迷探偵と名探偵(笑)(2)
李・晨星の場合──
港へ到着した晨星は、白装束について手当たり次第に聞いて回ろうと考えた。すると、丁度いい所に筋骨隆々な後ろ姿が。
「チョットいいカ」
「ん? なんだい嬢ちゃん」
振り返った男はその体躯に似合わず、随分と朗らかな声音で応える。
「噂。白装束ノ。知ってるカ?」
男は晨星が口にした単語をにわかに訝しむも、何かを思い出したかのように眉間の険を取り払った。
「あっ、嬢ちゃんが若菜さんの言ってた協会の人かい!」
「……ン! そウネ!」
晨星は若菜という聞き覚えのない人名をスルーする。
若菜は二分輪荘の女将の名であるのだが、わざわざ尋ねたところで記憶するのも難儀な関係性である以上は当然の事か。
「知ってる事……っつってもなぁ……」
不安気な語り出しとか裏腹に、晨星の聞き込みは順調に進んでいった。
筋骨隆々の彼はこの港において重要人物なのか、はたまた晨星の明朗快活な性分が故か。見慣れた景色に浮かぶ真っ赤なチャイナ服も相まって、傍目に目立つ二人の雰囲気が人を呼び、漁港中から大勢の益荒男が集まるに至ったのだ。
「嗯嗯……三年前からイキナリ出てきタ。
襲われタ人イナイ。
ウシミツドキに海岸のボウサリンに出ル……」
「おう、コイツが実際に見たってよ」
と、筋骨隆々の彼が一人の背中をドンと叩くと、一人の男がたたらを踏みながら晨星の前へ突き出された。
「いてて……ったく、ガンモさんってばいつまで経っても加減を覚えないんだから……」
ぼやきつつも男は続ける。
「白装束──って皆は言ってっけどさ、実際にその姿を見た俺から言わせりゃ、ありゃ夜叉だね。鬼夜叉さ」
“夜叉”
先の旅館内での聞き込み。晨星は夜叉と口にした男の名前こそ忘れたものの、その単語には聞き覚えがあった。
「夜叉って何ネ?」
仏教に明るくない晨星は純粋な疑問からそう尋ねた。
夜叉という単語が具体的に何を意味するのか。
何かしら完結な説明があれば御の字だったのだが──
「何って言われりゃあ……何だ?」
筋骨隆々の彼が周囲に同意を求めるような視線をやると、
「確かに何つーか……改めて聞かれるとな」
「和服を着てるイメージだが……」
そんな調子で皆が首を傾げた。
そこから何故か議論が捗り、誰一人としてスマホで調べようともせず、最終的には
「とにかくおっかねぇ奴」
と言う所に落ち着いた。
「嗯。オーケー、わかたネ!」
何もオーケーではないが、こうして晨星は大した情報を得る事も無く聞き込みを終えるのだった。
* * *
一宮の場合──
一宮の担当は港と二分輪荘を除いた島内全域。
島民は精々が一千人程であるが、シーズン前でありながら大手ホテルが満室になる程度には観光客も訪れている。
一人一人に聞いて回るには些かどころか全身隈なく骨が折れるだろう。
「さてと」
一宮にとっては些事だが。
(黒球を糸状に成形。
白装束──大和田さんの言を借りるなら、"夜叉"に関する噂や情報が入手出来れば御の字ですが……
……どうせ島民の誰かが扮しているだけでしょうし、警戒させないよう、厚みはマイクロにしますか。
ホテル全域。従業員周辺は気持ち多めに、トイレ、客室内にも配線しましょう)
「ふぅ。こんなところですかね」
そうして仕込みを終えると、一宮は余りの黒球をクッション付きのハンギングチェアへと成形した。
クッションを潰すように深く腰掛けると、煙草に火を点ける。
「案外良い眺めですね」
現在地はホテルの屋上。
立ち入り禁止のそこへ調査と銘打ち足を踏み入れ、黒球へと伝わる振動の内、人体の声帯から発せられるもののみを選別すると、労せず情報を得る手筈は整う。
手始めにまずは従業員休憩室から。
──あの八月朔日統香の機械人形ですって。
──調査って言ってましたよね……やっぱりあの噂……
──白装束白装束って、本当に居るかもわからないのに怯えちゃってもう……目に見えて客足は減っていくし、商売上がったりよね。
──でも斧を持っているって噂もあるし、誰か見た人が居るんじゃ……
──そう言えばあの噂、発端は何なんですか?
