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小野田真希乃は伝えたい

 アトリエにて制作に励む統香の傍ら、一宮は郵便物の整理を行なっていた。

 証拠を現物で保管する文化が未だ根強いキューブに於いては協会からの依頼文よろしく、重要なやり取りは書面を通して行われる事が多い。


 キューブ国民のうち、日がな手紙の一つも届かないという者も多いが、それが参天壱位ともなるとそうはいかず。


 「チッ」


 処理の手間から思わず舌打ちしてしまう。そんな量の郵便物が毎日届くのである。

 内容は様々多岐に亘り、制作の依頼や協会の通達文、ファンレター、あとはお礼の手紙等々々々。


 そんな中にあって一際目を引いたのは、飾りっ気のない一通の茶封筒であった。開いて中身を確認すると、折り畳まれたルーズリーフが一枚だけ入っている。

 検めたそれは新規の依頼などではなく……


 『アンタって本っっ当に馬鹿ね!どこもかしこも壊しすぎじゃない!!?

 何なの??アナタの頭が壊れてるから壊しすぎなの!?

 それとも壊しすぎて壊れたの!?

 一宮この馬鹿!もう少し環境に配慮した戦い方しなさい!

 指導よ指導!!』


 そんな、一宮に対してキレすぎなクレームであった。


 殴り書きのようなその一枚を摘み上げた一宮は顎先に合谷のある指間を当てがい、差出人を考察する。


 「このキレ方は……ああ、真希乃まきのさんですね」


 どうやら一宮はキレた文面から筆者が特定出来るようだ。


 「真希乃ちゃんか。

 って事は……」


 「モデラーの教習ですね。また面倒な」


 平四庵での一件を始めとした、機械人形の戦闘による建造物等の被害を修復する協会旗下、モデラー。

 主に協会所属の芸術家、特に建築家や造形師、壁画家を中心に構成されており、その業務はなんといっても建造物の修復、原状回復に尽きる。

 尽きるのだが、いかんせん我の強い連中が寄り集まっているため、そして自身の衝動を抑制する器官がぶっ壊れているため、修復前後の外観は十中八九異なる様相へと造り替えられてしまう。

 彼らも名うての芸術家集団であるため、そのクオリティは他所の業者へ依頼するよりもずっと優れた出来映えではあるのだが、稀に、


 『芸術っちゅうたら爆発じゃろうもん!!』


 と、何故こんな危険思想を持つ者に担当させたのか、狂気の沙汰を思わせる采配も起こるそう。須く再補修である。


 己が欲望のままに造り、ごく稀に爆発を起こす。

 そんな、凡そ常識と呼べる認識の大半を制作の贄へと捧げてきた群れの中にありながら、この文の差出人である『真希乃』こと『小野田おのだ真希乃』という機械人形は、日本育ちという経歴も相まって非常に生真面目な性分であった。


 姿形は壊れる前のまま、中身は壊れる前より綺麗に。


 をモットーに掲げ、原状回復ならぬ原状超回復な仕事ぶりに定評のある人物である。



 「やっぱ廃墟がマズかったか」


 「どうでしょう。晨星ちゃんが来た時のものもお願いしましたし……」


 果たしてどちらか。

 なんて時は得てして──


 「どっちもよ馬鹿!!」


 得てして、どちらもである。



* * *



 「アンタ達さぁ↓あ↑? マぁジそういうところよ?」


 場所は移らずアトリエのまま、突然やって来たこの女『小野田真希乃』は、尊大な態度で二人と相対する。

 腰に手を当て、やれやれと、こっちはお前のためを思って言ってやっているんだと、困り眉でそんな風に振る舞われてしまってはもう。


 もうである。


 しかし流石は一宮。面倒極まりないという胸の内を見事に抑えていた。


 「真希乃さん、本日はお休みですか?」


 対する真希乃は逆をいく。

 コツコツとわざとらしく足音を立て、二人の前を旋回するように歩きながら、ありとあらゆる不満をお小言として口から発し続けた。


 「休みだったのに、仕事よ。何度言っても聞かず、環境破壊なんのそのって暴れまくる誰かさんのせいでね」


 「ったく。だからアンタ達は参天壱位のクセにいつまで経っても問題児扱いされてるのよ」


 「やれ目標を半殺しにしただの、やれ解体予定の無い廃墟を倒壊させただの、やれ屋敷の庭がボコボコだの……」


 「アンタ達さぁ↓あ↑? 私らモデラーはそのたんびに駆り出されてるワケじゃない?

