また会いましょう
「いやぁ、びっくりしました! こんなところで会えるなんて!」
「俺も驚いたよ」
烏真が笑うと、晃は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「今日はもう帰るんですか?」
「そうだね」
正直にイエルのことを調べるために見えない入口を探していたとは言えなかった。
「オレも帰るとこだったんですよね」
そう言って、他の二人の男が頭を下げて晃と分かれる。あれは烏真が試験のときに晃といっしょにいた受験者だった。
「そうそう……実はあのあと再試験があって、無事に合格できたっすよ」
「おお……それはめでたい」
あのときは烏真だけがライセンスを受け取る形になったが、後に再試験をしたのはイエルに教えてもらった。
しかし誰が合格したのかまでは知らなかった。
「見てくださいよ!」
晃は取り出した《深層探索者》のライセンスを誇らしげに掲げる。
「おめでとう」
烏真は賞賛の拍手を送っていた。その一言に晃は本当に嬉しそうだった。
「でも、まだまだっすよ」
「ん?」
「《深層》に潜れるようになったから……居ても立っても居られなくて《深層》の入口までは行ったんですけどねぇ……」
晃は苦笑したまま、
「正直、選択肢が広がったと思ったら《超越者》でも生きて帰るのがやっとのダンジョンじゃないっすか……入口まで来たのに怖くてまだ《下層》でレベル上げしてます」
「何もおかしくないよ」
烏真は迷わず頷いた。
「試験官も言ってたでしょ、生きて帰るのが大事だって」
《深層》はまだ何があるか誰一人としてわかっていない。国が派遣した調査隊も全滅し、蛮勇のままに突撃した《探索者》たちも生きて帰ることはなかった。
「闇雲に潜って、それで帰ってこれなかったら大変だ……しっかり準備をしてから進むべきだよ」
烏真と違ってモンスターを倒すだけでレベルが上がるのなら、時間をかけて幾らでもレベルを上げればいい。装備も今よりもっとずっと良いもので固めればいい。
どれだけ奥底へ進めたとしても、帰って来れなければ意味はない。
そんな烏真の言葉に晃の表情は真面目に頷いていた。
「まだ無理だと思うなら行かない。冷静な判断だと思う」
「……うっす」
そして
「もっとレベル上げて、自信がついたら《深層》に挑戦します」
「支倉くんが行けるって思ったときに行けばきっと上手くいくよ」
ふっと笑う烏真。
試験のときはいちばん烏真に対して冷笑し、酷い言葉を投げ掛けられたが烏真は怒ってなどいなかった。
無事に生還できたときは晃はしっかりと謝罪した。
そして今はどんな《探索者》よりも頼もしく見えた。
強くなりたい――烏真もずっと抱いていた感情だ。
しかし烏真と違って晃は遥かに若い。まだまだ時間に余裕がある。きっと烏真よりも素晴らしい《探索者》になれるはずだと。
「そういえば、鏑木さんってソロなんっすか?」
「あー…………」
突然の質問に烏真は発言に迷いが生じた。
若い《探索者》の方が遥かに多い中で、こんな歳のおっさんとパーティを組んでくれる《探索者》なんているわけもなく。
いまはイエルがいてくれるおかげで、恐ろしく快適に活動できてしまっていることもあって晃の問いに対してどう答えていいか困った。
(イエルのことはやっぱり黙っておいたほうがいいだろうし……)
イエル自身が他者と関わることに距離を置く以上、烏真の口からイエルのことを教えることもできない。
「俺もいつか誰かとパーティを組めたらいいなぁ」
「だったらオレと組んでくださいよ」
「俺と?」
まさかそんなことを言ってもらえると思わなかったので烏真は間の抜けた顔をしてしまった。
「でも、オレなんかじゃ……まだまだっすね」
「そんなことない。嬉しいよ。こんなおっさんと組んでくれるなんて」
長い年月、他の《探索者》と共にダンジョンを潜るなんてことは一度もなかった。
「あのときオレは鏑木さんの言葉を無視して別の道を進んだせいで死にかけました。モンスターに捕まって、助けてもらわなかったら……」
晃は頭を下げる。
「いつか絶対、オレ……鏑木さんに恩を返したいんですよ」
「そんなの……気にしなくて――」
「だから、オレがもっと強くなって……いっしょに《深層》に潜ってくれませんか?」
真っ直ぐな瞳でそんな風に言われては、
「もちろん……いっしょに行こう」
とても断れなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ダンジョンから田舎の家までイエルの力を使えば一瞬で帰れるが、さすがに晃が目の前にいる以上、転移して帰ることはできず。
烏真は駅まで晃と共に歩いていた。
信号が赤になり、二人は横断歩道の前で立ち止まる。歩行者用信号が青へ変わるまでの短い時間。支倉は少し照れ臭そうに口を開いた。