──発端はわからないけど、私は二分輪荘の若菜さんが仰っていたのを聞いたわね。
お魚の仕入れで港に行ったらいらっしゃって。去年だったかしら。
──あら、奇遇ね。私も若菜さんだわ。
あの人ああ見えて噂好きでお喋りなのね。ついつい話し込んじゃった。
──私も私も! でもそうね、私は一昨年だったかしら。
ほら、あの年って時勢もあってみんなマスクしてたじゃない? 若菜さんのマスクがもうすっごい綺麗で! しかも手作りだって言うじゃない? お召し物も華やかだから、私もうモデルさんかと思っちゃったもの!
(皆あの女将さんから白装束の噂を聞いた……偶然ですかね)
しかしそこからはF-1層特有の井戸端会議が始まってしまい、有力な情報が得られる事は無かった。
「……他の場所も聞いてみますか」
そうして客室やアンドラス、ホテルの入り口周辺へとチャンネルを切り替えてみるも、なんともまあ拍子抜けと言うか、殆どの客は外出しており、僅かに確認出来る者も白装束の話などはしておらず、
「……大人しく足で稼ぎましょうかね」
なんて諦念がため息とともに漏れた。
そんな時であった。
──夜叉。夜叉夜叉夜叉。
その声は、出入り口のチャンネルから聞こえた。
独り言のようにぶつぶつと、誰に聞かせるでもなく、ひたすらに、ただならぬ覚悟をより確固たるものとするためのように。
姿はエントランスか、柵から身を乗り出して周辺を観察するも、それらしい姿は認められない。
「仕方ありませんね」
一宮は屋上から飛び降りた。
否、舞った。
ひらりと身を翻し、重力に従うように身体を落下させた。
猫のように華麗な着地を決めた一宮は目を白黒させる観光客尻目に、早足でエントランスを目指す。
自動ドアが開いた。
絶えず聞こえる呪詛のような声。
──夜叉夜叉夜叉夜叉夜叉夜叉……
黒糸がピンと張る。
その声の主へピンポイントにチューニングした、正に魚が針に掛かったかの如きそれをもって、一宮は声の主を断定した。
そして、落胆した。
「貴方でしたか」
力の抜けた一宮の声に、糸を張った魚は振り返る。
「ム? 一宮氏ではありませんか。
如何されました?」
その正体はつい先ほど白装束──もとい、夜叉について熱弁していた男。
「大和田さん」
であった。
* * *
──統香の場合
「ふぁ〜〜青空の下で吸うヤニたまんねぇ〜」
「ホント、一層美味しく感じられますね」
統香と村井。二人肩を並べ、二分輪荘裏口にある喫煙スペースにて仲良くヤニを吸っていた。
「にしてもまさか村井ちゃんがイケる口とはね。
人は見かけによらんねぇ」
「ふふ、電子ですけどね」
「いやいや、電子には電子の良さがあるじゃんか」
雑談の芽が出るや否や、それはみるみるうちに茎を伸ばし、花を咲かせ、受粉し、新たな芽を吹かせる。
気付けば三十分。村井の休憩時間が終わるまでは秒読みであった。
「いけない、休憩終わっちゃう!」
村井は慌ただしく吸いかけのスティックを抜き、
「じゃあ統香さん、私戻りますね。
夜叉については私の方でも調べてみます──あっ!」
灰皿へ放るも外してしまった。
「っとと、私拾っとくから、頑張っといで」
「すみません、ありがとうございます! 頑張ります!」
村井は満面の笑みで頭を下げると、ぱたぱたと足音を遠ざけていった。
そこで統香はハッとした。
聞き忘れていた事が一つ。
「あっ村井ちゃん! 最後に一個いいかな!」
なんとか届いたか、ぱたぱたと、今度はこちらへ近付いてくると、ガチャっと扉が開いた。