 一宮、アナタのアトリビュートなら傷一つ付けず敵を戦闘不能にするのなんて朝飯前だろうに、どうしてああ派手にぶっ壊しちゃうんでしょうね↓ぇ↑?」


 コツ!

 真希乃は踵を鳴らし、視線だけを一宮へ向けた。


 対する一宮はというと、真希乃のこんな芝居がかった怒ってますよムーブは慣れっ子である。


 「しょうがないじゃないですか。マエストロは派手なのがお好きなんです」


 特に何を感じるでもなく、極めて普段通りに返答した。


 「うーわ出た出た。

 アナタ八月朔日先生の事尊敬してるくせに、責任押し付けるのは躊躇無いわよね」


 「? マエストロが取られますのに、私が持っていては仕方ないでしょう?」


 その言葉に真希乃の表情は一変してゲンナリ。


 (コイツほんとに……)


 頭の中に熱湯が沸き、沸いた端から蒸発していく。


 「まったくもう、これだから……っとに……いっつもいっつも言っても言ってもどこでもかしこでもボコボコボコボコ。この短期間で二回も屋敷の修繕までやらせて……」


 そうしてお小言が再開すると、一宮は隙を見つけてはチャチャを入れた。


 「半年は短期間と言わないかと」


 「流石に節度を覚えてもらうわよ。もう申請もした。通った」


 真希乃は言葉の合間に懐から一枚の封筒を取り出した。

 その中には確かに協会の角印が押された申請書類が入っており、これがある以上は真希乃の言う「指導」にも強制力が働く。


 「その都度修繕費用はお支払いしておりますし、規定上は何の問題も無い筈ですが」


 往復込み二時間弱の拘束が面倒な一宮は悪足掻きを試みるも、


 「うっさい。通ったったら通った。アナタに発言権は無いわ」


 取り付く島はなく、もはや何を言っても聞き入れてはくれなさそうな真希乃の様子に諦めがついたのか、


 「だからモテないんですよ」


 中学生か。


 「うっさい! いいから着いてきなさい!」


 「あーもう……」


 そうして腕を引かれ、


 「あ、私も?」


 「当然でしょう!」


 気配を殺しヤニに肺鼓を打っていた統香諸共誘拐さながらに連れていかれるのだった。



 なお、真希乃は運転免許を所持していない。そのため運転を一宮にさせるという何とももう、



 もうである。



* * *



 「おい……」


 「お、知らない店」


 「寄りますか?」


 「おい」


 「帰り寄んべ。みんなにお土産買ってこうぜ」


 「賛成です」


 「おい!」


 「うっさいなぁ何さ」


 「ヒスは貰い手が失せますよ」


 「煙草吸うなら窓開けれやっ!!」



 * * *



 これこれしかじか。三人は協会本部に到着した。

 それと同時に真希乃は飛び降りるように車外へ脱すると、


 「すぅぅうううう……はぁあああああ……ああ、空気が美味しい……」


 非喫煙者の軟弱な肺にあの空気は負荷が強すぎたようで、吸っては吐いての深呼吸を激しく繰り返す。


 「ブラックお役所前の空気が美味いわけねぇだろうに。

 一宮、やっちゃえ」


 「はい」


 咥え煙草の統香が本部へ向けて顎をやると、一宮は自身の煙草を吸い切り、


 「Fu*k」


 吸い殻をポイ捨てした。


 「フゥ〜〜!!」


 そんな一宮の隣から陽的ウェイ的ヤリラフィー的な奇声を発する統香はというと、


 「参天壱位様様だぜぇ」


 あっかんべーと舌を出し、監視カメラへ中指を立て、ついでとばかりに吸い殻をポイ捨てした。


 「アンタらチンピラかっ!!」


 ガニ股猫背で入り口へ向かう二人の背後から野次が飛ぶ。


 「参天だからってポイ捨ては許されないでしょう、馬鹿……」


 もはや職業病か、はたまた真希乃が出来た子だからか、吸い殻は彼女により即座に回収された。


 「んふふ、ご苦労」


 急な呼び出しに対する報復はこれにて完遂か。

 憤慨する真希乃を後ろ目に、二人は入り口の自動ドアを潜るのだった。



 『公益財団法人 キューブ藝技保存協会』。縮めて『協会』。

 表面上は芸術家の作品や書籍を収集し、保存し、教育に活用し、研究し、と、一般的な教育機関と相違無い役割を持っている機関である。のだが、警察をはじめとする治安維持組織をもってして対応し切れない事案への人材派遣を請け負う裏の顔も併せ持っていた。

