第61話 水着から始まったファッション革命と、男たちが女に負けた件
水着の需要は、俺の予想をはるかに超えていた。
連邦中から注文が殺到し、高レベルの魔法使いたちが昼夜問わず水着を作り続けていた。
それでも追いつかなかった。
「閣下、生産が全く追いつきません!」とヘンドリックが青い顔で報告してきた。
「高レベルの人員をさらに投入しろ」
「すでに限界でございます。連邦中の高レベル魔法使いをかき集めておりますが……」
俺は少し考えた。
(非効率だな)
(布を一から全部高レベルで作る必要はない)
(布はレベル1でいい。大量に作れる)
(デザインと仕上げと装飾だけ高レベルに任せればいい)
「ヘンドリック」
「はっ」
「布の生産はクラフト部隊に任せろ。レベル1でも大量に作れる。デザインと仕上げと飾りつけだけ高レベルの者に担当させろ」
「……分業でございますか」
「そうだ。効率よくやれ」
「閣下、これは画期的な生産方式でございます!」
「面倒くさいから効率よくやっただけだ」
「かしこまりました!!」
ヘンドリックが目を輝かせて駆け出した。
(後方支援の発想だ)
(前線と後方で役割を分ける。それだけだ)
分業体制が確立してから、水着の生産量が一気に増えた。
さらにヘンドリックが「諸外国への展開はいかがでしょうか」と提案してきた。
「詳しく話せ」
「布の生産を現地に委託します。各国でシロの繊維を育ててもらい、布を作ってもらう。デザインと仕上げの技術だけ連邦から提供する。地産地消の仕組みでございます」
「それは悪くないな」
「しかも各国に雇用が生まれます。連邦への経済的な依存も減る。外交的にも良い関係が築けます」
「任せる」
「かしこまりました!!」
ヘンドリックが満面の笑みで退室した。
(また面倒くさいことが動き始めた)
(でもまあ)
(任せた)
問題はここからだった。
水着をきっかけに、女性たちのファッションへの意識が一気に高まったのだ。
「機能性を損なわずに、もっとおしゃれにできるはずですわ」
「動きやすくて、しかも素敵なデザインを作りたいですわ」
「水着だけじゃなくて、普段着も変えましょうよ」
ファンクラブの令嬢たちが先頭を切ってデザインを考え始めた。
毎日「デザイン会議」と称して王城の一室に集まり、ああでもないこうでもないと議論を繰り広げていた。
「閣下、宜しいでしょうか」と切れ長の目の令嬢が執務室に入ってきた。
「何だ」
「デザイン会議の予算申請でございます」
書類を見た。
「……ヘンドリックに任せる」
「かしこまりました」
令嬢が退室した後、イレーネがくすっと笑った。
「旦那様、あの子たちが楽しそうで何よりですわ」
「賑やかになってきたな」
「旦那様のおかげですわ」
「水着のせいだ」
「ポチのせいですわね」
「わふっ」
ポチが尻尾をぶんぶんと振った。
数週間後、デザイン会議の成果が出始めた。
機能性を損なわない新しいデザインの服が次々と生まれていった。
動きやすく、しかも美しい。
シロの繊維を使った布は軽くて丈夫で、肌触りが良かった。
女性たちのファッションが、見る見るうちに洗練されていった。
「閣下、ご覧ください」とヘンドリックが連れてきたのは、新しいデザインの服を着たファンクラブの令嬢たちだった。
全員が生き生きとしていた。
「……悪くないな」
「ありがとうございます閣下!」
令嬢たちが嬉しそうに笑った。
イレーネが「わたくしも着てみたいですわ」と目を輝かせた。
「お腹が落ち着いてからにしろ」
「……そうですわね。楽しみにしていますわ。チュッ」
「だから突然するな」
「ふにゃ……」
問題が起きたのは、その翌週だった。
「閣下!!」
トールが血相を変えて飛び込んできた。
「何だ」
「これを……着ろと言われまして……」
トールが差し出したのは、令嬢がデザインした男性用の服だった。
俺はそれを見た。
「……」
「……何じゃこりゃ」
思わず本音が出た。
色使いが派手だった。
装飾が細かかった。
シルエットが独特だった。
どこからどう見ても、男の趣味には合わなかった。
「閣下、俺も同じことを思いました」
「だよな」
「ですよね!?」
「……でも」
俺は少し考えた。
「令嬢がデザインしたのか」
「はい。切れ長の目の令嬢が……」
「試しに着てみろ」
「え?」
「着てみてから判断しろ」
「……かしこまりました」
しばらくして、トールが着替えて戻ってきた。
俺は黙って見た。
(……似合っているな)
「どうでしょうか閣下」
「悪くない」
「でも俺の趣味じゃないんですよね……なんか、こう……むずがゆいというか……」
その時、廊下からファンクラブの令嬢たちの声が聞こえてきた。
「まあ! トール様、素敵ですわ!!」
「その服、とってもお似合いですわ!!」
「かっこいいですわ!!」
トールが固まった。
顔が真っ赤になった。
「……閣下」
「何だ」
「これ……着ます」
「そうか」
「絶対着ます」
「わかった」
(男ってこうなんだよな)
俺は内心でひっそりと笑った。
(趣味に合わなくても)
(女にもてるとわかれば着てしまう)
(まあ)
(俺も人のことは言えないが)
それからというもの、令嬢たちが男性陣に次々と新しいデザインの服を着せ始めた。
男性陣は最初「何じゃこりゃ」と言いながらも、褒められると結局着てしまった。
「閣下、男性陣のファッションが急速に改善されております」とヘンドリックが報告してきた。
「令嬢たちの成果だな」
「はい。男性陣は最初は抵抗しておりましたが……令嬢たちに褒められると途端に着るようになりまして」
「男ってそういうもんだ」
「……閣下も、奥方様に選んでいただいた服は必ずお召しになりますね」
「……うるさい」
「かしこまりました」
イレーネがくすっと笑った。
「旦那様、わたくしが選んだ服、似合っていますわよ?」
「……そうか」
「チュッ」
「だから突然するな」
「ふにゃ……」
こうして水着から始まったファッション革命は、連邦全土の男女のファッションを塗り替えていった。
機能的で美しい服。動きやすくて見栄えのする服。
女性主導で生まれたデザインが、男性をも巻き込んで広がっていった。
ヘンドリックが「閣下、ファッション産業が連邦の重要な産業の一つになりつつあります」と報告してきた。
「任せる」
「かしこまりました」
コルネリスは遠い目をした。
(ポチが湯船に入ったせいで)
(プールができて)
(水着文化が生まれて)
(ファッション革命が起きた)
(面倒くさい因果関係だ)
「わふっ」
「……お前のせいだ」
「わふわふっ」
「全く反省していないな」
エルナが「ポチはいいこだもん!!」と抱きしめた。
「……そうだな」
(まあ)
(悪くない)
後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。
しかし今日は、男たちが女に完全に負けた日として、連邦の歴史に刻まれることになりそうだった。




