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第7話 国中の呪いを一斉解呪したら、阿鼻叫喚と感謝が同時に来た

 マルガリータ王妃の解呪から数日が経過した。

「……あの、イレーネ。いつになったら王様は政務に復帰するんですか? 俺、そろそろベルク領に引きこもって寝たいんですけど」

「無理ですわ英雄様。お母様とお父様、長年の遅れを取り戻すかのように、寝室から一歩も出てきませんの。お食事が運ばれていく時以外、ずっと扉に鍵がかかったままですわ」

(うわぁ、何十年分のツケが一気に来てるのか。完全に国政がストップしてるじゃないか)

 呆れ果てる俺の腕に、イレーネが嬉しそうにぴったりとくっついてくる。こちらもこちらで、呪いが解けてからというもの、隙あらば密着してくるメガデレ犬のようになっていた。

「それよりも英雄様! お父様たちが政務に復帰される前に、やらなければならない重大な任務がありますわ!」

「任務? 嫌ですよ、俺はもう後方で安全に……」

「我が国の貴族女性を救うのです! わたくしとお母様が長年苦しんできたあの呪い、きっと他の高位貴族の妻や令嬢たちも同じように苦しんでいるはずですわ!」

(いや、勝手に仕事を増やさないで!?)

「そもそも、なんで今まで誰も解呪しなかったんですか? 呪いがかかってるなら、解呪士に頼めばよかっただろう」

 俺がそう言うと、イレーネは少し寂しそうに目を伏せた。

「……呪いの存在自体は、王家では代々言い伝えられていましたの。でも、解き方が誰にもわからなかったのですわ。高位の解呪士を何人も呼んで試していただいたのですが、誰も解けなくて。呪いをかけた者の意図なのか、高レベルの術式では逆に弾かれてしまうのだと……」

(なるほど。だから何世代も解けなかったのか)

「英雄様がレベル1の魔法でサクッとやってくださるまで、ずっとずっと……」

 イレーネの声が少し震えた。

(……そうか。ずっと苦しんでたんだな、この人も)

 俺は小さく息を吐いた。

「……わかった。やるだけやってみる」

「英雄様ぁっ! 大好きですわ! チュッ!」

「だから突然チューするな!」

 俺の抗議はスルーされ、イレーネの王族としての権限により、王都に住むすべての貴族の妻と令嬢が、王城の大広間に緊急招集されることになってしまった。


 数時間後。大広間には、何百人という着飾った貴族の女性たちと、その付き添いの夫たちが集められていた。

 女性たちの表情はさまざまだ。不安そうな者、怪訝そうな者、そして何かを期待するように唇をぎゅっと結んでいる者。

(呪いの存在を知っている人は、もしかして解呪してもらえると気づいているのか)

「英雄様、皆様お集まりですわ! お願いします!」

「はぁ……もうヤケクソだ。手作業でやってたら日が暮れる。一気にいくぞ」

 俺は広間の中心に立ち、深く息を吸い込んだ。魔法の威力や範囲は魔力量に比例する。俺の無駄に底なしの魔力を限界まで練り上げ、レベル1の解呪魔法に、同じくレベル1の水魔法を組み合わせて広間全体に霧として放った。

「『レベル1・広域解呪の霧』!」

 シュウウウウウッ……!

 俺の全身から莫大な魔力が放出され、細かな霧となって広間を埋め尽くす貴族の女性たち全員に降り注いだ。

 パリンッ! パリィィンッ! パリパリパリパリパリンッ!!

 広間のあちこちで、目に見えない呪いの糸が砕け散る軽快な音が連鎖していく。

(よし、これで全員の呪いが解けたはずだ。みんなイレーネたちみたいにラブラブになって、ハッピーエンド……ん?)