 無論、基本的には人死にの恐れがある、或いは既に確認されている案件が主であるため、公には公開されていない側面である。

 今回二人を引率している小野田真希乃が所属するモデラーは、そんな表の顔と裏の顔を股に掛ける存在であった。

 表では建造物のリフォームや自然災害の復旧などを請け負うが、裏では機械人形の戦闘痕の修復作業を担っているためかなり忙しい存在である。


 「素直に応じてるだけありがたく思えよな〜」


 「マエストロは忙しい身なんですから、吸い殻の一つや二ついいじゃないですか」


 「アンタ達二人、ここ来るたんびに捨ててるじゃない! 知ってるんだからね!」


 大聖堂を思わせるエントランスは大勢の来客からなる喧騒を響かせており、三人のややデカめな声量はそこに馴染んでいく。


 「ん?」


 が、この星にはカクテルパーティー効果というものがあり。


 「統香、奇遇だな」


 はてと向くと、そこに居たのは元春菊。そして──


 「統香! 一宮!」


 元春菊の裏から素早く飛び出した小さな影。


 「うわははは! なんでいるんだ!」


 シファである。

 虎の刺繍が入ったスカジャンを他靡かせ、俊敏な動きで二人に飛びついた。


 「わはは! わははは!!」


 「おーおー、シファは相変わらず死ぬほど元気だねぇ」


 明朗快活なその様子に統香と一宮の二人は初孫を愛でる祖母のような朗らかな表情へと溶ける。


 「珍しいですね。シファちゃんも居るなんて」


 と、挨拶もそこそこに二人はシファの首元を吸った。


 「「ッスゥーーーーー」」


 「ひひゃっ! くすぐったい!」


 会う度の珍光景。シファ吸い。

 やれやれと、しかし尊いか。元春菊もにっこりニコニコこの笑顔。


 その光景を胡乱げに見つめるのはただ一人。


 「こんなグータラ女のどこがいいのか……」


 真希乃一人である。

 そんな真希乃をシファは振り返り、時間にして一秒か二秒。じとりとした視線を送ると、


 「真希乃はわからずやだからいーよ」


 プイッと首を振り、統香の胸元へ顔を埋めた。


 「なっ! このクソガキ……!」


 そんな態度に思わずプッツン。真希乃は怒りにわなわなと震え、誰に何を言うべきかと視線を彷徨わせた。

 目の前でシファを吸いながらニヤニヤしている統香か、目の前でシファを吸いながらニヤニヤしている一宮か。


 いや違う。


 「ちょっと元春菊先生! ちゃんと教育しなさいよ!

 敬称! 敬語!」


 児童の責任はその保護者にある。真希乃は二人の奥に立つ元春菊へ声を荒らげた。

 尤も、機械人形としては人間換算で既に飲酒喫煙も可能である年齢のシファを見た目のままに判断するのには疑問が残るが。


 「う……」


 しかしそれでも厄介な飛び火である事に変わりはなく、元春菊は困り眉を作った。

 シファとファナへの躾。

 何度注意してもその度に


 「わかった!」


 そう元気よく返事する二人を信じ、当然のように裏切られ……と言うより忘れられ、いつしか彼も諦めていたのだ。

 事これに関しては彼自身も苦心していたのである。


 「……すまん」


 言わざるを得ず、元春菊は腕を組んで天井を仰いだ。

 そんな元春菊を認めたシファが再度真希乃へと文句飛ばし、真希乃もそれに釣られ、いよいよ収拾がつかなくなってきた頃。


 「もーいーから。早く行こうぜ」


 今にも煙草に火を点けそうな統香より鶴の一声がかかり、現場は一先ずの収まりを見せたのだった。



 * * *



 協会本部職員棟二階。第三会議室。

 本日は指導員という立場を取る真希乃が上座に着き、統香と一宮、そして何故か元春菊とシファの二人もテーブルに着いた。


 「……何で?」


 統香の口を当たり前の疑問が衝く。


 「帰るタイミングを逃しただけだ」


 元春菊はため息混じりに頭を掻いた。

 道中の会話から二組それぞれにここを訪れた目的は共有を済ませており、この教習を受けるという事は、既に要件が済んでいる元春菊からしてみれば時間の無駄とも取れる行いな筈なのだが。


