第三話:修羅場は朝のチャイムと共に
夜の静寂:聖女の涙と、少年の決意
飴玉でどうにか元の天然人格に戻ったローズ。しかし、よほどお腹が空いていたのか、安心したのか、チャーハンを完食した直後にコテッとベッドで眠りに落ちてしまう。
「ローズさん……? ローズさん……って、寝ちゃった」
透は彼女に毛布をかけながら、眼鏡の奥の目を細める。
彼女の言っていた「異世界から来た」という突飛な話。最初はコスプレオタクの妄想だと思っていたけれど、あの異常な魔力を目の当たりにした今なら信じるしかなかった。
(異世界から、たった一人でこんな見知らぬ場所に……)
その時、眠るローズの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「うぅ……ぱぱ……まま……」
「……ローズさん。きっと、寂しいんだね」
見知らぬ世界に一人きり。内気で友達の少ない透だからこそ、彼女の孤独が痛いほど分かった。
(よし……行く宛てがないなら、しばらくここにいなよ。僕がなんとかするから)
そんな透の健気な決意の後ろで、ローズはさらに寝言を続ける。
「ぱぱ……まま……お腹空いたよ……ムニャムニャ……チャーハンもう一杯……」
しかし、この貪欲な寝言は、すでに自分の布団に潜り込んでいた透の耳には聞こえていなかった。
翌朝:最悪の目覚まし時計
昨晩の「オラオラ無双」による筋肉痛と、精神的疲労で泥のように眠っていた透。
そんな透の意識を強制浮上させたのは、けたたましく鳴り響くインターホンの音だった。
ピンポーン! ピンポーン!!
「おい透ー! 生きてるかー! 朝練サボるなよー!」(剛の声)
「ちょっと透! いつまで寝てんのよ、置いてっちゃうわよ!」(咲の声)
「う、うーん……もう朝……?」
昨晩のハチャメチャな騒動を頭が覚醒しきっていない透は、すっかり失念していた。
「今あけるよー……」と、寝ぼけ眼のまま、いつもの眼鏡をかけてガチャリとドアを開けてしまう。
突入:マブダチ&幼馴染みと、ベッドの上の「爆弾」
ドアの向こうには、サッカーボールを脇に抱えたマブダチの一之瀬剛と、毎朝一緒に登校している幼馴染みの花園咲。
「遅いぞ透! お前が遅刻するなんて珍し……って、なんかお前、顔腫れてね? 殴られた跡みたいな……」
剛が透の顔の怪我(昨晩ナンパ男に殴られた一撃)に気づく。
「え? 透、喧嘩したの!? 誰にやられたのよ!」と咲が過保護に詰め寄る。
「あ、いや、これはちょっと路地裏で転んで……」
言い訳をしようとした透の背後。
剛と咲の視線が、透の狭いワンルームの奥――**『ベッドの上』**へと釘付けになった。
そこには、透の布団に包まり、はだけた金髪を枕に散らして、幸せそうに「すー……すー……」と寝息を立てている、超絶美少女の姿があった。
「……………………は?」
剛の口からボールがポロリと落ち、床を転がる。
咲の目が、見たこともないような急速なスピードで据わっていき、背後から般若のようなドス黒いオーラが立ち上り始める。
「お、おい透……。お前、いつの間にこんな外人の姉ちゃん連れ込んで……いや、監禁か!? 通報か!?」
「清・水・透・く・ん? ……これ、どういうことか、一秒で説明しなさい」
4. 第3話の引き(ラスト)
「ち、違うんだ! これはコスプレ……じゃなくて、異世界から……!」
焦れば焦るほど言い訳が怪しくなる透。
その大騒ぎの声で、ベッドの上のローズが「うーん……」とゆっくり目を覚ます。
「ふわぁ……。おはようございます、トオル様……。あら? そちらの現代人の方は……?」
ベッドの上でむにゃむにゃと目をこすりながら起き上がった金髪の少女――ローズさんの一言が、狭いワンルームに吸い込まれていった。
一瞬の静寂。
次の瞬間、幼馴染みの花園咲の背後から、目に見えるほどの真っ黒な般若のオーラが立ち上った。
「……トオル、様?」
「ひゃっ、はい!?」
「透っ! 彼女は誰で……貴方の何なのっ!? 正直に言いなさいっ……!!」
咲の怒号がアパートの薄い壁を震わせる。一歩、また一歩と詰め寄ってくる咲の迫力に、僕は内気な本領を遺憾なく発揮して「ひぃっ」とトカゲのように後ずさる。
そんな修羅場の真ん中で、マブダチの一之瀬剛だけは、床に落としたサッカーボールを拾い上げながら、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて僕の肩をバシバシと叩いた。
「おいおいおいっ! 透、お前隅におけねぇなぁ! いつからこんな外人の姉ちゃん連れ込んでたんだよ? しかもっ、めちゃくちゃ可愛いし……やるじゃん!」
「剛、面白がらないでよぉ! 違うんだ、誤解なんだって!」
「じゃあ何よその『トオル様』って呼び方は! 完全に特別な関係じゃない!」
咲の瞳の奥の炎がさらに激しさを増す。僕はブンブンと首を横に振りながら、必死に昨晩の事実を口にした。
「だからっ、ローズさんは異世界から来たんだって!」
「透っ、もっと気が利いた嘘つけないのっ!? 異世界とか、あんた普段のラノベの読みすぎでしょ!?」
当然信じてもらえるはずがない。僕だって昨晩あの魔力を見るまではコスプレオタクの妄想だと思っていたんだから。
すると、ベッドの上で僕たちのやり取りを不思議そうに見ていたローズさんが、すくっと立ち上がった。
「トオル様は嘘を吐いておられませんわ! 私はローズ。本当に、異世界から来ましたっ!」
真っ直ぐな瞳。聖女としての気品に満ちた、淀みのない声。
彼女は僕の無実を証明するために、毅然とした態度で僕の前に立ちはだかってくれたのだ。
――そう、僕の前に立ちはだかってくれた。
……何故か、**「全裸」**で。
「……え?」
僕の思考が完全に停止した。
よく見れば、彼女が昨晩着ていた純白の聖衣は、足元に脱ぎ捨てられている。異世界の服は構造が複雑で寝苦しかったのか、あるいは単に解放的になりたかったのか、彼女の国にそういう文化があるのかは知らないが、とにかく、今の彼女は遮るものが何もない、生まれたままの姿だった。
朝の清々しい光が、彼女の白磁のような美しい肌と、豊満なプロポーションを完璧にライトアップしている。
「……っっっ!!」
咲は顔を真っ赤にして両手で目を覆い、
「うおおおおっ!? ごちそうさまですっ!!」
剛は親指を立てて鼻血を吹き出しそうな勢いで大興奮している。
「な、何してんのさローズさんんんんんんっ!?」
僕は叫びながら、ベッドから毛布をひっつかみ、全裸の聖女様にぐるぐる巻きに投げつけた。
「ひゃぅっ!? な、何をするのですかトオル様!」
「服を着て! お願いだから今すぐ服を着てぇぇぇ!!」
気弱な僕の、人生最大の絶叫が響き渡る。
僕の平穏な高校生活は、こうして完全に、音を立てて崩壊したのだった。
(第三話・了)