「なんですかっ?」
ひょっこりと顔を覗かせた村井へ、統香は尋ねる。
それは、どうしても聞かなければならない、とても重要で大切で、欠かせないのであった。
ヤニカスにとって。
「村井ちゃんはさ、なんで煙草吸い始めたの?」
統香が尋ねたのは喫煙者の原点。オリジンである。
統香には変わった特技がある。
それは、その人の煙草を吸い始めたきっかけを聞くと、その人の人となりがわかるというもの。
かつて、統香は元春菊へ同様の質問をした。
「大した事じゃない。憧れだ。よくある話だろ」
「うーん、元春菊はアレだ。サッカーがしたいと思っている」
「……フッ、外れだ」
元春菊は呆れのため息を吐くと共に、統香の後頭部を軽くぺしんとした。
「むぅ……」
恨めしそうに見つめてくる統香の視線を平然とスルーするこの男。
しかし胸中は穏やかでなかった。
(まさか、統悟から俺の子供の頃の夢がサッカー選手だった事を聞いているのか……?)
以降も喫煙者との縁が生まれる度同様の質問をしていた。その数は十数人とそこまで多くはないが、問題はその的中率である。
統香のヤニカス占い。
その的中率、脅威の100%。
村井は統香からの問いに、頬を赤らめる。
「えっと……その、叔母の影響で……私の叔母、凄く綺麗で、かっこよくって……それで……」
照れ照れと、辿々しくそう答えた。
「……ん、そっか!」
「もうっ! 何言わせるんですか!」
「えっへへ、ごめんよ〜。
んじゃ、お仕事頑張ってら〜」
「も〜」
村井はそう唸り続け、それはその姿が扉の向こうに消えても暫くの間聞こえ続けていた。
「……なるほどね」
憧れ。
あなただけを見つめている。
「ふっ、ぴったりだ」
統香は煙草へ火を点けた。
* * *
十八時を回り、泡沫の間へ食事が運ばれてきた。
「「おぉ〜!」」
統香と晨星は目を見開いた。
質素な見た目ながら気品溢れる漆の足打ち折敷には、数々の漆器に採れたて新鮮な食材をふんだんに使用した豪奢な料理が盛り付けられていた。
和を感じさせるそのもてなしに心からの嘗胆が溢れたのだ。
淑と、粛々と。
女将である若菜直々に配膳され、恭しく退室していく彼女へ、一宮は尊敬の念を抱いた。
統香と晨星はその美しい所作に目もくれず、いただきますもおざなりに言い切ると料理にがっつくのだった。
「あの、報告会……」
唯一一宮だけが本懐を忘れずにいたが、その声は二人の幸せそうな破顔の前に掻き消える。
(……せっかくの旅行ですもんね)
甘く。
夕食を堪能しながら報告会の予定だったが、あえなくリスケ。
暗黙の了解で、食後に一服し、一息付いてからと相成った。
* * *
食事から三時間後。
「ふぃ〜、そんじゃ各々報告すっか」
「まったく。依頼なんですからしゃんとしてください」
現在時刻二十一時。
「一宮も喜んでタロ」
あらましはこうである。
一服。
フロントより連絡。
貸切浴場。
空き有り〼。
一も二もなく二人は駆け出した。
「あの、報告会……」
泡沫の間に一宮の声が虚しく響くだけであった。
さて、そんなこんなで源泉掛け流し。
もそもそと服を脱ぐ主を堪能し、シャンプーが目に入り悲鳴をあげる主を堪能し、湯船に浸かり溶ける主を鏡越しに堪能し、隣に腰を下ろし湯面の向こう側を堪能し、
心はともかく、身の方は綺麗さっぱり心機一転。
「……それはそれです」
一宮は棚上げを発動すると、そんなムッツリ女が仕入れた情報から、報告会は始まった。