 「まあ、復習は何度やっても困るものじゃない」


 勤勉な彼らしい動機であるが、そんな元春菊、実は彼はもう一物ほど腹に忍ばせている。


 今回の教習は、主に倫理観を育む目的を持っている。

 統香らに比べてて遥かに常識を持ち合わせているシファであるが、そんな彼女は今一つモデラーである真希乃へのリスペクトに欠いていた。

 そのため、この場を利用し、改めてモデラーを尊敬する心を養わせるというのが元春菊の狙いだったのだ。


 「あたしは真希乃が統香と一宮に変なことしないか見張る!」


 シファも気合い満々にそう意気込む。

 どうやら元春菊の意図にはまるで気付いていないようだ。


 (……まあ、こいつは教わるより、手ずから学んだ方が身につくタイプだが)


 こめかみから滴る汗が物語る。ダメ元だと。


 「変な事ってなによ!」


 悲しいかな。こんな些細な火種からでも犬猿のようにギャンギャンと揉めているようでは、元春菊の狙いも暖簾に腕押し状態であった。



* * *



 「えーーそれでは、環境保全に係る倫理観についての講義を始めます」


 教習が始まったのはそれから十分後。時間は既に押していたため一秒でも早くカリキュラムを進めたい真希乃であるが……


 「まず私達モデラーの──」


 「せんせー、要点絞って話してもらえませんかー?」


 一の矢。


 「私達の時給補填出来るんですかー」


 二の矢。


 「うっさい!」


 反射で怒鳴るも、二人の言い分には正当性がある。

 時間が押しているのであれば、一から十まで丁寧に説明している余裕は無く、また、この二人を長時間拘束するという事はこの国の損失に直結すると言っても過言ではない。


 (それに、こいつらのチャチャに付き合いながらじゃ、時間なんていくらあっても足りないんじゃない……?)


 申請は通っているというのに、思ってしまえばそれまでである。


 「はぁ……わかったわ。指導と銘打ちはしたけど、結局私達が言いたいのはね、余計な仕事を増やすなって話じゃないのよ」


 「じゃあなんなんですかー」


 「簡潔にお願いしまーす」


 「うっさい!!


 ……はぁ」


 本日何度目かのため息。

 真希乃の酸素使用量は常人の倍ほどありそうだ。


 「ぶっちゃけ用があるのはね、一宮、アナタの方なのよ」


 その言葉に思わずキョトン。


 「私ですか?」


 「ええ。

 一宮、アナタのアトリビュートは間合いとする自身の半径四メートル以内の"分解"と"構築"でしょう?」


 「正確には少し違いますが……まあそんな感じです」


 「ん、であれば、構築で破壊痕の修繕くらいお手のものじゃないかしら。

 どうしてそれをやらないのか。私達はそれを聞きたいのよ」


 「確かに私の黒球なら、軌跡をなぞって地面や建物の修復も可能です。

 ただ、なんと言うか……」


 一宮は気まずそうに言い淀むと、ちらりと統香を見やった。


 「んぁ?」


 目的が自分でないと知ってか、煙草を燻らせた統香は背もたれに体重を預け、ぼーっとしていた。

 なおこの会議室は喫煙可であるため問題なし。


 「ん? 八月朔日先生に気を遣っているの?」


 真希乃にとって、それは思わぬ反応であった。

 彼女の知る一宮という機械人形は、主に迷惑をかける事を厭わない性分なのだから。


 「……はい。

 壊すより直す方が難しいように、対価の請求も重くなります。

 私の対価マエストロにご迷惑をおかけするものなので」


 重々しく言葉を紡ぐ一宮に、真希乃は思わず身じろいだ。

 説得力のある声音、表情が思わせる。


 (ちょっと……そうなると話が変わってくるじゃない。

 八月朔日先生の画業の妨げになり得るのなら、この話は一度上に報告しないと──)


 ハンカチまで取り出して、よよよと涙を流す演技に興じる一宮。

 そんな一宮に向く、一つの冷めた視線。


 (うっわ。こいつ平然と嘘吐くな。

 ただ面倒なだけのクセに、こういう保身も残してるのがタチ悪ぃよな)


 統香である。


 フィルターまで吸った煙草を灰皿にギュッと押し付けて、消え切らない火が薄らと煙を揺蕩わせる。


 (まあでも、実際そうだろうし、悪い気はしないけどさ……)


 なんて思いながら二本目に火を点けるのだった。


 (もし今の話が本当なら、ここで結論は出せない……くっ、わざとらしく泣き真似なんてして、何がしたいのよアナタは!)


