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迷探偵と名探偵(笑)(4)

 翌日、昼食を済ませた一宮と晨星は二分輪荘を発った。


 何故二人だけなのかと言うと……


 「さて、運動不足のマエストロは使い物にならないので、私達で裏取りを進めましょう」


 まあ、そういう事である。


 「アイヤー!」



* * *



 「そうなる事は分かりきっていたのに、どうして全力ダッシュなんてしちゃったんですか」


 「たっ探偵は……あ足で稼いで、こそだからっ……」


 「もう若くないんですから、程々にして下さい」


 「っさい! まだ二十四だ!!」



* * *



 先ほど行われた驢鳴犬吠ろめいけんばいなやり取りはさて置き、本日は調査二日目。

 初日である昨日はヘミスフィアの要所である『漁港』、『大手ホテル』、『二分輪荘』の三箇所にて聞き込みを行い、深夜には防砂林にて張り込みを行った結果青姦に勤しむカップルと、その背後に立つ白装束を目撃する事に成功する。

 こちらがその姿を認めると、それに気付いた白装束は逃げるようにその場を離れ、幼稚園児並みの体力を誇る統香が後を追った。

 白装束は所狭しと這い伸びる木の根により踏ん張りの効きにくい地面の特徴を捉えているのか、それらを器用に躱しながら、速度を落とさずに走り続けた。

 対する統香はことごとく木の根に足を取られ、転びそうになりながら何とか食らいついていくのが精一杯。それに加えて走力の差が露呈し始めると、ぐんぐんと距離を離されていった。

 しかし統香は白装束の走り慣れた様子を観察し、腕の振りから性別を見抜き、相手が"ヘミスフィアに土地勘があり"、かつ"女"である事を見抜いた。


 泳がせる。


 統香は声を張り上げた。それはもちろん一宮への指示ではあるのだが、数メートル先を走る白装束の耳に届ける意図も兼ねてである。

 重圧により追い込まれた者が相手を罠に嵌めるほどの胆力を見せるなどという事はそうそう無い。それが一般人であれば尚更である。

 統香は白装束の正体に凡その目星が付いていたからこそこのような手を打ったのだった。

 尤も、これ以降の相手の行動に統香らを撹乱させるためのフェイクが混じる可能性が無い訳ではない。走った先に駆け込んだ場所が拠点ではないという事も一概には否定出来ない。

 そんな可能性を否定する為、一宮と晨星は昨晩白装束が逃げ込んだ先が本当にその者の正体に繋がるのか。その裏を取りに向かうのである。


 「とは言え、こちらの結果も読み通りでしたし、盛り上がりには欠けますがファイナルアンサーでいいでしょう」


 少し浮かない顔をする一宮。そんな彼女が黒球より取り出したのは、昨晩統香より手渡された件のブツである。


 「ソレ何ネ?」


 不思議そうに覗き込む晨星の頭を一宮はぽんと撫でた。


 「あとで教えてあげますよ」


 晨星には敢えて詳細を伝えない。

 統香と一宮は晨星を推理漫画に出てくる、探偵の推理に大仰に驚くサブキャラポジに据えているのである。


 ちなみにそのブツ、一目見ただけでは使徒不明の道具にしか見えない形状をしている。

 採取した検体Aと検体Bを用いる事で、互いの生物学的繋がりを検査するのが主な用途であるこの道具。いわゆるDNA検査キットであるのだが、体育会系の晨星にしてみれば、聞いたところで。である。


 対象となる人物同士の生物学的繋がりを探るアブンキュラー鑑定を行うと、通常であれば結果が判明するまで数日ないし数週間と時間を要するのだが、そこは機械人形。一宮のアトリビュートにより検査は一晩で終了した。

