第47話 妻が積極的すぎて、気づいたら二人目ができていた
フロリアンとミレイユの結婚式から、数週間が経った。
連邦は相変わらず忙しかった。
ヘンドリックからの報告、クラフト部隊からの進捗、帝国からカールの近況報告、ゼーフェルトからミレイユの技術開発報告……通信魔道具が毎日光り続けている。
しかし俺は、最近少し……いや、かなり、調子がいい気がしていた。
(なんでだろうな)
「旦那様、またそのお顔ですわ」
「何のお顔だ」
「なんか、ふんわりしたお顔ですわ」
「してない」
「してますわよ? ふふっ」
イレーネが楽しそうに笑った。
(こいつのせいだな)
俺は内心でそう思いながら、視線を書類に戻した。
あの夜以来、イレーネが変わった。
いや、正確には、変わったというより……より積極的になった。
エルナが寝た後の大人の時間が、以前より……その、ごにょごにょ……になっていた。
イレーネから求めてくることが増えた。
「旦那様、今夜もわたくしに全部預けてくださいませ」
「……また来たのか」
「だって旦那様が可愛いのですわ」
「俺が可愛い?」
「ええ。弱いところも、迷っているところも……全部、わたくしだけに見せてくださるから」
(こいつ……)
(わかっていてやっているのか)
もちろん、俺も嬉しかった。
嬉しすぎて、正直どうしていいかわからないくらいだった。
後方支援の一兵卒が、こんなに誰かに必要とされるとは思っていなかった。
(まあ……悪くない)
朝、ぐったりと天井を眺めることが増えた。
隣でイレーネが満足そうに眠っている。
(癒されているのか、消耗しているのかわからないが)
(どちらでもいい気がしてきた)
ワタが俺の顔を覗き込んだ。
「……うるさい」
ワタが小さく鳴いた。
(わかってるよ。俺も幸せだ)
そんな日々が続いて数週間後の朝。
イレーネが少し神妙な顔で俺のところに来た。
「旦那様」
「何だ」
「その……また、できたようですわ」
俺はしばらく黙った。
「……そうか」
イレーネの目が、じわりと潤んだ。
「旦那様……ありがとうございますわ」
「俺が礼を言われることじゃないだろう」
「でも……わたくし、本当に幸せで」
「……俺もだ」
俺はそれだけ言って、イレーネの頬にそっとキスをした。
「……っ!」
「よかった。本当に」
「ふにゃ……」
「おい、大丈夫か」
「ふにゃふにゃ……だ、旦那様が……自分から……また……ふにゃっ……」
「わかった、わかった。倒れるな」
「ふにゃふにゃふにゃ……うれしすぎて……あしに、ちからが……」
イレーネがふにゃふにゃになりながら、崩れ落ちそうになった。
俺はとっさにイレーネを両腕で支えた。
「……しっかりしろ」
「ふにゃ……すみません……でも……ふにゃふにゃ……」
「お前が懐妊しているんだぞ。倒れるな」
「わかっていますわ……でも……旦那様が……自分から……ふにゃっ……」
「うるさい。ちゃんと支えてやるから、落ち着け」
「ふにゃふにゃふにゃ……」
俺はイレーネをそのまま抱えて、ソファに座らせた。
ワタが三匹、心配そうにイレーネを覗き込んでいる。
「お前たちも心配しなくていい。ただふにゃふにゃしているだけだ」
ワタが一匹、俺を見て小さく鳴いた。
(お前がキスするからだろう、と言いたいのか)
「……うるさい」
しばらくして、イレーネがようやく落ち着いた。
「……すみませんわ、旦那様」
「いい。お前が喜んでくれて……俺も嬉しかった」
「ふにゃ……また言いますの……」
「倒れるなよ」
「……気をつけますわ」
イレーネが静かに俺の胸に頭をもたせかけた。
俺はそっとイレーネの頭に手を置いた。
しばらく、静かな時間が続いた。
「おとしゃまー! おかあしゃまー!」
エルナがとことこと走ってきた。
「なに、なに、なにをしているの?」
「ちょっとお話をしていた」
「エルナもはいる!」
エルナが俺とイレーネの間に割り込んできた。
ワタが三匹、エルナの周りをふわふわと漂っている。
(また家族が増えるか)
(面倒くさいことも増えるだろうが)
(まあ……それも悪くない)
その日の午後、ヘンドリックに伝えた。
「ヘンドリック、イレーネが懐妊した」
「おめでとうございます、閣下!」
ヘンドリックが深々と頭を下げた。
「今回はどこで出産されますか」
「王城でいいだろう。前回と同じで」
「かしこまりました。マルガリータ王妃様にもお伝えしてよろしいですか」
「……まあ、いいが」
「王妃様、喜ばれるでしょうね」
「騒がしくなるだろうな」
「はい。それはもう」
案の定、数分後に廊下からマルガリータ王妃の「イレーネに二人目が!? きゃあああっ!!」という声が響いてきた。
続いてレオナルト陛下の「なんとっ!? また孫がっ!! おおっ……!!」という号泣する声も。
「うるさいですわよお母様」とイレーネが苦笑いしながら言った。
「落ち着けないですわよ! 孫が増えるのですもの! チュッ!」
「お母様……」
「コルネリス、よくやりましたわね!」
「……はあ」
「照れなくていいのですわよ!」
「照れていない」
レオナルト陛下が「コルネリス、よくやった……! 本当によくやった……!」と俺の手を握って号泣した。
「陛下、手を離してください」
「いや離さん……! 余は嬉しくて……!」
「離してください」
「……わかった」
陛下がしぶしぶ手を離した。
エルナが不思議そうに俺を見上げた。
「おとしゃま、なんでみんなそんなに嬉しそうなの?」
「弟か妹ができるかもしれないからだ」
「おとうとか、いもうと?」
「ああ」
エルナがしばらく考えてから、真剣な顔で言った。
「エルナが、おねえちゃんになる?」
「そうだ」
「アルベルトにも、おねえちゃんだっていったよ?」
「ああ」
「もっとおねえちゃんになる?」
「……そうなるな」
エルナがぱあっと顔を輝かせた。
「やった! もっとまもってあげる!」
イレーネが「まあっ!」と言って目を潤ませた。
マルガリータ王妃が「可愛すぎますわ……! チュッ! チュッ! チュッ!」とエルナにキスの雨を降らせた。
エルナが「くすぐったい!」と笑い転げた。
俺はその光景を眺めながら、ため息をついた。
(騒がしいな)
(本当に騒がしい)
(でも)
(悪くない)
肩のワタが小さく鳴いた。
「わかってる」
ワタが満足そうに目を細めた。
夜、エルナが眠った後。
イレーネが俺の隣に座って、静かに言った。
「旦那様」
「何だ」
「あの夜、弱音を吐いてくださってよかったですわ」
「……そうか」
「わたくし、旦那様がそういうことを話してくださるのが……嬉しくて」
「また泣くのか」
「泣きませんわ。今日は」
「そうか」
「……でも、少しだけ」
「結局泣くじゃないか」
「ふにゃ……」
俺はイレーネの頭をそっと引き寄せた。
「……二人目も、よろしく頼む」
「はい。旦那様こそ、よろしくお願いいたしますわ」
「ああ」
「チュッ」
「……今回は怒らない」
「ふにゃふにゃ……」
窓の外で、月が静かに輝いていた。
庭の芽が、また少し大きくなっていた。
後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。
しかし今夜は、それがとても温かく感じられた。




