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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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五年前/《探索者》ライセンス試験 <後>

 誰もが絶望する中で、烏真だけがジっと前を見つめている。


 そこから始まったのは戦いではない。


 烏真は攻撃することを諦め、自ら囮になりひたすら怪物の視線を自身へ向けさせた。


 烏真のレベルでは到底《血吸花樹ブラッディ・フラワー》のレベルに対応できるわけがない。


 ただひたすらに囮となって、受験者へ向かう攻撃を烏真に向けるように動いていた。


 枝による攻撃を受け止めても、衝撃を吸収できずその場に転がってもすぐに立ち上がる。


 モンスターと烏真とのレベル差なら、本来は一撃で即死。それなのに烏真は、傷つきこそすれど立ち上がり続けた。


 血を吐いても、また前へ出る。


 緋尋は《鑑定眼》でモンスターを見ていた。


 生存率は【0.4%】のまま――まるで変わらない。


(ダメ……このひと……死んじゃう)


 なのに身体は動いてくれない。


 自分のレベルでは役に立たない――だが、目の前で戦っている烏真もまた緋尋と同じレベル【50】だった。けれど諦めず、屈することなく剣を執る。


(なんで……)


 どうして。


 どうしてこの人は。


 こんなにも他人のために戦えるんだろう。


 レベルも、魔力も、スキルもないのに、なのに誰よりも前に立っていた。


 レベルなんて関係なかった。


 その背中が――


 誰よりも大きく見えた。


(あぁ……そうか……)


 緋尋は初めて理解した。


 《探索者》はただ強い人じゃなくて、誰かを守るために前へ出られる人なんだ、と。


「ぐあっ……!!」


 烏真の持つ剣が砕かれ、そのまま大の字になって倒れてしまう。


 ゆっくりと《血吸花樹ブラッディ・フラワー》が枝の先端を少しずつ伸ばしながら烏真に近づいていくのだが、


「だ、だめ……ッ!!!!」


 はじめて、


「この人は……殺させない――」


 全身は震えたまま――だけど、烏真を庇うように盾のように立ちはだかった。


(こ、こわい……でも、わたしも……この人、みたいに――)


 《血吸花樹ブラッディ・フラワー》の枝は烏真ではなく、緋尋に向かった。


 烏真は「やめろッ!!」と叫ぶが、その枝先は完全に緋尋の心臓へと――


「――――あっ……」


 強く腕を引かれて、世界が反転した。


 気付けば緋尋は烏真の後ろへ突き飛ばされていた。


 それと同時に、


「がっ……!?」


 枝先が烏真の脇腹を貫いていた。


「な、なんで……」


「……君の未来を犠牲にしちゃダメだ」


 烏真は痛みに顔を歪めながら、それでも緋尋を安心させるために笑顔を作って、


「……誰も死なせない」


 その言葉に緋尋の視界は涙で滲んだ。


 烏真は折れた剣を振り翳し、枝を叩き折り拘束は解かれた。しかしそのまま膝をついている。




 おかしい。




 この程度の人間、最初の一撃で死んでいる。《血吸花樹ブラッディ・フラワー》はそう思っていた。


 あまりに脆弱な人間が、こうもしぶとく抵抗し、挙句には攻撃が当たったのに死なず、未だにその眼から光は消えていない。


 ならば、確実に息の根を止めるまでだと《血吸花樹ブラッディ・フラワー》は更に枝の本数を増やす。


 緋尋は声にならない声を上げた。


 だが、そのときだった。




 ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!




