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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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お返しします

 ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!


 深層全体を揺るがす轟音が響いた。


 天井を突き破り、無数の瓦礫が雨のように降り注いだ。


「な、に――…………?」


 《黒甲百足》の巨体に視界が遮られ、何が起こったのかわからなかった。


 今にも途切れてしまいそうな意識の中で、その轟音が緋尋の閉じかけた瞳を開かせる。視界は霞んで、呼吸も苦しくて。身体はとっくに限界を超えているのに、


――<なに!?>


――<上から??>


――<崩れた!?>


――<おいおいおいおい>


――<なんだあれ!?>


 耳を劈くほどの音に視聴者も驚きながらコメントを書き込んでいる。その音に釣られて、《黒甲百足ブラック・センチドート》も緋尋にとどめを刺すはずだった無数の足が止まった。


 そして複眼が音のする方に向けられた。


 刹那――――黒い機体が天井を突き破りながら落下する。それはまるで隕石のように一直線に落ちてきた。しかもそのまま終焉級モンスターの頭部に真正面から激突したのである。


 その衝撃で《黒甲百足ブラック・センチドート》は後ろにのけぞりながら倒れ、地面が抉れている。これでも終焉級の外殻には傷一つ付いていない。


 それだけで十分だった。


 《黒甲百足ブラック・センチドート》の意識が、緋尋から逸れた。


「――大丈夫ですか?」


 聞き慣れない男の声だった。


 気付けば、緋尋は誰かの腕に抱き上げられていた。


「………………え?」


 緋尋は自分が抱きかかえられていることに気が付かなかった。


「すみません、少し揺れます」


 血に塗れた緋尋を抱えているその姿は、どう見ても一般人だった。


 《探索者(プレイヤー)》特有の装備も持たず、丸腰のままダンジョンの奥底である最も危険な深層にいる。


 そんな男が、緋尋の身体を抱えたまま跳躍すると次の瞬間には数十メートル後方まで駆け抜けていた。


 視界が流れ、風が頬を叩く。そして百足の攻撃範囲の外まで離れて、緋尋は岩の隅に降ろされる。


「……だ、だれ、ですか?」


 死を受け入れていた緋尋は理解が追い付かず、そう問い掛けることしかできなかった。だが、そう思っているのは緋尋だけではない。


――<いや、誰!?>


――<なんだこのおっさん!?>


――<新しい《踏破者》か!!?>


――<いや、こんなおっさんいたか???>


――<それより今のなにっ!?>


 唐突に深層に乱入した烏真からすまを前にコメント欄も大混乱だった。だが配信を見ていない彼がその濁流のように流れているコメントに答えることはない。


 そして百足の頭部に直撃した深層まで最短最速で突貫してバイクの形をした機体は役目を終えたことで、まるで最初から存在しなかったかのように青白い粒子となって跡形もなく空中へ溶けていった。


――<消えた!?>


――<は?????>


――<あんなのダンジョンにあったか?>


――<初見。ってか移動用の装備ってスケボーみたいなものしか存在しないって言われてて、数も見つかってないから都市伝説って言われてなかった?>


――<その都市伝説が画面の向こうに映ってたんですがそれは>


――<もしかして政府が隠してた第一等級の装備とか???>


――<じゃあそれ持ち出してるこのおっさんはなんなんだよw>


 イエルが生成したバイク型の機体に関してどれだけコメントで議論したところでこの五十年の間に一度として確認されていない代物なのだから答えが出るわけもなく。


「た、助かった……の??」


 他の《探索者》たちはすでに深層から脱出している。誰一人死ぬことなく、緋尋は責務を全うした。そして配信は今も続いている。情報は世界に発信されたまま、


「あの、どなたか存じませんが……はやく、逃げてください……あれは……」


 ダンジョンに巣くうモンスターの中でも最高位の危険度を誇る終焉級。


 《踏破者》の攻撃すら通じず、そのレベルは【899】と現状、人類では討伐することなど不可能であると。


 緋尋は助けてくれたことには感謝しているが、それでもこの怪物と戦うのだけは絶対に避けるようにとボロボロの身体のまま血を吐きそうになりながら声を上げる。


 しかし、男はそんな終焉級から視線を逸らさない。自分よりも遥かにずっと年上の大人の男性。傷ついた緋尋の身体はもう動かない。その背中を眺めることしかできない。


 終焉級を前にして男の背中は震えていなかった。緋尋を守るように怪物を前に立ち尽くしている。


(……こ、これ、そんな――)