 今回検査したのは、二分輪荘女将である若菜と、二分輪荘短期バイトである村井の二人である。

 村井の検体は煙草の吸い殻から。

 若菜の検体は、昨晩の追走劇後、防砂林内に複数点在する背の低い木の枝に引っかかった髪の毛から、それぞれ採取した。

 結果、一致率は二十五パーセント。

 この事から二人は血縁関係にあり、その数値から叔母と姪である可能性は極めて高い事が読み取れた。

 確信ある統香と一宮からしてみれば白装束=若菜と言うのは今更崩しようも無い大前提であり、この検査を通してその若菜と村井が血縁関係にある事が判明した。


 この二人には生物学的な繋がりがあり、とどのつまり、親族であると言えるのだ。


 その場合──



 ──その場合、まあ、特にどうと言う事は無い。



 なんか気になったから調べただけである。



 しかし統香は知っている。

 統香の言葉の端々より、一宮は察している。


 村井の口より吐露された、とある心情。

 二人は、村井が若菜へ抱いているまるで恋慕のようなそれを認識している。

 そんな恋模様をどうこうする心算も無いが、しかしハッキリした事が一つ。


 『身内』×『歳の差』×『同性愛』


 多様性の時代と言えど大っぴらに触れるのは憚られた。


 一宮は統香が個人の趣味嗜好に踏み込むほど野暮な人物では無いと知っている。好奇心から自己満足で真実を暴く身勝手さこそあるが。

 何はともあれ、本筋の調査にも大した関わりの無いこの事実を、一宮はそっと黒球へ仕舞った。


 話を戻そう。

 

 既に正体は割れた。

 おまけのような隠し要素のような一端も納得の結果を示し、若菜の元へこれを持って行くだけで何の意図があって白装束として夜な夜な防砂林へと繰り出していたのかを聞き出す事は容易であろう。

 しかし念には念をか。一宮と晨星は駐在所へと足を運んだ。


 「お疲れ様です。

 協会所属の機械人形、一宮と申します」


 戸を開け開口一番。デスクに向かって何やら書類仕事をしている年配の駐在員がそれに反応した。


 「あ……ああ、ああ。そう言えば若菜さんが仰ってましたね。

 いらっしゃるとか何とか」


 平身低頭な言葉遣いで以って席を立つ。

 概ねの事情は若菜から伺っているのだろう。


 強いて判然としない点を挙げるとするならこれか。

 若菜は何故か白装束の調査に協力的なのだ。

 己がそれそのものであるのなら、何らかの形で妨害を行う方が自然であるというもの。

 これが一宮には引っかかるのだ。


 (……一体どうして島民を調査に協力するよう促しているのでしょうね)


 自らの行いを喧伝するでもなく、隠し通すでもない。

 一宮はそんな若菜の腹の内がイマイチ読めなかった。


 (こんな時マエストロがいれば……)


 その天性の洞察力を以ってすれば何かわかるかもしれない。

 なんて思っても詮方無い。

 当の主は筋肉痛により病床に臥す後期高齢者さながら。お布団で静養せねばならないのだから。


 「はい。調査にご協力いただきたく」


 一宮は自身の仕事を全うせんと会話を進める。


 「はいはい、何なりと」


 男は一宮を奥へ通すと、来署者用の小さな文机の前に腰を下ろした。

 駐在所の民家のようなつくりや、母国のそれとは似ても似つかない隣近所のような距離感が珍しいのだろう。晨星はキョロキョロと屋内を見回しては興味のある物へ近付き、手に取って戻し、まるで小さな子供のようにあちらこちらへと歩き回っていた。

 一宮はそんな晨星に構わず話を続ける。


 「ではまず、こちらの地図をご覧いただけますか」


 黒球より取り出したのは、観光客用に配布されているヘミスフィアの簡易的なマップである。


 「このルートの……ここからここまで。

 それと、こちらから二分輪荘まで。昨晩の監視カメラの映像をチェックさせて下さい」


 一宮が人差し指で指し示したのは、二分輪荘のほか、大手ホテルや漁港から防砂林へと繋がる道。

 昨晩のうちにこの道を利用した者の中に若菜がいようものならば、これは動かぬ証拠足り得る。


 「えぇ、えぇ。もちろんです」


 駐在員はこれを二つ返事で了承した。

 キューブにおける他国との違い。それは収入源や人口に対する機械人形の比率などいくつかあるが、何と言ってもまずはこれだろう。


 「しかし、八月朔日統香先生の機械人形ですか。まさかこんな辺境でお目にかかれるとは、光栄です」


 芸術家の知名度と、特権。


 「恐れ入ります」


 キューブにおいて芸術家やそれに関わる人物の動向は、それが宗主国である日本の六法に背く行為でない限り、或いは正当な事由が認められる限り、制限する事を禁じられている。