 爆発音が響いて、閉ざされていた岩壁を粉砕した。


 眩い光と同時に、十数人の《探索者》が一斉に雪崩れ込んできた。


「いたぞ!!」


「生存者確認!!」


「全員保護しろ!!」


 斬撃が、銃声が飛び交い《血吸花樹ブラッディ・フラワー》の身体を削り落とした。


 多勢に無勢だった。さすがの《血吸花樹ブラッディ・フラワー》もこの数の《探索者》と正面から戦うことを嫌がり、一瞬だけ烏真たちを見つめた。


 そのまま餌を食い損ねたことに苛立ちながら花弁を閉じる。


 ズズズズズ……。


 《血吸花樹ブラッディ・フラワー》身体が奥へと消えていく。


「待て!」


「深追いはいい。まずは救助を優先しろ!」


 《探索者》の一人が追おうとするが、《探索者》パーティの中にいた試験官の声にぴたりと足を止めた。


 そこには何も残っていなかった。


 まるで最初から存在しなかったかのように、部屋中に静寂が訪れる。


 絶望的な状況でも生存率が【0%】ではなかったのは烏真がいてくれたことに他ならない。


 緋尋はそのままぺたりと腰が抜けたように座り込んでしまう。


 助かった……でも、


「立てるか?」


「は、はい……でも、わたしを庇って怪我をしたひとが――」


「《血吸花樹ブラッディ・フラワー》の攻撃を受けたのか!? だが……受験者のレベルでは、まず助からんぞ……」


「そ、そんな…………」


 全身から力が抜ける。

 

 緋尋は自分の行為を嘆いた――あのとき、自分が烏真の前に立ってしまったことで招いてしまった。


 涙が流れる。


(わたしは、なんで、あんな……)


 二つの手のひらは両目を覆い隠して、現実から逃れるように視界を塞いだ。


「あの……」


 声が聞こえた。


「………………………………え?」


「あ、の……俺は大丈夫です――その、止血だけお願いできますか?」


 脇腹から血が滴っていた。


 そんな脇腹を押さえたままゆっくりと歩いてくる烏真に他の《探索者》たちも驚いていた。


「お、おまえ……本当に動いていいのか?」


「え? ああ……その、痛いのは痛いですが――」


 もう一人の《探索者》が駆け寄り、烏真の傷口に向けて回復魔法を唱える。


 脇腹には綺麗に貫通している傷口。そんな烏真の状態を見て回復役の《探索者》は顔色を変えた。


「いやいや、なんで歩いてるんですか!?」


「さすがに痛いですね……その、お手数かけます」


 包丁で指を切った程度の口調。顔色は悪いが、そのあまりに冷静な物言いに周りの《探索者》たちも心配よりも疑問の方が勝ってしまった。


「その……他の受験者のみんなは大丈夫ですか?」


「いいから、そこでジっとしておけ!!」


 烏真は《探索者》の一人に怒鳴られていた。


(ど、どうして……?)


 烏真の生存にホッとする緋尋の両眼が熱くなった。


 無意識に彼を《鑑定》していたのだった。


――――――――――――――――――――

【レベル:50】


【魔力:無し】


【スキル:無し】


――■■■■■■――


――■■■■■■――

――――――――――――――――――――


 表示される烏真の数値はあまりにも貧弱だった。それなのに読み取れない項目が存在していた。


(スキルを発現したばかりで……ちゃんと表示されないのかな――)



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 無事に助かったはずなのに緋尋たちは閉じ込められた部屋からまだ動けずにいた。


 奇跡的に死者は出なかった。


 全員無事だった――しかし、《中層》ライセンス試験で《下層》でしか確認されなかった触れれば転移する罠。


 この謎の部屋。


 そして――上から三番目の脅威として分けられる《天災級》のモンスター。


 誰一人として死なずにすんだことだけが救いだった。


「転移床を踏んだ……だと?」


 低い声が響いた。


 突如として現れた試験官と救護班の中には《探索者協会》職員も混ざっていた。空気が変わり、《探索者》たちの表情が一斉に硬くなった。


「《中層》試験にそんなものは存在しない!」


「原因を調査しろ!!」


 怒号が飛び交う中で、


「いったい誰が転移床を踏んだ?」


 《探索者協会》の上層部の人間だった。その問いに対して緋尋は唇を噛んでいた。だが震えながらも緋尋は一歩前に出ていた。


(わたしが……)


