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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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蠢く森

 ――フォレストエイプの首が宙を舞った。


 鈍い音を立てて地面へ転がる巨体。それを見つめる男は思わず舌打ちを漏らす。


「……チッ」


 神代 燐牙(かみしろ りんが)。は木の上からその光景を眺めていた。


 試験開始からダンジョンへ移動すれば、《踏破者クリアラー》として数あるダンジョンをクリアし続けてきた燐牙すら潜ったことのない迷いの森へと転移させられた。


 これは既に試験ではないと理解している。


 試験官の姿はどこにもない。出口も見当たらない。だがダンジョンはいつでも不測の事態が起きるものだ。だから強い奴だけが生き残ればいい。


 弱い奴は死ぬ――ここはそんな世界だ。だから興味など無くて、誰が死のうが、自分には関係ない。それでも受験者を守る依頼を頼まれた手前、金も受け取ったし仕事はすると気怠そうに拳銃を構えていたのだが、


「なんなんだよ、あのおっさんは」


 木々の間を駆け抜ける一人のおっさん。魔力はゼロ。スキルもゼロ。


 《探索者》としては最低評価。


 気に入らない――突然現れたおっさんが、燐牙ですら傷ひとつつけることのできなかった終焉級のモンスターを倒し、プライドに傷をつけられた。


 配信でも視聴者を散々煽ったせいで、終焉級の攻撃を一発くらっただけで再起不能にされたことはネットで笑われた。


 そんな燐牙を再起不能にした終焉級のモンスターを烏真は一瞬で倒し、緋尋と共に《奈落》へと落ちていった。


 次に現われたと思えば何食わぬ顔でライセンス試験に受けに来ている。


「……そっちはおっさんに任せりゃいいか」


 遠くから烏真の様子を見つめる燐牙。いきなり飛び出してフォレストエイプの群れを散らした様子を見れば、特に燐牙が出て行く必要もなかった。


「さっさと出口を見つけねぇと……」


 そして受験者をあっという間に救い出した烏真に苦々しく舌打ちをしながら、燐牙はそのまま背中を向けて森の奥へと消えていった。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 フォレストエイプを倒したあと、烏真は周囲にいた受験者へ手を差し伸べていた。


 その内の一人が能力測定で烏真を嘲笑していた茶髪の男だったが、烏真は特に気にもしていなかった。画面に表示された結果は笑われても仕方がない。


 そして受験者のほとんどは烏真と違い、若く未来のある者たちばかりだった。


「助けろなんて言ってねぇ」


 だが烏真は確かに助けを呼ぶ声を耳にした。その言葉がこの男の声でなかったとしても、それでも少しでも力になれるなら――と、駆け付けたのだが。


「その様子なら大丈夫そうだね」


 冷たい言葉を吐かれても烏真は三人の受験者が無傷なのを知り、安心していた。


 よく見れば茶髪の男の手は震えていた。迫りくる死を回避できたが、駆け付けた存在がまさか散々馬鹿にしていた烏真だったことが心底気に入らなかったのだろう。


「ここは危険だ。さっきのモンスターがまた出てくるかもだし……森に擬態している食虫植物もいる。あっちの道なら安全だから――」


 《看破》の力を宿す左眼は正しい道を教えてくれる。


 枝分かれる道の中で烏真が指差す道はツルで進行を遮るように見えるが食虫植物も他のモンスターも隠れていない。

 

「はぁ? 魔力もスキルも無いおっさんがなんでそんなことわかるんだよ」


 不信げに烏真を睨む茶髪の男。それに同調するように他の受験者たちもざわつく。烏真もそれに関しては納得させる言葉を持ち合わせていない。


「オレたちはこっちへ進むぜ」


 茶髪の男は烏真が指差した方とは逆の道を選らんだ。植物が絡むことなく、奥までよく見える開けた道だった。烏真はその道を左眼で見つめる。


 確かに入口付近は特に何もないが――奥に視線を映せば、赤い線が走っていた。


「そっちはダメだ。危険すぎる」


「はっ」


 茶髪の男は鼻で笑う。


「誰がお前なんか信用するかよ」


 そう言って別の道へ足を踏み出す。


「おい、おまえら行こうぜ」


 残りの受験者が一瞬だけ烏真を見つめた。だがすぐに茶髪の男の後を追いかけるように歩こうとするが、烏真には見えている。


 その道は正しくない。それをわかっていて、そのまま見送るようなことはできなかった。


「待ってくれ、そっちは本当にダメなんだ……行っちゃダメだ」


 声のトーンが低くなっているのがわかった。烏真もどうやって説得すればいいかわからなかった。


「命令すんなよ」


「命令じゃない。お願いだよ――」


 烏真は肩を掴んだ。


 しかし、反射的に茶髪の男は武器を抜いていた。銃のような形状をした、魔力を籠めて撃ち出す武器だった。


「さわんなっ! オマエらも……なに立ち止まってんだ!!」


 銃口を烏真に向けたまま、茶髪の男が怒号を吐く。


「でもよぉ……このおっさんがフォレストエイプ倒したし、言ってることがもし本当だったら――」


「もしかしたら……そっちの道は危ないかもしれない」


 残りの受験者は烏真の言葉に揺らいでいた。


「いや……俺が進む道が安全ってわけでもないんだが――そっちはもっと危険だって言いたいんだ」


 左眼が映し出すのは正しい道なのかもしれない。だが完全に身の安全が保障されているというわけではない。


 だがはっきりと危険を知らせる赤い線が蠢いている道をあえて進むのは得策ではないと思って受験者たちに知らせているのだが――その直後、


 ドゴオオオオオオオオオン!!


