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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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見つけました

 ゆっくり……と、まるで長い眠りから目覚めるように女神像の瞳が開いた。


 全身が白い石膏(せっこう)のような見た目で、しかし床に伸びる無数の太いケーブルが女神像の身体に繋がったまま背中から天使の羽根を光の粒子で形成している。


 見開いた瞳の奥から白い光が溢れ出す。


 空間全体が震えた。これをモンスターと呼ぶには違和感があった。まるでロボットだ。


 ゴゴゴゴ――と重い振動が床を伝い、天井から白い砂が舞い落ちる。


「浮くのは反則だろ」


 烏真は思わず後ずさった。


 全高は十メートルはある。これほどまでの大きな装置をどうやってダンジョン内に隠していたのか。そもそもこんなものが暴れたら、他のダンジョンにどれほどの影響を及ぼすか。


 石でも金属でもない未知の物質で創造された白い装甲に覆われて、胸部には無数の青い光が走っている。こんなものがモンスターであってたまるかと烏真は剣を構える。


 女神像は両目を光らせたまま、烏真を見下ろしている。


 そして、


『侵入者、侵入者、侵入者――』


「喋った……?」


 声が響いた。


『侵入者、排除、排除、排除――』


 物騒な言葉ばかり吐き散らかしている。


『防衛機構、起動』


 これはまずい、そう思った。


『対象、排除』


 青く光った胸部が赤く染まった。


 両腕の無い女神像が浮いたまま赤い光の雨を降らせる。


「むちゃくちゃだ」


 雨のように降り注ぐ光線を前に、烏真は地面を蹴った。轟音と共にさっきまで立っていた場所が消し飛んでいる。床が砕け、白い破片が吹き荒れる。


「数が多すぎる……ッ」


 それでも赤い光線の雨を掻い潜り続ける。ひとつでも当たってしまえば即死だろう。肉片も残らない。


 空中に浮いたままただ死の雨を降らせながら、女神像の猛攻が続く。雨のようにばら撒かれる光線とは別に今度は肩から放出される光の刃。逃げれば逃げるだけ女神像の殺意が増していく。


 空間を光の刃が薙ぎ、散弾のような光の雨が床を砕き、ただ小さな命を終らせようと追い詰めていく。それでも烏真は走り、飛び、転がりながら回避を繰り返す。


(どうなってるんだ……)


 明確な殺意が幾度と無く烏真を消し去ろうとしているというのに、長い時間を掛けてモンスターを食ったことで成長することのなかったレベルが上がったせいなのか、それとも見えない入口が見える瞳を手にしたからなのか――


(《《見える》》……)


