迷探偵と名探偵(笑)(3)
三人の報告が一巡し、そこからはシームレス。各々の持ち寄った情報を精査して共通項や疑問点の洗い出しをする、捜査会議のようなものへと移行する。
「島内を超えて日本国でまで囁かれているという白装束の噂ですが、その出現時期については"三年ほど前"と、誰に聞いても相違無いので、これは間違いないとみていいでしょう。
土着の信仰や逸話が形を変えた可能性も考えられますが、それについては島内に信仰の形跡こそあれど、それはありふれた自然信仰の域を出ないものでしたので、白装束との繋がりは薄いと思います」
淡々と要約する一宮。そんな彼女の推測に統香は疑問をあげた。
「般若面を被ってるとか言ってた奴も居たんだよな。
そんなビジュして斧までぶら下げてんのに、襲われたって人が一人も居ないのはちょっと不自然だよな。一人くらい斧振り翳されててもおかしくないような見た目してんのにさ。
なんか……ここまで見た目と行動の乖離が酷いとなると、自然の精が何らかの意思によってそんな姿へ変貌を遂げただけ〜って線は無いか?
こう、本能と理性の狭間的な感じでさ」
「無いとは言い切れませんが、であればもっと神聖な姿をしていた方が信憑性も増すでしょうから、方向性としてはただの噂か、島民の誰かが何らかの意図で成りすましているかのどちらかで進めた方が安牌じゃないですかね」
「そっかぁ、そうだよなぁ……」
情報不足。それも当たり前か。
調査は今日始まったばかりであり、白装束が現れる時刻は丑三つ時。まだ数時間先の話である。
全体を軽く浚うような、聞き込みから推論を組み立てるというのは捜査における初歩も初歩。めぼしい収穫など得られるはずもなく、ましてやそこから犯人像を紐解こうなど、願うべくもない段階なのだ。
「誰かが成りすましている場合、社会に不満を抱きつつも人を襲うのが怖い気弱なパンピーの犯行とも考えられますが……やっぱり、携帯しているだけの斧が謎ですね。ただの演出だとしたらそれまでですが」
「な〜?
白装束も般若面も斧も、一目見ただけで「怖い」ってイメージに繋がるだけだし……なんかあれだな。人を襲う気は無いけど威嚇だけしてる感じ」
二人は悩ましく唸る。
明確とまではいかないまでも、もう少し白装束の正体へと繋がる手掛かり欲しいところであった。
「ところで、噂の出所はやはり掴めませんでしたか?」
推論をどれだけ積み立てようと、結論には結び付かず。一宮は別のアプローチを試みた。
唇を尖らせた統香は座椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げる。
「若菜──女将さんな。
みんなあの人から聞いたっつーけど、あの人は役場で誰からともなく聞いたとしか言ってなかったし、広めたのはあの人だとしても、あの様子ならこっちは掘っても仕方ないかもな」
言いながら、統香は鞄からある物を取り出した。
「そこでコレだ。
媒体は何でも良い。隙見て頼むよ、一宮」
「承知しました」
一宮はそれを黒球で飲み込む。
「女将さんが何か知ってるのはほぼ確だ。
問題はあの人の背景だけど、それは裏取りさえしちゃえばあとは勝手に話してくれるだろ」
このように結論を出すには情報が不足している場合、頻出する人物に焦点を絞って調査を進めるというのは、これまでこなした依頼の中からついた、統香にとってのクセのような手法である。
一見するとあまり実を結ぶようには思えないが、これが存外馬鹿に出来ない精度を誇る。
そんな主の推理。多くを語ってはもらえないものの、一宮にも凡その推測はたった。
置いてけぼりを喰らっているのは晨星ただ一人である。
尤も、彼女は彼女で自身の役割をしっかりと理解していた。
晨星の役割──それは、この場で少ない情報を前に頭を抱える事ではなく、いざという時、統香の矛となり盾となること。
有事に備えることである。
よって晨星は敢えて会話に混ざらず、追加で配膳して貰った食事に舌鼓を打つのであった。
「女将さんと……あとは村井さんですね」
