場違いな受験者
受付を突破できた烏真は係員の案内に従って建物の奥へと歩いていた。間違いなく緋尋のおかげなのだろうと、心の奥底で彼女に感謝しつつ進む。
「こちらが控室となります」
重厚な扉が静かに開かれる。
「それでは開始までお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
烏真が頭を下げると、係員は一礼して部屋を後にした。
イエルは《探索者協会》本部についてから一言も発していない。烏真の願いを守るように、横にいるのはわかっているが誰もイエルに気付いていない。
そして控室に入ったと同時に扉が閉まり、部屋中の視線が一斉に烏真へ集まる。
(ううっ……)
思わず肩を縮める。
広い控室には既に多くの受験者が集まっていた。二人組や三人組に、中には五人以上で談笑しているパーティまでいる。
烏真を除いて、そこにいるのは全員がまるで歴戦の《探索者》のようにみえた。鎧のような防具に見たことのない形状の武器まで見える。自分とは住む世界が違うことが伝わってくる。
時間が経つにつれ、ライセンス試験ですらこれほどの実力者が集まるのかと烏真の身体が強張った。
(みんな強そうだぁ……)
自然と周囲を見渡してしまう。そんな中で場違いな軽装で普段着のただのおっさんが一人。
擦り切れた革のジャケットも、何度も補修したズボンに使い込まれたブーツ。ライセンスのいらない上層ではずっとこの装備だった。
終焉級との戦いさえ、この装備だった。帰ってきたあとにイエルが「修繕しておきました」と言ってたけど見た目はボロいままだ。
とにかく周囲と見比べると、どう考えても浮いているわけだ。だが道端の石でも見るように一瞥しただけで、誰一人として烏真に話しかけてくることはなかった。
そこから数分後に再び控室の扉が開き、若い男たちが姿を見せる。しかもわざと進路を塞ぐように一人の茶髪の男が烏真の前へ立った。
「なぁ」
突然、近くにいた若い男が声を掛けてくる。烏真よりも一回りも二回りも若い男たちだった。
「さっき受付でさぁ……千ヶ峰さんって名前出してたよな?」
「あー……はい」
受付の際に間違いなくその名を口にした。
むしろ緋尋のおかげで試験を受けるチャンスを貰えたようなものだし、名を出した時に周囲の何人かは反応していたので隠しようもない。だから烏真は肯定した。
「なんでおっさんがあの世界で十二人しかいない《踏破者》で《探索者》では世界七位の千ヶ峰 緋尋の名前出して顔パスなんだよ」
どうやら名前を告げて受付をパスしたのも見られてしまっているようだった。
しかし烏真もこれに関しては求めている答えを出せずにいる。何せ烏真本人も「どうして?」と言いたいぐらいだ。
「……いや、その――」
上手い返しが思いつかず、
「千ヶ峰さんから……そう言われてね……」
正直に白状した。
受付に着いたら緋尋の名を出せばどうにかなると、そう言われていたので。しかし烏真の言葉を聞いた男は仲間たちと顔を見合わせて笑い出した。
「ないない。同姓同名のそっくりさんか?」
「嘘ついてまでその年でこんなとこくるとか場違いだぜ?」
「そもそもパーティは?」
「いや……俺ひとりだね」
認識阻害によって隣にいるイエルの存在は、誰にも見えていない。だから烏真にはそう答えるしかなかった。
「ははっ!」
更にもう一人の男が吹き出していた。
「さすがに無茶にも程があるだろ!」
その笑い声につられ、周囲もこちらを見る。
「人気者の名前まで出して注目されたいのか? 恥ずかしくて見てられねぇ」
「まったく今年は変なのも受けに来るんだな」
「今回の試験は特別だが、まさか特殊なヤツが来るとは思わなかったぜ」
次々と聞こえてくる笑い声。嘲笑が連鎖して、次第に控室は烏真を一斉に非難するように厭な声で満たされていくのだが、烏真はただ困ったように頭を掻いていた。
(試験を受けに来てるのはみんな若い子たちばかりだし……俺のようなおっさんがライセンス試験を受けるのは特殊なようだ……)
その嘲笑を前に怒りも悲しみもなく否定もできない。
三十九歳になって今年で四十歳になってしまうというのに未だにこの年齢でライセンス試験を受けに来ているのは烏真ただ一人。自分でも場違いだと思っているのだから。
「静粛に」
しかし試験官らしき女性が部屋へ入ってくることで烏真を貶める全ての声は静まった。先ほどまで騒いでいた受験者たちも一瞬で口を閉じた。
「本日はお集まり頂きありがとうございます――」
部屋の空気が引き締まる。
「認定試験の前にまずは能力の測定を行っていただきます……認定試験ではステータスの登録が義務づけられています」
そして試験官が別の扉を指差し、
「事前に登録していただいてる場合はそのまま奥へ進んでください。未登録の方は途中の部屋で新規に登録の方をお願いします」
そのままもう一つの扉が開き、他の受験者たちが慣れた様子で進んでいく。しかし烏真だけが違和感に置き去りにされていた。
(ここからだ……)
イエルと契約したあの日からレベルは上がっているはずだが、それ以外は何も変わっていない。受付はなんとか突破したが、結局ここで終わってしまうのではないかと不安がよぎる。
『マスター』
そこでふと脳内に直接声が響いたような気がした。これまで一切声を掛けてこなかったイエルが烏真に先に進むよう促してくれたのだ。
(びっくりした……て、テレパシーみたいな?)