 何故修復まで行わないのか。その問いに対する一宮の返答を聞き、真希乃の頭は今後の対応を列挙する。

 しかしそれも、機械人形のアトリビュートに関する話のうち、対価というあまりにも重要な情報を前にしては仕方のない事であった。

 一宮の言葉を反芻し、噛み締めるように顔を落とす。


 (いっそ今日は帰ってもらった方が……)


 そんな考えが過ぎると同時に、ここまでのスピーディーな展開に違和感を覚えた。


 (……あれ、でもなんか、二人に都合よく進みすぎじゃない?

 この二人なら、騒げば騒ぐだけ嗜めようとする私の時間なんていくらでも奪えるし、そうなったらこの教習の目的を私が話すのも時間の問題。

 そして一宮のあの言葉……)


 落とし、落としたまま、試すような視線だけを光らせ、


 「……ダウト」


 真希乃は一宮の言葉が嘘であると踏んだ。


 (参天壱位が使役する機械人形のアトリビュートにそんなデメリットがあってたまるか)


 「残念。トゥルーです」


 一宮は否認。

 こうなってしまっては言葉の応酬にも拍車がかかる。


 「ダウト」


 「トゥルー」


 「ダウト」


 「トゥルー」

 「ダウト」

 「トゥルー」

 「ダウト」

 「トゥルー」

 「ダウ」

 「トゥ」

 「ト」

 「ルー」


 ピキッと、真希乃のこめかみに青筋が浮かぶ。

 両手で激しく机を叩いた真希乃は、眉と眦を三十度以上吊り上げて、獣さながらに咆えた。


 「嘘よ! アナタの能力はスクラップ・ビルドでワンセットじゃない!!」


 真希乃は一宮へビッと指を指した。

 真希乃の認識はこうである。


 アトリビュートの能力が「分解・構築」の『A・B型』でなく、「分解構築」の『AB型』であるのなら、その行使一連に対価の差異は起こらないというもの。


 「ふふん!」


 会心の一撃か。ドヤと息巻く真希乃であるが、一宮はそんな彼女とは対照的に、至極冷静に座したまま言葉を返す。


 「ですから、そのワンセットをフルで行使すると対価が重くなると言う話です。マエストロの負担を減らすために分解の段階で留めているんですよ」


 残念無念。

 純度百パーセントの正論パンチが真希乃のリバーに深く突き刺さった。


 「んなっ!」


 真希乃は認識を誤っていた。

 能力ABのうちAだけに絞る事で対価の軽重を調整する。その発想が無かったのである。


 「うぐっ……ああ言えばこう言う……」


 「こう言わなきゃ伝わらないでしょう」


 言葉に詰まった真希乃は悔しそうに一宮を睨んだ。

 睨み、睨んで、眉間に皺を刻みながら、


 (落ち着きなさい、私……)


