第二話:コスプレイヤーと真夜中のチャーハン
勘違いと自己紹介
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
男たちが逃げ去った路地裏で、僕はへたり込む金髪の少女に恐る恐る声をかけた。
手探りで見つけてかけ直した眼鏡の奥で、まだ心臓がバクバクと五月蝿く鳴っている。
「は、はい……。助けていただき、感謝いたしますわ」
少女は涙を拭い、泥のついたスカートを払いながら、お人形のように綺麗な仕草で一礼した。
それにしても、間近で見ると物凄い格好だ。
中世の神殿を思わせる、金糸の刺繍が施された真っ白な聖衣。まるで絵画から抜け出してきたような美しい金髪。
「ねぇ……君、お名前は?」
「私はローズ、と申します。……あの、遠い『異世界』から、扉を越えて参りましたの」
「えっ? い、異世界……?」
僕は一瞬フリーズし、それから納得したようにポンと手を打った。
(なるほど……! この子、熱心なコスプレイヤーさんなんだ!)
深夜にこの格好で路地裏。金貨がどうのと言ってコンビニで断られていたのも、全部そういう「コンセプトの撮影か何か」だったに違いない。
「設定がガッツリ固まってて凄いね……。かなりのオタク……あ、いや、プロ意識が高いっていうか。あ、僕は清水透。透でいいよ」
「トオル、様……。オタク? プロー? よく分かりませんが、トオル様は私の言葉を信じてくださるのですね!」
パァァ、と顔を輝かせるローズさん。いや、信じているというか、ノリを合わせてあげているだけなんだけど……。
ぐぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ。
その時、静かな夜の路地裏に、本日最大級の地鳴りのようなお腹の虫の音が鳴り響いた。
「ひゃぅっ!?」
ローズさんは一瞬で顔を真っ赤に染め、恥ずかしさのあまりその場にモジモジとへたり込んでしまった。
「うぅ……お恥ずかしいところを……。ですが、本当に、もう一歩も歩けないほどお腹がペコペコでして……」
涙目でうつむく彼女を見て、僕は苦笑した。このまま放っておくわけにもいかない。
「僕のアパート、すぐそこなんだ。大したものはないけど……何か作ってあげるよ。これでも、料理はちょっと得意なんだ」
「……本当ですか!? 現代の、トオル様のお手料理をいただけるのですか!?」
さっきまでの限界っぷりが嘘のように、ローズさんは目を輝かせて立ち上がった。
恐怖の隠し味
「狭くて古いところだけど、どうぞ」
「これが……アパート! 素晴らしいですわ、壁に囲まれた聖なる個室ですのね!」
玄関で靴を脱ぐという概念がないらしく、そのまま上がろうとする彼女を慌てて止めつつ、僕はキッチンに立った。
一人暮らしの男子高校生の冷蔵庫だ。大層な食材なんてあるはずもない。
「ごめんね。冷凍ご飯と卵しかないから、チャーハンくらいしか作れないけど」
「チーハン! 噂に聞く現代の米料理ですわね! 楽しみです!」
パイプ椅子にちょこんと腰掛け、目を輝かせて僕の手元を見つめるローズさん。
僕はフライパンを熱し、手際よく卵とご飯を炒めていく。我ながら、こういう時の手際の良さは内気な日常からは想像できないくらいスムーズだ。
「よし、仕上げにパラパラっと……。あ、これ、剛のやつが置いていったラー油かな?」
調味料ラックの隅にあった、赤い液体の入った小さなガラス瓶。
マブダチの一之瀬剛が「これ炒め物に入れると激ウマだぜ!」と置いていったものだ。僕はそれを普通のラー油だと思い込み、フライパンの縁からドバドバと景気よく回し入れた。
ジューーーッ!!
その瞬間、キッチンから立ち上ったのは、香ばしさ……ではなく、鼻を突き刺すような暴力的で、どす黒い刺激臭。
「ごほっ、ごほっ!? な、何これ、目に染み……っ」
激しく咽びながらも、お皿に盛り付けて完成。
見た目は少し赤みがかった、とても美味しそうなチャーハンだ。
「お待たせ。ちょっとスパイシーになっちゃったけど、どうぞ」
「わあぁ! いただきますわ!」
ローズさんはスプーンを握りしめ、豪快にチャーハンを口に運んだ。
「はふ、モグ……。美味しいですわ! 現代のチーハン、最高――ピリ……ピキキィン!?」
3妖艶なるオネエ、降臨
ローズさんの動きが、ピタリと止まった。
スプーンを握ったまま、カタカタと小刻みに震え始める。その白い肌がみるみるうちに真っ赤に火照り、可憐だった瞳が、妖しく、そして据わったようにギラリと輝きを放った。
「……ハァ? ちょっとアンタ」
地を這うような、だけど大人の色気に満ち溢れた、完全な『オネエ言葉(姐御肌)』。
「ひゃぅっ!? ろ、ローズさん……? 口調が……っ」
「ローズじゃなくて聖って呼びなさいよ! っていうかアンタ、この味付け……めちゃくちゃアタシ好みじゃないのよぉ!!」
バンッ!! とローズさん――いや、聖姐さんが机を叩いた。
その凄まじい衝撃と同時に、彼女の身体からパチパチと黄金の光(魔力)が漏れ出し、部屋の照明が明滅し始める。
「ちょっとぉ! こんな美味いもん食わせといて、おかわりは無いわけ!? アタシの胃袋を満足させたいなら、もっとガツンと刺激的なものを寄越しなさいよぉ!!」
「ひえええ!? 落ち着いてください! 壊れる、部屋が壊れるぅ!」
お腹を空かせたコスプレイヤーさんだと思っていた彼女は、一瞬にして、部屋を物理的に破壊しかねない『最強のオネエ爆弾』へと変貌してしまったのだ。
(どうする!? 眼鏡を外して僕がオラオラ系になって止めるか!? いや、見えない状態でこの人と戦ったらアパートが消し飛ぶ!!)
パニックの中、僕の指先に、ポケットに入っていた『あるもの』が触れた。
学校の帰りに、のど飴代わりに買っておいたイチゴ味の飴玉。
「これなら……っ!」
僕は意を決して、怒り狂う聖姐さんの懐へ飛び込んだ。
「あん? 何よアンタ、アタシに迫るなんて百年早――」
「これでも食らええええい!!」
僕は彼女の艶やかな唇を目がけて、イチゴ飴を「んぐっ!」と力任せに押し込んだ。
「んぐぅっ!? ゲホッ……、……あ、あら?」
キャンディの糖分が舌に触れた瞬間、彼女の身体から吹き荒れていた暴風のようなオーラが、スゥッと消え去った。
照明のパチパチという音も止まる。
「……ふぇ? アタシったら、何を……? あら、このイチゴの飴さん、とっても甘くて美味しいですぅ〜(ウットリ)」
床にペタンと座り込み、頬をにやけさせて元の可愛い天然聖女に戻ったローズさん。
それを見つめながら、僕は冷や汗でビショビクになりながら、ゼィゼィと息を切らした。
(……この人、やっぱりコスプレイヤーなんかじゃない。本物の……本物のヤバい人(異世界人)だ……!!)
そして僕は確信した。彼女を大人しくさせるための絶対の鍵――それが、この『飴玉』であるということを。
(第二話・了)




