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第60話 水着文化が連邦を変えた件、あるいは女は強く男は転んだ

 水着が連邦に広まるのに、時間はかからなかった。

 シロの繊維で作った水着は、耐久性が高く、速乾性があり、肌触りが良く、しかもおしゃれだった。

 プールが開放されてから一週間も経たないうちに、連邦中の女性たちが水着を求めて殺到した。

「ヘンドリック、状況は」

「閣下、水着の注文が連邦全土から届いております。生産が追いつかない状況でして……」

「クラフト部隊に増産させろ」

「かしこまりました。それと閣下……プールの様子が」

「どうなっている」

「ご自分の目でご確認いただいた方がよろしいかと」


 プールを覗きに行った。

 女性たちが水着姿でプールに集まっていた。

 そして。

 ここぞとばかりに、男性陣に猛アピールしていた。

「まあ! 一緒に泳ぎませんこと?」

「このプール、素敵ですわね。誰かエスコートしてくださらないかしら」

「あら、あなた、泳ぎがお上手ですわね!」

 男性陣が真っ赤になって目を逸らしていた。

 でも結局見ていた。

「……女は強いな」

「そうですわね」とイレーネが穏やかに言った。

「お前も強いのか」

「当然ですわ。チュッ」

「だから突然するな」

「ふにゃ……」


 トールが血相を変えて走ってきた。

「閣下!!」

「何だ」

「俺……もしかして、落とされそうです!!」

「誰にだ」

「あの……ファンクラブの……切れ長の目の令嬢が……水着姿で……その……」

 トールが真っ赤になった。

「閣下、どうすればいいですか!!」

「会いに行ってこい」

「で、ですが……令嬢がまず痩せてからと……」

 俺はトールのお腹を見た。

 少し出ていた。

「……泳げ」

「は?」

「毎日プールで泳げ。それだけだ」

「か、かしこまりました!!」

 トールが目を輝かせてプールに飛び込んだ。


 それからしばらくして、似たような相談が次々と来るようになった。

「閣下、妻に腹を何とかしろと言われまして……」

「泳げ」

「閣下、令嬢に水着姿が……と言われまして」

「泳げ」

「閣下、このままでは縁談が……」

「泳げ」

「……全員同じ返事でいいですか」とヘンドリックが言った。

「そうだ」

「かしこまりました」

 男性陣から恨み節が聞こえてきた。

「公爵閣下がプールなんか作るから……」

「水着文化なんか広まるから……」

「腹を指摘されるようになって……」

「お前のせいだ、ポチ」

「わふっ」

「……反省しろ」

「わふわふっ」

 全く反省していなかった。


 しかし数ヶ月後。

 連邦の男性陣から、太鼓腹が消え始めた。

 毎日プールで泳いだ結果だ。

 トールが「閣下! 見てください!!」と腹を叩いた。

 引き締まっていた。

「よくやった」

「令嬢に褒めてもらえました!!」

「そうか。よかったな」

 トールが満面の笑みで走り去っていった。

 ヘンドリックが神妙な顔で報告してきた。

「閣下、連邦全体の健康水準が大幅に向上しております」

「プールのせいか」

「はい。男女ともに運動習慣がつきまして……医療費が下がり、労働生産性も上がっております」

「だらしない体型の者が減ったか」

「はい。男女ともに。特に女性は水着を着るようになってから体型を気にされる方が増えまして……健康的な食事や運動に気を遣う方が急増しております」

「男性の恨み節は」

「最初は『公爵閣下のせいだ』と……」

「今は?」

「感謝に変わっております」

 俺は遠い目をした。

(ポチが湯船に入ったせいで)

(プールが二つできて)

(水着文化が生まれて)

(連邦が健康になった)

(面倒くさい因果関係だ)

「ポチ」

「わふっ」

「よくやった」

「わふわふっ!!」

 ポチが尻尾を最高速度でぶんぶんと振った。

 さっきまで「お前のせいだ」と言っていたのに、褒めたら全力で喜んでいた。

「……現金なやつだ」

「わふっ」

 エルナが「ポチ、えらい!!」と飛びついた。

 ミケが「にゃ~」と鳴いた。

 ぴょんが「ぴょんっ」と跳ねた。

 ハムがほっぺを膨らませた。

 ワタが三匹、満足そうに目を細めた。


 夕方、イレーネが俺の隣に座った。

「旦那様」

「何だ」

「連邦が、また少し良くなりましたわね」

「プールのせいだ」

「旦那様のおかげですわ」

「ポチのせいだ」

「ふふっ……」

 イレーネが穏やかに笑った。

「旦那様、一つだけ聞いてもよいですか」

「何だ」

「プールを作った時……本当に面倒くさかったですの?」

 俺は少し黙った。

「……面倒くさかった」

「でも作りましたわね」

「……ついでだ」

「ふふっ。そうですわね。旦那様はいつも、ついでで連邦を良くしてしまいますわ」

「……うるさい」

「チュッ」

「だから突然するな」

「ふにゃ……」

 夕陽がプールを照らしていた。

 エルナとポチとミケとぴょんとハムが、プールの縁を走り回っていた。

 ワタが三匹、夕陽の中をふわふわと漂っていた。

(早く帰って寝たいだけだった男が)

(プールを二つ作って)

(水着文化を生み出して)

(連邦を健康にした)

(まあ)

(悪くない)

 後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。

 しかし今日は、恨み節が感謝に変わった日として、静かに心に残りそうだった。

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