 緋尋は無意識に《解析眼》を発動し、視界には男に関しての情報が浮かび上がっている。その情報が映し出したのは、


――――――――――――

【名前:鏑木 烏真(かぶらぎ からすま)


【ランク:未登録】


【レベル:003】


【魔力:無し】


【スキル:無し】

――――――――――――


「…………え?」


 表示された鑑定結果を見て緋尋の思考が停止した。


 何もない。ライセンスを持たないのなら《探索者》ですらない。しかも魔力も、スキルも無い。それどころかもっとも目を奪われたのは、


「レ、レベル……3……?」


 【0】が二回続いてから、表示される【3】の数字。いくななんでもレベルが一桁なんてありえない。一桁のレベルはもはや成人していない子どもである。ましてや緋尋よりも遥かに年上のおじさんがそのレベルはあり得ない。


 そんな緋尋の言葉を配信ドローンは拾っていた。


――<3ってなに??>


――<レベル3???>


――<謎の003(おっさん)登場>


――<だれうま>


――<言ってる場合か>


――<ベイビーじゃねぇかw>


――<初心者ってレベルじゃねぇぞ!!>


――<なにしに来たんだよ!?>


――<逃げろ逃げろ逃げろ>


――<ひひろん助けたのはすごいけど、はよ逃げろ>


 画面上のコメント欄は一瞬で祭りになった。しかし緋尋は笑えなかった。そもそも一桁台のレベル帯の人間が来れる場所ではない。


 配信ドローンが烏真へとズームを始める。


――<そういや女の子も映ってなかった?>


――<ま? そんな大事な情報もっと早く教えて>


――<白い服の幼女>


――<いや、おっさんよりそっち映してくれない?>


――<ってかおっさんの顔ちゃんと映ってなくね?> 


 しかし視聴者たちは顔の部分だけが微かに歪んでいるせいで素顔が見えない。焦点を合わせようとドローンはレンズを調整するのだがどうしても定まらない。


 だが、いまはそんなことを言っている場合ではないのは視聴者たちも理解している。緋尋が画面越しにモンスターに殺されていたかもしれない結末が覆されたことで、いつもの調子を取り戻したのかもしれない。