 左眼が進むべき道筋を教えてくれる。


 放たれる光の刃も、降り注ぐ光の雨も、その一つ一つが死そのものだった。


 それなのに攻撃が放たれた瞬間、まるで数秒先の未来を見せられているように危険な場所は赤く滲み、安全な道だけが自然と浮かび上がる。


 そんな迫る終わりの未来を察知し、死へ繋がる選択を無意識に拒絶するかのように烏真へ警告を送り続けていた。


「落ちろッ!!」


 回避の合間、床を踏み抜くほど強く蹴り飛ばす。砲弾のように跳躍する全身。そしてすかさず烏真は両手で全力を篭めて剣を振る。


 どれだけ浮いていようが女神像は無数のケーブルに繋がったままだった。


 ケーブルを断ち切り、更に高く浮いたままこちらの攻撃が届かない位置から光の雨を撃ち続ければ負けることはないはずだ。なのに、それをしない。


 ならば、烏真が狙うのはたった一つ。


 女神像は腰から下が存在しない。ただ盛り上がった腹部の中に少女を取り込んだまま浮いている。


 無数のケーブルの中でも、太い一本だけが脈動するように青白く光っている。烏真はその最も太いケーブルを狙って剣を振った。


 金属音。


 父の形見の刃が女神像の腰から下に伸びきったケーブルを斬りつけた。だが傷は付いたが表面を削った程度で、切断にはいたらない。


「……硬すぎる――ッ」


 嵐のような猛攻を回避しながら決死の一撃を与えたのに結果は得られない。本当ならばとっくに死んでいる状況だ。それほどまでに敵の攻撃は凶悪だ。


 それでも烏真は避け続け、生き延びていた。


 そして、戦いながら気付く。


「……あれ?」


 女神像の身体に赤い線が見える。


 最初はこんな線はなかったはずだ。更に集中し、意識を女神像に向けることでその点線はやけに鮮明になっていく。


 腕。


 肩。


 首。


 胸。


 そしてそんな女神像を繋ぐケーブルにも無数の線が見える。


 左眼がそれを映し出していた。まるで未来の結果を先に見せるように、その線だけが異様な存在感を放っている。攻撃を当てれば壊れる場所。致命的な損傷へ繋がる経路。そんな情報が理屈抜きで理解できた。


「なんだこれ」


 その線がどうして視界に映し出されているのかはわからない。しかしいまは疑問など意味をなさない。ただ直感だけを信じて動くしかない。



 線を、斬れ――――と。



 女神像が再び無数の光を放つが隙間を潜るように(かわ)しながら、床を強く踏み込んで跳躍した。背中に羽根でも生えたほどに高く飛んでいる。


 そしてそのまま胸部を縦に走る赤い線に向かって剣を振るった。


 バキィッ!!


 女神像の動きが止まる。


『損傷確認』


 胸部の装甲に亀裂が走っている。


『損傷率――7%』


 烏真はその言葉を聞き逃さなかった。


『警告』


 着地。


『警――』


 そこで初めて、女神像の声に焦りが混じった。


「……効いてる」


 そのまま再度跳躍。


 線をなぞるように剣を振っただけだ。しかし確実に攻撃が効いている。ならば、やることは決まっていた。


 腹部の中で(たたず)む少女を助けたかったが女神像の猛攻が激しすぎる。まずは動きを止める方が先だ。


 跳ぶ。


 斬る。


 着地する。


 そして再び、跳ぶ―― 


 その行動が一巡するたびに女神像の全身が見る見るうちに削り取られていくのがわかる。繋がれていたケーブルも斬り離し、浮いていたはずの女神像が墜ちていく。


 床に沈んでも、まだ攻撃を止めることはないが勢いは間違いなく落ちている。放出される光の量が明らかに減っている。


 レベルが上がったおかげでどれだけ無茶な行動を繰り返しても烏真に疲労という言葉が脳裏をかすめることはなく、何度でも、何度でも女神像に攻撃を続ける。


 若かった頃よりも、病気になる前よりも。今の方がずっと動く。


 それが少しだけおかしかった。


「はは……」


 だから思わず笑ってしまう。


 余命残り一年を切ったおっさんが、巨大な機械と戦っている。しかも勝ちそうになっている。人生なんて分からない。


『危険、危険、危険、危険、危険、危険――――』


 烏真の存在を前に、機械が恐怖している。


 壊れたように言葉を並び立てて、しかし烏真は止まらない。その腹部に眠る少女を助けるためだけに動く烏真を決して止めることはできない。


 しかし女神像が最後の光を放つ。


『損傷率――88%』


 白い奔流――口を開き、光が漏れ出る。いや、全身の亀裂から光があふれている。烏真の左眼に映る数秒後の光景が断片的に垣間見えた。


『危険、危険、危険――損傷拡大――危険、危険、危険――中枢損傷――』


 壊れていく女神像が、同じ言葉をばら撒いている。


 そしてその身を白く煌めかせることで烏真自身が焼き尽くされる未来を、そして少女が光に呑まれる未来を左眼はすぐ迫る結果を予兆として映し出し、最も危険な結末を必死に知らせていた。


「自爆するつもりか!?」


 これほどの質量が爆発すれば町そのものにどんな被害を与えるか想像しただけで背筋に悪寒が走った。そして女神像の中には腹部に閉じ込められたままの少女がいる。このまま自爆されると全てが終わってしまう。


