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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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19/20

生き直す日々

 朝日が障子越しに差し込み、小鳥のさえずりが静かな部屋へと響いていた。


 布団の上でゆっくりと目を開けた烏真は、しばらく天井を眺めたままぼんやりと息を吐く。


「……」


 終焉級との戦いから五日ほど経過していた。


 あれほど騒がしかった出来事が嘘のように、今日も田舎は穏やかな朝を迎えていた。


 縁側へ出ると、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。


 着替えてすぐに家の外に出れば、イエルがじっと耕した畑の土をしゃがみ込んで観察していた。


「おはよう、イエル」


「おはようございます、マスター」


 相変わらず表情は変わらない。両目はやっぱり閉じたままだった。


 それでも烏真の声を聞いた瞬間、頭の上で一本だけ伸びた髪がぴこんっと揺れていた。表情も声色も変わらないけれど、その髪が動いてくれるだけで十分だった。


「今日は何をしてるのかな?」


「トマトの成長を観察しています」


「そっか」


「非常に興味深いです」


 あれから緋尋を地上に帰してもらってすぐに烏真もこの田舎の家に帰還した。


 緋尋との約束もある。彼女から何か動きがあるまで烏真はただ信じて待つことにした。


 しかし、特にやることもなく……余命を告げられてからイエルと出会うまでは放置していた畑を耕して苗を買って植えてみればイエルはその日からずっと畑を見ている。


 たったの五日では大きな変化はないが、土から少しだけ伸びた葉を見つめるイエルの横にしゃがんで、いっしょになって眺めてみた。


「これがあのオムライスの上にかけたケチャップの材料になるんですか?」


「そうだよ。トマトが原材料だからね……」


 目は閉じているが、その瞼の奥底は輝いているように見えた。まだ葉のままのトマトをまるで大切な宝物のように見ているような気がして――


(おかしな話だ)


 だが烏真は心の中で首を傾げていた。イエルはダンジョンのことに関してはきっと何でも知っているはずだ。


 それどころか人智を超えた力を持っている。それなのにまるで常識が欠如しているようだ。食べ物のことすら知らない。


 誰も知らない入口の奥で女神像を模った謎の機械の中で眠っていた少女の形をしたダンジョンコア。わからないことが多すぎる。


 そもそもなぜ烏真と契約をしてくれたのか。


 その理由すら、まだはっきりと教えてもらえてない。


 残り僅かな余命が、尽きる筈だった時間を止めてくれたのは感謝している――だから、今はそれだけで烏真も余計なことは考えずにいる。


「とても楽しみです」


 ぴこぴこと一本の前髪が動いたまま、両手を合わせて苗がいつか実る日が来ることを待ち望んでいる。


「そうだね……楽しみだ」


 烏真は小さく笑った。


 世界は突如として現れた終焉級や緋尋の奇跡の生還で騒がしいはずなのに、この場所だけは時間が止まったように静かだった。


 ふと、イエルが烏真へ向き直る。


「本日の体調に異常はありません」


「ありがとう」


「病状にも変化はありません」


 烏真は胸へそっと手を当てた。


 一年前……、余命二年――そう告げられた、あの日。


 そして残り一年を切ったとき、イエルと出会い契約したことで病の進行は止まっている。


 本来ならば余命が尽きて死ぬはずだった。だがまだ時間は残されている。そう思えるだけで十分救われていた。


「進行は停止したままです」


「……治ったわけじゃないもんね」


「はい」


 イエルは静かに答えた。


「完治ではありません。ですが契約が維持される限り進行は停止していますので」


「それで十分だよ」


 本当に、それだけで十分すぎる。


「一年しかないって焦ってた頃より、ずっと贅沢だからね」


 もう一度、空を見上げる。


 青かった。こんな景色を、あと何度見られるのだろう。


(そわそわ)


 なんて擬音が聴こえるような、横でイエルがゆっくり右へ左へ揺れている。


 彼女はダンジョンコアだから食事は必要ないとそう言っていた。それなのになぜか、おかしな挙動をするようになっていた。


 イエルの口からは絶対に言わない――イエル自身が不要であると言ってしまった手前どうしようもないのだろう。


 だから、烏真は小さく笑って、


「朝食がまだだったね、中に戻ろう」


 烏真が食べれば、イエルも食べられる。


 だからいつもこうして烏真から声をかけることでイエルを誘導できる。


「――ん」


 前髪だけが(せわ)しなく揺れていた。


 めちゃくちゃ頭の上の髪の毛がぴょこぴょこ動いていた。


 そんな様子を烏真は見て見ぬフリをして家の中に入った。イエルはほぼ競歩の速度で烏真を追い抜くように行ってしまった。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 きっとイエルと出会っていなければ、食事だって終わりの日を迎えるまでの()()()としてただそれまで死なないためだけに口に入れる作業でしかなかっただろう。