 目の前には最高位の危険度を誇るモンスター。


「動けますか?」


 烏真が背中を向けたまま問い掛ける。


「ご、ごめんなさい……足が……」


 肩口と片脚を負傷している。みんなを守るために自らを犠牲に戦った結果、緋尋はもう走るほどの体力が無いほどに追い詰められていた。


 足をひきずって歩くことはできるが、それでもあの高速で襲い掛かる百足の猛攻から逃れることは不可能だった。


「では、時間を稼ぎますので――」


 烏真は終焉級のモンスターに立ち向かう。


 ダメージこそないが衝撃で倒れていた《黒甲百足ブラック・センチドート》がゆっくりと身体を起こす。瓦礫を押し潰しながら、複眼の全てが烏真に向けられている。


 せっかくの獲物をいたぶって愉しんでいたのにそれを邪魔された――お前が次の獲物だと言わんばかりに咆哮した。


 烏真も、こんな理を外れた最強の怪物に勝とうなどと思っていない。《踏破者(クリアラー)》の二人が叶わないモンスターにそんな英雄めいた思想は持ち合わせていない。


「その間に逃げてください」


 だから、時間を稼ぐ――それだけだ。


 そのまま烏真も「すぐに自分も逃げますので」とそう言って、緋尋かのじょがやり遂げたことを、実行する。


「イエル」


「こちらに」


 烏真の呼びかけにすぐにイエルは答える。


「なんでもいい……武器も、出せるかな?」


 イエルは瞳を閉じだまま、しかし大きく頷いて、


「出せます」


 即答だった。


 しかし次に続いた言葉に、緋尋は眉をひそめる。この二人の関係はいったいなんなのか。コメント欄の関心は、やはり烏真よりも白い少女に向けられていた。


「現状、私の機能制限は40%解除されております――マスターに最も相応しい武器を生成できます」


「お願いしてもいいかな」


「約束を、果たすときが来ました」


 そしてイエルは烏真の側に立ち、白銀の髪が揺れた。そして胸元に刻まれた紋章が淡く発光した。


 両手を胸の前で重ねて、青白い光が周囲へ広がっていく。ここへ来るときのバイク型の機体を生み出したときと同じ工程だが、違うのはイエルから発する言葉だった。


 イエルは静かに一歩前へ出る。




「《詠唱(System)開始(Call)》――」




 すると青白い粒子が舞い上がった。





「《階梯(Access)昇格(Level)》――



 《終焉(System)超越(Upgrade)》――



 《終幕(Error)否定 (Code)》――



 《□□□□(繝溘テ繝?ィ)□□□(繧「繝シ繧ッ)



 《顕現回帰(Reboot)》――」




 イエルは歌を謳うように――言葉を紡ぐ。それは彼女だけが繋ぐ世界。


 

 その言葉の意味を、人も怪物も理解することはできない。烏真は見守り、緋色は見詰め、配信を見ている全ては圧倒されている。



 両手を広げ、伸ばした手のひらの中で光の輪が創造される。その輪の中央がゆっくりと開いて――その光の向こうには何もない。それでも、誘われるように烏真はその輪の中に手を入れる。





ここより汝は(Ready to)――」





 光の中で、何かに触れる。


 そして掴み、勢いよく引き抜いた。





「――剣を執る(Attack)





 光が砕け散る。


 その中心には一本の剣だけが残っていた。


 氷のように透き通る蒼白の刀身は結晶にも似た美しい輝きを放っている。


 しかしその刃はあまりにも薄い。その薄さは危うい脆さが垣間見える。何をしても砕けそうなほどに脆弱たる剣。


 だが掴んだ剣の柄を見る。


 それはかつて烏真が使っていた父の形見の剣に似ていた。原形はほとんど失われている。長剣だった刀身も短くなっている。


 だが、それでもこの剣は確かに父の形見だった。


「《踏破ノ担イ手(クリア・ベアラー)》」


 イエルがそう呟き、


「形が変わってしまい申し訳ありません」


 だが、烏真は左右に首を振り、


「ありがとう」


 たった一言、そう感謝を伝えた。


 そもそもこの剣は蔵で眠っていたものを引っ張り出しただけだ。挙句に折ってしまったのも烏真の力量不足。それだけだ。イエルは何も悪くない。


「お待たせしました」


 いつもと変わらない声。


 しかし長い一本の髪の毛がぴょこんと揺れ動きながら、


「マスターの大切な剣――」


 開かれた瞼の向こうから白金の瞳が烏真を見上げる。


「――今ここで、お返しします」


 不思議だった。


 初めて握っているはずの剣が、まるで昔からずっと持っていたかのように手になじむ。父の形見の剣が、まさか――ここで生まれ変わって元に戻ってくるなんて。


 そのとき、


「GYURAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」


 《黒甲百足ブラック・センチドート》が初めて絶叫する。


 それはまるでこの剣の光に怯え、恐れているようにすら見えた。


 深層が震え、緋尋は息を呑んだ。だが烏真だけが結晶の刃先を終焉級に向けたまま、


「俺一人だけじゃ、きっとここまで来れなかった」


 だから、きっと運が良かった――それだけだ。


 それでも、


「もう少しだけ……夢の続きを見せてくれ」


 百足の無数の足が、一斉に烏真に襲い掛かった。


 烏真はただ静かに《踏破ノ担イ手(クリア・ベアラー)》を握り締める。


 そして――――

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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それでは次回もよろしくお願いします。

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