「そ。何か意図があって隠してる可能性が高いから、あくまでも内々に」
「承知しました。
村井さんの分は必要無いんでしたよね?」
「うん。済み」
必要な語句の欠けた会話。
何が何やら。晨星はお刺身を頬張った。
さて、白装束の正体。
それを解き明かすピースとなるのが女将である可能性は極めて高い。
何か決定的な証拠があるわけでは無いが、統香も一宮もそのように考えている。
加えて昼間の様子から統香は、女将と村井の仕草や表情に違和感を覚えていた。
頻繁に唇を舐めたり、視線が定まっていなかったり、鼻頭をかいたり。嘘をついている人間特有の、後ろ暗い心理が端々に見て取れたのだ。
大っぴらに出来ない秘密を抱えている可能性は高い。
白装束に関するにしろ、関しないにしろ。
「まあまだ確証は無いけどね。ワンチャンくらいに思っといてよ」
統香は立ち上がって移動する。そうして広縁の椅子に腰掛けると、一宮もそれに続いた。
揃って煙草に火を点ける。
晨星はラーメンのスープを呑み干すと、口元を拭いながら副流煙欲しさからハイハイで二人の元へ這い寄った。
「オカミと村井がどウしタ?」
何となく聞き流していた会話の仔細。晨星にしてみればそれはさして意味を成さない不毛なものであるが、副流煙のお供にと尋ねた。
「そ。今の所それらしい様子は見られないけど、少なくともただの女将とバイトって関係だけじゃない気がするんだよね」
「……?」
「ま、そのための検査だよ。
これで一気に調査が進む」
案の定、返ってきたのはちんぷんかんぷんな内容であった。
統香は晨星を推理漫画に出てくる探偵の推理に大仰に驚くサブキャラに据えてそのようにしているのだが、知ってか知らずか、まあ知らずだろうが、晨星は、
「フーン」
すっかりクセになった副流煙を吸い込むと、そう納得した。
「勘で捜査なんて、名探偵と言うより迷探偵ですけどね」
「お馬鹿キャラの何気ない一言で閃くよりは現実的だろ」
吸い終わり、捜査会議は次の議題へと移る。
同時に統香と一宮は炬燵机へと戻り、入れ替わるように晨星は広縁の椅子へどかっと腰を下ろした。
その座り心地が新鮮だったようで、外の景色を眺めながらニコニコと、統香曰くその様子は大変可愛らしかったとか。
閑話休題。
次の議題。それは「噂そのものの"性質"に関して」となった。
白装束の正体は今夜の丑三つ時まで進展のさせようがない。
手掛かり足り得る女将の若菜は、先程の銭湯帰りにはもう姿がなく、見かけた従業員が言うには
「お帰りになりました」
とのこと。
村井をはじめとするバイトらも既に帰路に就いたようで、夜勤帯の従業員は噂に関して疎くあったこともあり、有益な情報は得られなかった。
となれば、現状で進める事が出来るのは既出情報の精度を高めるに限られる。
「とりあえず今のところ、話題作りの線はありえないな」
統香は一宮謹製の資料を見つめた。
具に書き留められた噂は細部こそ違えど、要は"丑三つ時になると片手に斧を持ち、般若の面を付け、白装束を着た何者かが防砂林に現れる"というものであり、飛び抜けて異質なものは確認されていなかった。
そのため統香は、この噂がもし仮に何者かの意思によって流布されたものだとして、その意図はヘミスフィアの売名ではない事を結論付けたのだった。
「ですね。客を呼ぶための噂ならそれこそ、かつての信仰をベースにしてしまえば造作ないでしょうし。
昔の神様を擬人化でもして祭り上げれば直ぐにチーチーって鳴き声で島が埋まりますよ」
一宮からも同意の声があがる。
「な。それに、逆に客を減らすためかとも思ったけど、調べてみたらここ、噂が立つ少し前は日帰りプランとか完全予約制とか、島内のキャパに対して増え過ぎた客を整理する為に色々と取り組んでたみたいなんだ。
半端に怖がらすような噂で客足を遠ざけるつもりだったとしても、新しく何かに着手するよりは今あるモンを弄った方が手っ取り早いし効果的だよな」
「わざわざ手間を掛ける理由があるとしたら……それこそ、新しい歴史を作ろうとしているとか……?」
「それは飛躍しすぎじゃない?
