夢の続き
「会長……」
「本当に来たのか……」
受験者だけではない。救護班も、試験官も、協会職員までもが一斉に姿勢を正す。
現われたのは日本中の《探索者》を束ねる最高責任者――大堰 継匡。
普段は滅多に人前へ姿を見せる人物ではない。そんな人物が自ら試験会場へ足を運んでいる。しかしそんな人物が現れるほどに今回の出来事は異常だった。
会長は受験者たちの前まで歩み寄ると、一人ひとりの顔を静かに見渡した。
包帯を巻かれた者。傷だらけのまま座り込む者。呆然と立ち尽くす者。恐怖が抜け切らず、肩を震わせる者。
その全員を見届けるように視線を巡らせたあと、会長はゆっくりと目を閉じる。
「……まずは全員、生きて帰ってきてくれたことに感謝する」
そう言うと同時に会長は深く頭を下げた。
「――申し訳なかった」
誰も息をすることすら忘れた。
《探索者協会》の頂点に立っている男が受験者へ向かって頭を下げている。その光景を前にして、誰一人として言葉を発することができなかった。
「今回発生した一連の事故は、《探索者協会》の管理不足によるものだ」
静かな声だった。
しかし、その一言一言には責任を負う者としての重みがあった。
「本来、安全であるはずの試験においてこのような事態を招いてしまった」
深々と下げたまま、会長は言葉を続ける。
「《探索者》を志す諸君だけでなく、多大な不安を与えてしまったことを心より謝罪を」
もう一度、頭を下げる。
長い沈黙が流れ、やがて会長は顔を上げてまっすぐ前を見据えていた。
「本日のライセンス試験は中止とする」
その宣言に反論する者はいなかった。
当然だ――あれだけの事故を経験したあとで、続きを受けようと思う者など誰もいない。
「今回の受験については協会が責任を持って対応する」
「試験結果、再試験の日程、負傷者への補償を含め、改めて正式に通達を行う」
会長の両隣にいた幹部たちが今後の方針を告げる。周囲の協会職員たちも真剣な表情で頷いていた。
この場にいる誰もが、この事故の重大さを理解していた。
「また、本件については協会が総力を挙げて原因究明に当たる」
その声はさらに低くなる。
「諸君が遭遇した現象は、本来試験区域で起こるはずのないものだった」
受験者たちの間に緊張が走る。
「現時点では外部から何らかの未知の干渉を受けた可能性も含めて調査を進めている」
その言葉に、会場は再びざわめき始めた。
未知の干渉――協会ですら断定できない異常事態。誰もが不安そうに顔を見合わせる。だが会長はその空気を静かに受け止めるように続けた。
「安心してほしい」
そうはっきりと言葉にして、
「今回と同様の事故が二度と起こらぬよう、《探索者協会》が全責任を持って対応することを……この場で約束する」
その眼には、一切の迷いはなかった。
会長の言葉が終わると、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
受験者たちは互いに顔を見合わせ、小さく息を吐く。
誰一人として行方不明者も死者も出ていないことは不幸中の幸いだった。
「よかった……」
「中止か……」
「生きて帰ってこれただけでも十分だよ……」
不満と安堵の声があちこちから漏れる。
様々な感情が渦巻く中で一人だけ、
「…………」
烏真は黙ったまま会長を見つめていた。
(未知の干渉……)
その言葉が胸に引っ掛かる。
偶然。
その一言で片付けるには、あまりにも出来すぎている。
五年前。
《中層》ライセンス試験では本来存在しないはずの転移床が。
そして今回――試験用ダンジョンへ向かうはずだった受験者たちは、誰も知らない別の場所へと転移させられた。
挙句に現われたのは最も危険な《終焉級》と呼ばれるモンスター。しかも未確認の、誰一人として存在すら知らない怪物。
どちらも試験中。
本来起こるはずのない出来事。
(……偶然、なのか?)
