第十話 意地
今日は研究室に行き、結界装置について話し合うとのことだった。急ぎ、結界装置を直さなければならなくなり、強度もあげられるとなおいいとのことで相当急かされる。死の恐怖が迫ってくる感覚に毎日みんなが晒されている。この恐怖を止めるには急いで結界装置を治して、スタンピードを脅威から外さないといけないと思う。
いつも通り、騒がしい研究所について所長のところに向かう。プロテアさんと所長とともに結界装置のところに行くらしい。一度、今すぐに壊れないかを確かめるためにね。
所長室の前についてドアをノックして開ける。
「失礼します。シアハです。」
「入っていいっすよ」
なぜか、プロテアさんの声がしたのだが気にすることもなく入る。中では、二人とも書類の山とにらめっこしながら待っていた。足の踏み場がないほどに散らかしていて部屋に入るのをためらうほどだった。
「しつれいしま...ちょっといいですか」
私はそう言って、部屋を片付け始める。さすがに、こんなに散らかった場所にいると気が滅入ってしまうから。自然と体が動いて書類を集めていた。
その時に、面白いことが書いてあって目が留まる。ノームオイルをエネルギー源としてそのまま使えないだろうかというものだった。ほかにも、空を飛ぶ実験や、爆発物にノームオイルを仕込んだらどうなってしまうのかなど目を引くものが多かった。
「あはは...シアハサン。片づけてくれるのはありがたいのだけど読むのはちょっとダメかな」
片づけをしていて手が止まってしまっているときに所長にそう注意されてしまう。それもそうかと思い見ないように裏返してまとめてかき集めようとする。
「すいませんでした所長。でも、片づけはしますよ。こんなに汚いと人が来た時に大変ですしものをなくします」
「それは、ちょっと何も言い返せないけど。まあいいか、プロテア、手伝うよ」
「うーっす」
そう言って二人ともとりあえず何もできないこの部屋を片付けようとしてくれた。今までどうしていたのか不思議になるほどに素早く片付く。これなら最初からやっておいてくれないかなと思うくらいには。
ちょっとふてくされたような態度をとっている私を苦笑いしてしまう所長たちだった。
片づけも終わり、一息ついて話を始められそうになった。あれほど、床にも散らかっていた書類がひとまず、山のように積み上げられており、仕分けするのは所長だと思うのだが何とかしてくれるだろう。
三人ともソファーに座って話始める。もちろん、今後の結界装置について。
「さて、片づけに手伝ってくれたことはありがとう」
「どういたしまして」
「早速、本題に入ろうか。プロテアあの資料を見せてあげて」
「はーい」
そう言ってプロテアさんは書類の山に唯一、わかりやすく飛び出ていた書類を私に渡してくる。割と、分厚く量が多そうだった。しかし、概論のところでこれが超絶大事なものであることが分かった。
”ノームオイルによる現実干渉方法について”
中身をぺらぺらとみていくと、ノームオイルをもとにした装置を作り方の理論についてが書かれている。具体的に言うとノームオイルを媒介にして複雑なエネルギー循環装置がたくさん作れるようになるのと、現実に干渉するにはどれほどのノームオイルを精製すればいいかなど根本的なことがいろいろ書いてあった。
これぞ、私たちが求めていた結界装置を治す方法。けれど、応用するには時間がかかる。今すぐに治すとはいかないだろう。それに、キメラたちが一斉にとびかかったらと考えるともう一枚作りたいところになってきた。
考えることが多くて、思考の海に落ちる。目を閉じて、手を顎に当てて、これからのこととあれをどのよううにして作るかを考える。そんな、強い集中力を遮ったのは所長でもプロテアさんでもなかった。
空を切り裂くような大きな声で部屋に入ってきたのは金髪のお姉さんだった。ラニウリさんが部屋に突っ込んできたのだ。
「失礼します。シアハちゃんいますか。」
割と真剣な顔でこちらを探していた。真っ先に反応したのはプロテアさんだった。あまり面識がないのか、プロテアさんは戸惑っているようにも見えた。
「シアハさんならそこで考え事してますよ」
考えていたことは霧散して、一度集中力を解いて話始める。
「ラニウリさん何かありましたか」
「そーだね。団長がお呼びだよ。」
「団長が...」
団長がいったい私に何の用だろうか。ただ、断る理由はないから行くんだけどね。
「とりあえず行きます。すいません、所長とプロテアさん。」
「気にしないでいいっすよ。団長が呼ぶのはよほどっす」
「そうだね、団長のところのほうが大事かな」
二人とも優しくそう言ってくれたから憂いなく団長のところに行くことができる。ラニウリさんのほうに向いて、ドアのほうに向かう。あ、もちろん、書類は全部おいていくけどね。
