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第58話 温泉でまったりするはずが、先客がいてプールを作るハメになった

 久しぶりに、公爵専用の貸切露天風呂へ向かった。

「やっとゆっくりできるな」

「そうですわね、旦那様。二人きりで……ふふっ」

 イレーネが俺の腕に寄り添いながら、嬉しそうに言った。

 最近はエルナとペットたちに囲まれた賑やかな日々が続いていた。

 たまには二人でゆっくりしたい。

 それだけだった。

 扉を開けた。

「……」

「……まあ」

 二人で沈黙した。

 湯船の中に、先客がいた。

 ポチが湯船の中を元気よく泳いでいた。

 ミケが湯船の縁をうろうろと歩いていた。

 ぴょんがどこからか飛んできて、湯船に着地した。

 ハムがほっぺを膨らませながら湯船を覗き込んでいた。

 ワタが三匹、湯気の中をふわふわと漂っていた。

 全員、実に気持ちよさそうにしていた。

「……ここはプールじゃねえ」

 俺は思わず本音が出た。

 イレーネがくすっと笑った。

「旦那様、久しぶりにそういう口調ですわ」

「……そうだな」

(いや、笑っている場合じゃない)

(S級の豆柴が湯船で泳いでいる)

(災害級の子猫が湯船の縁を歩いている)

(災害級のうさぎが湯船に飛び込んできた)

(S級のハムスターが湯船を覗いている)

(なんでこうなった)

 俺は少し考えた。

(プールがないからここで泳いでいるのか)

(いや待て)

(プール作れってことか?)

(面倒くさい)

(でも作ったら喜ぶんだろうな)

(エルナも喜ぶ)

(……面倒くさい)

(でも)

「……仕方ないな」

「旦那様?」

「少し待ってろ」

 俺は魔力を指先に集めた。

「レベル1・クラフト魔法」

 露天風呂の隣に、あっという間に広いプールが出現した。

 底が浅い部分と深い部分を分けて、安全に使えるようにした。

 魔力で水温を一定に保つ機構も組み込んだ。

(ついでだ)

 ポチがプールを覗き込んだ。

 次の瞬間、勢いよく飛び込んだ。

「わふっ!!」

 ミケが恐る恐る足先を浸けた。

「にゃ~……にゃっ!!」

 そのまま飛び込んだ。

 ぴょんが高くジャンプして、プールに着地した。

 水しぶきが盛大に上がった。

 ハムがほっぺに水を詰め込みながら泳いでいた。

 ワタが三匹、プールの上をふわふわと漂っていた。

「……みんな、プールが気に入ったみたいですわ」

「そうらしいな」

「旦那様、疲れましたか?」

「……少しな」

(レベル1魔法でも、ゴリ押しで作るとそれなりに消耗する)

「では、ゆっくり浸かりましょう?」

「ああ」

 やっと二人きりで湯船に浸かれた。

 プールからポチたちの元気な声が聞こえてくる。

 温かいお湯が体に染みた。

「旦那様」

「何だ」

「プールまで作ってしまいましたわね」

「面倒くさかったが……まあ、ついでだ」

「ふふっ……旦那様はいつもそうですわ。面倒くさいとおっしゃりながら、結局やってしまう」

「……うるさい」

「チュッ」

「だから突然するな」

「ふにゃ……」

 遠くからエルナの「わあ!! プール!!」という声が聞こえてきた。

「……来たか」

「お嬢様もご一緒によろしいですか」

 扉の外からリーヌの声がした。

「別の時間に入れろ」

「かしこまりました……お嬢様、閣下はただいまお二人でご入浴中でございます。プールはその後で」

「えーっ!!」

「順番でございます」

「……リーヌ、よくやってくれている」

「本当ですわね」

 イレーネが穏やかに微笑んだ。

 しばらくして、リーヌが扉越しに声をかけてきた。

「閣下、ヘンドリック様がプールのことで確認したいことがあると……」

「俺が作った。気にするな。活用方法を考えて実行しろと伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 少し間があってから、リーヌがヘンドリックに伝える声が聞こえた。

「閣下からのご伝言です。『俺が作った。気にするな。活用方法を考えて実行しろ』とのことです」

「……活用方法、でございますか」

「はい」

「……かしこまりました!」

 ヘンドリックが目を輝かせながら去っていく気配がした。

(あいつ、また楽しそうにしてるな)

(まあ、任せた)

「旦那様」

「何だ」

「楽しいですわ」

「……そうか」

「旦那様は?」

「……まあ、悪くない」

「ふふっ」

「チュッ」

「……っ!? だ、旦那様から……!」

「たまにはな」

「ふにゃふにゃふにゃ……」

 お湯がゆらゆらと揺れていた。

 プールからポチとミケとぴょんとハムの賑やかな声が聞こえてくる。

 ワタが一匹、湯船の縁にそっと降りてきて、俺たちを眺めていた。

 金色の瞳が穏やかに輝いていた。

(まあ)

(悪くない午後だ)


 夕方、プールから上がったエルナが、ポチとミケとぴょんとハムとワタに囲まれながら、庭の芝生の上でうとうとし始めた。

「エルナ、部屋に戻れ」

「……ん……もうちょっと……」

「風邪をひく」

「……ポチが……あったかいから……」

 ポチがエルナの隣に丸くなった。

 ミケがエルナのお腹の上に乗った。

 ぴょんがエルナの足元に座った。

 ハムがエルナの手のひらの中に収まった。

 ワタが三匹、エルナの周りをふわふわと漂った。

「……完全に守られてるな」

「そうですわね」とイレーネが穏やかに言った。「皆、エルナが大好きなのですわ」

「……まあ、このままにしておくか」

 エルナがもふもふに囲まれたまま、そのまま眠りに落ちた。

 穏やかな寝顔だった。

(よく遊んだな)

 俺も急に眠気が来た。

 プールを作った魔力消耗が、今頃じわじわと来ている。

(早く寝たい)

(本当に、早く寝たい)

「旦那様」

 イレーネが静かに言った。

「早く寝ましょう? 今日はお疲れになったでしょう」

「……ああ」

「旦那様、今日もありがとうございました」

「何がだ」

「プールを作ってくれて。エルナが嬉しそうでしたわ。ポチたちも」

「……ついでだ」

「ふふっ……ついでで皆を幸せにしてしまうのですわね、旦那様は」

 布団に入ると、イレーネがそっと寄り添ってきた。

 温かい体温が伝わってくる。

 お腹の中の子が、動いた気がした。

「……元気だな、二人目」

「そうですわ。きっと旦那様に似て、活発な子ですわ」

「……俺は活発じゃない」

「でも結局、いつも動いていますわ」

「……うるさい」

 イレーネがくすっと笑った。

「おやすみなさい、旦那様」

「……ああ。おやすみ」

 温かかった。

 静かだった。

 遠くでポチが小さく鳴いた。

(早く帰って寝たいだけだった)

(今、ちゃんと帰って寝ている)

(お前の隣で)

(まあ)

(これでいい)

 コルネリスはそのまま、穏やかに眠りに落ちた。

 後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。

 しかし今夜は、妻の温もりに癒された夜として、静かに心に残りそうだった。

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