第43話 変な石が集まったら、封印の欠片だった
エルナが生まれて一年と少し。
王城に新しい命が加わってから数日が経っていた。
レオナルト陛下とマルガリータ王妃の息子、アルベルト。
産まれた翌日から陛下は「アルベルト、アルベルト」と名前を呼び続け、マルガリータ王妃に「うるさいですわよあなた、赤ちゃんが驚きますわ」と何度も叱られていた。
「おとしゃま、あかちゃん、みたい」
エルナがとことこと歩いてきて、俺の手を引っ張った。
「そうか。行くか」
寝室では、マルガリータ王妃がアルベルトを抱いていた。
イレーネが隣で微笑んでいる。
「エルナ、こちらがアルベルトですわよ」
エルナがそっと近づいて、赤ちゃんの顔を覗き込んだ。
「ちいさい」
「そうですわ。エルナも最初はこのくらい小さかったのですよ」
「わたし、こんなにちいさかったの?」
「そうですわ」
エルナがしばらく真剣な顔でアルベルトを見つめていた。
そしてアルベルトに向かって、真剣な顔で言った。
「わたし、おねえちゃんだから、まもってあげる」
マルガリータ王妃が「あああっ……! 可愛いですわ! チュッ!」と号泣しながらエルナにキスを降らせた。
レオナルト陛下が「おおっ……! なんと頼もしい孫娘だ……!」と廊下で号泣していた。
俺は少し目の奥が熱くなるのを感じながら、ただそれだけ眺めていた。
肩の上のワタが、小さく鳴いた。
エルナの頭の上のワタも、小さく鳴いた。
イレーネの膝にいるワタも、小さく鳴いた。
三匹が一斉に、アルベルトの方を向いていた。
(……こいつら、新しい家族に挨拶しているのか)
アルベルトが小さな手を動かした。
ワタの一匹がそっと近づいた。
アルベルトの手がワタに触れた瞬間、ほんのりと温かい光が広がった。
「まあ……!」
「……なんだ」
「旦那様、ワタがアルベルトに懐きましたわ」
(四匹目の守護対象か)
「面倒くさいな」
「可愛いですわ!」
その翌日、ヘンドリックが執務室に入ってきた。
神妙な顔をしている。
「閣下、少しよろしいですか」
「何だ」
「各地から奇妙な報告が入っておりまして」
ヘンドリックが布に包まれた何かを取り出した。
布を開くと、半透明の丸い石が一つ。
琥珀のような色をしていて、内側に小さな光が宿っている。
温かみがあって、魔力を感じる。しかし魔石とも少し違う。
蜂蜜を固めたような、どこか生き物めいた質感だ。
「これは?」
「各地の冒険者や復興作業員から『変な石を見つけた』という報告が複数入っておりまして。全部同じような見た目だと言うのです」
俺はその石をじっと見た。
肩の上のワタが、石を見た瞬間にぴくりと動いた。
(ワタが反応している)
「閣下、これに見覚えはありますか」
「……わからん。ただワタが知っているようだ」
そこへ、ちょうどカールが執務室に入ってきた。
帝国とゼーフェルトの仕事の報告のためにやってきていたカールが、ヘンドリックの持つ石を見て、ポケットをごそごそと探り始めた。
「あれ、俺も似たようなの持ってますよ。帝国の遺跡の近くで拾ったんですが……綺麗だったので」
取り出した石が、ヘンドリックの石とそっくりだった。
「おい」
「え、なんですか閣下」
その時、ソフィアが廊下から顔を出した。
カールが「ソフィア!? なんでここに」と声を上げた。
「ダンジョンの件で話を聞きたいって呼ばれた。……あれ、その石」
ソフィアが懐から石を取り出した。
「ダンジョンの奥で見つけた。魔力を感じたんで持ってきたんだが」
「おい」
「なんですか」
フロリアンが「義兄上、報告が……って、その石」と入ってきた。
「俺も旅の途中でよく似た石を拾ったことがあって、まだ持っていたはずで……」
荷物をごそごそと探して取り出した。
「おい」
「え、何?」
廊下からトールが「閣下、復興作業の報告に来ました! あと、これ、ゼーフェルトの工事現場で出てきたんですが……綺麗な石だったので持ってきました」と入ってきた。
机の上に置いた石が、また同じ見た目だった。
「おい」
「何かまずかったですか閣下!?」
執務室に石が五つ並んだ。
全員が黙って石を見つめていた。
ヘンドリックが震える声で言った。
「閣下……五つ、揃いました」
「何の五つだ」
「それが……文献を調べたところ、各地の古い祠に一つずつ配置されていた『封印の媒体』ではないかと。五つで魔方陣を形成する封印の構造です」
「封印の媒体……」
「各地の祠が長年の風化と老朽化で物理的に壊れて、中に納められていたこれが地面に落ちたものを、皆さんが綺麗な石として拾い集めていたようで」