「どうする…………」


 迷う。


 それでも烏真は前へ出た。


 避けるのではなく――――《《斬るために》》。


「――――このぉッッッ!!!」


 爆ぜる寸前の女神像に全速力で駆け寄り、父の剣を女神像の胸部めがけて突き立てた。剣の半分が女神像に刺しこまれ、ただ悲鳴を上げ続ける女神像。


 機械の人形が命乞いをするのか――だが、手は止めない。左眼が捉えていたのは赤い線が密集し、最も強く赤く輝いていたから。


 サソリの怪物に最期の一撃を与えたものと同じだ。それが核となる部位なのか、その生命にとって最も重要な部位なのだろうか、その急所となる部位を剣を突き刺す。


 そして、次の瞬間――


 ――バキン、と。


 《《剣が折れた》》。


(ごめん、父さん……)


 父の形見――その剣が砕け散る。


 そして烏真は剣が砕けたと同時にそのまま吹き飛ばされるが、女神像の全身にも亀裂が走った。


『中枢破損』


 ただ静かに終わりを受け入れるように、


『最終防衛機構――停止』


 ゆっくり、ゆっくり……と、白い光が消える。


 ガシャン、と――女神像が音を立てて崩れ落ちる。


 腹部の透明の板が割れて、槽を満たしていた液が零れている。そしてその中から、少女が落ちてくる。


「危ないッ!!」


 床を滑りながら頭から落ちる少女を受け止め、勢いあまってそのまま転がり回った。


 腕の中の少女は眠ったままだった。


 少女は驚くほどに軽かった。眠ってはいるが胸が上下に揺れて、呼吸の音が聞こえる。体温もある。この少女は生きている。まだ、生きている。


 それだけで少し安心した。


 少女の瞼がゆっくりと開き、白金色の双眸(そうぼう)が烏真の瞳が重なった。その視線が烏真の全身を捉えて、


「………………あ、たな、が――――」


 そして沈黙。


 ただ見つめ合ったまま、少女はまるで何かを確かめるように再び両目が閉じられる。


 やがて少女の唇が震えた。


「………………やっと」


 ぽろり、と涙が零れ落ちていた。


「やっと……見つけました」


「……え?」


 烏真には少女の言葉の意味がわからなかった。何を言われたのか、誰と間違えているのか。どちらを意味しているのかわからない。


 しかし少女は答えない。


 ただ少女の両目は閉じられたまま、しかしその閉じられた瞳からは涙が滴っていた。そして大きく息を吸う。両手は祈るように握られたままだった。


 しかし烏真に少女とは初対面だった。


「いや、俺はきみのことを――」


 知っていると言えば嘘になる。


「そんな……」


 その声は震えていた。


 少女はそのまま烏真の胸元に顔を埋めたまま離れない。ただ泣きじゃくる少女を無碍(むげ)に出来なくて、烏真はそんな少女の小さな身体を支えながら崩れていく女神像を見つめていた。


 分からないことだらけだ。


 それでも、この少女を助けられたことだけは確かだった。


 その時だった――左眼の奥が熱を帯びる。傷跡の残る左眼がぴくりと痙攣し、視界の左端がわずかに歪んだ。次の瞬間、焼けつくような激痛が眼窩(がんか)を貫く。


「っ……!?」


 顔をしかめた瞬間、聞き覚えのない機械的な声が脳内に響いた。


 レベルアップのアナウンスとは違う、冷たい声だった。



 ――《不治ふじなる不死ふし》が《()()()()()()()》――



 その瞬間、周囲の音が消えた気がした。崩れる石の音も、少女の嗚咽すらも遠のいていくような。


 ただその言葉だけが何度も繰り返される。まるで何かが、烏真の存在そのものを覗き込みながら囁いているように。


 ――《進行率:31%》


 歪んだ視界のすみに淡々と表示されている。


「……どういうことだよ」


 クエスト名のように表示された文字を前に、何を伝えたいのかわからない烏真はただ嘆息することしか出来なかった。


 そのまま文字は静かに消える。だが、その言葉だけは頭の奥に残り続けた。


 ――《不治なる不死》――


 表示されてはすぐに消えた文字。


 それは呪いなのか、それとも宣告なのか。


 答えはわからない。


 ただ、それは今日始まったものではない。


 最初から烏真の中に存在していたと告げるようだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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それでは次回もよろしくお願いします。

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