凶刃
日が沈み、東京の街はネオンに彩られていた。
ライセンス試験で発生した転移事故を受け、《探索者協会》会長――大堰 継匡自らが記者会見を開いていた。
会場には報道陣が詰めかけ、無数のカメラが壇上へ向けられている。
静まり返った空気の中、会長は深く頭を下げた。
「このたびはライセンス試験において重大な事故を発生させ、多くの探索者の皆様へご迷惑とご心配をお掛けしました」
低く落ち着いた声が会場に響く。
「また、五年前に発生した転移事故につきましても――管理体制の不備を重く受け止めております」
その言葉に、記者席がざわめいた。
五年前にあった事件は上層部でもみ消されていた。記者たちは何のことかわからずこの件に対して質問する者で溢れたが、会長は丁寧に返答していた。
「責任を取り、ワタシは本日をもちまして《探索者協会》会長を辞任いたします」
シャッター音が一斉に鳴り響く。
そこからの質疑応答――再発防止策。今後の調査体制。後任人事。質問一つひとつに誠実に答えた会長は、最後にもう一度だけ深々と頭を下げた。
「探索者が安心して命を預けられる協会を取り戻すこと。それがワタシに残された最後の責任だと考えております」
その姿は、誰の目にも責任感ある老人として映っていた。
責任から逃れるために辞めるのではないと――それはここにいる誰もが理解していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
千ヶ峰 緋尋は会場の一角でじっと会長の記者会見を眺めていた。
その会見が終わり、報道陣が次々と撤収していく。緋尋もクランの仲間たちとも支部の玄関へ向かっていた。
その時だった。
「千ヶ峰くん」
背後から穏やかな声が掛かる。振り返ると、会長が立っていた。
「少しだけ、時間……いいかね?」
緋尋は仲間へ向き直る。
「みんなごめん。少しだけ時間ちょうだい」
他の仲間たちは了承してくれる。
「すぐ行くね」
そのまま仲間たちは先に外へ向かう。それを見届けた会長は、小さく頭を下げた。
「忙しいところ申し訳ないね」
「いえ……その……今回の件は――」
二人は人の少なくなったロビーの隅へ移動した。
緋尋は掛ける言葉が見つからずそのまま口を閉じてしまった。そんな会長もしばらく黙ったままで、何か言葉を探しているようだった。
「千ヶ峰くんには何度も迷惑をかけてばかりだね」
「迷惑……? 会長はわたしに何も――」
だが制するように会長は首を左右に振って、
「五年前の事故についてだよ」
その言葉に緋尋は心臓が跳ねたようだった。どうやらすでに調べはついているらしい。
「でも……会長が謝ることでは——」
「それは違うな」
その声には力がこもっていた。
「ワタシの知らぬところで誰かが苦しみ、誰かの夢を諦めさせた」
緋尋は返す言葉を失う。
「ワタシは《探索者》たちを守るためにこの仕事を続けてきたつもりだったが」
会長は少しだけ目を細める。
「ワタシの目の届かぬところで……ワタシのやり方は間違っていたのかな、と」
どこか自分を責めるような笑みだった。
「ですが、辞任すれば終わりではありません」
緋尋は真っ直ぐな眼差しで会長にそう言った。
「ご存知でしょうが……わたしはその五年前のライセンス試験を受けていた一人です」
もう隠す必要はないと判断して緋尋は言葉を続けた。
「わたしを庇って……ひとりの夢を諦めさせてしまいました」
五年前のことを知っているのなら、烏真もその試験を受けていたことは知っているだろう。だから《ひとり》と緋尋はあえて名前を言わなかった。
五年前のあのとき、原因はなんであれ転移床を踏んだのは緋尋だった。しかしそれを庇ってくれたのが烏真だった。
何故あそこに転移の罠が仕掛けられていたのかも、転移した先の謎の空間も――《中層》にいるはずのないモンスターがいたのか――
「わたしもずっと調べてるんです」
だからこそ緋尋は《踏破者》になり《協会》に最も近いクランに身を置いた。真実には辿りつくために。