 だけど、イエルが初めて食事をしたときにみたあの反応を見たとき――なんだか自分のことのように嬉しかった。


 烏真からイエルに何かしてあげられることは何もなかったから余計に。


 イエルには助けてもらってばかりだから……せめて自分ができる唯一のことで、イエルを喜ばせてあげられるなら――食事これぐらいは、と。


 ちゃぶ台の上に炊き立ての白米と、焼き鮭に豆腐とわかめの味噌汁に漬物なんて一人のときなら絶対に用意するはずのない献立を並べている。


「いただきます」


「いただきます」


 二人同時に手を合わせる。


 いつの間にかイエルも食事の前の挨拶をするようになって、箸も初日で使いこなしている。


 イエルは小さな口に入るように箸で焼き鮭を小分けして、口の中へと運んでいく。そんな様子を烏真は見ていた。


 はたから見ればこことは違う絵本の中のお姫様のようだ。


 白銀に染まって毛先だけ青く滲んだ髪に、こことは違う材質で出来たワンピースのような服装に、首と胸元に小さく刻まれた紋章。


 そんな烏真をよそにイエルは何度も咀嚼したあとに、味噌汁を一口。


「マスターは、天才です」


「過言だよ……俺が一から作ってる要素はどこにもないからね」


「この味噌汁は至高の一品です」


「インスタントなんだよねぇ……」


 誰でも同じ味になる。


 白米は元々使っていた炊飯器で炊いただけ。焼き鮭も切り身をそのまま焼いただけ。豆腐はパックから出しただけ。漬物も豆腐と同じだ。全て烏真の手から生み出されたものではない。


「おいしいです」


「き、きいてない……」


 しかし烏真の言葉がイエルの耳に届くことはなく、イエルは幸せそうに食事を続けていた。表情は変わらないが、頬は少し赤みをおびているように見える。一本の前髪は……言うまでもない――


 この程度の食事しか烏真には用意できない。


 だが味覚という概念すら無かったであろうイエルが、こうして毎日の食事を楽しみにしてくれているとなると完璧なものは用意できないが、作り甲斐はある。


 だが、これでも割と烏真からすれば妥協ではなく全力なのだが……一人の頃はそもそも朝食なんて食べずに生活していた。


「マスターのおかげで食事という素晴らしい文化に出会えて感動しました」


「はは、それはよかったよ」


 だけど烏真にとってイエルからその台詞を引き出せただけで満足だった。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 食事を終えてから、いっしょに食器を片付けてから烏真が居間に戻ればイエルはスマホをジっと眺めている。


「マスター」


「うん?」


「端末をお借りしてもよろしいでしょうか」


「もちろん」


 別にこれが初めてではない。イエルは烏真のスマホから情報を集めるために貸して欲しいと頼まれることがある。烏真がスマホを差し出すと、イエルは両手で丁寧に受け取る。


「情報収集を開始します」


「気になってたんだけどイエルでもネットって見るんだね」


「人類の通信網は私の管理領域外ですので」


「ネットは見れないんだね……」


「そこまで万能ではありません……ダンジョン内の情報であれば把握できますが人類社会の情報を取得するには通信端末が必要になります」


「なるほど……」


 違いがよくわからないが、ネットを見るにはそれに対応した端末が必要のようである。


 しかし操作方法は一切教えてないのにイエルは慣れた手つきで画面を操作していた。すると終焉級討伐に関する掲示板を表示している。


 そこには今も無数の書き込みが流れ続けている。



――<アーカイブ非公開とか終わってる>


――<あの内容の配信を非公開とかイミフ>


――<みんな003(おっさん)のことばっか書き込んでんじゃん>


――<003(おっさん)とは>


――<レベル3のおっさんが終焉級倒した>


――<レベル3はさすがに盛りすぎw>


――<緋尋が鑑定スキル使ったときに3って言ってただろ>


――<ひひろんを呼び捨てするな×すぞ>


――<信者こっわ>


――<肝心の【ver.horogram】のメンツはフルボッコにされてたからな>


――<でも、ひひろんが時間稼いだおかげでおっさん間に合ったからな>


――<ボロボロになってギリギリのとこで助けに来ただけやろ>


――<十三人目の踏破者とか言われてて草>


――<政府が隠してるって、ま?>


――<おっさんの正体に関しては誰も知らんままかよ>


――<それよりおっさんの横にいた幼女っぽいのも気になるけど>


――<おまわりさん、こいつです>



「すごいことになってるねぇ……」


 烏真は苦笑する。配信にしっかり映り込んでしまっているのは理解している。好き勝手な憶測を並べているが、どこを見ても烏真に関しての情報は何一つ書き込まれていなかった。


「マスター個人を特定できる情報は今のところ確認されていません」


「そうなの?」


「はい」


 イエルは淡々と説明する。


「非公開とされている映像を再確認しましたが戦闘中の映像はドローンの解像度では視聴者が確認するのは困難なレベルでした。それに加えて私が施した認識阻害の影響により、マスターと私に関する映像には軽微な認識の揺らぎが発生しています。現在のところ個人の特定には至っていません」