「鏑木さん」
「ん?」
「さっきのパーティの件」
突然の言葉だった。
「オレは本気っすから」
「もちろん」
烏真もこれまで一度としてパーティを組んでダンジョンに潜ったことはない。だからこそ晃の誘いは嬉しかった。
「あの時、鏑木さんにはめちゃくちゃ申し訳ないこと言っちゃいましたけど」
能力測定試験に、森のダンジョンでの一件。
「まさかここで会えると思わなかったんで嬉しかったっす」
烏真は少しだけ目を細めた。
「俺もだよ……そう言ってもらえるて嬉しいよ」
そう言うと、支倉は子供のように笑って不思議とこちらまで笑ってしまう。
信号が青へ変わる。ゆっくり横断歩道を渡った。
「あっ、オレ……こっちです」
だが晃は駅の近くのホテルを指差した。どうやらまだ関東に帰るのではなさそうだ。
「次は会う時はもっと強くなってますよ」
「俺もがんばるよ」
烏真も晃のやる気を前に感化されてそう言った。
そして晃は小さくお辞儀をして、ホテルに向かって行くのだがすぐに振り返る。
「次はいっしょにダンジョン潜ってくださいよ!」
大きな声ではっきりとそう言う晃に烏真は手を振る。
「また会いましょう!!」
明るく別れの挨拶をしたまま人混みの中へ駆けて行く。烏真はその背中をしばらく眺めていた。
『初対面のときとは別人のようですね』
人混みの中で姿も声もはっきりと隠したまま認識を阻害するイエルがテレパシーで呟く。
あのときのイエルは晃に対して不快感を露わにしていたが、今はそんな風には感じられなかった。
『あの若さでちゃんとやりたいことを見つけて、叶えようとしてるんだ。俺で良ければいくらでも応援したいよ』
烏真も同じように口には出さず、頭の中で語り掛けるように喋る。そんな烏真は羨ましそうに走っていく晃を見ていた。
いま自分があれぐらいの若さで、同じように成長できれば――違う未来もあったのだろうか。
『帰りましょうマスター』
『そうだね……』
『マスター?』
『ごめん、帰ろう』
小さくなっていく晃の背を見守りながら、そのまま二人は難波ダンジョンに戻り、田舎の家に転移して帰宅するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
穏やかな朝。
いつもと変わらない朝だった。
窓から差し込む朝日が部屋を優しく照らしている。
「おはようございます、マスター」
今日は朝早く野菜を収穫していなかったのかイエルの顔は白く綺麗なままだった。
無意識にテレビの画面を点け、朝の情報番組が流れている。夏休み期間なのもあって関東のテーマーパークの特集や観光名所に触れ回っているが、烏真にはあまり関係のない情報だった。
しかしラジオ感覚でチャンネルはそのままにしたまま今日の天気や各地のイベントが紹介されているのをぼんやりと眺めていた。
「今日は暑くなりそうですね」
「草刈りもしないと……って思ったけど、こうも暑いと後回しにしてしまいそうだよ」
そんな何気ない会話を交わしていると不意にテレビ画面が切り替わる。画面の向こう側で明るかったスタジオの雰囲気が一変した。
『ここで速報です』
切り替わった画面は、白い背景に仰々しくアナウンサーが原稿を両手に座っている。
『昨夜、大阪市内で男性探索者が倒れているのが発見され――』
烏真は画面を見つめたまま、
『その後……死亡が確認されました――』
探索者の死亡事故。
『亡くなったのは、《探索者》支倉 晃さん――』
「…………え?」
手が止まる。
テレビに映っていたのは笑顔を向ける晃の写真だった。テロップには彼の名前が表示され、《死亡》の二文字が映る。
それは昨日、笑顔で別れた――
――「次はいっしょにダンジョン潜ってくださいよ!」――
あの声が、耳の奥で蘇る。
「そんな……」
つい昨日まで笑っていた。
夢を語って――また会いましょうと、約束をした。
「マスター……」
イエルが心配そうに声を掛けるが、さすがの烏真もこればかりはすぐに返事をすることが出来なかった。
烏真の視線はテレビに釘付けになったまま動かない。
『警察は《探索者協会》に協力を要請し、事件と事故の両面から捜査を進めています――』
事件と事故。
その二つの文字が妙に胸へ重く沈んだ。昨日まで確かに生きていた青年の笑顔が脳裏から離れなかった。
昨日まで笑っていた――その事実だけが胸を締め付ける。
烏真は動けずにいた。
ただ昨日交わした約束だけが、頭の中で何度も繰り返されていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もし良ければ↓↓の☆☆☆☆☆から応援して頂けると嬉しいです。
ブックマークも追加してもらえるとモチベが上がります。
それでは次回もよろしくお願いします。




