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第49話 水中魔道具を改造したら、ヴァレン王国の父王が慌てて出てきた

 ヴァレン王国の宮廷に、翌朝から変化が起きた。

 昨日まで「第五王女のご友人方」という扱いだったコルネリスたちへの対応が、突然丁重になったのだ。

 廊下を歩けば侍従が深々と頭を下げる。食事の内容が格段に豪華になった。専用の応接室まで用意された。

「……昨日と全然違うな」

「そうですわね」とイレーネが苦笑いした。

「昨日は食器と砂で戦っていた人間への対応じゃないな」

「それが広まったからでは?」

「面倒くさい」

 ヘンドリックが静かに言った。

「閣下、食器一つで帝国の魔法使いを無力化した、という話が宮廷中に広まっているようで」

「食器で倒したのではない。投擲した雷剣の魔力食いで倒した」

「そのあたりの細部は……もはや関係ないようでございます」

(面倒くさいことになった)


 午前中、ソフィアが水中魔道具を持ってやってきた。

「約束通り、見せに来た。これがヴァレン王国の水中魔道具だ」

 手のひらに乗るくらいの小さな装置だった。

 貝殻を加工したような素材に、魔石が埋め込まれている。使用者の口元に装着して、水中でも呼吸できるようにする仕組みだ。

「これをつけると、水中で一時間ほど呼吸できる。ヴァレン王国の技術者が代々改良を重ねてきたものだ」

「なるほど」

 俺はそれをじっと眺めた。

(術式の組み方が……少し非効率だな)

(ここをこうすれば、もっと魔石の消耗を抑えられる)

(それとこの部分……レベル1の付与魔法で補強すれば、耐久時間が伸びる)

「少し触っていいか」

「壊さないでくれよ」

「壊さない」

 俺は机の上に魔道具を置いて、じっと術式を読み解き始めた。

(なるほど。基本構造は理にかなっている。ただ魔石への負荷が大きすぎる。ここをもう少し……)

 レベル1の付与魔法を、少しずつ重ねていく。

 一層、二層、三層。

「……閣下、何をされているのですか」

「ちょっと調整している」

「調整……」

 一時間後。

 机の上に、元のものより一回り小さくなった魔道具が完成していた。

「できた」

「……え?」

 ソフィアが恐る恐る手に取った。

「魔石の消耗を三分の一に抑えた。耐久時間は三倍になっているはずだ。あと小型化したので装着感も改善している」

「三倍……」

「試してみないとわからないが、たぶんそのくらいだ」

 ソフィアがしばらく魔道具を眺めてから、呟いた。

「……うちの技術者が泡を吹くぞ、これ」

 ヘンドリックが即座に近づいてきた。

「閣下、これは量産できますか」

「できるが」

「ヴァレン王国との交易品になりますね。それと連邦内での活用も……」

「また面倒くさいことになりそうだな」

「はい。なりますね」

 ヘンドリックが満面の笑みで頭を下げた。


 昼過ぎ、ソフィアが突然呼び出された。

 戻ってきた時の顔が、少し険しかった。

「……父王に呼ばれた」

「そうか」

「今まで散々放置しておいて、今更何を、という感じだが」

 ソフィアが苦々しく言った。

「コルネリス閣下と帝国皇太子との関係を問い合わせたいとのことだ。謁見に同席してほしいと」

「面倒くさいな」

「俺も面倒くさいと思っている」

「……そうか」

 カールが「俺が行きます」と言った。

「カールが?」

「ここは帝国皇太子として動く場面です。ソフィアが一人で向き合う必要はない」

 ソフィアが少し驚いた顔をした。

「……いいのか」

「当然です」

 カールが真剣な顔で言った。

「ソフィア、俺はあなたのことを……その、なんというか」

「なんだ」

「大事に思っています。だから任せてください」

 ソフィアが一瞬固まった。

 耳が赤くなっていた。

「……わかった。頼む」


 謁見の間に向かう前に、カールが俺に耳打ちした。

「閣下、少しだけ同席していただけませんか。閣下がいるだけで話がまとまります」

「面倒くさい」

「お願いします」

「……ついでだ」


 ヴァレン王国の父王、グスタフ王は五十代の恰幅のいい男だった。

 海洋国家らしく日焼けした肌に、どっしりとした風格がある。

 しかし今日は少し落ち着かない様子で、玉座から身を乗り出すようにして俺たちを迎えた。

「ウィレム連邦公爵コルネリス殿、このたびは我が国でご不便をおかけし……」

「昨日の件はもう終わったことです。今日は別の話があるとのことで」

「は、はい。その……ソフィアが、こちらの皆様と大変親しくされているようで。帝国の皇太子殿下とも……」

「ソフィア王女とは縁があって知り合いました。有能な方です」

 グスタフ王が少し目を丸くした。

「有能、ですか」

「ヴァレン王国のダンジョン事情に精通していて、今回の訪問でも大いに助かっています。それと海底ダンジョンの知識は大陸でも類を見ない。うちの連邦にとって非常に価値のある人材です」

 グスタフ王がぽかんとした顔をした。

(今まで「厄介者の第五王女」として放置していたものが、突然こう言われたら驚くだろうな)

 そこへカールが進み出た。

「グスタフ陛下、帝国皇太子カールと申します。このたびヴァレン王国を訪問させていただき、貴国の素晴らしさに感銘を受けております」

「は、はあ……」

「ソフィア王女とは以前よりご縁があり……今後も末永くお付き合いさせていただければと思っております」

 グスタフ王がゆっくりと状況を飲み込んでいった。

「……帝国の皇太子殿下が、ソフィアに、ご縁が、と?」

「はい」

「ソフィア……お前、いつの間に」

「放置していたのはお父様の方ですわ」

 ソフィアが涼しい顔で言った。

「うっ……」

 グスタフ王が言葉に詰まった。

「連邦公爵閣下と帝国皇太子殿下が両方ヴァレン王国に来てくださったのも、もとはわたくしのご縁からです。今更何を、とは思っていますが……せっかくですので、きちんとお話しましょうか」

