未知の試験
能力測定を終えた受験者たちは試験官の案内に従って次の会場へと移動を始める。
だがそんな中で烏真が周囲から向けられる視線は、先ほどまでとは違っていた。
レベル【003】――その数字は周りに強烈な印象を残していた。
「魔力もスキルもゼロとか初めて見たな」
「よくここまで来る気になったよな」
「待てよ……レベル3って……この前の深層攻略の配信で映ってたヤツもそうじゃなかったか?」
「でも顔も見た目もなんかボヤけてよくわからなかったな」
「別人に決まってんだろ……終焉級を一人で倒すヤツがなんで試験なんか受けに来てんだよ」
「そりゃそうか」
受験者たちは笑いながら烏真を追い越していく。その声を聞いても、烏真は何も言い返さなかった。
嘲笑や侮蔑など既に受けてきた身としては特に感情が揺れることもなく、それよりも烏真にはずっと引っ掛かっていることがあった
(レベルも低くて、魔力もスキルも無いんだ……試験を受ける資格はない)
それが理由で、これまでもこの先に進むことができなかった。それに加えて五年前の事件で本来なら試験を受けることすら許されていない。
能力を測定し、結果は出ている。それなのに烏真はそのまま他の受験者たちと同じ方向を進んでいる。
試験官もステータスを見た瞬間は不信感を露わにしていたが、そんな表情は嘘のように、そのまま先へ進むように言ってくれた。
『不愉快です』
(え?)
頭の中にイエルの声が響くが、いつもの口調だがその声色は怒気を含んでいるように聞こえる。
『視野が狭すぎます。そんな眼球など捨ててしまえば良いのでは?』
言葉が強すぎる。
(でも……画面に表示された数字を見れば誰でもそう思うさ)
『誤った情報は改めるべきです』
(そうはいっても……)
能力測定の時点で本来ならば烏真は試験を受ける権利はないはずだ。しかし、特に何も言われず、聞かれず、そのまま試験会場へと進んでいる。
(いや……)
イエルの言うとおりだ。
(合格すれば、改められるさ)
数字で全て決められてしまうのなら、結果で何もかも変えてしまえばいい。
せっかくここまで来これたのだ。この舞台に立たせてくれた人たちに報いるためにも烏真は覚悟を決めた。
――祈る前に、手を動かせ。
叶えられなかった《探索者》になる夢のために。
烏真は最後のチャンスに全てを賭けるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
受験者たちが部屋を出ていき、能力測定の部屋には試験官だけが残っていた。
「……ほんとに良かったんですかね?」
一人の試験官が静かに口を開く。
「何がです?」
「見ましたよね? 先ほどの受験者ですよ」
手に持つ端末に表示されている烏真のステータス。そこにはレベル【003】と魔力はゼロ。スキルは無しという見るに堪えない情報が映っている。
「あれでは受験資格を満たしていませんよ。と、いうより《探索者》ですらない」
「それは……分かっていますよ」
年配の試験官は端末の画面を消して、
「ですが、これは会長の命令でして」
「会長の……?」
「《踏破者》千ヶ峰 緋尋より推薦のあった受験者については、必ず実技試験まで受験させるよう……と」
若い試験官は小さく息を呑む。
「あの人……突然、千ヶ峰さんの名前出して……びっくりしましたよ。いったいどういう関係なんです?」
「一端の協会職員が知っているわけないでしょう」
年配の試験官は首を横へ振る。
「だから我々が勝手な判断をすることは許されません」
「では……」
「その能力でどれだけの実力を示せるか、ただそれだけです」
それ以上、この話は続かなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その頃、烏真を含むすべての受験生たちは《探索者協会》本部の地下へと降りていた。
巨大な転移施設には既に多くの受験者が集められていた。
烏真も最後尾へ並びながら、目の前へ広がる光景に思わず息を呑む。
「大きいなぁ……」
ダンジョンの入口は扉のようなものだったり、光が渦巻いているものと様々だが――協会本部は後者のようだ。強固なフェンスで囲い、異常があればすぐに対処できるように武装した職員が何十人も立っている。
普通のライセンス試験とは思えないほど物々しい。
(最近は試験もこんなに大掛かりなんだなぁ……)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方、その頃。
ダンジョン入口に集まる受験者たちをモニター越しで見つめる一人の女性が静かにその様子を見つめていた。
「おじさま……」
緋尋だった。自ら烏真を推薦したが、ここからは本人に全てがかかっている。試験へ口を出すことはできない。だから見守ることしかできなかった。
でも、モニターに映る烏真を見て、
(来てくれたんですね……)
心の中でそう呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
だがもう一人、モニターを見ていた者がいる。
「……チッ」
神代 燐牙がつまらなさそうに腕を組んでいた。
今回の試験では特殊なため《踏破者》が監督役として立ち会う。万が一、受験者では対処できない事態が起きた時のみ介入を許される。
それが燐牙の役目だった。
「なんでオレがそんなことしなくちゃいけねぇんだ」
腕を回す。終焉級に一撃で腕を折られ、なにも出来ず撤退させられた。
それどころかその逃げるための時間は緋尋が稼いでくれたのもあり、更に燐牙を苛立たせた。
「…………」
だが、それよりも最後尾に立っている男。
「……あのおっさん――」
配信アーカイブは非公開。
だが緋尋と同じギルドに所属している燐牙は閲覧を許されてた。
自分をこんな目に遭わせた終焉級《黒甲百足》を、無傷で何事もなく撃破した男――映像はボヤけて判別できないが、はっきりと覚えている。
薄れゆく意識の中でその男の顔だけは見えたからだ。
「なんでここにいる……」
燐牙の目が細くなる。
その視線の先では、何も知らない烏真が緊張した面持ちで周囲を見回していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《探索者協会》本部の地下で全ての受験者が揃い、ダンジョンへと繋がるゲートの前で一人の試験官が前へ進み出る。
「全員揃いましたね……それでは、これから試験説明を始めます」
場の空気が一瞬で張り詰める。
「本試験は――」
試験官は受験者全員を見渡し、静かに告げる。
「《深層探索者》認定試験です」
周りの受験生たちは何食わぬ顔で試験官の言葉を聞いているが烏真だけは目を丸くしていた。
(――《深層探索者》……?)
