星が夜空いっぱいに瞬いていた。
都会では決して見ることのできない星たちが広がっている。思わず緋尋は手を伸ばしてしまった。無意識の行動だったことに気づき、慌てて引っ込めた。
「何もないところだけど、静かでいいところだよ」
「何もないなんて……すごく落ち着きます――」
緋尋は首を横に振ってそう言った。
夜空を見上げる。
(おじさまは……毎日こんな景色を見て暮らしてるんだ……)
都心ではビルの灯りに隠れてしまう星々が、ここではどの角度から見渡しても海のように広がっている。
こんな景色を、最後に見たのはいつだっただろう。
《踏破者》としてダンジョンへ潜り続けるうちに時間だけが過ぎていって、いつしか空を見ることもしなくなっていた。
「こっちだよ」
誘われるように烏真の後を追えばすぐ目の前に平屋建ての一軒家が見える。その横には丁寧に手入れされた庭があって、小さな畑には夏野菜が実っていた。
「ここがおじさまの……」
思わずそう口にしていた。烏真が《帰るべき場所》を目の当たりにして緋尋は感慨に耽っていた。
そして玄関の扉が開かれて、イエルが緋尋を誘うように手を繋いでいた。
(思えば……イエルちゃんってどうしてこんなに良くしてくれるんだろ……)
助けてもらったあの日からずっと烏真にもだが、イエルには世話になりっぱなしである。
それに烏真と同じ時間を共にしているだろうし、部外者の緋尋がこんな大切な空間に踏み込んでいいのだろうか――
そんな躊躇う緋尋に対して、イエルは何も言わずに手を引いてくれる。
「ただいま」
烏真が自然に口にする。
中に入れば木の香りがふわりと漂った。
「おかえりなさい」
イエルが即座にそう返すものだからそのやり取りがあまりにも自然で緋尋は思わず微笑んでしまった。
玄関には三人分のスリッパが並べられた。
イエルが一足を持ち上げる。
「緋尋さま、こちらです」
「あ、ありがとう……」
受け取ったスリッパは新品同然だった。
「来客用です」
「え?」
「来客が来る可能性を考慮し、以前購入しました」
烏真が苦笑していた。
「いや、もし誰か来た時に……なんて思ったけど結局使わずじまいだったけどね」
「使用率はゼロですね」
「はは……だから千ヶ峰さんに使ってもらえて良かったよ」
二人のやり取りに、緋尋は思わず笑みを零した。戦いの緊張で強張っていた身体から、少しずつ力が抜けていく。
茶の間に案内されたが都会で住んでいた緋尋にとってはどれも新鮮だ。テレビでしか見たことのない空間が広がっている。
木目のテーブルを囲むように座布団が並べられていた。
「じゃあそこで座って待ってて」
烏真は台所へ向かいながらそう言った。
「さきに夕飯の準備するから――」
話が出来ればそれでよかったのに、気を遣わせてしまい緋尋はすぐに立ち上がる。
「そ、そんな……わたしもお手伝いします」
だが反射的に立ち上がる緋尋に対して烏真は首を振った。
「誘ったのはこっちだから、千ヶ峰さんはお客さんだよ」
「でも……」
「あと……そうだな……」
烏真は緋尋の服へ目を向けた。
砂埃で汚れている。しかし緋尋は烏真の視線に首を傾げる。その様子を横から見ていたイエルはすぐに機転を効かせて動いていた。
「緋尋さま、マスターが夕飯の準備をされている間に入浴されてはいかがでしょう?」
「へ? え、え……で、でも――」
「服も汚れてますから、洗濯もしましょう」
「え? え?? なんで、いきなり……ええ???」
「浴槽に給湯済みです」
「帰ったばっかりだよ!?」
いつの間にと言わんばかりに緋尋はイエルのあまりの手際の良さに驚かされる。だがイエルは緋尋に返事もせず、強引に手を引っ張っている。
「そ、そのぉ……ほんとに、いいんですか……?」
烏真は冷蔵庫から野菜を取り出したまま申し訳なさそうに、
「いや、こっちこそごめんというか……」
家に着いてからというもの、イエルはどこか落ち着かない様子で緋尋を振り回しているように見える。
「イエル、千ヶ峰さんが困ってるよ」
「困っていますか?」
イエルが訊ねるようにそう言うが、
「そうですよね……いきなりこんなことされて、困りますよね」
何も言っていないのに結論を出されている。小動物のように震えて、しょんぼりと頭を垂れている。長い一本の前髪もへにょっと擬音が聴こえてきそうにへたっていた。
「こ、困ってない。困ってないよぉ……その、でも、やっぱりひとりで使うのは気が引けるというか――」
緋尋のその言葉にイエルの眼光が鋭くなった――気がした。そもそも両目が閉じられているのでわからないのだけれど。
「では、私も……入りますので」
「……………………………へ?」
返ってきた言葉が、想像したものとは違ったので緋尋は気の抜けた声を出すことしかできなかった。
「こっちです」
イエルが緋尋の手をそっと握る。
「え、ちょ、ちょっと――」
「こちらです」
そっと握られていた手が強なる。握り返せば壊れてしまいそうな小さな手が、緋尋の手を引き寄せる。
「ま、まってぇ……まだ、心の準備が……」
ぐい、と予想以上の力で引っ張られて緋尋は慌ててついていく。
(え、わたし……イエルちゃんと、お風呂はいるの……?)
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もし良ければ↓↓の☆☆☆☆☆から応援して頂けると嬉しいです。
ブックマークも追加してもらえるとモチベが上がります。
それでは次回もよろしくお願いします。




