第55話 S級魔物が来たと思ったら、豆柴だった
シロを各地に広め始めてから、五日が経った。
予想通り、魔物の目撃情報が増えてきた。
「閣下、各地からの報告が集まっております」
ヘンドリックが書類を持って入ってきた。
「どんな魔物だ」
「それが……種類はバラバラですが、共通点が一つ。全員シロの実のある場所に集まっているようで」
「そうか」
「それと閣下、一つご報告が」
「何だ」
「王城の庭に……昨夜から、何かが来ているようでして」
庭に出ると、シロの木の根元に、何かがいた。
小さい。
丸い。
茶色と白のふわふわした毛並み。
耳がぴんと立っていて、黒い瞳がきらきらしている。
(……豆柴か?)
俺は目を疑った。
どう見ても豆柴サイズの子犬だ。
しかし周囲の空気が、ただ者ではないことを告げていた。
魔力の密度が異常だ。
地面がわずかに震えている。
ワタが三匹、その子犬の周りをふわふわと漂いながら……距離を取っていた。
(ワタが距離を取るとは珍しい)
「閣下」とヘンドリックが震える声で言った。「魔力測定の結果が出まして……」
「何だ」
「S級です」
「……そうか」
(やっぱりそういうことか)
子犬がシロの木を見上げて、くんくんと鼻を鳴らしていた。
実の匂いを嗅いでいる。
尻尾がぶんぶんと振れている。
(S級魔物が尻尾を振っている)
「閣下!!」
廊下からトールが血相を変えて飛び込んできた。
「S級魔物が王城の庭に!! 今すぐクラフト部隊を!!」
「待て」
「でも閣下! S級ですよ!?」
「見てみろ」
トールが庭を覗き込んだ。
固まった。
「……え?」
「S級だ」
「……あの、豆柴みたいなやつが?」
「そうだ」
トールがしばらく沈黙した。
「……かわいい」
「そうだな」
「おとしゃま!!」
エルナがワタと一緒に駆けてきた。
「わんわんがいる!!」
「ああ。いるな」
「さわっていい!?」
「待て」
俺はシロの実を一つ取って、エルナに渡した。
「これを持って、ゆっくり近づいてみろ」
「うん!」
エルナがとことこと子犬に近づいた。
子犬がエルナを見た。
鼻をひくひくとさせた。
実の匂いを嗅いだ瞬間、尻尾が高速で振れ始めた。
エルナが実を差し出すと、子犬がぱくりと食べた。
もぐもぐ。
そしてエルナの足元に、ぺたりと座った。
「なついた!!」
エルナが子犬を抱き上げた。
子犬がエルナの顔をぺろぺろと舐め始めた。
「きゃはははっ! くすぐったい!!」
(S級魔物がエルナの顔を舐めている)
ヘンドリックが「冒険者ギルドに報告したら卒倒するかもしれません」と呟いた。
「報告しなくていい」
「かしこまりました」
その日の午後、クラフト部隊から報告が入った。
「閣下! 各地のシロの周辺に同じような魔物が現れています! 全部S級です!!」
「そうか。餌付けしろ」
「え?」
「シロの実を使って餌付けしろ。なついたら問題ない」
「で、ですが閣下、S級ですよ? 普通は全力で仕留めに……」
「なついたやつは仕留めなくていい。なつかないやつだけ仕留めろ」
「……かしこまりました」
トールが「やります!!」と目を輝かせた。
「トール」
「はっ」
「お前のクラフト部隊にやらせる。シロの実を大量に持って各地を回れ。なつかせられるだけなつかせろ」
「ははっ!! 閣下、これは……もしかして、魔物部隊を作るということですか!?」
「違う。ただ面倒くさいことを早く終わらせたいだけだ」
「……かしこまりました!!」
トールが満面の笑みで駆けていった。
夕方、庭に戻ると、子犬がまだいた。
エルナの隣で丸くなっている。
ワタが三匹、少し離れた場所から子犬を眺めていた。
「エルナ」
「なに?」
「この子に名前をつけてやれ」
エルナが子犬を見て、真剣な顔で考えた。
しばらくして、胸を張って言った。
「……ポチ!」
「ポチか」
「わんわんだから、ポチ!」
ヘンドリックが「S級魔物の名前が……ポチでございますか」と震える声で言った。
「エルナが決めた。それでいい」
「……かしこまりました」
ポチがエルナの膝に頭を乗せて、目を細めた。
S級魔物が気持ちよさそうに目を閉じている。
(化け物級の魔力を持つS級魔物が、豆柴サイズで、エルナの膝で寝ている)
(まあ)
(悪くない)
その夜、イレーネが少し心配そうな顔で聞いてきた。
「旦那様、本当に大丈夫ですの? S級魔物が王城の庭に……」
「問題ない。シロの実でなつく相手なら害はない」
「でも……」
「なつかないやつはクラフト部隊が仕留める。それだけだ」
「クラフト部隊で、S級を?」
「レベル1でも魔力をゴリ押せばどうにでもなる。あいつらはそれが得意だ」
イレーネがしばらく黙ってから、穏やかに言った。
「……旦那様はいつも、ちゃんと備えておられますわね」
「面倒くさいから先に手を打っているだけだ」
「チュッ」
「だから突然するな」
「ふにゃ……」
ポチが俺たちを見上げて、尻尾をぶんぶんと振った。
ワタが三匹、ポチの隣にそっと寄り添った。
エルナが「なかよし!!」と喜んだ。
(S級魔物と神獣が仲良く並んでいる)
(王城の庭が、えらいことになってきたな)
「旦那様、またそのお顔ですわ」
「何のお顔だ」
「全部把握して、全部整えて、それでもまだ考えているお顔ですわ」
「……後方支援の癖だ」
「素敵ですわ。チュッ」
「……今回は怒らない」
「ふにゃ……」
ポチが「わふっ」と小さく鳴いた。
後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。
しかし今日は、S級魔物に「ポチ」と名前をつけた日として、長く記憶に残りそうだった。




