第九話 果たして私は
「現在位置は?」
「おそらく、今すぐ帰る必要はないほどの距離にいました。確実に救都に来るとも限りませんが進行方向が救都でした。」
彼の焦りようは本当に切羽詰まった表情で、ただでさえあれほど苦戦したキメラが大量に灰生物とともに進軍してくると考えると恐ろしい。彼の焦り方も分かるだろう。団長はどうやら悩んでいるようでこれからのことを考えているようだった。
「よし、撤退しよう。救都が落ちてしまっては本末転倒だからな。」
「わかりました、各部隊に伝達して最速で帰りましょう。」
「そうだな。迎撃の準備、民間人の避難を優先させよう。」
「では、私はこれで」
そう言って警備員の人は帰ってしまった。これからのことを考えると不安で仕方がないが、やれることをやるしかないというのは変わらない。団長の顔も、苦しそうな真剣な顔で、これからのことを物語っていた。
「シアハ、未解析の文献が、各部隊から報告されている。これに、結界装置のことが、書かれているかもしれない。もちろん、結界装置に、頼らない方針にする。だが、もし結界装置のことが書いてあり、修復できたときに勝利は固い。」
団長はそう言いつつ、こちらを向きながら話している。考えながら話しているからなのか、ちょっと言葉が途切れるときがあるが、私のやることは決まった。それと、逃げることが。果たして、私は逃げたいのか。あの時も、戦うことができずに何もできずにただ、結果しか見えなかった。もちろん、私が死んだときの救国騎士団としての損失はほどほどにあると自負している。
「先に言っておく、救国騎士団の本質はノードや亜人などの弱者救済を掲げている。結界装置の損傷が最終的に救都崩壊につながるだろう。これが起きたときにはノードの治療法を探るための研究者は逃がすつもりだ。」
「つまり、私には逃げろということですか」
「ああそうだ、何かこの状況で戦うことや誰かのために動きたくなるのはわかる。それでも、シアハには逃げてほしい。今後のためにも」
真剣に、迫真的な表情で団長は私を見る。その言葉は震えていて、恐怖なのか、またあった出来事なのか。相当、スタンダードにおびえているように見える。あの団長がだ。そんな危機的な状況でも、私を案じてくれている。それがたとえ、大勢のための、救国騎士団としての理念の達成のためだとしてもだ。
私は返答に困ってしまう。もとは、戦闘するつもりでいたからだ。私だけ逃げて、団長にルスベリー先輩、ラニウリさんにドークスさんやその他大勢を置いていくのはあまりにつらい。何もできないのが苦しい。
団長は返答に困っている私を見て、少し微笑んで、背を向けてこちらを見る。
「ひとまず、撤退準備をしなければならない、急ごう」
「わかりました行きます。」
ただ、返事を遅らせているだけだが、今はそんなこと言っている場合ではないから、その後、ベースキャンプは騒がしくなり、今から撤退して、素早く迎撃態勢に入ると言って、帰ることになる。
あの後、早朝から撤退するとのことで皆、早めに寝てしまった。夜間の移動はさすがに危ない。大所帯で移動するからちょっとしたことで足止めされたくないからね。そんなみんな寝てしまっているのに私は寝ることができない。何か、できることはないかと考え続けて寝れなくなってしまったのだ。
一度、外に出て気分を変えようとする。テントを出て、ちょっと人があんまりいないところに向かう。暗い、月明かりが頼りになるくらいには。その場に立ち尽くして空を見上げる。
救国騎士団に来てからいいことも悪いこともあった。この先、今まであった人たちとこれからも生き残れるのだろうか。今、まさに死が迫っている。あのスタンピードがすべてを飲み込む可能性が否めない。もし、スタンピードがぶつかった瞬間に結界装置が粉砕されたら、文字通りの地獄が始まるだろう。
考えながらも、空を見上げる。輝く星々は今にも飛び出しそうで、月は満月の輝きで世界を包み込んでいる。こんなにも美しい世界なのに、降りかかる出来事はこれほどに辛いのだろうか。私たちは辛いことにしか訪れないのだろうか。