 そのため監視カメラの映像の確認や持ち出しは当然のように承認されるのだ。


 駐在所に設置された端末よりクラウドへアクセス。昨晩の映像を抽出し、解析。

 一宮のアトリビュートにかかればこんなものはお茶の子さいさい。ちょちょいのちょいである。


 一宮の脳内で映像が再生される。

 防砂林の方へやって来る者、防砂林から商業区、居住区の方へ出て行く者。


 解析の結果、昨晩のうちに防砂林を出入りした者は十数名ほど。

 しかし二名のみ、一人は出る姿が、もう一人は入る姿が確認出来なかった。

 恐らく、その者は着の身着のまま防砂林内へやって来ると、人目につかないよう暗闇の向こうで白装束の衣装へと着替えたのだろう。


 「ありがとうございました。失礼します」


 防カメ精査がものの数分で終了すると、一宮は駐在員へ短く礼を述べた。


 そんな一宮の後ろ姿を眺める晨星。


 「この推理力、まるデ秦風チン・フォンネ」


 一体どこに推理の要素があったのか。

 きっと晨星は、一宮の毅然として利発的な振る舞いから、探偵として母国に名を馳せる男を想起せずにはいられなかったのだろう。


 「唐仁タン・レン役は任せるヨロシ!」


 腕を大きく振り、意気揚々とそのあとに続いた。


 裏取りは済んだ。

 ここからは解決編のはじまりである。





 そう思った矢先であった。



 到着したのはもはや勝手知ったる我が家か。二分輪荘である。

 一宮が扉へ手を伸ばし、触れる直前。

 その入り口は勢いよく開かれた。


 そこには若菜をはじめとした二分輪荘の全従業員、役所職員、大手ホテル受付け、漁港の益荒男達等々、今回の調査に際してやり取りを交わした人物のほぼ全員がばつの悪そうな顔をしており、



 「いくらなんでも……早すぎませんか……?」



 特別顔色の悪い若菜より、そう訴えられるのだった。



* * *



 二分輪荘は泡沫の間。

 若菜の他、漁港の益荒男数名と短期バイトである村井が顔を揃えていた。

 筋肉痛によりまともに動く事もかなわない運動不足の統香は一宮の布団をクッションのようにし、体重を預ける事で一応のていを保っている。


 「なるほどねぇ……」


 若菜より伝えられた此度の全貌を要約。そして反芻。


 「要は、ヘミスフィアの新事業として企画された謎解きイベントのテスターにされたって事か」


 謎解きイベント。

 なんでも、ヘミスフィアは観光地として名を馳せすぎたのか、島のキャパシティに対する観光客数が右肩上がりにもほどがあることこの上ないったらありゃしないといった具合だったそう。

 ここ二、三年は完全予約制に加え宿泊プランを調整するなどして対策してきたものの、表面張力ギリギリのような現状を維持するのは従業員らへ負担を強いる事になるのが想像に難くなく、いつしか限界が来ると見越した役場の観光課職員指揮のもと企画されたのが、この白装束の調査という体験型のアクティビティであった。

 二泊三日の専用プランを用意し、島民との会話や若菜を始めとした主要人物からの聞き込みを元に捜査を進め、謎多き白装束の正体を突き止める。というのが主な筋書き。

 北東方面の海を埋め立てて敷地を確保し、そこに新たな宿泊施設や小売店等を設け、島内の景観そのままに土地を拡張する事でキャパを増設した。

 新事業でこれまでとは違った新たな客層を迎える。

 人員も増強する事で負担を分散することが出来るため、従業員の負担軽減と利益増加が見込めるという、大規模な変革の一手。


 それが、この謎解きイベントである。


 「……一宮」


 統香は腕組み俯いた。


 「ですよね」


 わかりますとも。とでも言うかのように一宮は深く頷く。


 晨星は用意して貰った刺身定食をかっくらっていた。

 『遠くの名産より近くの採れたて』と言う言葉があるが、この島で提供される料理は近くの名産の採れたてである。

 添え物に過ぎない大根のツマや大葉ですらが絶品なため、完食したお皿には米粒は愚か、ツマの一本も残っていなかった。


 「ン〜! 美味しいヤミーネ!」


 日本流れのSNSからよくない影響を受けているようだ。



 満面の笑みの晨星を視界の外に、統香と一宮は大きくため息を吐いた。

 目元には影が差し、その表情は窺えない。


 「ごくっ……」


 緊迫した空気に若菜は生唾を飲み込んだ。

 それが伝播し、この場にいる殆どのものがごくりと喉を鳴らす。


 統香と一宮。二人は息を吐き切ると、それを補填するように大きく吸った。

 深呼吸。


 若菜の頬を冷や汗が滴る。

 それが伝い顎先から畳の上へ落ちた。

 

