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第42話 ダンジョンが見つかり、王妃が産気づき、皇太子が恋をした

「閣下ぁぁっ!!」

 ヘンドリックが血相を変えて飛び込んできた。

 俺はソファから半分起き上がった。

「……何だ」

「大変でございます!」

「何がだ」

「特殊なダンジョンが発見されました!」

「……ダンジョン?」

「はっ。魔石採掘のために冒険者が各地を探索していたところ、連邦の北西部の山中で通常とは全く異なるダンジョンが発見されまして……中から異常な魔力反応が出ています。冒険者ギルドが手に負えないと判断して報告が上がってきました」

 俺は少し考えた。

(北西部……深淵の狂王の洞窟とは別の場所だな)

(新たなダンジョンか)

「詳細を集めろ。冒険者ギルドからも話を聞いておけ」

「かしこまりました。それともう一つ」

「何だ」

「王妃様の陣痛が始まったようで」

「……それは大変じゃないのか」

「すぐに生まれるわけではないそうで。産婆が既に待機しております。女性の方々は既に準備を進めておられます」

「陛下は?」

「寝室の前で正座して待っておられます」

「……そうか」

(この世界では出産に男性は立ち会えない。女性だけで執り行うものだ。陛下にできることは待つことだけだ)

「イレーネは?」

「奥方様には先に報告が届いておりまして、既に移動の準備を整えて王妃様のもとへ向かわれました」

(さすがだ。俺より先に動いている)

「わかった。陛下の様子を見てくる」


 寝室の前廊下に行くと、レオナルト陛下が正座したまま壁をじっと見つめていた。

「陛下」

「コルネリス……! 王妃が……王妃が……!」

「大丈夫ですよ。マルガリータ様は強い方です」

「そうだな……そうだな……でも余は何もできなくて……!」

 陛下の目が真っ赤だった。

「待つのも仕事です」

「そうだな……そうだな……」

 陛下が正座のまま微動だにしない。

(まあ、陛下は陛下なりに頑張っている)

 俺は廊下に椅子を一脚持ってきて、陛下の隣に座った。

「一緒に待ちます」

「コルネリス……!」

「泣かないでください」

「泣いておらん! 目に砂が入っただけだ!」

(廊下に砂はないが)


 そこへヘンドリックが駆け足でやってきた。

「閣下、カール殿下がいらっしゃいました」

「今か」

「帝国とゼーフェルトでの仕事の報告のためにいらしたようで。それと……久しぶりにこちらのスパに入りたいとおっしゃっておりまして」

「報告が先だ。通せ」

 カールが廊下に現れた。

 陛下の正座姿を見て、一瞬固まった。

「……何がありましたか」

「王妃様の御出産が近い」

「ああ……それは。陛下、お気を確かに」

「泣いておらん!」

 カールが苦笑いしながら俺の隣に立った。

「報告は手短にします。帝国での移動式住宅の量産化は順調です。ゼーフェルトへの技術移転も進んでいます。スパリゾートの展開も……ヴィルヘルムが思ったより張り切っています」

「そうか」

「あいつ、スパに初めて入った瞬間に号泣しまして」

「……そうか」

「『なぜ俺はこんな素晴らしいものを壊そうとしていたんだ』と言って三時間出てきませんでした」

「面倒くさいな」

「でも今は誰より熱心に働いています。閣下に感謝しているようで」

「仕事をしてくれれば十分だ」

「はい。……以上が報告です。では俺、スパに行ってきます」

「ああ」

「閣下も後で来ませんか? 王妃様のことは女性陣に任せるしかないですし」

「……そうだな。陛下もどうですか」

「余は動けん! ここで待つ!」

「ではカール、一人で行ってこい」

「はい。では」


 カールがスパの休憩室に落ち着いたのは、それから一時間後のことだった。

 備え付けの浴衣に着替えて、長椅子に寝そべりながらフルーツ牛乳を飲む。

(やっぱりここのスパは最高だ)

(帝国のスパも悪くないが、本場は違う)

 湯上がりの心地よい疲労感に包まれながら、カールはぼんやりと天井を眺めていた。

 隣の長椅子に、誰かが座った気配がした。

 浴衣姿の若い女性だ。

 濡れた髪を無造作にまとめてある。化粧っ気はない。しかし顔立ちは整っている。

 浴衣の帯には、小さなナイフが一本差してあった。大きな荷物や武器は受付に預けているはずだが、それでもこういうものは外せないのだろう。手首には使い込まれた革のブレスレット。指には細い指輪。