観光地として栄え出したのも割と最近だし、それこそ新しい歴史だろ?」
「言ってみただけです。
順当に考えてしまっては、白装束が本物という結論に落ち着いちゃうじゃありませんか」
「ん〜……晨星ちゃんはどう思う?」
統香は広縁へ目をやった。
「呼呼……」
晨星はすやすやと寝息をたてて眠っていた。
「ドカ食い気絶じゃん」
「一緒にするには健やかな寝顔すぎますよ」
天使の寝顔でむにゃむにゃと、何か朗らかな夢でも見ているのだろう。
「この子童顔だけど意外に身長あるんだよなぁ〜。いいなぁ〜。」
「……そうですね。あーキュートアグレッションキュートアグレッション」
「こらこら、寝てる子のほっぺたつねるんじゃないよ」
一宮を嗜める統香の目に時計が映る。
気付くと時刻は深夜。日付けも変わっていた。
「こんな時間か……んぁ〜! やっぱ一回は直接見ないと話進まないかぁ〜」
大きく伸びをし、煙草を手に取る。
ヤニカスの準備はこれだけで万端なのだ。
「丑三つ時までまだ少しありますけど……行きますか?」
「おん。適当に罠でも仕掛けようぜ」
「承知しました。集合体恐怖症の人が見たら失神するくらい草結びしましょう」
「なんだそのバイタリティ」
* * *
二人はヘミスフィア沿岸部の防砂林を訪れた。
ここは島内における白装束の目撃情報が最も多く、調査するよう依頼文にも記されていた謂わば激アツスポットである。
二人は幾本もの絹のような月光が差し込む樹々の下、懐中電灯の灯りを消して身を潜めていた。
そう、今、二人の目の前には──……
「あンっ! ダメよこんなトコロで……」
「こんな夜中に防砂林まで来るモノ好きなんていねぇよ」
二人の目の前には、今にもおっぱじめんとするカップルの姿があった。
「ンっ……でも私、白装束の幽霊が出るって聞いたもん。
怖いもん」
もん。
「それは怖いね。じゃあ、挿入れるね」
「あひん」
そこからは大晦日の柏手は愚か、ややもするとスタンディングオベーションのような大喝采が防砂林を包み込んだ。
統香と一宮の二人は嬉々としてその様子を眺めている。
「うっひゃひゃ。一宮、果てるタイミングで凸ろうぜ」
「駄目ですよマエストロ。果てるちょっと前に出て萎えさせないと」
ツッコミ不在の恐怖。
ヘミスフィアは赤道にほど近く、シーズン前の夜中であろうと薄着での外出が問題ない適度な気温を誇るキューブ随一のパライソである。
そんな南国かのような解放感に当てられ、
ぬるま湯のような心地の良い熱に浮かされ、
一組のアベックが不適切な行為に走ってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
「でもあれだな。
こんなふうにサカられちゃあ出るもんも出ないかもな」
「彼は出るもん出てますけどね」
「うぇへへへwww」
下世話な冗談を交わす二人。
気は完全に抜けていた。
「おっ、激しくなってきたしそろそろ行くか」
「ええ。でもどうせなら、シャウティングチキンの一つでも持ってくるんだった──」
反応が遅れてしまったのはそれ故だろう。
「──っと」
青姦に勤しむカップルの奥。
細く差し込む月明かりに照らされて浮かび上がる、般若面で顔を覆った白装束。
その手には幽鬼ような気配とは対照的な、力強さを鈍色に輝かせる一本の斧が握られていた。
「出た!」
思わず叫んだ統香はそのまま身を乗り出すと、白装束へ向かって一直線に駆けた。