 ゴングが鳴った。


 「詰めが甘い。若菜への疑いが結論まで直結すぎる。逆にそういう引っ掛けかと思いはするけど、それは結論までの防波堤になりようもない。弱い。伏線も無ければ驚きもない、1+1を周りくどく聞かれてるみたいで爽快感も無ければ達成感も無い。今や薄れたかつての信仰を組み込んだり、夕陽が何かを暗示したりっていうこの島ならではのストーリーやトリックが何一つ無いのもどうかと思う。これならスマホゲーのちゃちぃ脱出ゲームの方がまだ熱中出来る。これシナリオ担当素人だろ。ゴミみてぇなクオリティだったぞ」

 「昨晩の逃走、あれじゃ地元民の女性ですと言っているようなものなので、直接姿を見せる際はスタントマンを雇うか、いっそ男性に頼むなどして調査を撹乱させる方向に持っていった方がよろしいかと。想定外のアクションに対してのアドリブがアレじゃ三日と持たずに解決されるのがオチですから、もう少しミスリードや考察しがいのある展開を用意しておいて下さい」

 

 と、聞かせる気が無いかのように同時に批評を捲し立てた。


 総評:クソ


 企画としてこれ以上ない程のダメ出しである。

 ブラック企業さながらのそれを受けた若菜はがくっと肩を落とした。


 しかしすぐに顔を上げた。


 「ですよね……実は、私共も概ね同じように感じておりました……」


 憂いを帯びた声音と表情。その奥には深い後悔を思わせる重みがある。


 「このシナリオ、実は外部委託なんです」


 「ほう?」


 外部委託。

 であれば殊更疑問である。

 外注であろうと相手がプロとなれば、相応のクオリティは担保されるはず。

 役場所員の素人が観光課より依頼を受け、本業の片手間にしたためた脚本であればこのお粗末で陳腐でチープな今作の出来にも納得できるのであるが。

 果たして、何故このようなクソ脚本なのか。


 若菜は居住まいを正すと、統香の瞳を真っ直ぐに見つめた。


 「『左衛門三郎禄郎』。

 ご存知ですか?」


 その名前に統香の身体はピクッと反応した。

 聞き覚えがあったのだ。


 「史上最年少で廉川文学賞を受賞した機械人形ですね。

 機械人形史上初のノーベル文学賞の受賞を期待されていましたが、今や落ちぶれ、打ち切り寸前のラジオをハシゴするだけの原稿書きですが、まさか……」


 「そのまさかです。

 ヘミスフィアの観光業をここまで大きくしたのは、観光課に勤める一人の職員の働きでした。

 何をするにも先手先手で、今回の新事業も発案は彼でした。

 シナリオもご自身で書かれると仰っておられて、私共もその方が良いと思いお任せしていたのですが、先月脳梗塞で亡くなられまして……」


 若菜より聞かされた経緯を踏まえ、一歩、一歩。統香の視線が上を向く。


 「左衛門三郎に依頼した……と」


 被せるようにそう言うと、若菜は沈黙で答えた。

 彼女としてもやるせ無いのだろう。


 「大々的な宣伝となるため広告頭は絶大な支持を得ている人物でなければならないと言うことで、協会様との連携も進んでおりました。

 一月後のテストとなると、私共も台詞や役割を身につけなければならないため引くに引けず……速筆で知られる左衛門三郎禄郎先生へご依頼いたした次第です」


 淡々と述べる若菜であったが、その心情は眉間に深く刻まれた皺が物語っていた。

 後ろに並ぶ面々も似た面持ちで、シナリオのクオリティに納得がいっている者などこの場に誰一人としていなかったのだ。


 統香は若菜の言葉を受け、皆々の表情を一瞥し、納得した。


 「どうせアレだろ。企画者の書きかけだった話は左衛門三郎が却下して、構成の殆どがアドリブのカスみたいな本送られたんだろ?」


 若菜らを襲った悲劇を見透かすかのように告げる。


 「そうですが……どうしてお分かりに?」


 「昔ある人から聞いたんだよ。

 「左衛門三郎は役者や演者に"どう演じさせるか"しか頭に無い」ってな。

 あいつの妄執みてぇな癖って考えたら、この虫食いだらけの中身スッカスカなハナシにも納得だよ。

 なァ?」


 「ええ。素人モノのAVばっか見てる童貞にありがちなつくりです。

 ライブ感が大事と宣い、ただの怠慢を正当化しようとする。物珍しさから下賜されただけの錆びたトロフィーが未だに輝いていると勘違い出来る水素並みに単純な構造の脳みそはちょっと面白いですけどね」


 二人は部屋の隅を見上げた。

 まるで、そこに向かって煽っているかのように。

 そして続ける。


 「ま、そう言う事なら納得だよ。

 新事業っつってたけど、これはボツにした方が良い。客足が遠のくだけだし、皆も納得してないだろ?」


 すると、その言葉が欲しかったのか、若菜らは安堵したようにほっとした息を吐いた。


 「そうですね。

 ただ、お客様方へのサービスをより恒常的に提供させていただくためにも、何か新しいイベントやアクティビティを。という気持ちは依然としてありまして、このまま夏に間に合わないくらいなら、いっそ……という思いもあるんです」


 見上げたサービス精神である。

 代替案こそあるものの、今から舵を切り替えるとなるとそれは大変な仕事となるだろう。若菜は迷っていた。


 そんな時である。


 「アクティビティ……水場なら、彼は如何ですか?」


 それは一宮からあがった声。

 宛先は主である統香。


 "彼"


 統香はそれが誰の事か分からず


 「?」


 を頭上に浮かべる。

 が、直ぐにピンときたのか、


 「あっ! ああ!

