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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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もう一度、その夢へ

 緋尋との通話を終えたあとも、烏真はしばらくスマホを見つめたまま動かなかった。


「まさか試験……が――」


 一週間後に行われる()()()ライセンス試験の話を聞かされて、小さく漏れた烏真の言葉は静かに居間へと消えていく。


 もう二度と縁のない言葉だと思っていた。


 諦めていた――そう思い込むことで、自分を納得させてきた。


「マスター」


 隣に立つイエルが声をかける。


「いかがしますか?」


 烏真は苦笑した。


「そりゃ……チャンスがあるなら、受けたい……かな」


 言葉に迷いこそあれど、心に迷いはなかった。


 しかし烏真は五年前の出来事によって試験を受けられない理由がある。会場に行ったところで門前払いもありうるだろう。


「仮に受けられても……受かるなんて思ってないよ。むしろ落ちる可能性の方が高いと思う」


 それでも烏真はまっすぐ前を向いて、


「だけど……挑戦できるなら、やっぱり受けてみたいね」


 それが今の素直な気持ちだった。その答えにイエルは小さく頷いた。


「緊張していますか?」


「……やっぱりわかる?」


「心拍数が僅かに上昇しています」


「あはは……さすがイエルだね」


 誤魔化せると思っていたが、どうやら無理だったらしい。正直なところ緊張している。もう一度、叶わなかった夢に立ち向かおうとしているのだから。


「千ヶ峰さんとの約束を果たすよ……せっかく用意してくれたんだ。俺も逃げるつもりはない」


 才能がないと諦めていた。環境のせいで背を向けていた。自分にはもう届かない世界だと思い込んでいた。


 だけど、《探索者》になりたいという夢をここで形にしたい。


 だから烏真は試験を受けることにした。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 試験までの一週間は、驚くほどあっという間に過ぎていった。しかし特にこれといって何かしたわけでもない。


 畑に水をやり、少しずつ育つトマトの苗をイエルと眺めて一緒に食卓を囲み、他愛のない話をする。そんな穏やかな毎日はこの先に待ち受ける試験のことなど忘れてしまうほどだった。


 きっとイエルと出会っていなければ――緋尋と約束を交わさなければいまの自分はいないといっても過言ではない。


 そして――試験当日の朝がやってきた。


 まだ空気の冷たさが残る早朝、烏真は玄関に立っていた。


「イエル……お願いがあるんだ」


 出発と同時に烏真はイエルの方を向いて、


「今回は俺一人の力で頑張ってみたいんだ」


 その言葉にイエルは首を傾けている。


「マスターのお力のみで、ですか?」


「そうだね……もし何があっても、試験に関しては見ているだけで頼むよ」


 本当ならイエルがいなければ自分自身の力で合格しなければならない。きっとイエルに頼れば容易に試験を突破できることだろう。


 それでも、これだけは――烏真の持つ力で挑戦したかった。


「当然、私はマスターに従いますが……契約の維持には一定距離以内での同行が必要です」


「そうなんだよね……」


 病の進行は止まっている――しかし、それはイエルとの契約が維持されているからこそだ。イエルを置いて試験会場へ向かうことはできない。


 だが少しだけ考えたイエルは口を開く。


「マスターは覚えていますか? 配信に私たちの顔や情報が全く知られていないことは」


「そういや掲示板でも俺のことは何もバレてなくて驚いたよ」


 緋尋の飛ばしていた配信ドローンによって内容は世界中に流されていたはずなのに烏真もイエルのことも何一つ知られていなかった。


「あれと同じ……認識阻害を私に使用します」


「認識阻害?」


「はい。わたしは常にマスターの近くにおりますが、周囲には認識されません」


「ほんと、イエルはすごいな……」


「もちろん試験には一切介入しません。私はマスターの生命維持のみを目的として同行します」


 その提案に、烏真は少しだけ安心したように笑う。


「じゃあ、それでお願いするよ」


「承知しました」


 イエルは静かに頷いた。


 それと同時に白銀の髪が朝日に溶け込むように輪郭を失っていくように見えた。だが目を凝らしてみればそこにイエルがいるのはわかる。


 烏真はイエルがそこにいると意識しているから理解しているが、何も知らない者ならそこに誰かが立っているとは思わないだろう。


「認識阻害を開始しました」


 輪郭だけがぼやけて見えるイエルが声を発することで烏真にははっきりとそこにイエルがいると認識できる。


「本当に不思議だね」


「マスターは通常通り私を認識できます」


「だいじょうぶ、ありがとうね」


「はい」


 そして戸締まりを確認し、烏真は静かに歩き出した。イエルもすぐ隣を歩いている。誰にも気付かれることなく。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 試験会場は国内でも最も大きい《探索者協会》本部だった。