烏真は眉をひそめていた。
(考えすぎか……)
それでも胸騒ぎだけは消えなかった。
ふと隣を見ればイエルも両目は閉じられているはずだが会長に視線を向けているのがわかった。
しかし認識阻害とやらを使って誰にも存在は知られていないはずだというのに会長が現れてからずっと隠れるように烏真の足にしがみついているのは何故なのか。
「……イエル?」
烏真が小さく声を掛けると、イエルは一瞬だけ視線をこちらへ向けていつものように微笑んだ。
「どうしましたか?」
「いや……」
気のせいだったのだろうか。ほんの一瞬だけ、何かを警戒しているように見えた。
「何か気になることでも?」
「うーん……」
烏真は困ったように頭を掻く。
そんな中で会長は一度、受験者たちを見渡したあとゆっくりと歩き出した。向かった先は――烏真の前だった。
周囲がざわつく。
「……え?」
「なぜ会長が……?」
受験者だけでなく、協会職員たちも息を呑む。探索者協会の会長が、一人の受験者へ自ら歩み寄るなど前例のないことだった。
烏真も目を丸くしている。
「えっと……俺ですか?」
「君が……鏑木 烏真くんだね?」
柔和な声だった。しかし、その場にいる誰もが耳を傾けるほどの重みがある。
「はい」
烏真は慌てて姿勢を正し、会長は静かに頷く。
「礼を言わせてほしい」
そう言って、再び頭を下げた。
「受験者たちを救ってくれたこと、心より感謝する」
深く、丁寧な一礼。
その姿に周囲は再びどよめく。
「か、会長が……」
「二回も頭を下げた……」
誰も信じられないものを見るような目で、その光景を見つめていた。
「い、いやっ……」
烏真は慌てて両手を振る。
「頭を上げてください」
しかし会長は深く頭を下げたまま動かない。
「俺は……その、たまたま近くにいただけで――」
「だが行動で示したことで、皆が救われた」
「いや、そもそもどうして俺が……」
別の場所へ転移された受験生や烏真――そして未確認の終焉級。だがその状況は巻き込まれた人間しか知らないはずだ。
だが会長は真っ先に烏真の元へやって来てそう言うのだから動揺してしまう。
「……千ヶ峰くんたちを助けたのも君だろう?」
耳元で誰にも聞こえないように会長がそう言う。
配信の映像はイエルの力によって烏真だと認識できないはずだ。しかし会長は烏真の反応を見て確信したように、
「いや、いいんだ……だが――」
表情が固まる烏真。だがそれ以上、会長はは追及してこなかった。
「君は……《探索者》になりたいんだね?」
「はい」
即答した。どれだけ遠回りをしても、その夢だけはやはり諦めきれそうになかった。
「なら君には、必要だろう?」
静かな一言だった。
会長は懐から一枚のカードを取り出す。
銀色に輝く、小さな金属製のカード。そこには《探索者協会》の紋章が刻まれている。
「試験は中止のはずです……受け取れません」
誰もが今回の事態を深く受け止めている。誰一人として非難することなく、試験の中止に対して反論する者もいない。
「鏑木くん」
会長は強く烏真の手を握って、
「君の勇気ある行動は……評価されるべきだ。いや、君には誰かを救える力があるのだろう……そして今回誰一人として死ぬことなく帰って来てくれた」
そしてライセンスを烏真に無理やり手渡して、
「これは我々協会ができる唯一君に対して出来る謝礼と、謝罪だ」
会長はゆっくりと烏真から離れて、
「君のことは調べさせてもらったよ……もちろん五年前のことも」
その言葉に烏真の肩がぴくりと反応した。
「間違いなく我々《協会》の失態だろう。それを君に押し付けて逃げた。到底許されることではない」
そう言って会長は強く拳を握り締めて、
「五年前の件と前回、千ヶ峰くんたちを助けてくれたこと。そして今回の行動……それらを総合的に判断し、《探索者協会》会長として特例で発行を決定した」
烏真は何も言えなかった。
「規則は人を守るためにある」
会長は後ろで手を組みながら、
「例外はない――と、言いたいがやはり君は例外なのだよ鏑木くん」
烏真は手の中にあるライセンスを見つめる。
諦めようとしたもの。
もう二度と手に入らないと思っていたもの。
だが、それが自分の目の前にある。
「受け取ってくれるかね」
震える手でライセンスを受け取る。金属の冷たさが手のひらに伝わった。
「……でも、俺は」
喉が震える。
自分だけが、そんな特別な扱いで――ライセンスを受け取っていいのか。胸が痛くなった。
しかし、小さく拍手が起きた。
緋尋が後ろで手を叩き――森の中で助けた受験者たちも、不満を唱えることなく祝福するかのように手を叩いていた。
「本当に……?」
思わず漏れたその呟きは、誰に向けたものでもなかった。
「ああ、君も今日から《探索者》だ」
長い年月をかけて追い続けた夢。
しかし諦めたはずだった夢。
もう二度と手に入らないと思っていたもの。
遠い遠い回り道の果て、ついに烏真は辿り着いた。
「……ありがとうございます」
烏真はカードを胸に抱くように握り締め、深く頭を下げた。
その姿を少し離れたところから見ていた緋尋。
(よかった……ほんとうに――――)
緋尋は目元に涙を浮かべて微笑んだ。
イエルはそっと烏真の手を握り締めていた。主が追い求めていた夢が、今日やっと叶ったことが自分のことのように嬉しかった。
ようやく烏真は《探索者》になった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もし良ければ↓↓の☆☆☆☆☆から応援して頂けると嬉しいです。
ブックマークも追加してもらえるとモチベが上がります。
それでは次回もよろしくお願いします。




