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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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五年前/《探索者》ライセンス試験 <前>

 五年前のことだ。


 まだ朝だというのに試験会場には大勢の受験者が集まっていた。武器を背負った少年少女たちが笑い合い、自分の装備を見せ合っている。


「レベル【71】」


「オレ、【79】」


「《中層》くらいなら余裕だろ」


 そんな会話があちこちから聞こえてくる。その輪から少し離れた場所で、一人の少女だけが俯いて立っていた。


「…………」


 肩まで伸びた()()。長い前髪で目元を隠し、人と視線を合わせることすらできない。制服の上から簡素な革鎧を着込み、腰にはまだ使い慣れていない双剣を差している。


 千ヶ峰 緋尋(せんがみね ひひろ)


 これは、まだ《踏破者クリアラー》でもなく、配信者としても知られていない頃の彼女。


 魔力も少なく、スキルは無い。


 ようやく受験資格であるレベル【50】へ到達したばかりだった。


(帰りたい……)


 胸の奥から浮かんだ本音だった。周囲を見渡せば自信に満ちた受験者ばかり。誰もが自分より強そうに見える。


「見ろよ」


「ん?」


「あの子、レベル【50】なんだろ?」


「ギリギリか」


「よく受ける気になったな」


「いや、それより……あいつってさ」


「ああ、あの……《踏破者》の子だっけ――」


 小さな笑い声が耳に届くが、聞こえないふりをする。


 慣れている――昔からそうだった。努力しても、人並みより成長が遅い。そもそも魔力も少ない。まだスキルも手に入らず、何か特別な才能があるわけでもない。


 緋尋の父は――《踏破者》と呼ばれる凄腕の《探索者》の一人だった。


 だから周囲も当然のように緋尋に期待していた。


 そう思われてしまうのが当たり前で、いつの間にか未来が誰かに決めつけられていて――自分が本当は何がしたいのかもわからないままだった。


 ただ言われるがままに鍛えて、こうして試験を受けている。


 向いていない――ダンジョンなんて怖くて、危険で、やりたくない。


 だけど、辞めたいと言えないまま。


(こわい……)


 試験に落ちることが、笑われることが、何より自分には才能がないと改めて突き付けられることが怖かった。


「……あの」


 周りの視線と声から逃れるように、緋尋は立ち止まったまま床を見つめていた。


 そんなとき不意に隣から声がした。


「ごめんね」


 穏やかな男の声だった。


 緋尋が恐る恐る顔を上げる。そこには、一人の男が立っていた。


 三十代半ばくらいだろうか。使い古された剣を担いだまま、どこにでもいそうな――だけど、緋尋を見下ろすその眼はどこか優しくて。


「少し……いいかな?」


「え……?」


 一瞬、意味がわからなかった。


「その……受付ってあっちで合ってるかな?」


 困ったように頭を掻きながら周囲を見回している。


「あ、は、はい……だいじょうぶです……」


「ごめんね、急に声をかけて」


 男は安心したように笑う。


「ありがとう」


 ぺこり、と頭を下げて歩いていく。


(え……)


 緋尋はその背中を目で追っていた。


 あの人も受験者なのだろうか。しかし《中層》ライセンス試験の受験者は十代後半から二十代前半がほとんどだ。


 だけど今の男は周囲の人間よりも遥かに年上だった。受付へ近付く男を見て、職員も一瞬目を丸くしていた。


「受験番号と、お名前を――」


「あ、はい」


 男はポケットから受験票を取り出し、受験番号を告げる。


鏑木 烏真(かぶらぎ からすま)です」


 試験官が受験票を確認する。


「……確認しました。本日の受験者ですね」


「よろしくお願いします」


 再び頭を下げる。その光景を見た周りの若い受験者たちがざわついた。


「え?」


「あれ本当に受験者なの?」


「おっさんじゃね?」


「いやそれで《中層》ってやばすぎないか?」


「しかもさっきレベル【50】って言ってたぞ」


「その歳で? やばすぎだろ」


 失礼な声が飛び交うが烏真には聞こえていないのか、それとも聞こえないふりをしているのか少し照れ臭そうに笑っているだけだった。


(あの人も……)