 森が揺れるような耳を塞ぎたくなる咆哮。獣ではなく金切り声のような不協和音だった。


「な、なんだっ!?」


 茶髪の男が声のする方に視線を向ければ、それは烏真が進むといった道からだった。


「ほら見ろ。危険なのはどっちも同じじゃねぇか」


 烏真は何も言えなかった。


「す、すみません……自分たちはあっちの道に行きます」


「助けてくれて、ありがとうございました」


 そして残りの受験者たちも頭を下げて茶髪の男が進む道へ行ってしまう。


 烏真が進もうとした道の奥から聞こえる謎の声――どの道も結局のところ危険なら、もうこれ以上かける言葉は見つからなかった。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「仕方ない……進もう……」


 烏真とは別の道へと進んで行く背中を見つめたまま、その姿が小さくなって見えなくなってから烏真も静かに歩き出す。


 イエルも隣へ並んだ。終始、認識阻害を使い烏真以外はイエルの存在には気づいていなかった様子。


「マスター」


「ん?」


「マスターが進んでいる道の奥――魔力密度が急激に増加しています」


「それってモンスター?」


「あまりに大きすぎます。隠すこともせず、奥から溢れているような――」


 イエルは閉じた瞳のまま小さく首を横へ振る。


「このダンジョンは私の知る構造をしていません」


「出口が見つからないんだよね」


「はい」


 ふと気になっていたことがある。


「イエル、ここはどの層なの? 下層?? それとも……」


「わかりません」


「イエルにもわからないんだ……」


「はい――私の知らない構造なのです」


 出口のない謎のダンジョン。


 どれだけ歩いても、どれだけ探索しても。まるで何者かが外へ出さないように閉じ込めているようだった。


「……進んで確かめるしかないね」


 その先へ。


 ただ前へ。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 


 ひたすら烏真は森の奥へと進んだ。


 だが続く道の先で烏真に襲い掛かるモンスターが現れることもなかった。しかし森は徐々に姿を変えていった。


 木々は異様に太く。根は地面を這うというより、生き物のように蠢いている。


 花が咲いていれば、どれも人の背丈を遥かに超える巨大な花。鼻をつく甘い匂い。


「ここはいったい……」


 烏真がそう呟いた、その時だった。


「――――いやぁぁぁぁッ!!」


 悲鳴――女性の声がした。


 烏真とイエルが目を合わせた。声がする方に向かって駆け出して木々を抜けた先に広がっていたのは巨大な花園だった。


 そして、その中心。


 何十本もの蔦に身体を拘束された、一人の少女。


 蒼い海のような髪。前髪は右眼が隠れるほど伸びている。黒いジャケットはイバラのようなツルに四肢を拘束されて傷だらけだった。


 悲鳴を上げた本人かはわからないが、意識も朦朧としているのかぐったりとなって動かなくなっていた。烏真のことも気付いていない。


 しかしつたは少女の身体へ食い込み、淡い光が浮かび上がり魔力を吸い上げているように見える。まるで養分にするかのように。


「……あんなところに――」


 大地が揺れて花園全体が脈打ち、巨大な樹木がゆっくりと立ち上がる。まるで森そのものが、一体の怪物だった。


 そして中央にある巨大な花が開き、その花弁の中から植物で人の形を模した怪物が姿を現す。


 よく見れば触手のように拘束されているのは少女だけではなかった。他にも何人もの《探索者》が捕まっている。


 そこでイエルが僅かに声色を変えた。


「マスター」


「あれちょっとデカすぎない……?」


「間違いないです――《《終焉級》》です」


「……ええっ!?」


 二体しか確認されていない階級クラスの名を聞いて、烏真は驚嘆の声を上げる。


「未確認の終焉級です――《迷宮母樹ラビリンス・マザー》」


 それは確認されている二体ではなかった。


「み、未確認……ッ!? どうしてイエルは知ってるの……?」


「本個体は登録個体ではありません」


「え? ど、どういうこと??」


「申し訳ありません。私にもわかりかねます――情報として残っているのですが、その……すみません……」


 初めてイエルが困惑しているように見えた。


「……どうして?」


 自分自身に問い掛けるようにイエルは呟く。


「大丈夫だよ、イエル」


 小さく震えたイエルを前に烏真はそっと肩に手を置いて、


「いまはやるべきことが先だ」


 それが何であれ、危険な存在だということに変わりはない。そして人質のように受験者たちが囚われている。


 もう一つの巨大な花弁がゆっくりと開く。その中心に囚われた蒼い髪の少女を飲み込もうとしていた。


「あの子を、助けないと――」


 ――その一歩が、森を支配する終焉級モンスターとの戦いの始まりだった。

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それでは次回もよろしくお願いします。

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