 えっでも大丈夫か? こないだはまだギリ意思疎通出来るぐらいだったろ?」


 「アトリビュートは深化しているそうですよ。

 今は周りのものも多少は問題無いそうです」


 「はぇ〜、やっぱ教室に預けて正解だったな」


 相変わらず、二人の間で交わされるやり取りは主語に欠ける。

 晨星はもうそれに慣れたのだろう。


 「どうせこの後説明するネ」


 なんて言って、首を傾げる若菜らへ手を振っていた。

 二人のやり取りはそこから二、三続くと一段落。終わると、統香は皆の方へ向き直った。


 「水を自在に操れる機械人形の伝手がある。

 教室っつって孤児院みたいなとこにいるから、諸々の手続きで二週間くらいは先になっちゃうけど、マリンアクティビティなら重宝すると思う」


 彼。


 「えっ、そっ……! よ、よろしいのですか……?」


 若菜は突然の事に思わず大きな声を出してしまい、それを自覚したのか、はっと口を押さえた。


 「私共は大変助かりますが……」


 今度は控えた声量でそう言うと、背後に並ぶ面々を見やり、その首が縦に大きく揺れているのを認める。


 「よ、よろしいのでしょうか……」


 再び正面に向き直って伺うように尋ねると、愚問だったのだろう。


 「他にも出せると思うから聞いてみるけど……とりあえず四人も居りゃあ十分か?」


 己と前提の異なる言葉が返ってきた。

 渡りに船にも程がある。


 若菜の目尻に涙が浮かんだ。

 しかしそれも無理ないか。

 暗礁に乗り上げ、頓挫するかの瀬戸際であった故人の企画が、思わぬ形で再び息を吹き返したのだ。

 それも、以前よりずっと生き生きとした息吹で。


 「あ……ありがとうございますっ!」


 「あざっす!」


 面々も低く頭を下げた。


 統香からしてみれば、テスターとして本企画を不採用と言い、代案を提出しただけであるのだが。


 「本当に、助かりました」


 低く低く下げられた顔が上げられ、そこに張り付いた満面の笑みを見てしまっては、この礼を受け取らない方が不義理に思えた。


 「……ははっ。まあ、頑張ってよ。

 私らも遊びに行くからさ」



* * *



 本日は調査二日目。

 二泊三日の二日目。


 とくれば、そこから宴が催されるのは自然な流れといえよう。

 時刻は午後十一時。

 宴も酣という頃合いを見て既に酒盛りや何やらは終了し、部屋の明かりも落とした現在。


 泡沫の間には四人の人間と、一人の機械人形のみが残っていた。


 「はぁ〜、やっぱ客足遠のいてる云々も作り話なんだ?」


 「ヘミスフィアのホームページやここ何年かの旅行系インフルエンサーのレビューも確認しましたけど……協会も噛んでるとなるとノウマン様のアトリビュートですかね」


 「仰る通りで」


 「相変わらず情報戦は最強ですね。

 いつぞやはお腹壊してたっていうのに」


 「あんな風に画面の中を動き回れたら楽しそうですよね」


 雑談を交わす。

 宴の余韻残る部屋で、広縁に四人。晨星は布団で夢の中。


 「まあなんにせよ、企画がなんとかなるんなら良かったよ」

 

 結局のところ、本筋からは大きく外れど、此度の依頼は完遂となった。

 それも、色良い報告が期待出来るほどの"完"である。


