第54話 謎の芽の正体がわかったら、また面倒くさいことになった
謎の植物が急成長を始めてから、一週間が経った。
王城の庭の芽は、今や俺の背丈を超えていた。
葉が青々と茂り、幹が太くなり、枝が広がっている。
エルナが毎日欠かさず水をやり続けた結果だ。
「おとしゃま、みて! おはなが!」
エルナが駆けてきた。
枝の先に、小さな白い花が咲いていた。
「……本当だな」
「きれい!」
「そうだな」
ワタが三匹、花の周りをふわふわと漂っている。
金色の瞳が穏やかに輝いていた。
(狂王よ。お前が残した種は、いったい何の植物だったんだ)
その答えが出たのは、翌日のことだった。
ヘンドリックが学者を数人連れて、執務室に飛び込んできた。
「閣下! 謎の植物の調査結果が出ました!」
「そうか。何だった」
学者の一人が前に出て、興奮気味に報告し始めた。
「まず、実が食べられます。甘みがあって美味しく、保存も利きます。栄養価も非常に高い」
「ほう」
「葉を煎じると薬になります。解熱・疲労回復の効果が確認できました」
「なるほど」
「茎の繊維が非常に丈夫で、布や縄に加工できます。耐久性は通常の麻の三倍以上です」
「……そうか」
「根が土壌を改良します。根が張った土地は栄養が豊かになり、周囲の農作物の収穫量が上がります」
俺は少し黙った。
(食べられて、薬になって、繊維になって、土地を豊かにする)
(全部ついでで解決していきやがる)
(狂王め)
「それと閣下、もう一つ気になる効能が」
「何だ」
学者が少し照れくさそうに言った。
「継続的に摂取すると……肌の調子が良くなるようでして」
「美肌効果か」
「はい。劇的ではありませんが、確かな効果が確認できました」
俺は即答した。
「イレーネに食わせよう」
「……閣下、それだけですか」
「それだけだ」
ヘンドリックが苦笑いした。
「閣下、これは大陸規模の食糧・繊維・医療問題を一気に解決できる可能性があります。しかも美肌効果まであるとなれば……」
「面倒くさいことになるな」
「はい。それはもう」
その夜、俺はイレーネに実を一つ差し出した。
「食べてみろ」
「何ですの、急に」
「謎の植物の実だ。美味しいらしいし、美肌効果もあるらしい」
イレーネが目を丸くした。
「美肌効果……?」
「ああ。まあ、お前には必要ないかもしれないが」
「旦那様……わたくしのことを考えてくださっているのですの?」
「美人は美人でいてくれた方がいい」
「ふにゃ……っ!!」
イレーネが限界突破して溶けた。
実を持ったまま、ソファにへたり込んでいる。
「食べるのか食べないのか」
「た、食べますわ……でも……ふにゃ……旦那様がそんなことを……ふにゃっ……」
エルナがとことこと歩いてきて、実を一口かじった。
「あまい!!」
「そうか。美味しいか」
「うん!! おかあしゃまも、たべて!」
「……はい。いただきますわ」
ふにゃふにゃのイレーネが、よろよろと実をかじった。
「……本当に甘いですわ。それに……なんだか体がぽかぽかしますわね」
「薬効もあるらしいからな」
「まあ……」
イレーネがじわりと目を潤ませた。
「旦那様、本当にいつも……わたくしのことを考えてくださって……」
「別に大したことじゃない」
「チュッ」
「だから突然するな」
「ふにゃ……」
エルナが「あまい! もっとたべたい!」と実に手を伸ばしていた。
翌朝、ヘンドリックが神妙な顔で入ってきた。
「閣下、昨夜王城の厨房で試作品を作りましたところ……料理人たちが大騒ぎになりまして」
「何があった」
「実をジャムにしたところ絶品で、葉をお茶にしたところ香りが素晴らしく、茎の繊維で試しに布を織ったところ光沢が美しくて……」
「そうか」
「さらに美肌効果の話が令嬢たちに漏れまして……」
「……どうなった」
「ファンクラブの令嬢たちが全員、今すぐ食べたいと押しかけてきております」
「断れ」
「閣下、彼女たちを止められる者は……」
「リーヌに頼め」
「リーヌ様も食べたそうにしておられまして……」
「……ヘンドリック」
「はっ」
「量産化を急げ。クラフト部隊に挿し木の方法を調べさせろ。連邦各地に広める」
「かしこまりました! さすが閣下、話が早い!」
「面倒くさいから早く終わらせたいだけだ」
「はい。そういうことにしておきます」
「おとしゃま!」
エルナが庭から走ってきた。
「この植物に名前をつけてあげて」
イレーネが言った。
「お前がつけろ」
「わたくしが?」
「エルナが毎日水をやって育てたんだ。エルナにつけさせろ」
イレーネが微笑んだ。
「……エルナ、この子に名前をつけてあげて」
エルナがしばらく真剣な顔で植物を見つめてから、胸を張って言った。
「……シロ!」
「シロか」
「しろいおはなが、きれいだから!」
「……そうだな。シロでいい」
ヘンドリックが「閣下、大陸規模の新作物の名前が『シロ』でよろしいのですか」と震える声で言った。
「エルナが決めた。それでいい」
「……かしこまりました」
(深淵の狂王サルデ・モワ・カルが数百年かけて残した万能植物の名前が「シロ」か)
(まあ)
(悪くない)
その夜、ヘンドリックから一つ気になる報告が入った。
「閣下、各地でシロが育ち始めてから……魔物の目撃情報が増えているようでして」
俺は少し黙った。
(やっぱりそういうことか)
(タダで万能植物が手に入るわけがない)
「わかった。引き続き報告を集めろ」
「かしこまりました。……閣下、ご存知でしたか」
「なんとなくな」
ヘンドリックが神妙な顔で頷いた。
「狂王が世に放てなかった理由が……これだったのかもしれませんね」
「そうかもしれない」
俺は庭のシロを眺めた。
白い花が月明かりに照らされて、静かに揺れていた。
(でも今は違う。ワタがいる。クラフト部隊がいる。ドラゴンもいる)
(来たら来た時だ)
後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。




