第二十五話 前を向け!
「大丈夫か」
その優しくも特徴的な声で、暗闇から覚める。現実に戻されたはずなのに周りの景色が変わらないことがさっきまで起きていたことが真実であることを何よりも突き付けてくる。彼らのその顔はどこかを見ていて、まだ動きだしそうなほど力があった。本来なら、そのまま動いてもおかしくはないのだが、その周りには夥しいほどの血だまりで形成されている。その者が、死んでいる事実を突きつけるには十分だった。
ゆっくりと足を進め、その体に近づこうとする。せめて、彼らの遺品だけでも持ち帰っておきたかった。キメラに殺されるということは灰生物に生まれ変わること間違いない。だから、その死に哀悼の意を告げることすら許されないのだ。
そう思って、彼らに近づく。だが、誰かに肩をつかまれて止められてしまった。それは、ルスベリー先輩で、悲しさで顔が歪んでいるにも関わらず、笑顔を作ろうとしていた。どうして止めたのかを聞こうと思った。もしかしたらその小さな心すら許されないほどに厳しい状況なのか。心に空いた穴は、どこまでも私を侵食していき、判断能力を失っていると思われているのだろうか。
「駄目ですよ。触るだけで体調に支障をきたしてしまいます、だから...」
ルスベリー先輩も泣きそうな顔で語りかけていて、同じ気持ちなのは確かだろう。でも、形見すら拾えないのかと不満に思ってしまう。体調に支障をきたした場合最悪の時に死んでしまう。それは私もわかっている。それでも、何かできないのかとふらつく体で考える。
その時に団長が私たちのほうに近づいてくる。初めて会った時のフル装備を着た、ごつめの装備を鳴らしてこちらに向かってくる。その大きな大剣は歴戦の証のように赤黒く、いったい何体のキメラや人、動物を狩り殺してきたのだろうか。かつて、世界に席巻した救国を掲げた王国はあの団長のように強さを象徴していた。その帝国やキメラや、その他の国家とやりあってきた騎士の最後の生き残りのその戦闘後の姿はとても哀愁が見える景色だった。
「ルスベリー、シアハ。すまない。私が来た時点ではすでに」
「そうですか...穴に落ちた時点でどうしようもなかったのですか」
団長の力を持ってしても間に合わなけれればどうしようもない。いつまでも、敵と対等に戦えるわけではない。それに、消耗すればするほど劣勢でいつかほころびが出てしまったらそこから全員が死んでしまう。綱渡りのような戦いだったのだが、ルスベリー先輩が途中で私をかばったところからすべてが崩れてしまったのではないか。そんなことを考えて、うつむいて、自責が止まらない。もし、あの時にバックを取りに行ったのがルスベリー先輩であったら、軽々と穴に落ちることなく回収して、キメラを倒せていたのだろうか。
もしかしたらが、心の中に響き渡り、後悔の念が押し寄せてくる。それを察したのかそれとも慣習なのか、団長は離れるように言ってきた。
「シアハ。これが、王国いや、救国騎士団流のレクイエムだ」
そういって、団長は大剣を大きく掲げて、力を溜める。その力は空気が揺らぎ、まるで空間に曲を流し込んでいるように静寂が響く。あのまま、振り下ろしたら確かに、私たちごと死んでしまうだろう。
「敬礼を、死にゆくものへ哀悼を」
そう一言いい、大剣を振り下ろす。その一撃で、周囲すべてが崩れ落ちていく。地面すら溶けるほどの熱波が私たちにわかるほどに。団長が識別できないほどに離れているはずなのに人が出せる一撃を超えている。溶け落ちたものはすべて敵と味方問わず。すべてが天に帰るように私たちは願うしかない。そうじゃないと私たちはきっと、生きることをやめるほどの悲しみに暮れるしかなくなってしまうから。
一度も、経験したことのないほどに、もしかしたら記憶がないときにあるのかもしれないが、深い喪失感は拭えない。私たちは死者になんと声をかければいいのだろうか。決して返事がないにもかかわらず、その後のことを考えてしまう。
深く、思考に溺れているのに気づかれて、後ろから声を掛けられたことに気付かなかった。肩を叩かれてやっとわかった。
「シアハさん。初めてで考えることもあるでしょう。でも、今。明日があるのは私たちなんです。帰りましょう、明日のために。」
その言葉はとても力強く、前を向くための言葉であった。そして現実的でも、理想的でもあり、つながれたバトンを受け取るように次に進むための力になるだろうと。今の私には眩しすぎてとても見るに堪えない光景だった。光の強さに、心を折る。
「そう、ですね。そうですよね」
言い聞かせるように返事をする。振り向くことはない。だって今泣いているんだもの。こんな顔を誰にも見せれないよ。もしかしたら、これが大勝利につながる、救国の未来につながるのかもしれない。ここの都市からさらに、何かを見つけてそうじゃないとなんでガベーラントとアネモネたちは死ななければならなかったのか。
悲しみに暮れるのはここまでにしないと、団長の近づく軍靴のような音が響き渡る。帰還しなければならないのは重々承知しているし、するつもりだ。涙を拭き、前を見る。すべてを虚無に帰した団長が、剣を携えながらやってくる。
「待たせたな、では帰ろうか。」
そう言って、先を行く団長の背中はとても力強く大きかった。私よりも、背の高いのだが、それだけではなく動じなさが不思議に思える。ただ、どれほどの戦場を駆け抜けていたのかわからない。それだけ、別れを経験してきたのか、麻痺しているのか。突然、彼女が遠く見えてしまった。
その背中を追うことしか私にはできなかった。
一度、ベースキャンプに戻る。洞窟はいつまでも天井から明るい光をもたらしてくれて、道中困ることはなかった。外に出ると、真っ暗であり、今が夜であることを示していた。そっか、いつも光を浴びていたから時間間隔がおかしくなっていたんだ。もう、寝る時間であり、ベースキャンプに戻った時は見張りの人以外が寝ていてとても静かだった。
「じゃあ、ルスベリー、シアハ。一度じっくりと寝て休んでくれ。私からはこれくらいしかいえないが」
団長はそう言って自分のテントに戻っていった。返事を聞く間もなく。こういう時はきっと一人で考える時間があったほうがいいと思ったのだろう。実際、今日のことは日記に書いて、大事にして、二人のことを忘れないようにしなければならない。そう思い、早く自分のテントに戻ろうとした。
「おやすみなさいルスベリー先輩。」
「はい、おやすみなさい。」
軽く挨拶をした後に自分のテントに戻る。私が二人のことを思い出すには、バックの中に入っている、懐中時計とイヤリングしかない。私はその二つを抱えながら眠りに落ちた。いろいろなことがあったせいで疲れていたのがテントに入ったことによって押し寄せてきたのだろう。