考え込んでいたせいで烏真は周りの受験者たちよりも遅れて進む。
『……』
イエルは何も言わない。今回はイエルはいないものとして挑むと自分で決めたのにちゃっかり助けてもらっているのでなんとも恥ずかしい。
(行こう……)
周囲は誰一人として臆すことなく前を向いているなかで、通路の途中にある部屋に進んだ。そこには能力を測定する機械が置かれている。
仰々しい機械の中央には球体の結晶のようなものが見える。これに手をかざすとステータスが表示されるのは烏真もさすがに知っている。
測定は既に始まっていた。
「レベル【344】」
「次」
「レベル【387】」
「次」
「レベル【421】」
次々と呼ばれていくレベルの数字を耳にするたびに気が遠くなった。【300】以上は当たり前で【400】を超える者すらいた。思わず烏真は目を丸くした。
(す、すごい……)
烏真のレベルはずっと【50】から上がることなく、イエルと出会ったあの日の三ヶ月の間だけはモンスターを食べてレベルが上がったはずだがきっとこにいる人たちには遠く及ばないだろう。
(いや……そもそもレベル……高すぎないか???)
あまりの周囲のレベルの高さに萎縮してしまいそうになる。《探索者》の試験でここまでレベルを上げる必要があるのかと。そのせいで緊張がさらに大きくなる。
「次」
だが烏真の前に先程、絡んできた茶髪の男が測定器の前に立っていた。
「レベル【452】」
「お、また上がってんじゃん」
「当たり前だろ。どれだけ下層でモンスター狩ってると思ってんだ」
同じパーティの男が表示されるレベルを見て感心していた。自分よりも若くて、しかもどの受験者よりも高いレベルに烏真もまた驚嘆していた。
(待ってくれ、いま下層って言わなかったか……?)
緋尋には試験の日程と場所しか聞いていなかった。試験を受けるなら少しでも情報を得ようと調べてもネット上ではこの試験に関してのことは何も得られなかった。
だが茶髪の男は間違いなく下層でレベルを上げたといっていた。ここにいる人たちはそこまで潜れる強さを持っているということだ。
なら……烏真はなぜこの試験に――だが数字は嘘をつかない。それは幾度と無く思い知らされてきた。
だがここまであまりにも高いレベルの受験者を何度も見続けてしまうとさすがの烏真も心が折れそうだった。
「鏑木 烏真さん」
「は、はい!」
我を忘れてしまっていたが、名を呼ばれて慌てて返事をして測定器の前へ立つ。
「そのまま正面をご覧ください」
「はい……」
淡い光が烏真の身体を包み込む。自分がいまどれだけのレベルなのかわからない。だがたとえ三ヶ月でもレベルは確かに上がっているはずだ。
何年と【50】から上がらなかったレベルは少なくとも上昇していると確信している。
だが、どれだけレベルが上がったとしても魔力もスキルもゼロのままでは《探索者》としては価値がないのも知っている。
それでも、過去の自分よりはきっと変化しているそう信じて測定器に触れていた。機械は静かな電子音を響かせ、正面の大型モニターに結果が表示される。
――レベル【003】
一瞬、部屋が静まり返る。
「……え?」
誰かが呟いた。
「魔力もないし、スキルも?」
そしてついには、
「3……?」
「嘘だろ?」
「レベル3……?」
「おいおい、冗談だよな?」
部屋中が一気にざわめき始める。測定器を見ていた試験官までもが、表示された数字を見つめたまま言葉を失っていた。
だが、測定は続く。無機質な機械音声が、容赦なく結果を読み上げる。
『レベル……003』
『魔力……0』
『スキル……0』
烏真はただ沈黙するしかなかった。
そして――それを見ていた近くの男が非情な言葉を投げ掛ける。
「帰れよ」
誰かの一言をきっかけに部屋中にまた先程の嘲笑で溢れていた。
その笑い声の中で、烏真は申し訳なさそうに小さく頭を下げることしかできなかった。
(おかしい……俺はそもそもレベル【50】だったけど……三ヶ月とはいえ少なくともレベルアップの声を聞いたはずなんだが――)
しかし自身のステータスを見るにはこういった測定器を用いなければ烏真は自分の能力を知ることすら出来なかった。
そして上がることのなかったレベルは【50】から確実に上がっていると思っていたのに、まさか一桁の数字が表示されるとは思っていなかった。
魔力もスキルもやはりゼロのままだ。だけどこれだけは譲れなかった。何度も聞いたレベルアップのアナウンスを、烏真は覚えている。理想でも妄想でもない。
それでも見上げれば残酷な現実を突きつけてくるスクリーンに表示される【003】の数字を見つめることしかできなかった。
(いや……そもそも俺のレベルって……いったいいくつなんだ?)
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