「そ、そんなことしてたの……?」


 イエルが小さく息を吐く。


 だが長々と説明をしてくれたというのに、烏真はとにかくイエルのおかげで事実が映像を伝って世界に知られることはないらしい――と、処理した。


「でも、それなら……いいか……」


 世界中が終焉級を討伐した正体を探している。


 しかし心にもない書き込みも、真実に決して辿り着かない考察もどれも烏真にとっては興味がなくて流し読みしかしていなかった。


 レベル【3】という書き込みだけは引っかかった。


 だがどうせレベル【50】でも低すぎるのだからどうでもいい内容だった。


 上がるようになったレベルもイエルと出会ったあの日から三ヶ月しか上げていない。本来表示されるべきレベルは、未だにわからないままだ。


 いまの自分が奇跡的にモンスターに勝利できるのはイエルのおかげだと――過少に評価したままだった。


「マスター」


 イエルはスマホの画面から視線を上げると、静かに烏真を見つめた。


「うん?」


緋尋ひひろさまより、ご連絡が……」


「え??」


 烏真はその名を聞いて身体が止まった。


「俺に……?」


「はい」


 イエルは小さく頷く。


「今後マスターとの連絡が必要になると判断しましたので、連絡先を交換しておきました」


「いつの間に……」


「緋尋さまを地上へお送りする直前です」


「そうだったんだ……」


 全く気付かなかった。


 あの時の烏真は緋尋との約束や終焉級の核といろんなことで頭がいっぱいだったのか、気付く余裕などなかったのだろう。


「事後報告となってしまい申し訳ありません」


「ううん、イエルが必要だと思ってくれたならそれでいいよ」


 烏真がそう言うと、イエルは安心したように小さく頭を下げた。


「それで、千ヶせんがみねさんはなんて?」


「お電話を頂きたいとのことです」


「電話?」


「はい。()()()()について、ご報告したいそうです」


 約束――緋尋とはライセンスの件で烏真と約束を交わした。


「そうか……」


 烏真はイエルからスマホを受け取り、小さく息を吐く。そう呟いてから、緋尋の連絡先を開く。確かにいつの間にか登録されていた。全く気が付かなかった。


「わかった、電話してみるよ」


「はい」


 すぐに登録された緋尋の番号をタップすると、数回の呼び出し音が……ほどなくして勢いよく通話が繋がった。


『お、おじさまですか!?』


「うわっ」


 思わずスマホを耳から離してしまった。


『ご、ごめんなさい!!』


 慌てる声に、烏真は思わず苦笑してしまう。


「大丈夫だよ。こっちこそごめん。驚いちゃって」


『あの、その……本当にお待たせしてしまって、ごめんなさい』


「謝ることじゃないよ」


 何も待ってはいない――だから穏やかに返す。しかし電話越しに、緊張感が伝わった。


『その、お伝えしたいことなんですが……』


 緋尋は一度、深呼吸をしてから申し訳なさそうに話を続けた。


『本当は、おじさまにライセンスを発行してそのままお渡ししたかったんです』


「うん」


 一応、烏真は頷くようにそう返したがもし実現したとしても、それがいくら約束だとしても受け取るつもりはなかった。


 それは《探索者》になった人たちを裏切ることになるから。


『でも、それは……できませんでした』


 しかし実現は叶わず、むしろ烏真からすれば良かったと思っていた。


 《探索者》のライセンスは、誰もが努力して試験を乗り越えその先でようやく手にするものだ。それなのに、自分だけが特別扱いを受けるなんて違う。


 ルールを破ってダンジョンへ潜ったことは事実だ。


 父が憧れた《探索者》という存在に、自分だけ近道をしてなれるはずがない。そしてその資格は既に烏真には存在しない。


『本当に、ごめんなさい』


「だいじょうぶだよ」


 烏真は優しい声で笑う。


 叶わぬとわかっていても、もし本当にもう一度挑戦できるのなら――今度こそ、自分の力で試験を乗り越えたい。だが緋尋の次の言葉は、烏真にとって予想もしなかったものだった。


『でも!』


 緋尋の声が一段と大きくなる。


『一つだけ方法がありました!』


「え?」


 思考が止まった。


 五年前、諦めた夢。


 二度と届かないと思っていた――


『おじさま……ライセンス試験は受けられます!!』


「え??」


 こんな展開になるとは思っておらず、烏真は二度同じ言葉を呟いて――電話越しの緋尋の声がやけに遠くて、もう何も聞こえなくなっていた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


もし良ければ↓↓の☆☆☆☆☆から応援して頂けると嬉しいです。

ブックマークも追加してもらえるとモチベが上がります。


それでは次回もよろしくお願いします。

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