 俺は霧が晴れた広間を見渡し、首を傾げた。

 まず目に入ったのは、全体の二割ほどを占める「日陰の夫たち」のテーブルだ。

「あなた……今まで本当にごめんなさい。私、ずっとあなたのことが……」

「お、おい、大丈夫か!? 急にどうした!?」

「ずっと好きでしたの……ずっと、ずっと……!」

 妻に抱きつかれて困惑しながらも、じわじわと破顔していく夫たち。冷たくされても妻を大切にし続けてきた、穏やかで誠実な男たちのテーブルだ。

(よかった。報われたな、この人たちは)

 しかし。残りの八割。権力を笠に着てふんぞり返っていた傲慢な大貴族たちのテーブルの様子が、どうもおかしい。

「……おい、お前。さっきから何をジロジロ見ているのよ。気持ち悪い」

 ある伯爵夫人が、今まで「愛しておりますわ旦那様」と微笑みかけていた夫に向かって、絶対零度の声で言い放った。

「は、はぁ!? お前、急に何を……」

「触るなと言っているのよこの豚! ああ、せいせいした! なんで私が、お前みたいな臭くて頭の悪いデブに抱かれなきゃいけなかったの! 今日限り離縁してもらうわ! 慰謝料と領地の半分はもらうからね!」

「なっ!? ぶ、豚だとぉっ!?」

 その怒声が合図になったかのように、あちこちのテーブルで一斉に火山が噴火した。

「あなたとは離婚よ! 顔を見るのも反吐が出る!」

「今までずっと我慢してたのよ! この甲斐性なし!」

「近寄らないで、汚らわしい! 今すぐ実家に帰ります!」

(……あ、やべ)

 イレーネや王妃様は、たまたま「本来は相手のことが大好きだった」というレアケースだったのだ。政略結婚が基本の貴族社会において、大多数の女性の「本音」は、夫に対する痛烈な嫌悪だったのである。

 阿鼻叫喚の広間を呆然と眺めていた俺のもとに、二つの流れが同時に押し寄せてきた。

 まず、解呪された女性たちが次々と俺のもとへやってきた。

「侯爵様……本当にありがとうございます。何十年も、言いたいことが言えなくて……」

「やっと自分の言葉で話せますわ。本当に、本当にありがとうございます……!」

「先代の王の時代から、ずっとわからなかった呪いを……こんなにあっさりと……」

 次々とお辞儀をしてくる女性たちに、俺はただ「あ、はあ」と曖昧な返事を繰り返すしかなかった。

 そして今度は、日陰の夫たちが涙目で集まってきた。

「侯爵殿……! 妻が笑ってくれました。初めて、本当の笑顔を見ました……!」

「何年も冷たくされても、妻のことが好きだったんです。でも、本当は俺のことを……!」

「侯爵殿は我々の神だ……!」

「神はやめてください」

「神だ……!!」

「だから神はやめてください」

 全く聞いてもらえなかった。

(……まあ、いい。とりあえず良かった人もいたし……)

 俺はそう思いながら、広間の惨状を改めて眺めた。

 離婚を宣告する妻たちと、それに絶叫で抵抗する夫たち。感涙にむせぶ日陰の夫たち。俺に向かって手を合わせる女性たち。

(俺、何をやらかしたんだ……)

「英雄様! 素晴らしいことをなさいましたわ!」

 イレーネが俺の腕に飛びついてきた。

(お前だけだよ、素直に喜んでるの)

「姫、一個聞いていいか。この後、呪いを解いてもらえなかった大貴族たちが、俺を恨んで王城に押しかけてくると思うんだが……」

「大丈夫ですわ。お父様がいらっしゃいますもの!」

「……それで大丈夫なのか?」

「愛妻に長年冷遇されてきたお父様が、同じ境遇の男性たちを助けてくださった英雄様を、傷つけるとお思いですか?」

(……たしかに)

 俺の嫌な予感は杞憂に終わった。そして翌日、俺を恨む大貴族たちの処遇は、愛妻マルガリータとのバカップルモードに突入したレオナルト陛下によって、あっさりと最前線送りという形で解決されることになるのだった。


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