美しい自然と現実の乖離に私の心はむず痒い。立ち尽くして、一度帰ろうとしていたところに疲れの表情が隠せていないドークスさんがいた。私を見て、目をこするようにして二度見する。寡黙で、冷静な人だと思っていたんだけど、思った以上に変な人なのかもしれない。
二度見しても私がいることに気付いてこちらに近づいてくる。
「ええと...シアハさんか?明日早いから寝たほうがいいぞ」
隈がひどく寝たほうがいいのはそちらではとツッコミ待ちかなと思わせるような感じだったが、真剣に言っているようだった。
「うんと、寝ようとしたんですけど、寝れなくて」
「そうか、本当に悩んでいるのならいつも使っている睡眠薬でもいるか?俺もよく考えすぎでおかしくなるからな」
平然とすごいこと言ってくる。私に対して睡眠薬を進めてくることとよく飲んでいることが本当に善意でやっていると思う。変なこと考えているというよりなんか考えてないように思える。きっと疲れているのだろう。
「あはは...遠慮しときます。」
柔らかに断ったのが気に障ったのか、急に顔が険しくなる。そんなに変なこと言ったかな。そうすると、ちょっとついてきてほしいと言って、飯どころに連れていかれる。夜ここに来ることがないからがらんとしていることが不思議に思えてくる。当然なんだけどね。
無言でドークスさんはお湯を沸かして、何かの葉っぱというかおそらくあれはハーブティーかな。ドークスさんは手に持っているそれを渡してきた。
「経験則なんだが、寝れないことが精神に影響して、さらに身体に影響する。ちょっと強引でも寝れたほうがいい。」
その言葉に重みがあった。睡眠薬に頼ったことがあることから本当にあったことなんだろうし、自身に起きたことなんだろう。彼の立場、指揮官は本当に負荷がかかる。なんせ、人の命を預かり、ミスをしたらどれほどの被害が出るかが分からないくらいに。
「ありがとうございます」
私はそれを受け取って少し冷ましてゆっくりと飲む。ふんわりとハーブの香りが漂い、ちょっと甘いのかな、なんだか不思議な味がして面白い。ドークスさんは考えるようなふりをして突然話始める。
「もし、寝れないのがひどいならラニウリに頼ったほうがいい。俺も一時期診てもらっていた時期がある」
「そうなんですか、意外ですね。なんだか、完璧に見えますもん。」
「はは、そう通りならいいんだがね」
自虐するように、うつむきながら話してしまう。ちょっととげのある発言だったかも
「えと、なんかすいません。ちょっと言葉がすぎましたね」
「気にしないでほしい。俺の問題だから」
そう言って去ろうとしたのだが、私は呼び止める。聞きたいことがある、ただ一つ戦いで役に立てるか。唇が震える感覚があるがそれを超えて話始める。
「待ってください。ちょっとだけ聞きたいことがあります」
「何か?」
「私、スタンダードに何もできないのは苦しいんです。何かできることはないですか」
私の言葉に戸惑っている。そりゃそうだ。なんせ、非戦闘員に含まれるから、戦闘しようとしてもクロスボウくらいしか使えないし、灰生物と戦えるかどうか。すこし悩んだ末にしゃべり始めた。
「そうだな、できればおとなしく撤退してほしいところだが、そうだな。城壁の兵器を動かすくらいならできるかもしれないな」
苦し紛れの発言に聞こえるが、それでも何かできそうでうれしかった。ただ、それで死んでしまったら元も子もない。おそらく、団長が許さないだろう。
「まあ、理想だな。現実的には結界装置のところについてほしい気持ちが大きい。だが、結界装置次第では後方支援くらいはできるだろう。」
「本当ですか!」
「ああ、本当だ。それだけか?まだ捌かなければいけない書類があるから俺はこれで」
喜んでいる私を横目にすぐにその場を去ってしまう。仕事の邪魔をしていたことに恥じるとともに、無力でないことが分かったから今日はもう寝れるかもしれない。寝れなかったらラニウリさんに頼ろう。