「ラニウリさん、行きましょう。」
「はーい、いい子ですね」
そういいながら脇に抱えるように連れていかれる。ちょっと恥ずかしいのだが悪い気はしなかった。
「失礼しまーす」
「失礼します...」
二人とも、団長のところまで行き、ドアをノックして入る。団長はあいもかわらず書類との格闘をしていていてものすごく忙しそうに見えた。そんな中でも私を呼んでしたい話とは何だろうか。ドークスさんも団長の横の机で書類と格闘しており、あいもかわらず隈が取れていなかった。
「来たか。とりあえず座ってくれ」
そう言って、団長も立ち上がり、近くのソファーに座る。私とラニウリさんもここに座り、その対面に団長とドークスさんが座る。これから何の話をするのかこのメンツでね。緊張して手がプルプルになってしまうのと同時にラニウリさんに手を握ってもらう。ちょっと安堵して話を聞く。
「さて、スタンピードのことについてなのだが、ルスベリー率いる偵察部隊からの報告でスタンダードは間違いなくこの救都に来ていることが分かった。」
「それって、部隊は大丈夫なんですか。近いと不意の事故で死ぬことがありそうですが」
ルスベリー先輩はここにはいないがもうすでに仕事に向かっていた。それに、スタンダードを見守るという地獄の仕事。また、失うのではと震えが止まらない。団長も察したのか苦渋の表情でしゃべり始める。
「絶対とはないが、少なくとも数キロは離れておけと命じてある。万が一がないとは言い切れないがほとんど安全だろう。」
「そう、ですか。無事を祈るしかないですね。」
「ああ、そうだ。」
本当に、無事であってほしいと思う。団長はそのまま続きを話し始めた。
「本題に入ろう。スタンダードが来ることは間違いない。ゆえに、避難はすでに始めている。」
「大体の部隊はこの民間人避難に割いている。すぐさま、スタンダードが来るとは思えないからな」
「つまり、救都の人はほとんどが生き残るだろう。ただ、救国騎士団はそうはいかない。彼らの家を守るのが我々の仕事であるからな」
スタンピードの対策は人を避難させて、救国騎士団のみで戦うこと。足手まといになってしまうからね。それに、団長が本気出した時にどうなるか。
「そこでだ。救国騎士団として失ってはいけないものがある。それはノードの治療、弱者を守る強力な力だ。」
「そこでですね。私、ラニウリは逃げることになっちゃったんですよ」
「ラニウリは優秀な医者だからな。失うわけにはいかない。」
ラニウリは一度救都を離れて、スタンピードから逃げることになっている。確かに、失うわけにはいかないからね。
「次に、研究室の人々も同じ理由で逃げてもらう。」
「つまり、私は戦うことができないということですか。」
「苦しいと思うがそうだ。」
真剣な団長が残酷だが正しいことを言う。私には到底反論できない正論であり、合理的な選択と言えるだろう。これからのことを考えるとさらに、可能になることが増える。それほどに知識というものは武器にも救いにもなりえる。
だから、私は、団長や、ルスベリー先輩たちを見捨ててでも逃げたほうがいいとそう判断されたのだ。あまりにも、無力だ。
目を閉じて、考え始める。この無力に抗えるのはただ、一つなのかもしれない。
「団長、話があります。私に結界装置のことを任せてくれませんか。」
「それは、壊れかけの結界装置を直すということか?」
「それもそうですが、前回の遠征の戦利品から結界装置についてのことが書かれていました。」
団長もこの話は聞いているだろう。それほどに大事なことだったから、ただ結界装置のことが書かれているとだけしかわからなかったはずだ。私も、ちょっと考える必要があるくらいには難しいことが書いてあったからだ。
「そこで、スタンピードが結界にぶつかった後に再び直すことが出来るようになります。いえ、やります。」
「つまり、逃げずに結界を常に維持して救都を守りたいとのことか。」
「そうです」
団長は考え込むようなしぐさを見せて黙ってしまう。もし、私のいうことが正しいのであれば一切被害を出さずに完封することが出来るかもしれない。だが、結界を壊されてしまったら一気に劣勢を強いられてしまうだろう。団長の考えが固まったのか考えるしぐさを解いて話し始める。
「わかった。シアハを信じようか。アルヴェインとも話をしておこう。ただ、結界が破れたときは必ず逃げることこれだけを徹底してくれたら許そう。」
「!ありがとうございます」
私は立ち上がって団長にお礼をする。私ができる最大限の抵抗手段を手に入れることが出来た。意地なのは否定できないが、私はこれでよかったと思う。




