第九十話 挨拶がわり
ダークナンバーの青年が放った、静かで、しかし絶対的な要求――「彼をここに連れてきてくれないか」。
一瞬のフォースの揺らぎを捉えられ、絶体絶命の窮地に立たされたジョウ博士。
目の前にいるのは、圧倒的な強さと底知れぬ知性を併せ持つ、文字通りの怪物たち。
ここで拒絶すれば、さらなる猜疑心を煽り、取り返しのつかない事態を招きかねない。
背中に冷たい汗をにじませながら、ジョウ博士はこのコンマ数秒の間で、あまりにもリスクの高い決断を迫られていた――!
何度も二度手間を取らせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。今後はいただいた大切なルールを徹底し、より精度の高いサポートができるよう引き締めてまいります。
「あの横になっている方の女性……微かだが、知っている気がするなあ。だが、具合が良くないようだ。ならば、その隣の彼で良い。むしろ、フォースが安定していないのは彼の方だ。」
ジョウ博士はこのコンマ数秒の間で激しく思考を巡らせた。
(ぐっ! 変に断って彼らの機嫌を損ねてはいけないな。仕方あるまい……! ここは挨拶程度に済ませるしかないか。)
「わかりました。特例ですが、こちらへ呼んでみましょう。」
「あん!? あんた何様だい!?」
バシュン!!
青年は即座に、手にしたソードの切っ先をパールへと向けた。
「パール……いい加減にその不躾な態度をやめろ。博士は俺のソードを作ってくれている大切なパートナーだ。」
「わ、わーった! わかったから、ソードを本気で向けるんじゃないよ! 生きた心地がしないじゃないさ!」
「あんまり俺に同じことを言わせるなよ?」
「く……わかったよぉ。」
青年から放たれる本気の圧に、パールはすっかり気圧されて声を潜めた。
「では、しばらくお待ちください。呼んできます。」
ジョウ博士は一旦フィットルームから退室し、ユウの元へと急いだ。
一方でユウも、ただならぬ気配を察知してデイルームから出て移動を開始していた。
ユウに付き添うラムのコピーが瞬時にルートを調整したお陰で、二人はフィットルームからは死角となる通路でちょうど落ち合うことができた。
「博士! 大変なんだ、シャクが……! 俺のローブを着せたから、代わりに新しいのをください! じゃないと、あそこにいる彼らに気配を気づかれて……。」
ユウが言い終わる前に、ジョウ博士は手元にあった予備のローブを素早く手渡す。しかし、博士の表情は硬かった。ユウは博士の様子にキョトンとする。
「それがな……もうとっくに気づかれてるんだよ。そして、あちら側から『彼をこちらへ連れてくるように』との指示があった。」
「え!? もう!? や、やっぱりシャクの言った通りだった……なんてバカなんだ、俺は!」
「まあ、起きてしまったことは仕方がない。彼は私の古い顧客だ。幸い、こちらに害を成すような真似はせんと予想できる。お前はただ、『旅に出た者だ』とだけ答えたらいい。細かい素性に関しては個人情報の観点から、私が間に入って静止するからな。」
「わかりました。」
ユウは覚悟を決め、博士と共にフィットルームへと足を踏み入れた。
ジョウ博士は元々フォースを扱えない一般人のため、この空間を満たしている禍々しさを直接感じることはない。だが、少しでもフォースに精通している者がいれば、この部屋に充満する圧倒的な圧には到底耐えられないだろう。青年たちは、わざとフォースを周囲に解放したまま待っていたのだ。
「連れてきました。」
ジョウ博士の声に、青年がユウをまっすぐに見据える。
「ありがとう、ジョウ博士。……すまないが、俺は立場上名前を名乗れないんだ。だが、会えて嬉しいよ。君はフォースを扱えるのかい?」
「お、俺はユウです。はじめまして。あの、フォースですか? いえ、全然です。」
「まあ、そうだろうな。纏うものがあまりにもお粗末だ。だが……君には確かな才能がありそうだ。どうだ? ここで少しだけ、私たちのトレーニングに付き合ってくれないか? 微力ながら、フォースのコントロールを少し教えられるかもしれない。」
ユウはちらりと隣のジョウ博士を見た。博士は小さく、目立たないように軽く頷く。
「あ、はい……俺で何かの足しになるならば、喜んで。お願いします。」
(た、た、大変なことになってしまったーー!!)