 離島を舞台に白装束の正体を調査するという、スリルショックサスペンス臭漂う展開を期待していた統香らからしてみれば不完全燃焼もいいところだが、終わりよければ良なんとやら。


 「んじゃ、そろそろ寝ますか」


 統香のこれを合図に各々腰を上げた。


 「統香様、本当にありがとうございました」


 「ありがとうございました」


 「ん、いいってことよ」


 本日何度目か。恭しく頭を下げる二人を見送ると、統香は一宮へ支線をやった。


 「……野暮ですよ」


 やや下品な、それこそ野暮な視線であった。


 「ま、外野の特権だろ」


 戻り、広縁の椅子へ腰掛ける。


 「三親等でも歳の差でも同性愛でも、キューブなら問題ないのになぁ」


 窓を開けて一本。

 月明かりの差し込む窓辺で、二人は煙を燻らせるのだった。



* * *



 本件より一月後。

 一行は再びヘミスフィアを訪れていた。


 「んははっ! しょっぱい!」


 なお、今回はまこっちゃんも帯同している。


 「真! アレで遊ぶヨ!」


 「おう!」


 晨星とまこっちゃん。二人の向かった先には"彼"が居た。


 日本は神奈川県のとある廃墟より連れ帰った機械人形の少年。

 教室より授けられた『芭蕉』の名。自身のアトリビュートとかけられたその花の花言葉と、己を救ってくれた赤と黒の二人に報いるための確かな誇りを胸に、日々を懸命に生きてきた。


 そんな芭蕉の現在はと言うと、


 「お二人もどうですか〜!」


 こんな調子で、随分とフランクであった。


 「……言葉、流暢になりましたね」


 そんな彼──改め、芭蕉君。

 水に変性させた腕を海や川などの水場へと伸ばす事で自身との境界を馴染ませる。広域とまではいかないながらも、それなりの範囲の水を自在に操れるようになったという。


 「アトリビュートも上達したな」


 以前廃墟で手渡したハンカチ。

 それを受け取りに行った際は号泣された。

 どうしても返したくないのか泣き喚き、仕舞いには二人に撫でられあやされ眠りについていた。

 赤ん坊に毛の生えたようなものだった少年が、たったの数ヶ月でこれ程立派に成長するとは。


 「やっぱ機械人形って不思議だよな。

 成長曲線が意味わからん」


 「私達もよくわかってませんから。

 いつか誰かが解き明かしてくれるんじゃないですか」


 と、デブがジャンプ台から飛び込んだ時のような着水音が響いた。

 濁音をふんだんに盛り込んだそれに思わず二人の視線も集中する。

 海面より飛び出したのは、ご満悦のまこっちゃんと晨星。

 恐らく芭蕉の操る海水により高く突き上げられたのだろう。


 「もう一回!」


 なんて言いながら、二人は満面の笑みで芭蕉と言葉を交わす。


 「随分賑やかになったなぁ」


 「ですね」


 「夏は暑いから嫌いだけど──」


 パラソルの下、こちらに笑顔を向けて手を振る三人に振り返す。


 「──なんか、案外悪くないな」


 「そうですね」


 そんな、ヘミスフィアでの夏の一幕。





 翌日、全身が日焼けでヒリヒリする事にブチ切れた統香はこの時と真逆の感想を叫んだ。





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