 踏んだ。


 罠を踏んだのは自分だ。


 全部、自分のせいだ。


 そう言おうとした瞬間だった。


「――俺です」


 静かな声だった。


 烏真が緋尋の前へ立つ。


「俺が、踏みました」


 緋尋の小さな声が、烏真の声で掻き消される。


「責任は俺にあります」


 踏んだのは、緋尋だった。


 それなのに烏真はそう言い切った。


「ち、ちが……」


 声が震えていた。


 自分のせいだ――自分がやりました。


 言おうとした。思っていた。だけど子どもだった緋尋は、この事態の収拾に自ら手を上げることができなかった。


 しかし烏真はポンっと優しく緋尋の肩に触れていた。そして小さく首を横へ振るだけだった。


「他の受験者に非はありません……責任は自分が――」


 その言葉に幹部たちは互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。


「……そうか」


 その一言だけだった。


「試験場に転移床など存在しない」


「その前提で、調査を進める」


「ここで見聞きしたことは他言無用」


 ざわり、と周囲が揺れる。


「ですが!」


 若い《探索者》が思わず声を上げる。


「試験場に転移の罠なんて──」


「他言無用だ」


 冷たい一言で遮られた。


「この件は協会が調査する」


「受験者は全員、本日の出来事を口外しないよう」


 有無を言わせぬ口調だった。


 沈黙が流れる。そして幹部は烏真へ視線を向ける。


「受験番号二十五番」


「今回の試験は不合格とする」


 緋尋の身体が震えた。


「また、本件の責任を重く見て、ライセンス試験の受験資格を剥奪する」


「ま、待って……」


 緋尋は声を出したかった。けれど息が出来ない。自分のせいで他の誰かが犠牲になってしまっているのに、


「待って――……」


 涙が溢れる。


 はやく自分が名乗り上げないと――


「以上だ」


 その一言だけで終わった。


 誰も逆らえなかった。烏真は少しだけ困ったように笑って、


「よかった」


 ぽつりと呟く。


「みんな無事で」


 その言葉だけを残して、踵を返す。


「あ、あの……わ、わた……わたしが……」


「いいんだ」


 だが、烏真は平静にそう呟いて、


「俺よりキミたち若い子の未来が摘まれる方が嫌だ。この歳で《探索者》になるのは……やっぱり厳しいね」


 その眼はどこか遠くを見ていた。


「だから俺の分まで――」


 烏真は振り向いて、


「――がんばってね……」


「ま、まって――――…………」


 しかし手を伸ばしても、もう烏真は振り返らない。


 緋尋はその背中を見つめることしかできなかった。


 呼び止めたい。


 違うと言いたい。


 全部、自分のせいだと叫びたい。


 それなのに。


 喉は震えるだけで、何一つ言葉にならなかった。


 ただ、遠ざかっていくその背中だけが小さく見えていた。


 先に試験官や《探索者》たちといっしょに行ってしまった烏真がどうなったのか――緋尋はわからないままだった。


 そしてこの出会いを最後に、緋尋は二度と烏真と巡り会うことはなかった。


 ただ、そこで緋尋は理解してしまう。


 わたしは――取り返しのつかないことを、してしまったのだと。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 緋尋は《探索者》ライセンスを受け取った。


 だがその眼に光は無かった。


 ただ小さく、「ごめんなさい」と呟いていた。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 もう一度、会いたくて。


 だけどあなたを見つけることはできなくて。


 どこにいるのかもわからなくて。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 わたしは、ずっとあなたに謝ることもできず――


 わたしが弱かったから、なにもできないこどもだったから。


 あのとき怖くて、なにも言えなくて。


 それなのに――庇ってくれたあなたになにもいえなくて。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 だから、また――もう一度、あなたといつか出会えたならば。


 わたしは、いまの弱いわたしじゃなくて。


 誰よりも強くて、立派な《探索者》に……いや、《踏破者》になります。


 あなたにもう一度出会って、あなたに謝れたとき――


 ――わたしは、本当のことをみんなに伝えます。


 あなたの夢を、奪ったわたしの、本当のことを聞いてください――




 あなたは、どこに、いますか。




  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ――あれから五年後、緋尋は《踏破者》となる。


 赤く染め上げた髪に、前髪は切り、性格も当時とは真逆でまるで太陽のように明るくなった。


 配信者になった――《探索者》ならば世界で彼女のことを知らない者はいないほどに有名になった。


 だけど姿形が変わってしまった。きっと気付いてはもらえないかもしれない……でも、あのころの弱い自分とは違う――そんな強い自分を見てもらいたかった。


 ――そして、緋尋は《深層》にて烏真と邂逅を果たすのである。


 だから、こうしていま目の前にいる鏑木 烏真は――


 五年前。


 緋尋の人生を変えた、その人だった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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それでは次回もよろしくお願いします。

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