いつかこの事故は何故起きたのか――それを知ることが出来ると思っていた。しかし情報は隠蔽され、緋尋はずっと《協会》に対して不信感を抱き続けていた。
しかし何年待てども《協会》は何も怪しい動きを見せることはなく答えは見つからなかった。
「もし……また、おじさまを貶めるようなことをするなら――」
いまの緋尋がいるのはひとえに烏真のおかげである。あのとき庇ってもらわなければ、助けてもらえなければ緋尋はここにはいない。
だから、救ってもらった緋尋は決して烏真を放ってはおけない。
「――――必ず報いは受けてもらいます」
その声は冷たく、いつものような陽の光で照らすような温かさはどこにもない。
まだ本当のことを烏真に言えてない臆病なくせに、それでもこれがもし故意に起きたことならば許せるわけがない。
「……千ヶ峰くん」
会長もいつもと雰囲気の違う緋尋を前に息を呑んでいた。そんな緋尋は自然と背筋を伸ばして、
「……すみません、こんなこと会長さんに言っても仕方のないことなのに」
「君の怒りはもっともだよ――それに鏑木くんにも申し訳ないね……」
会長の口から烏真の名前が出た瞬間、緋尋は無意識に表情を和らげていた。
「いえ……あの方でしたら……きっと『気にしてませんよ』って笑うと思います」
会長は苦く笑った。
「頼もしい限りだ――」
五年前のことも、今回のことも――烏真は誰かを責めることなく、真っ直ぐ見ている。
「これから……どうするんですか?」
それは緋尋の純粋な疑問だった。
「隠居するのはまだ早いだろうね」
そして天井を見つめたまま会長は呟く。
「あのとき何があったのか……何が起きていたのか――辞任するとはいえ、いきなり明日から消えるわけではないからね」
会長は緋尋に向き合うように立っていた。
「残された時間、ワタシも出来ることをやろうと思う」
「わ、わたしも――……」
緋尋も慌てて立ち上がり、
「もし、お力になれることがあれば……」
「ありがとう――でも君は君の出来ることをしたまえ。言葉だけは受け取っておこう」
会長は最後に穏やかに笑う。
「引き留めて悪かったね……夜も遅い、気を付けて帰ってくれたまへ」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございました」
そう言って別れる。
会長はそのまま職員に囲まれながら奥へと消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……待たせちゃったな」
時計を見ると、思っていたより時間が過ぎていた。
緋尋は少し足早に玄関を出る。昼間の喧騒が嘘のように静かだった。報道陣もほとんど帰り、正面には数人の職員が残っているだけ。
ロータリーへ向かって歩く。
クランの仲間が待っているはずだった。
「あれ……?」
停まっている車の中に、自分たちの車がない。
スマホの画面に表示されるメッセージには迎えの車は後続の車両を避けるため、少し離れた場所へ移動すると書かれていた。ホっと小さく息をついた。
「すみません」
前から歩いてきた男性が、小さく会釈する。
仕事帰りの会社員。どこにでもいそうな、特徴のない男だった。
「いえ」
緋尋も軽く身を引き、互いにすれ違う。
——その瞬間だった。
男の右腕が、不自然な軌道で跳ね上がる。次の瞬間、腹部に鈍い衝撃が突き抜ける。
「――――……ッ!!?」
一瞬、呼吸が止まる。
何が起きたのか理解できない。
ただ、男の口元が三日月のように歪んでいた。まるで仕留めたことを確信したように。
緋尋は震える手で、自分の腹部へ視線を落とす。
凶刃が、すぐそこに――
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もし良ければ↓↓の☆☆☆☆☆から応援して頂けると嬉しいです。
ブックマークも追加してもらえるとモチベが上がります。
それでは次回もよろしくお願いします。