ユウの内心の叫びを他所に、青年はジョウ博士へと向き直った。
「博士、俺が以前使っていた古いソードはあるかい? 彼に貸してあげてくれないか? 多分、今の彼ならソードを発現できると思うんだ。」
「ええ、ありますよ。」
ジョウ博士は、青年がかつて使用していた旧型のライトソードを取り出し、ユウへと差し出した。
「じゃあ、そこのグリップにあるスイッチを押してみて。くれぐれも筒の先端を覗き込まないようにね。そこから光の刃が出てくるから。」
ピッ。
ユウが言われた通りにスイッチを押す。
バシュン!! ブオオオオン!
強烈なエネルギー音と共に、目の前に眩い光の剣が形成された。
「やはりな……。君は無意識のうちにフォースを外へと発している。ソードのデバイスが、しっかり君のフォースを吸い上げて刃へと変換できているからね。」
(す、吸い上げている?)
ユウが不思議そうに剣を見つめる。
「ああ、済まない、ソードを見るのは初めてだったね? このソードは、ナイトと呼ばれる騎士たちが、自身のフォースを込めて戦う武器なんだ。持ち主のフォースを感知して剣へと成す。フォースが強ければ強いほど、その威力も増す。簡単に言えばそういう仕組みさ。」
「初めて聞きました。勉強になります。」
「うん、じゃあ、さっそく私と手合わせしてみよう。まずは簡単でいいから思い通りに振り回してみてくれ。くれぐれも自分の身体や四肢に刃を当てないようにね、大怪我をするから。」
ユウは、目の前に危険なダークナイトがいるという緊迫した状況にも関わらず、どこか胸が高鳴っているのを感じていた。
かつて地球にいた頃、SF映画の中で憧れの眼差しで見ていた光の武器が、今まさに自分の手の中にあるのだ。自分自身がそれを扱える日を、心のどこかでずっと夢見ていた。
(こんな形で夢が叶うなんて……よし!)
ユウはとりあえず、かつて見た映画のイメージを頭の中に思い描き、その通りにソードを鋭く振ってみた。
その流れるような光景を見て、青年のダークナイトは驚愕して目を見開く。
(この淀みのない動き……彼は本当に初めてソードを扱うのか? なんだか、俺の知っているような洗練された体捌きだ。だが、そうだな……少し演技じみていて、実戦としての隙も多少はある。やはり思い違いか……。だとしても、とてつもない才能だ。初めて握ってここまで使いこなすとは。ソードの刃を維持したまま動くことさえ、初心者は初めは難しいとされている。彼はもう、その段階をクリアしているというのか……。)
「こんな感じでしょうか?」
ユウが剣を収めずに問いかける。
「素晴らしいよ。じゃあ、少し手合わせをしよう。思った通りに、遠慮なく私に斬りかかってきてほしい。大丈夫、何かあっても君を責めたりはしないから、安心してかかってくるといい。」
ユウの高揚感はさらに増していた。今の自分の実力が、この未知の宇宙の強者を相手にどこまで通用するのかを試す、これ以上ない絶好の機会だったからだ。
「よろしくお願いします。」
ユウは一礼し、静かにソードを構えた。
ドン!
ユウの踏み込みと同時に、床が鳴る。一瞬にして距離を詰めるその身体能力は、旅を続ける中でさらに向上していた。
(速い!!)
ガシュン!! ギギギギ! バシューーン!
青年はユウの放った鋭い一撃を正面から完璧に受け止め、力強く弾き返す。
(なんて重い一撃だ! これは面白い!)
「はああああ!!!」
ユウは怯むことなく、すかさず激しい連撃を繰り出した。青年はその一太刀ずつを丁寧に、流れるような動作で弾き返していく。
バチーン!!