俺は少し黙った。
(じわじわと封印が弱体化していたところに)
「ヴィルヘルムが最後の一つを遺跡で持ち帰った、ということか」
「……はい。封印が完全に解けて、靄が発生した」
全員が黙った。
遠くで報告を聞いていたヴィルヘルムが「……俺だけのせいじゃなかったのか」と呟いた。
カールが「お前が最後のトドメを刺したのは事実だろうが」と言った。
「まあ、終わったことだ」
俺は石を一つ手に取った。
温かい。内側の光が、俺の手に反応してわずかに輝いた。
肩のワタが、石を見つめたまま動かない。
「ワタ、これは何だ」
ワタが静かに鳴いた。
「植えろ、ということか」
ワタが頷いた。
「どこに」
ワタが俺を見た。
「……俺の洞窟か」
ワタがまた頷いた。
「何が生えるんだ」
ワタが小さく鳴いた。
「わからん、ということか」
ワタがまた鳴いた。
(植えてみないとわからない、ということか)
「面倒くさいな」
「閣下」とヘンドリックが続けた。「それと、あの洞窟からも報告が入っておりまして」
「何だ」
「小さな芽が出ているそうです。洞窟の祠の前に」
「……芽?」
「はい。何の植物かはわかりません。ただ魔力が非常に高い芽だそうで」
(洞窟の祠の前に……)
俺はワタを見た。
ワタが少し視線を逸らした。
「……お前、何か知っているのか」
ワタが小さく鳴いた。
(とぼけているのか、それとも本当にわからないのか)
「まあいい。ついでに見てくる」
「またついでですか閣下」
「ついでだ」
ソフィアが興味深そうに石を見つめながら言った。
「各地のダンジョンの奥にも、似たような祠があったな。ずっと不思議に思っていたんだが、そういうことか」
「お前、ダンジョンの祠を見たことがあるのか」
「何度も。海底ダンジョンにもあった。ヴァレン王国の近くの島に」
「海底にも祠があるのか」
「ああ。深いところに。魔力が異常に高くて、私以外は近づけなかった」
俺はソフィアをしばらく眺めてから、ヘンドリックに言った。
「ヘンドリック、ヴァレン王国との外交ルートの確認を急げ」
「かしこまりました。……また閣下のついでで外交が動きますね」
「面倒くさい」
カールが嬉しそうに「俺も行きます、ヴァレン王国に」と言った。
「お前はゼーフェルトと帝国の仕事があるだろう」
「ヴィルヘルムに任せます」
「おい」とヴィルヘルムが言った。
「お前が仕出かしたことの後始末だろうが」とカールが言った。
「……わかった」
ソフィアがくすっと笑った。
「面白い連中だな」
「面倒くさい連中だ」
俺はそう言いながら、五つの石を布に包んだ。
(封印の媒体か。植えたら何が生えるのかわからない)
(でも)
(ワタが植えろと言っている。それだけでいい)
「旦那様」
イレーネがエルナを連れて入ってきた。
「何だ」
「エルナが、庭で変な芽を見つけたと言っていますわ」
エルナが小さな手に、土のついた小さな植木鉢を抱えていた。
中に、小さな緑の芽が一本出ていた。
「おとしゃま、これなに?」
「どこにあった?」
「ワタのおさんぽするところ」
俺はワタを見た。
ワタが少し視線を逸らした。
「……お前、これを落としていったのか」
ワタが小さく鳴いた。
「わざとか」
ワタがまた小さく鳴いた。
(こいつ、洞窟から連れてこられる時に、何かを体にくっつけてきて、王城の庭に落としていったのか)
(何が生えるかわからないのに)
(いや……ワタにはわかっているのか)
「ヘンドリック、これが何の芽か調べろ」
「かしこまりました。ただ……文献にも類例がないかもしれません」
「調べるだけ調べてみろ」
「はっ」
エルナが芽をじっと見つめていた。
「おおきくなる?」
「……なるかもしれないな」
「どのくらい?」
「わからん」
「わたしより大きい?」
「……たぶんな」
エルナが目を丸くした。
「すごい! わたしがまいしゅする!」
「毎日水をやれ、ということか」
「うん!」
(まあ、エルナが大きくなる頃には、何かわかるだろう)
「旦那様、チュッ」
「……今回は怒らない」
「まあ! 珍しいですわ!」
「庭に芽が出た日くらいは許す」
「ふにゃ……」
三匹のワタが、エルナの持つ植木鉢の芽を、金色の瞳でじっと見つめていた。
その瞳が、穏やかに輝いていた。
後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。
しかし今日は、少しだけ穏やかな一日だった。




