第6話 氷の王妃の呪いを解いたら、国王が窒息しかけた
イレーネのメガデレ補正による凄まじい馬鹿力によって王城まで引きずられてきた俺は、国王夫妻のプライベートなサロンに半ば強制的に乱入させられていた。
扉を開けた瞬間、サロンには重苦しい空気が漂っていた。
「……陛下。あなたの顔を見ていると反吐が出ますわ。同じ空気を吸うのも不快です。さっさと崩御なさいませ」
「う、うむ。すまんな、王妃よ。なるべく息を止めておこう」
氷のように冷たい視線で夫をゴミ扱いするマルガリータ王妃と、肩を丸めて小さくなっているレオナルト陛下。見事なまでの冷え切り夫婦である。
(陛下……毎日これに耐えてたのか。それはきつい)
「ひどいですわお母様! お父様が可哀想です!」
「あら、不良娘が何の用かしら。それに、その汚らしい小動物はなんなの。早く捨ててきなさい」
俺を指さして小動物呼ばわりするマルガリータ王妃。
だが、俺の目にははっきりと見えていた。王妃の身体にも、イレーネと全く同じ『呪いの糸』が何重にも絡みついているのが。しかもイレーネより長く呪われてきた分、糸の数が段違いだ。まるで全身を縄で雁字搦めにされているようにも見える。
(うわぁ……あれ全部本心の裏返しなのか。娘以上にこじらせてるな。何十年分だ、これ)
「英雄様! お願いしますわ!」
イレーネに背中を押され、俺は恐る恐るマルガリータ王妃に近づいた。
「な、なによ。気安く近寄らないでちょうだい、この下賎な男が! 王妃であるわたくしに近づくなど、一歩でも動いてみなさい、首が飛びますわよ!」
(本心は「来てほしい」なんだろうけど、言葉が怖すぎる)
「あ、いや、ちょっと肩にゴミが……『レベル1・解呪』」
俺は王妃の肩にポンと触れ、魔力任せの基礎魔法を流し込んだ。
パァァァンッ!!
イレーネの時よりも数倍大きな、ガラスが砕け散るような派手な音がサロン全体に響き渡った。何十年分もの呪いが一気に砕けた音だ。
「……えっ? あ、あれ……わたくし……?」
マルガリータ王妃がパチパチと瞬きをした後、呆然としているレオナルト陛下の方をゆっくりと向いた。
その瞬間。
王妃の目から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……あなた」
「お、王妃……?」
「あなたぁっ!!」
ドガァッ!!
氷の王妃が、助走をつけて猛タックルでレオナルト陛下に突進し、そのまま椅子ごと力強く押し倒した。
「ぐはあっ!? な、なにごとっ!?」
「愛しております! ずっと、ずっと大好きでしたの! 何十年もずっと! あなたに冷たくするたびに、どれだけ苦しかったか……! 世界で一番かっこよくて、頼りになる私の旦那様! 今すぐわたくしを抱きしめてくださいませぇぇっ!!」
「お、おお、王妃よ!? 息が……苦し……でも離さないで……! 夢か!? これは夢なのか!?」
「夢じゃありませんわ! チュッ! チュッ! チュッ! 何十年分もまとめてお返しします! 覚悟なさいませ!」
「お、おおおお! 私も愛しておるぞ王妃よーっ! ぐほっ……く、苦し……!」
床の上でレオナルト陛下を押し倒したまま、マルガリータ王妃が怒涛のキス攻勢を繰り広げている。陛下の顔が徐々に赤紫色になっていく。
(首が飛ぶのは俺じゃなくて、陛下の方だったか)
「お、お父様が窒息しそうですわ! お母様、少し緩めてさしあげて!」
「やですわ! 何十年分の貯金があると思っていますの!」
「お父様が死んでしまいます!!」
「ぐほっ、いや……幸せ……このまま死んでも……」
「死なないでくださいお父様!!」
イレーネが必死に王妃を引き剥がそうとしているが、メガデレ補正の馬鹿力はどうやら母娘で受け継がれているらしく、びくともしない。
俺はそんな親子のやり取りを眺めながら、静かにサロンの隅に移動した。
(俺、ここにいなくてもいいよな)
「英雄様! 逃げないでくださいませ!」
イレーネに袖を掴まれた。
(逃げられなかった)
しばらくして、どうにか王妃を引き剥がすことに成功し、真っ赤な顔でぐったりしているレオナルト陛下がソファに横たえられた。
床の上では、マルガリータ王妃がまだ涙をぼろぼろこぼしながら「あなた、ごめんなさい、ずっとごめんなさい」と繰り返している。
「よかったですわ、お母様」
「ああ……そうだな」
感動の親子水入らずを横目に、俺はふと思い至った。
(……イレーネも、マルガリータ様も、長年この呪いで苦しんでいた。ということは)
「なあイレーネ。これって……国中の貴族の奥様たち、全員同じことになってるんじゃないか?」
「……あっ」
イレーネが息を飲んだ。
俺の嫌な予感は、この後すぐに王都全土を巻き込む『阿鼻叫喚の集団離婚パニック』となって現実のものとなるのだった。