 冷静になろうと深呼吸に努める。

 沸点の低さには自覚があるのだろう。落ち着いて三度ほど吸って吐いてを繰り返した真希乃は、真剣な眼差しで口を開いた。


 「……あのね、私が言いたいのは、もっと柔軟に対応してほしいという事よ」


 目元には影が差し、声音も低く、先ほどまでと調子の違うトーンが聞こえてくれば、一宮の背筋も伸びる。


 「直せるのに、治せるのに…………アナタ、そんなんじゃまた先の大戦のような反感を買うわよ。

 破壊や暴力が時には必要だって事は私も思うし分かるけれど、あなたにはその痕跡や傷を治す力があるじゃないっ……!」


 怒りから眉間に寄っていた皺。

 胸の内を吐露してしまえば、その色は憂慮を思わせるような、そんな彼女の心痛を訴えてくるものへの変化もあっという間であったた。


 "先の大戦"という言葉に、一宮の記憶が思い起こされる。

 大悪を誅すために己が取った行動は、トロッコ問題のような問いへの回答としてあまりに簡素で明瞭すぎたのだろう。


 「悪人を前にした時、常識や倫理は枷にしかならないと思います」


 一宮は真希乃の訴えをバッサリと切った。


 「っ……!」


 「……思いますが、まぁ、貴女の言いたい事は分かりました。

 心に留めておきますよ」


 しかし、切れど捨てず。一宮は朗らかな笑みを真希乃へ向けた。


 二人のやり取りを見つめる統香もどこか嬉しそうである。


 「最初からそう言ってくれればいいのに、素直じゃないなぁ真希乃ちゃんは」


 かの大戦が起こったのは、統香が画壇に登る以前のニート期間であった。数年前の、いわゆる「尖っていた」時期である。

 懐かしさが去来するが、今はひとまず。


 「そんな器用じゃないのよ。私は」


 真希乃はぶっきらぼうにそう言うと、ぷいっと視線を背けて扉の前へ移動した。

 時間はまだまだ残っているのだが、本懐は遂げたのだ。十分なのだろう。


 扉の前に立ち、ノブに手をかけ、しかし何故か真希乃は話を続けた。


 「最後に、伝えたい事はもう一つあるわ。

 アナタ達なら既に気付いているかもしれないけれど」


 一宮は首を傾げた。


 「何ですか?」


 要件はもう済んだはずである。まだ何かあるのかと、しんどくなる系の話はもう十分なのにと。

 一宮の表情には気怠さが表れ始めていたのだが、真希乃の次の言葉にそれは直ぐに引っ込むこととなる。


 「何って……まさかアナタ、気付いてないの?」


 一宮の反応に真希乃は心底驚いたのか、目を見開いた。


 「んむゅ……またはずれ……」


 いつの間にかシファは眠っており、陽気な寝言が水を打ったような会議室に響く。


 「はい……? 気付くって、何の話ですか?」


 心当たりの無い一宮は統香を見やるも、己と変わらず、首を傾げて真希乃を見つめている。

 隣に並ぶ元春菊もまた何の事かわからないのか、一宮と視線が絡むと肩を竦め、首を横に振った。


 「私はモデラーよ。

 モデラーの主な業務は、機械人形により損壊された建造物等の修繕。休みはあるけど、雨天だろうと仕事をしなくちゃいけない。かなり忙しい仕事ね。

 そうして色んな痕跡を治してきたけど、中でも圧倒的に割合を占める破壊痕は、きっと親の顔より見てきたわ」


 真希乃は拳を握った。


 「それだけ見ているとね、分かるのよ。

 破壊痕から、機械人形の心の模様が」


 目を瞑り、開き、まっすぐに一宮を見つめ──


 「この間の黒球の痕、あの大戦前とそっくりだったわ」



* * *



 屋敷の面々へのお土産を後部座席に乗せ、法定速度よりややゆっくりと、帰りの車中は静かな空気で満ちていた。

 きっかけを要すような間柄では無いものの、統香は口を開きあぐねている。

 と言うのも、一宮の表情に影を刺した真希乃の言葉は、折を見て自分から伝えようと思案していたからであった。

 ハンドルを握る一宮の横顔は、橙色の陽光を正面から受けても、どこか浮かないのがよく見える。


 「フゥ……」


 窓は閉め切ったまま、煙を吐く音だけが響く車内で、先に口を開いたのは一宮であった。


 「今は私とシルヴィアだけでなく、使用人の皆さんも、まこっちゃんも、晨星さんも居ます。

 私の負担はぐっと減っているので、マエストロが勘案されているような事にはなりませんよ」


 努めて平素のトーンで、抑揚を出来る限り抑えて。

 一宮は思う。主を不安にさせる訳にはいかないと。


 「……うん、わかってる。

 ただ、懸念がね……」


 流石に煙いか、統香は窓を半分ほど開くと言葉を続けた。


 「もし、それに気付いたのが真希乃ちゃんだけじゃなくって、もし、連中の内の誰かが気付いていたら……ってさ」


 無論、いくら刺客を送ってこられようと返り討ちである。

 返り討ちであり、徹底して返り討ちであり、突き詰めるとそれは返り討ちである。


 であるが、その"連中"というのが肝か。


 「『Artiste Inconnue』ですね。

 マエストロの弟を自称する不届な男の」


 「そ。

 もしあいつに気付かれてたら、最悪カバーしきれないかもないなぁって。

 何してくるかわかんないし、今日だって屋敷空けてるし」


 流し目に、虚ろに景色を移ろわせ。


 「大丈夫ですよ。そのための晨星さんです」


 「……ん。そうだな」


 懸念。

 それはもう一つ。


 一宮の黒球が残す破壊痕がかつてのそれと似通っているのなら、


 作者の心が、魂が顕現した姿である機械人形の精神状態が慮られるのなら──


 「……」


 どう伝えたものか、どう対処したものか。

 


 火を消し、窓を閉め、幾分明るくなったふうな空気の中で、二人は帰路に着いた。





 そうして二人は屋敷に戻り、夥しい量の鮮血が飛び散った庭園を目撃する。





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