「……そ、そうだな」

 グスタフ王がすっかり萎縮していた。

 カールが静かに微笑んで、俺に目配せをした。

(うまくやるじゃないか)

 俺はただ立っているだけだったが、それで十分らしかった。

(これが俺の役割か。後方支援だな)


 謁見が終わった後、廊下でソフィアがカールに言った。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

「お前、帝国皇太子の顔をするとああなるのか」

「たまには仕事もします」

 ソフィアがくすっと笑った。

「フルーツ牛乳ばかり飲んでいるやつとは思えなかった」

「それは失礼な」

「褒めてる」

 カールが少し照れくさそうに頭を掻いた。

 俺はその横を通り過ぎながら、ヘンドリックに言った。

「ヴァレン王国との外交、正式に進めておけ」

「かしこまりました。……また閣下のついでで外交が動きましたね」

「ついでだ」


 翌朝。

 水中魔道具を全員分、改良版で用意した。

 コルネリス・イレーネ・エルナ・カール・ソフィア・ヘンドリック分。

「旦那様、エルナも潜るのですか?」

「ワタがいる。問題ない」

「……そうですわね」

「おとしゃま、うみのなか、いくの?」

「ああ。一緒に行くか」

「うん!」

 エルナがきゃっと笑った。

 ワタが三匹、エルナの周りをふわふわと漂っている。

(ワタが海中でどう動くかわからないが……まあ、何とかなるだろう)

「ソフィア、深さはどのくらいだ」

「祠まで三十メートルほど。慣れていない人でも今の魔道具なら問題ない」

「そうか」

「……閣下が改良してくれたおかげで、余裕を持って潜れる」

「ついでだ」

「閣下のついでは、いつも大事なことですね」

 船に乗り込んで、沖へと出た。

 海が深くなるにつれ、色が変わっていく。

 浅瀬の青緑から、深い蒼へ。

「きれい……!」

 エルナが船縁から身を乗り出した。

「危ない」

 俺はとっさにエルナの服の後ろを掴んだ。

「えへへ……おとしゃま、うみ、きれいね」

「そうだな」

 イレーネが俺の腕に寄り添った。

「旦那様、わたくし少し緊張していますわ」

「大丈夫だ。ワタもいる」

「……ええ。行きましょうか」


 海に入ると、別世界だった。

 光が揺れている。

 魚の群れが俺たちの周りを泳いでいる。

 エルナが「わあ……!」と声にならない声を上げた。

 水中なので声は出ないが、目が最大限に見開かれている。

 ワタが三匹、海中でもふわふわと漂っていた。

(こいつら、水中でも普通に動けるのか)

 ソフィアが先導して、岩場の間を進んでいく。

 やがて、海底に祠が見えてきた。

 地上の祠と同じ石造りだが、珊瑚が絡まっていて、長い年月の経過を感じさせる。

 正面に刻まれた古代文字。

「サルデ・モワ・カル……」

 地上と同じ名前だ。

(やはり狂王はここにも来ていたか)

 祠の中に、何かが置かれていた。

 小さな石板だ。

 古代文字がびっしりと刻まれている。

 俺はそれを手に取った。

(……読める)

 本を長年読み続けてきたおかげで、古代文字は大体読めるようになっていた。

『水の流れに逆らうな。水は低きに流れ、しかし岩をも穿つ。レベル1の浄化魔法を、水流に乗せよ』

(浄化魔法……俺はすでに持っているが)

(水流に乗せる、か)

(これはもしかして)

 ワタが俺の肩に乗った。

 金色の瞳が石板を見つめている。

(お前も読めるのか)

 ワタが小さく鳴いた。

(そうか。ここにも狂王の知恵が残っていたか)


 地上に戻ると、全員が興奮していた。

「海の中に祠があるなんて……!」とイレーネが目を輝かせた。

「うみのなか、おもしろかった! またいきたい!」とエルナが飛び跳ねた。

 カールが「俺、水中の方がスパより気持ちよかったかもしれない」と言った。

「それはさすがに」とソフィアが苦笑いした。

「本当に。ソフィアに教えてもらえてよかった」

 ソフィアがまた少し耳を赤くして「……そうか」と前を向いた。

 俺は石板の古代文字を頭の中で反芻していた。

(水流に乗せる浄化魔法……試してみるか)

「ヘンドリック」

「はっ」

「少し試したいことがある。安全な場所で水を用意してくれ」

「かしこまりました。……また新しいスキルですか」

「かもしれない」

「閣下のスキルはいつも全部レベル1なのに、組み合わせると規格外になりますね」

「面倒くさいからレベル1で全部済ませているだけだ」

「はい。そういうことにしておきます」

 イレーネが俺の腕を取った。

「旦那様、今日も楽しかったですわ」

「そうか」

「エルナも喜んでいますし……チュッ」

「だから突然するな」

「ふにゃ……」

 エルナがワタと一緒に「ふにゃ」と真似をした。

「おかあしゃまといっしょ!」

「……お前まで真似するのか」

 エルナがきゃっと笑った。

(海底に狂王の遺産があった)

(水流に乗せる浄化魔法……これが何の役に立つのかはまだわからない)

(でも狂王が残したものに外れはない)

(……たぶん)

 後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。

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