第53話 丸投げするつもりが、気づいたら全部自分でやっていた
第53話 丸投げするつもりが、気づいたら全部自分でやっていた
連邦に戻ったのは、夕暮れ時だった。
移動式住宅から降り立つと、王城の庭師が血相を変えて走ってきた。
「閣下! お帰りをお待ちしておりました! 実は……庭に、大変なことが!」
「何だ」
「あの芽が……!」
俺は庭に向かった。
エルナが毎日水をやっていた、あの小さな芽。
ヴァレン王国を出発する前は腰の高さほどだったはずが……。
「……でかくなってるな」
「はい! 昨日から急に! 一晩でこの大きさに!」
俺の胸の高さを超えている。
葉の色も濃くなっていた。幹も太くなっている。
「おとしゃま! おかえり! めが、おっきくなったよ!!」
エルナがワタと一緒に駆けてきた。
「ああ。見ていたか」
「うん! まいにちみずやってたら、おっきくなった!」
「そうか。よくやったな」
エルナがぱあっと顔を輝かせた。
ワタが小さく鳴いた。
(水流浄化魔法が大地に影響したのか……狂王が言っていた「大地は必ず応える」という言葉が、こういう意味だったのか)
翌朝、ヘンドリックが飛び込んできた。
「閣下! 大変でございます!」
「何だ」
「連邦各地から報告が入っております。各地の農地や街道沿いで……見たことのない植物が一斉に芽吹いているとのことで!」
「そうか」
「閣下、これは……」
「水流浄化魔法の影響だろう。大地に残っていた種が発芽し始めた」
「では……これは」
「狂王が残した種だ。何が生えるかはまだわからない。ただ」
俺は窓の外の庭を見た。
「悪いものではないと思う」
「……かしこまりました。各地の報告を引き続き集めます」
「頼む」
ヘンドリックが退室した。
(面倒くさいことになりそうだ)
(でも……まあ、来たら来た時だ)
それからの数日で、俺は気づいたらいろいろなことを自分でやっていた。
各地の植物の報告を受けて、内容を確認して、分類して。
クラフト部隊への指示を出して、農地の状態を調べて。
水流浄化魔法を試せそうな場所をヘンドリックと一緒に地図で確認して。
「……閣下」
ヘンドリックが少し困った顔をした。
「何だ」
「閣下、全部ご自分でおやりになっていますが」
「……そうだな」
「奥方様に報告しなくてよろしいですか」
「……なんでイレーネに報告する必要があるんだ」
「奥方様が以前、『旦那様がご自分でやり始めたらお知らせください』とおっしゃっておりまして」
俺は少し固まった。
「……先手を打たれていたのか」
「はい」
「……報告するな」
「かしこまりました」
ヘンドリックが深々と頭を下げた。
その顔が「もう手遅れかもしれません」と言っていた。
(面倒くさいからやらない、のはずだったんだが)
(なぜか気になって調べ始めたら、止まらなくなった)
(狂王め。余計なものを残しやがって)
しかし不思議なことに、それほど嫌ではなかった。
夜、エルナが眠った後。
俺とイレーネは二人きりで、窓の外の庭を眺めていた。
月明かりに照らされた芽が、静かに揺れている。
「なあ、イレーネ」
俺は昔の口調で、ぽつりと言った。
「何ですの?」
「俺、結局自分でやってたよな」
「そうですわね」
イレーネが穏やかに微笑んだ。
「お前が丸投げしろって言ったんじゃないのか」
「言いましたわ」
「なのになんで」
「旦那様が自分でやりたくなってしまうんですわ」
「……やりたくはなかったんだが」
「でもやりましたわよね?」
「……まあ」
イレーネがくすっと笑った。
「旦那様は面倒くさいとおっしゃりながら、結局誰かのために動いてしまいますわ。それは……わたくし、そこが好きなのですわよ?」
「……は?」
「ふふっ。チュッ」
「だから突然するな」
「ふにゃ……」
俺は少し黙ってから言った。
「……褒めてるのか、それ」
「もちろんですわ」
「じゃあもう少し早く言ってくれ。やる気が出る」
「まあ! 旦那様が素直!」
「……言いすぎた。忘れてくれ」
「忘れませんわ! チュッ!」
「だから突然するな」
「ふにゃふにゃ……」
翌朝。
エルナが俺の前に仁王立ちした。
「おとしゃま」
「何だ」
「じぶんでやったらだめなんだよ!」
俺は少し固まった。
「……なんで知ってるんだ」
「おかあしゃまが、いってた!」
コルネリスがイレーネを見た。
「……イレーネ」
「ふにゃ……わたくし、そんなこと言いましたかしら……」
「言ってたぞ」
「……チュッ」
「だから突然するな」
「ふにゃふにゃ……」
エルナが仁王立ちしたまま、俺とイレーネを交互に見ていた。
「おとしゃまは、まけた?」
「……まあ、そうなるな」
「ふにゃはかったの?」
「……そうなるな」
エルナがうんうんと頷いた。
「じゃあ、つぎはじぶんでやらない!」
「……わかった」
ワタが三匹、呆れたように俺を見ていた。
「旦那様」
「何だ」
「次はちゃんと任せてくださいませ」
「……ああ」
(無理だろうな)
イレーネが小さく微笑んだ。
その顔が「絶対また自分でやるんでしょ」と言っていた。
「……わかってるなら言うな」
「ふにゃ……」
エルナがワタと一緒に「ふにゃ!」と真似をした。
「おかあしゃまといっしょ!」
「……お前まで」
(まあ)
(悪くない)
後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。