激しいエネルギーの火花が散り、両者は一度大きく距離をとった。
「素晴らしいよ、ユウ……。君は、数何光年に一人の逸材かもしれないな。」
「え!? お、俺がですか?」
「あん!? このパッとしない男がかい? 何かの間違いじゃないのかい?」
パールの不満げな声に、青年は不敵に笑う。
「ふふ。なら、次はお前がやってみるといいさ、パール。本気にならずに彼を捌ききれなければ、俺が横から止めてやるよ。」
「な、何を言いやがる! よし、あんた、次はあたしが相手だよ! 遠慮なくかかってきな!」
パールが挑発的にソードを構える中、青年がユウのローブに目を留めた。
「ユウ、そのローブを脱いでくれないか? おそらくそれは、俺たちの着ているものと同じ、気配を制御するための遮断機能が付いたものだろう? フォースの扱いがお粗末な君を心配して、ジョウ博士が気を利かせたに違いない。」
(いかん! ローブを脱いだらユウの本当のフォースの質が露わになり、正体がバレるかもしれん!)
ジョウ博士の脳裏に最悪の想定が過る。しかし、ユウは素直に頷いてしまった。
「わかりました。」
(バカもの! 誤魔化して着たままで戦え!)
ジョウ博士の内心の叫びも虚しく、ユウの手によってローブが脱ぎ捨てられる。
ファサ……。
!?
(ほう……これは、素晴らしいフォースだ。……パールじゃ危ないかもしれないな。)
青年の目の色が変わる。
「パール、ユウ、やっぱり今の話はなしだ。手合わせはやめておこう。」
「な、なんでだい!? まさか、このあたしより、コイツの方が上だと言うのかい!?」
「パール……お前もその肌で、薄々気がついているはずだ。勝てるかどうかは別の話だが、非常に危険な戦いになることに変わりはない。」
「ぐ! いや、納得いかないね! あたしが危険だって!? そんなはずは……。」
青年は内心でため息をつく。
(こいつはプライドが高すぎるな。まあ仕方ないか。こんな素人に見える相手を指して『危険だ』と言われれば、怒るのも無理はない。)
青年は首を振った。
「じゃあ、少しだけだ。ユウは博士の大切な顧客だ。もしお前が心に余裕を持って戦えていないと俺が判断したら、お前の四肢を獲ってでも無理やり止めるからな。その覚悟でいきなさい。」
パールはゴクリと息を呑んだ。青年の放つ言葉の圧は、冗談抜きで本物の警告だった。
パールは自身のプライドを懸けてローブを激しく脱ぎ捨て、ソードを両手で力強く構え直した。
「仕方がない。本気でいくから、死に物狂いでかかってきな!」
(よーし、なら……トウ姫には人前で使っちゃいけないって言われてるけど、少しだけ解放して戦ってみようかな。ごめん、博士……。今の自分の力を、こんな風に安全に測れる機会なんて、滅多にないと思うんだ!)
ピン!
ユウは意を決して、自身のフォースを内側から解放した。
トウとの過酷な修行で学んだ、フォースを無理に抑え込むことを止め、周囲へとダダ漏れにさせていく。
!?
(な、なんだい、こいつの放つフォースの質量は……!? こりゃ、絶対に舐めてかからない方が良さそうだね……!)
(素晴らしい、ユウ……! 君は、とんでもないレベルの才能をその身に秘めている!)
「さあ! いくよ!!」
第九十話 完
第九十話をお読みいただきありがとうございました!
ダークナンバーの青年との邂逅から、まさかのライトソードを用いた白熱の模擬戦へとなだれ込む展開に、胸の高鳴りが止まりません!
映画の武器を手にして目を輝かせるユウの男の子らしい一面が見られたのも束の間、ローブを脱ぎ、トウ姫との修行の成果であるフォースを解放した瞬間の圧倒的な空気の変転には鳥肌が立ちました。青年の驚愕、そしてプライドを懸けて本気で構えるパールの緊張感――すべてのフォースがこの一室に集約していくかのような凄まじい臨場感です!
果たして、フォースを解放したユウの実力は、ダークナンバーの上位層であるパールを相手にどこまで通用するのか!? そして、この規格外の衝突を前にジョウ博士はどう動くのか――!?
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