 自分と同じなんだ。


 そんな気がした――同じように蔑んだ声を浴びせられている。若い緋尋とは違い、自分より一回りも年上のおじさんが自分と同じレベルだと思うと少しだけ肩の力が抜けた。


「受験番号順に班分けを行います」


 試験官の声が響いて、受験者たちが一斉に集まり始めた。緋尋も慌てて列へ向かう。


「えっと……二十三番、二十四番、二十五番、二十六番」


 呼ばれた番号を確認する。


 緋尋は二十四番だった。


「に、二十四番……です」


 そう答えると、


「二十五番です」


 隣からさっき聞いた声がした。横を見ると、烏真と名乗る男が困ったように笑っている。


「受験中は四人一組で行動しますが……氏名ではなく番号で呼び合うようお願いします」


 試験官の言葉に無言で頷く緋尋。


 そして振り返ると、


「あ、また一緒だね」


 目が合って、さっきのやりとりを思い出してしまう。受付で名前を聞いてしまったので緋尋は二十五番の男の名を知っている。緋尋は先に受付を済ませていたから烏真が緋尋の名前を知ることはないだろう。


「は、はい……」


 思わず小さく返事をする。残る二人もやって来た。二十代前半くらいの青年と、金髪の男だった。


「よろしく」


 青年は軽く手を挙げる。だが金髪の男は烏真を見るなり露骨に眉をひそめた。


「……マジかよ」


 ため息混じりに吐き捨てる。


「《中層》の試験になんでおっさんがいるんだよ」


 空気が少しだけ重くなる。烏真は苦笑して頭を掻いた。


「よろしくお願いします」


 遥かに年下の相手に対しても烏真は礼儀良く挨拶をしたが、


「あー、そういうのいいって」


 男は鼻で笑う。


「どう見ても戦えねぇだろ」


「そうだね」


 烏真は隠すこともせずあっさりと言う。


「魔力ないしスキルもないからね」


「……は?」


 金髪の男が固まる。


「じゃあ何しに来たんだよ」


「その……《探索者》になりたくて」


 少し恥ずかしそうに笑う。


「だから最後まで頑張るよ」


 その笑顔を見て、緋尋は胸が少しだけ痛くなった。男たちはわざとらしく腹を抱えて笑っていた。


 その歳でレベル【50】で魔力もスキルもゼロだなんて、信じられないと。


 しかし笑われても、馬鹿にされても烏真の表情は変わらなかった。怒ることも、反論することもなく申し訳なさそうに笑っていた。


(なんで……)


 どうしてそんな顔ができるんだろう。


 試験開始の合図が鳴り、ダンジョンへと続くゲートが開いている。冷たい空気が外へ流れ出した。


「さっさとついて来いよ」


 二人の受験者は烏真と緋尋に期待していないのか放置して先に進んでいた。


「行こうか」


 その何気ない一言に、緋尋は思わず笑みを零してしまう。


 だが緋尋はまだ知らなかった。


 この出会いが緋尋の人生を大きく変えることになるなんて――



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 

 ダンジョンへ入ってから一時間ほどが経っていた。


 モンスターは《上層》で遭遇するクラスばかりで、《中層》を目指す《探索者》からすれば弱い部類ばかりだ。


 ダンジョン自体も試験用に調整されたルートなのだろう。危険なモンスターが現れることもなく、仕掛けられた罠も基礎的なものばかり。


「思ったより簡単じゃねぇか」


 先頭を歩く金髪の青年が笑う。


「このまま出口に向かって行くだけで合格とか余裕だな」


 そんな二人の受験者と違って緋尋はその後ろで警戒を続けるだけだった。


 モンスターと遭遇したが緋尋は何もできなかった。戦闘になると、どうしても足が止まる。


 剣もまだ拙いまま、魔力が少ないせいで銃型の武器は使えない。すぐに魔力切れを起こしてしまうから役にたたない。


(やっぱり……わたしだけ何もできてない)


 出口まであと少し。


 一本道の通路を四人で歩いていたそのときだった。


「危ないっ!」


 烏真が小さく声を漏らした。

 