それを契機としてか、草むらから飛び出した統香を認めた白装束は、身を翻すと後方へ向かって逃げるように走り出す。
深夜の防砂林を舞台にチェイスが始まる。
「キャァアアアアア!!」
衣服を乱したあられもない姿のカップルは、倒れるように尻餅をついた。
余談だが、男のナニはへちょへちょのひょろひょろであった。
「ブッハハハ! お前、笑わせんな!」
そのザマに統香は思わず吹き出す。
男の頭を軽く叩き、僅かにペースを落とすも即座に持ち直すと、力強く地面を蹴った。
「ふぇ……」
呆然とする男。その頭上から、ドスの聞いた一宮の声が降りかかる。
「警察呼びますよ」
「ひぇっ……!」
その声に全身の毛を総立てた男はと言うと、
「す、すみましゃぁああああ!!」
情けない悲鳴と謝罪の間の子と、
「ちょっと、置いてかないでよぉ〜!」
チンタラとスカートを履き直す、危機感の欠如した女を置いて行った。
「まったく。ゴミはそこら中に転がってるし、貞操観念と一緒に将来まで捨てた阿呆は居るし……
……ヘミスフィアって、もっと綺麗な場所だった筈なんですけどね」
哀愁ひとつまみの一宮は、憂うように煙草に火を点けるのだった。
* * *
場面は映り走るヤニカス。追跡開始から約一分。
素の走力は普通に白装束が上か。じわじわと距離が開いていく。
統香はたたらを踏むような、走っていると言うより最早、転ばないよう足を前に出し続けているかのような、そんな走法で息急き切っている。
「ぜぇっ! ぜぇっ!」
駆けながら、白装束を観察する。
「ぜはっ! ずぁっ……!」
樹々の隙間を器用に抜けていく。
「はあっ! はあっ!」
背の低い位置にある枝をしゃがんで躱し、速度を落とさず走り続ける。
腕の振りは滑らかながら、肘がやや外側に開いていた。
(やっぱしっ……!)
「っ一宮! 女だ! 土地勘のある女!」
統香は天を仰ぎ、そう叫んだ。
体力雑魚の己にチェイスが不向きである事を理解しつつ、その上で自ら白装束を追い、互いの距離を一方的に引き離されながらも足は止めない。
いくら自分より足が遅かろうと、背後から鳴り続ける音。枝を踏み折り、地面を蹴る音が止まなければ、それは相応のプレッシャーとなる。
統香は白装束の精神的余裕を奪い、単調な判断を取らせるためだけにこうして奔り、声を張り上げる。
そして、こう続けた。
「泳がせる! 追うな! 見てろ!」
それが合図か。一宮は軽やかに、煙草の煙を置き去りに。
高く、跳躍した。
シルエットが月に重なる。
「風流ネ」
いつの間に目を覚ましたのか、ぼんやりと外の景色を眺めていた晨星の視線の先にそれが映った。
側にある電柱に着地した一宮は、より見晴らしの良い場所を求めて再度跳躍。
候補が目に止まると、先端を鉤へと成形した黒糸を伸ばし、いくつかの家屋や鉄塔へひっかけ、巻き取りながらその場所──ヘミスフィア一の高さを誇る、大手ホテルの屋上へ。
「ふぅ」
一宮は軽やかな靴音を響かせた着地から、ラグ無く白装束のシルエットを追う。
その影はとっくに統香を振り切っていると言うのに、休む事なくただひたすらに、真っ直ぐに、目的地だろう場所へと向かっていく。
「……勘でも当たれば名探偵──いえ、名探偵(笑)と言ったところですか」
照度の高い満月を背に、一宮は感嘆のため息を吐いた。
その影、白装束の経路上にあったのは、一食n服の大恩ある宿泊施設。
二分輪荘であった。