 関西からさすがに遠い。イエルの転移を使えば一瞬なのかもしれないが、残念だが烏真は関東のダンジョンには足を踏み入れたことがない。


 関東のダンジョンに転移して、そこから協会本部まで移動すればあっという間なのだがイエルの力で転移が可能なのは足を踏み入れたダンジョンのみ。現時点では使えない。


 なので電車を乗り継ぎそのまま新幹線を使って、窓の外を流れる景色を眺める。どれだけ世界がダンジョンに侵食されても移動手段はまるで変わっていない。


 見慣れた風景は少しずつ姿を変え、高層ビルが立ち並ぶ都会の景色へと移り変わっていく。


「遠いねぇ……」


「マスター」


 景色を眺める烏真にイエルが声をかけてくる。


「私は認識されておりませんのでマスターと同じ乗車券を買う必要はないでは?」


「それはダメだよ。無賃乗車になっちゃうからね」


「ですが……」


「ルールは守らないとね」


 一人で喋っているように見えるのではたから見れば烏真がやばい人にしか見えなくなってるのだが。


 ふとそれに気づいて烏真は思わず苦笑していた。声のトーンを更に下げる。


「それより……」


「はい?」


「俺の足の上に乗る方がおかしくない?」


「マスターは周囲からは一人で行動していますので」


「いや、でもちゃんと二席分買ったんだからとなりに座って……」


「もし間違って座られたら私はぺちゃんこになります」


「そんなこと……あるのかなぁ……」


「あります。なのでここが私の席です」


 そう言って強引に会話を終わらされてしまう。


 ただ羽根のように軽いイエルが烏真の足の上に乗ったところで負担ではなかった。イエルの時折見せる想像を超える行動には烏真も項垂れるしかなかった。


 そのまま到着まで烏真はイエルの思うがまま過ごした。ただひたすら流れていく外の景色を眺めていた。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 そして流れるように烏真は関東に到着し、そのまま《探索者協会》の本部へ向かって歩いた。


 東京駅を出てすぐにそれは見えた。烏真とイエルはただ大きくそびえ立つ建物を見上げている。


「ここが……《探索者協会》か……」


 《探索者》になるべく、ついに烏真はこの巨大な建物を前にごくりと喉を鳴らした。終焉級と戦っていたとき以上に緊張している。


 イエルは横にいるが決して声を出さない。烏真の意志を尊重するように、そこにはいないように――


 そのまま大きな門を超えて、正面玄関をくぐる。受付には既に多くの列を作っていた。その姿を見ただけで、思わず肩に力が入る。


(そもそも本当に……受けられるのか……?)


 烏真は過去、試験を受ける権利を失っている。


 緋尋にもそれは伝えている。だが緋尋は試験を受けられると言った――しかし不安は隠し切れず、静かに自分の番を待つ。


 やがて受付係の女性が笑顔を向けた。


「おはようございます……受験表はお持ちですか?」


「あ、あの……」


 持っていない。なにせ緋尋には受けれるということと、日程……そして受付で()()()を告げるようにとだけ言われただけなのである。


 緋尋から電話越しに伝えられていた、たったひとつの言葉。


 本当にそんなことで……半信半疑ではあったが、それでも奔走してくれたであろう緋尋を疑うことはできず、信じてここに来た。


 烏真は少し緊張した様子で頭を下げる。


「せ……千ヶ峰さんから、こちらへ来るように言われまして……」


 その一言で、受付係の表情がわずかに変わった。


 電話で緋尋に言われたこと、それは「受付でわたしの名前を出してください」――、と。たったそれだけだった。


「確認を取ります。少々お待ちください……」


 受付係は奥へと下がっていく。このやり取りを見ていた周囲の人間がざわついたような気がした。



――「いま、千ヶ峰って言ってなかった?」


――「知り合いか?」


――「いや、歳の差……」


――「ってか誰だよ、知ってる?」


――「初めてみた」



 ひそひそと背後で話し声が聞こえる。無理もない。


 《踏破者クリアラー》であり、一桁位の実力を兼ね備え、世界中の人気者である――あの千ヶ峰 緋尋の名が受験票すら持たない冴えないおっさんの口から出てきたのだから。


(うう……奇異の視線が……)


 訝しげに烏真を見る周囲の視線に居たたまれない気持ちになってくる。


 奥へ消えてしまう受付係の背中を見送ってから、早く戻って来てくれと願う烏真は終始落ち着かない様子だった。


(やっぱり何か間違ってたのかな……)


 胸の鼓動が少しだけ速くなる。だが程なくして戻ってきた受付係は、先ほどよりも丁寧に一礼した。


「お待たせいたしました。鏑木 烏真(かぶらぎ からすま)様ですね」


「は、はい」


「お待ちしておりました。千ヶ峰様から伺っております」


「ほ、ほんとうに話が通ってる……」


 自分の力でライセンスを獲得したいが、その試験に挑戦できなければ何も始まらない。結局ここだけは自分の力でどうにも出来なかったので緋尋に心の底から感謝した。


(いい歳したおっさんが……あんな若い子に良くしてもらっていいのかなぁ……いや、ダメだ。合格するんだ――結果で返さないと)


 なんて情けなく思いつつもここまで来れた好機とここで手にするべき結果のために弱い自分を叱咤するように首を左右に振った。


 そしてもうひとりの受付係が烏真の前で会釈してから、そのまま招くように、


「こちらへどうぞ……《深層探索者デ・プレイヤー》認定試験へご案内いたします」


 その言葉を聞いた瞬間、烏真はようやく胸を撫で下ろした。


(ほ、本当に……受けられるんだ)


 受付の時点で門前払いされるとばかり思っていただけに、すんなりと試験を受けられることに驚いた。


 だが、もういちど《探索者》のライセンスを手に入れるチャンスを手にする機会が巡ってきたことに胸が熱くなる。


 しかし受付係の最後の言葉にひっかかった。


(ん? ……《深層探索者デ・プレイヤー》……って、なんだ??)


 知っている言葉なのに、なぜか聞き慣れなかった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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それでは次回もよろしくお願いします。

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