 緋尋の足元がぐらりと揺れる。緊張からか足元の小さな段差に(つまづ)いているのが見えた。


「ご、ごめんなさ――」


 身体が前に倒れたとき、咄嗟に烏真が腕を伸ばし緋尋を抱き留めたが勢いまでは止められなかった。


 一歩踏み出した緋尋の足先が床を擦るように滑り――


 カチリ……と、嫌な音が響いた。


「え……?」


 靴底に、何かを踏み抜いたような感触が伝わる。


「うそ……!?」


 緋尋の顔が青ざめる。


 そのまま足元に淡い光が走り、床一面に複雑な魔法陣が広がっていた。


 ダンジョンには床の決まった位置に罠が仕掛けられていて、それに触れることで発動する。それに緋尋は触れてしまった。


「え――――」


 緋尋は絶句し、声を上げることができなかった。


 眩い閃光と同時に視界が白く染まり――次の瞬間、四人は吸い込まれて見知らぬ空間へ移動していた。


 湿った空気。鼻を刺す鉄臭い匂い。岩肌は黒く、天井は遥か高い。試験用のダンジョンとは比べものにならないほど濃密な魔力が空間を満たしていた。


「……な、なんで――」


 緋尋の身体が震える。


「なんだよここ……」


 突然、別の部屋に閉じ込められ金髪の青年の声も震えていた。


 ゴゴゴゴ……。


 背後で岩壁が動いた。


「なんだ……?」


 入口だったあろう場所がゆっくりと閉じていく。そのまま巨大な岩盤が噛み合い、


 ズドン――!!


 退路は完全に塞がった。


「う、嘘だろ……」


「閉じ込められた?」


 四人の顔から血の気が引く。試験用ダンジョンにこんな罠は存在しない。


 烏真だけが壁へ駆け寄り、拳を押し当てる。


「……開かない。」


 魔力で作られた障壁。物理的な攻撃では壊せない。しかしそんな障壁は《下層》のような難度の高いダンジョンにしか存在しない。


(ありえない)


 緋尋の額に冷や汗が流れる。


 そもそも触れるだけで瞬間的に人間を別の場所へ転移させていまう罠。


 転移罠――そんなものが《中層》ライセンス試験で使われるわけがない。どうして、こんなところに……しかし、


「嫌な臭いだ」


 慌てふためくパーティの中で烏真だけが暗い闇の向こうからせまってくる脅威に眉を(ひそ)めていた。


 その時だった。


 さらり……と、白い花粉が宙を舞った。


「……なんだ?」


 誰かが天井を見上げる。


 甘い香りが鼻をくすぐる


 天井の岩肌に一本の亀裂が走る。その隙間から一本だけつたが垂れ下がっていた。


「植物……??」


 緑色の蔦は生き物のようにゆっくりと動く。その先端が脈打つように膨らみ、やがて一輪の真紅の花が咲いた。


 烏真の背中に悪寒が走る。


 花が、いた。


 ギチギチギチギチ……。


 花弁が裂け、そこから姿を見せるのは花ではなく口だった。無数の牙を生やし、捕食せんとその口は開け閉めを繰り返す。


 花の根本が盛り上がる。蔦だと思っていたのは幹だった。壁を押し割りながら巨大な植物がゆっくりと姿を現す。


 蔦は蛇のように蠢き、根は岩盤へ食い込み、その口の奥には真っ赤な瞳がこちらを見ていた。


「ひっ……」


 だが、その瞬間――こんなタイミングで緋尋の両目に熱が籠もる。


「え……?」


 視界に文字が浮かんだ。


――――――――――――――――――――

【個体名:血吸花樹ブラッディ・フラワー


【危険度:天災級】


【レベル:192】


【現在戦力による生存率:0.4%】

――――――――――――――――――――


「……う、そ」


 声にならない。


 《鑑定眼》――緋尋が初めて手にしたスキルだった。


 数字、文字、見たこともない情報が頭へ流れ込んでくる。宿したスキルは緋尋に絶望だけを教えてくれる。それは《下層》にしか生息しないはずのモンスター。


「み、みんな、逃げ――」


 叫ぼうとして、言葉が止まる。


 どこにも逃げ場がないのに、出口も存在しない。


 しかし緋尋たちを餌として見ているモンスターの蔦が音を立てる。


 バキバキバキ!!


 一瞬で壁を砕き、一本の枝が緋尋に襲い掛かった。


「きゃあああ!!」


 ガキィィィン!!


 しかし、槍のように鋭く尖る枝を受け止めたのは、烏真だった。


「くっ……」


 両手で剣を握り、歯を食いしばっている。だがレベル差は圧倒的で【50】の烏真ではそれを受け止めたところで全身がそのまま奥の壁に吹き飛ばされる。


 しかし壁に激突しても、倒れずすぐに立ち上がっていた。


「みんな……そいつから、離れろッ!!」


 だが恐怖で誰も動けずにいた。


 しかし烏真はそのまますぐに駆け寄り、《血吸花樹ブラッディ・フラワー》の前へ出る。


「諦めちゃダメだ」


 小さく呟く。


「きっと、助けは来るよ」


 突然消えた受験者たちにきっと試験官たちは気付いてくれていると――希望を捨てず烏真は剣を構えていた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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それでは次回もよろしくお願いします。

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