スクリーンに表示されている《深層》という文字が気になって仕方がない。元より《探索者》でも《深層》に潜っていたはずだ。どうして今になって新たに特殊なライセンスを設けたのだろうか。
「《深層》は《下層》よりも更に危険な場所――未だ何人もの《探索者》が挑むものの生きて帰って来た者はいません。このままでは有能な《探索者》が減少する傾向にあります……ですのでこれを期に許可制としました。この試験に合格した者には、《深層》への探索資格が与えられます」
その瞬間、能力測定で見た《探索者》ライセンス試験とはあまりにもかけ離れてた高レベルの受験者たちを思い出す。
中にはレベル【500】も遠くない強者もいた。
そして「下層で狩っている」と話していた受験者。レベルだけじゃない。装備もなにもかもが明らかに違っていた。
すでに《下層》で戦えるだけの実力を持った者たちばかり――その異様に高い実力を兼ね備えた者たちと一緒にいること自体そもそも場違いなのだと。
自分はなんという勘違いをしていたのか……烏真は下唇を噛み締めた。
これは《探索者》になるためのライセンスではなく、《探索者》が更に奥深く潜る実力があるかをテストする試験なのだと。
(ちょっと待ってくれ……)
今更ながらに烏真は額に汗をかいていた。
(これは普通のライセンス試験じゃないぞ――)
聞き慣れない言葉を耳にしたその時点でわかっていたはずなのに。
ならばどうして自分はこんな大それた試験を受けることが許されたのか頭の上に何個もクエスチョンマークが並んでいるところだ。
しかし、それなら周囲から嘲笑されるのも仕方がないなと――笑うしかなかった。ステータスも見た目も何もかも数字と容姿だけで、何しに来たんだと思われても仕方がない。
試験官は説明を続けた。
「本来の深層攻略は戦闘能力だけでなく判断力、探索能力、生存能力、そして仲間との連携、そのすべてが求められます」
もう一人の試験官が更に言葉を続ける。
「よって、本試験は討伐数だけを競うものではありません」
パーティを組んでいる受験者たちが互いに顔を見合わせる。
「転移先は協会管理下にある《第三演習ダンジョン》です。皆さんにはパーティごとに行動して各所に配置された核を集め、最奥に存在する封印された門の解放を目指していただきます」
映し出される大きな画面には入り組んだ迷路のようなダンジョンと鍵となる宝玉のような色とりどりの核が見えた。
そこで試験官は受験者全員を見渡した。
「深層で最も重要なのは、強さではありません」
一拍置いて、静かに告げる。
「――生還することです」
その言葉に空気が一変した。誰一人として軽口を叩く者はいない。
「《深層》は未だ未知の領域――攻略より今はとにかく情報や素材の回収といった、攻略に繋がる成果を持ち帰ってもらいたく思います」
深層攻略できる《探索者》を多く欲しい《協会本部》はこの試験で《踏破者》のような優れた《探索者》を見つけたいのだろう。
「それでは移動を開始します」
巨大なゲートが低い音を響かせながらゆっくりと開いている。眩い白光が溢れ、先頭のパーティから順番に門をくぐっていく。
「行こう」
最後尾にいた烏真も小さく息を吐き、ダンジョンのゲートに吸い込まれていく他の受験者たちの背中を追うように一歩踏み出した。
身体が光に包まれ、視界が真っ白に染まった。
そして――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
白く眩しい光の向こう側。
身体がふわりと浮き上がるような不思議な感覚。ほんの少しだけ身に染みる浮遊感。
どうやら無事にダンジョンへ移動できたようだが踏み締めたのは土だった。そして草木の香りが鼻をくすぐり、映像でみた迷宮のような構造とはまるでかけ離れていた。
「……あれ?」
顔を上げた烏真は思わず言葉を失う。
目の前に広がっていたのは、試験官が説明したダンジョンとは違いどこまでも続く深い森だった。陽光すら届かないほど生い茂る巨木が並ぶように生えている。
風が揺れる木々のざわめきと、どこからか聞こえる鳥の鳴き声。そして、奥へ続く無数の獣道。とても人の管理がされているとは思えないダンジョンだった。
「明らかに移動先が変化しています」
さすがのイエルも脳内に訴えかけず、直に声を上げて違和感を言葉にしていた。だがそれは烏真も同じ気持ちだった。
そんなイエルはいつものように目は閉じられたままだが周囲をぐるりと見渡しているように見えた。
「マスター……」
「どうしたの?」
「おかしいです」
ほんの少しだけイエルの両目は開いて、
「これは私も初めて見るダンジョンです」
それはイエルですら知らない、誰も踏み入れたことのない森林と化したダンジョンだった。
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