 一目で、ただの旅人ではないとわかった。

 女性の視線が、カールの手元のフルーツ牛乳に止まった。

「それ、うまいのか?」

 カールが少し驚いて振り返った。

「ああ、湯上がりにはこれ一択さ! 飲んでみるか?」

「じゃあ一口だけ」

 カールがフルーツ牛乳を差し出すと、女性が一口飲んだ。

「……うまい」

「だろう? 俺はこれのためにスパに来ていると言っても過言じゃない」

 女性が少し笑った。

「お前、面白いな」

「よく言われる。旅の途中か?」

「ああ。ダンジョンを探索してたら、このスパの噂を聞いて寄ってみた」

「ダンジョン? 冒険者か」

「まあそんなところだ。お前は?」

「俺も……まあ、色々と」

「色々、ね」

 女性がくすっと笑った。

「俺はカール。お前は?」

「ソフィア」

「ソフィア、か。どこから来た?」

「遠いところ。海の向こうだ」

「海の向こう? ヴァレン王国か?」

 ソフィアが少し目を細めた。

「知ってるのか」

「少しな。交易の話で名前を聞いたことがある。海底ダンジョンがあると聞いたが、本当か?」

「ああ、本当だ。陸のダンジョンも面白いが、海底はもっと面白い。魔物の種類が全然違うし、お宝も……」

 ソフィアが目を輝かせながら話し始めた。

 カールはフルーツ牛乳を飲みながら、その話に耳を傾けた。

(面白い人だ)

 気づいたら日が暮れていた。

「……もうこんな時間か」

「早いな」

「ああ。俺、そろそろ戻らないと」

「そうか。俺も明日は早い」

 二人が立ち上がった。

「また会えるといいな、ソフィア」

「そうだな。……フルーツ牛乳、うまかった。ありがとう」

「今度は自分で頼めよ」

 ソフィアがくすっと笑って、休憩室を出ていった。

 カールはしばらくその背中を見送ってから、ゆっくりと王城へ戻った。


「閣下、戻りました」

「遅かったな」

「少し話し込みまして……」

 カールが少し照れくさそうに言った。

「面白い人に会いました」

「そうか」

「名前はソフィアというんですが……ダンジョンを探索している冒険者で。海の向こうから来ていて、話が面白くて……」

「ふーん」

「また会いたいと思っているんですが、どこに泊まっているかも聞きそびれてしまって」

「ヘンドリックに頼め」

「さすが閣下、話が早い」

 その時、ヘンドリックが書類を持って近づいてきた。

「閣下、先ほどのダンジョンの件ですが……発見した冒険者の詳細が分かりました」

「何がわかった」

「冒険者の名前がソフィアと申しまして……ヴァレン王国から来たと」

 カールが固まった。

「……え?」

「海底ダンジョンの探索で有名な冒険者だそうで。実は身分を調べたところ……ヴァレン王国の第五王女であることが判明しまして」

「……王女?」

「はい。継承順位は限りなく低く、事実上放置されているようで。本人は身分を隠して各地のダンジョンを探索しているようでございます」

 カールがしばらく黙ってから、俺を見た。

「……閣下」

「何だ」

「俺、さっきスパでその人と一緒にフルーツ牛乳を飲んでいました」

「そうか」

「どうしましょう」

「どうしたいんだ」

「会いに行きたいです」

「ヘンドリック、ヴァレン王国との外交ルートを確認しておけ」

「かしこまりました。……また閣下のついでで外交が動きますね」

「面倒くさい」

「はい。そういうことにしておきます」

 カールが「義兄上みたいなこと言いますね」と呟いた。

「何がだ」

「ちゃんと見てくれている」

「面倒くさいから一度に解決しているだけだ」


 その夜遅く。

 寝室の前で正座し続けていたレオナルト陛下のもとに、リーヌが静かに出てきた。

「陛下、おめでとうございます。元気な男の子でございます」

「おおっ……!!」

 陛下が立ち上がろうとして、足がしびれて転んだ。

「あ、あなたぁっ!」

 寝室の中からマルガリータ王妃の声が響いた。

「お、王妃よ! 余は大丈夫だ! それより……!」

「元気な子ですわよ! 早く来てくださいな!」

「い、今すぐ参る!」

 陛下がしびれた足を引きずりながら寝室に飛び込んでいった。

 廊下でイレーネが微笑んでいた。

「旦那様、弟ができましたわ」

「そうか」

「エルナに従兄弟ができましたわね」

「ああ」

「名前はどうなるのかしら」

「陛下が決めるだろう」

 寝室の中から、陛下の「おおっ……! なんと愛らしい……! 王妃よ! よくやった! よくやってくれた……!」という号泣する声が廊下まで響いてきた。

「うるさいですわよあなた! 赤ちゃんが驚いてしまいますわ!」

「す、すまん……! でも余は嬉しくて……!」

「わたくしも嬉しいですわ! でも静かにしてくださいな!」

 エルナがとことこと歩いてきて、寝室の扉を見上げた。

「おじいしゃま、なんで泣いてるの?」

「嬉しいから泣いているんだよ」

「うれしいと泣くの?」

「そうだ」

「おとしゃまも泣く?」

「……たまにな」

 エルナがきゃっと笑った。

 ワタが三匹、エルナの周りをふわふわと漂っていた。

(弟か。エルナに従兄弟ができた)

(連邦も、帝国も、ゼーフェルトも、少しずつ大きくなっている)

(面倒くさいことばかりだが……まあ、悪くない)

「旦那様」

 イレーネが俺の腕に寄り添った。

「何だ」

「幸せですわね」

「ああ」

「チュッ」

「……今回は許す」

「ふにゃ……」

 後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。

 しかし今夜だけは、王城全体が温かかった。

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