第56話 動物園になった王城と、執務室で同時にチュッをした件
クラフト部隊の餌付け作戦から三日が経った。
トールから通信が入った。
『閣下! 各地での作戦、完了しました!』
「結果は」
『なつかせた魔物が……四十七体。なつかなかった魔物は仕留めました』
「そうか。よくやった」
『ただ閣下、一つご報告が』
「何だ」
『なつかせた魔物たちが……全員、王城に向かっているようでして』
俺は少し黙った。
「……全員?」
『はい。シロの実の匂いを追って……』
「わかった。来たら来た時だ」
翌朝、王城の庭が大変なことになっていた。
ポチの隣に、見たことのない魔物がぞろぞろと集まっていた。
手のひらサイズの白い子猫。
ぷっくりしたハムスター。
真っ白な小さいうさぎ。
その他、もふもふした小動物が庭を埋め尽くしている。
全員、シロの実を食べながら思い思いに寛いでいた。
「……動物園になってるな」
「閣下」とヘンドリックが震える声で言った。「この子たちの魔力測定結果が出まして」
「どうだった」
「子猫型……災害級。炎魔法が一点豪華主義で、城壁を溶かすレベルの炎を吐きます」
「そうか」
「ハムスター型……S級。土魔法が規格外で、地面を自在に操ります」
「そうか」
「うさぎ型……災害級。風魔法が一点豪華主義で、跳躍力と風圧で山が吹き飛びます」
「そうか」
「閣下、全員S級か災害級でございます」
「見た目はかわいいな」
「……はい」
「問題ない」
「問題大ありでは……」
「シロの実でなついている。害はない」
ヘンドリックが天を仰いだ。
「冒険者ギルドから問い合わせが来ております。『この国の魔物生態系はどうなっているのか』と」
「無視しろ」
「かしこまりました」
「おとしゃま!!」
エルナがワタとポチを連れて飛んできた。
「いっぱいいる!!」
「ああ。いるな」
「なまえつけていい!?」
「好きにしろ」
エルナが全員を順番に見て回り、真剣な顔で命名を始めた。
「これは……ミケ!」
白い子猫が「にゃ~」と鳴いた。
「これは……ハム!」
ハムスターがほっぺを膨らませた。
「これは……ぴょん!」
うさぎが耳をぴこぴこさせた。
「これは……もふ!」
その他のもふもふが尻尾を振った。
エルナがどんどん名前をつけていく。
ヘンドリックが「S級・災害級の魔物の名前が……ポチ、ミケ、ハム、ぴょん、もふ……でございますか」と震える声で言った。
「エルナが決めた。それでいい」
「……かしこまりました」
イレーネが「まあ! 皆可愛いですわ! チュッ!」と子猫に顔を寄せた。
「それはやめろ。災害級だ」
「でも可愛いですわ!」
「……勝手にしろ」
ミケがイレーネの頬をぺろりと舐めた。
「まあっ! 可愛いですわ!!」
(災害級に舐められて喜んでいる)
(まあ……悪くない)
午後、執務室で書類仕事をしていた。
イレーネが隣に座って、書類の確認をしてくれている。
庭ではエルナとポチとミケとハムとぴょんともふが走り回っているのが窓から見えた。
「旦那様、この書類なのですが」
「何だ」
「シロの加工品の取引申請が……各地の商人から殺到しておりまして」
「ヘンドリックに丸投げしろ」
「かしこまりましたわ。それと……美肌効果の噂が広まったようで、令嬢たちからの問い合わせも」
「ファンクラブに対応させろ」
「はいですわ。それと……」
イレーネが書類から顔を上げた。
俺も同じタイミングで顔を上げた。
二人の顔が、思いのほか近かった。
そして次の瞬間。
「チュッ」
「チュッ」
同時だった。
完全に、同時だった。
沈黙が流れた。
「……」
「……」
イレーネが固まった。
顔が、みるみる赤くなっていく。
「……っ!? だ、旦那様……わたくし……同時に……」
「ああ」
「ふにゃ……」
「おい、大丈夫か」
「ふにゃふにゃ……だ、旦那様も……わたくしも……同時に……ふにゃっ!!」
イレーネが限界突破した。
そのまま椅子からずり落ちそうになった。
俺はとっさにイレーネを支えた。
「……しっかりしろ」
「ふにゃふにゃふにゃ……旦那様が……わたくしと……同時に……ふにゃっ!!」
「わかった、わかった。落ち着け」
「おちつけませんわ……!! だって……同時でしたわよ……!? 旦那様も……チュッ……って……ふにゃっ!!」
俺は少し顔が熱くなるのを感じながら、イレーネをソファに座らせた。
(……俺も少し照れているな)
(言わないが)
窓の外でポチが「わふっ」と鳴いた。
ミケが「にゃ~」と鳴いた。
エルナが「おとしゃまとおかあしゃま、またふにゃふにゃしてる!」と笑い転げていた。
「……見られてたな」
「ふにゃふにゃ……」
「もういい。落ち着いたら書類の続きを頼む」
「……はい。でも……ふにゃ……」
(まあ)
(悪くない一日だ)
その夜、エルナが眠った後。
大人の時間が始まった。
詳細は省くが、翌朝のコルネリスはぐったりと天井を眺めていた。
(……察してくれ)
隣ではイレーネが満足そうに、しかしどこか上機嫌に眠っている。
ちなみにイレーネの腰回りは、最近さらに充実しているような気がした。
(……第二子、順調らしい)
(まあ……それは喜ばしいことだ)
ポチが俺の顔を覗き込んだ。
「……見るな」
ポチが尻尾をぶんぶんと振った。
ミケが布団の上でくるりと丸くなった。
(いつから寝室まで入ってきたんだ)
「……まあ、いいか」
俺は目を閉じた。
(早く帰って寝たいだけだった後方支援兵が、いつの間にか)
(S級の豆柴と災害級の子猫と一緒に寝ている)
(人生、わからないものだな)
後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。
しかし今日は、妻と同時に「チュッ」をした日として、一生忘れられない気がした。




