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第41話 つかの間の平穏は、ヘンドリックによって終わった

 王城への帰還は、静かな夜のことだった。

 俺は手のひらに小さな光の粒を乗せたまま、移動式住宅の中でぼんやりと座っていた。

 光は温かかった。かすかに震えていた。

「……生きているな」

 光が小さく揺れた。

「よく頑張った」

 また揺れた。

 ヘンドリックが静かに近づいてきた。

「閣下、もうすぐ王城に着きます」

「そうか」

「……今回は本当に、お疲れ様でございました」

「ついでだ」

「はい。そういうことにしておきます」


 王城の門をくぐった瞬間、エルナが飛び出してきた。

「おとしゃまーっ!!」

「……おう」

 俺はエルナを片腕で抱き上げた。

 もう片方の手には、小さな光の粒。

「おとしゃま、それなに?」

「ワタだ」

 エルナがじっと光を見つめた。

「ワタ、ねんね?」

「ちょっと疲れているんだ」

「ぽふ、する?」

「……好きにしろ」

 エルナが小さな手を伸ばして、光にそっと触れた。

 ぽふっ。

 その瞬間だった。

 光が、ぱあっと広がった。

 温かい金色の光が俺の手のひらから溢れ出し、ゆっくりと形を取り戻していく。

 ふわふわとした白い毛。

 金色の瞳。

「……ワタ」

 ワタが目を開けた。

 小さく、しかし確かに、鳴いた。

「まあっ! ワタが戻りましたわ!」

 イレーネが飛びついてきた。

「よかったですわ! ワタ、よく頑張りましたわね! チュッ!」

「奥方様、それは神獣に……」

 護衛騎士が止めようとしたが、ワタはイレーネのキスを受けてほんのりと光った。

 満足そうだった。

 エルナがワタを覗き込んだ。

「ワタ、おかえり」

 ワタが小さく鳴いた。

 エルナがきゃっと笑った。

(……よかった)

 俺は目の奥が熱くなるのを感じながら、ただそれだけ思った。

 なお、その翌朝。

 気づいたらワタが三匹に増えていた。

 一匹はイレーネにへばりついて離れない。一匹はエルナの頭の上に乗っている。そして一匹は俺の肩に陣取っていた。

(……また増えたのか)

「まあ! それぞれにへばりついていますわ! 可愛いですわね! チュッ!」

「奥方様、それは……」

「もういい」と俺は護衛騎士を止めた。「慣れろ」

「……かしこまりました」


 翌日。

 帝都の復興が始まっていた。

 クラフト部隊が展開した移動式住宅が、帝都の各地に仮設住宅として並んでいる。崩れた外壁の代わりに連結した移動式住宅が防壁として機能し、住む場所を失った帝国民たちが次々と入居していた。

「……思ったより使えているな」

 俺は帝都の広場から、その光景を眺めていた。

「おかげさまで、帝都の市民の大半が雨風をしのげるようになりました」とヘンドリックが報告した。

「ただ、問題がございまして」

「何だ」

「生産が全く追いつかないのです。クラフト部隊は連邦全土の整備で手一杯で、帝国領まで対応できる余力がありません」

(わかっていた)

(誰に作らせるんだ)

 俺はぼんやりと広場を眺めた。

 遠くで、回復したヴィルヘルムが所在なさげに立っている。

 カールがその隣で「さっさと謝ってこい」と小突いている。

 ミレイユが職人たちと熱心に話している。

(……あ)

「ヘンドリック」

「はっ」

「いい考えが浮かんだ」

「……閣下のいい考えは、いつも大変なことになりますが」

「今回は丸投げするだけだ」

「……かしこまりました」


 まずヴィルヘルムを呼んだ。

 回復したとはいえ、まだ顔色が優れない。しかし目は正常に戻っている。

 ヴィルヘルムが俺の前に立つと、深々と頭を下げた。

「……公爵閣下。このたびは、私の軽率な行動により多大なご迷惑を」

「いい」

「え?」

「終わったことだ。それより仕事を頼む」

 ヴィルヘルムが顔を上げた。

「……仕事、でございますか」

「帝国領での移動式住宅の量産化だ。お前が実行力を担当しろ」

「私が……なぜ、閣下がそれを私に」

「お前は野心家で実行力がある。それを悪いことに使うから問題が起きる。いいことに使えば連邦と帝国の両方が助かる」

 ヴィルヘルムが黙った。

「それと」

「はっ」

「一人でやらせると何をするかわからない」

「……」

「カールと一緒にやれ」


 次にカールを呼んだ。

「俺ですか? 俺はスパの管理があって……」

「却下だ」

「え、でも……」

「カール、お前がいないと帝国がまとまらないのはわかっている。だがヴィルヘルム一人に任せると何をするかわからない。お前が一緒にいてやれ」

 カールがしばらく黙った。

「……義兄上みたいなこと言いますね、閣下は」

「何がだ」

「弟のことをちゃんと見てくれている」

「面倒くさいから丸投げしたいだけだ」

「わかりました。やります。でも一つだけ条件があります」

「何だ」

「帝国のスパ、ヴィルヘルムにも使わせてやってください。あいつ、まだ入ったことがないので」

「それだけか」

「それだけです」

「……好きにしろ。ついでに頼みたいことがある」

「何でしょう」

「帝国各地にスパリゾートを展開しろ。ゼーフェルトにも作る。設計図は渡す。クラフト部隊の歴戦の連中を顧問として完成まで常駐させる」

「俺たちが主体でやるということですか」

「そうだ。ただし人材が必要だ」

「人材……」

「レベル1で魔力が多い人間を帝国とゼーフェルトから発掘してくれ。クラフト部隊に加える。仕組みさえ作れば、あとは勝手に回る」

 カールがしばらく黙った。

「……閣下、それはつまり」

「何だ」

「大陸規模のクラフト部隊を作ろうとされているのですか」

「難しく考えるな。面倒くさいから仕組みを作るだけだ」

「……相変わらずですね、閣下は」

 ヴィルヘルムが遠くで「スパ……? 俺もスパに入れるのか……?」と呟いていた。

 カールが「お前が全部終わらせた原因だろうが」と小突いていた。


 最後にミレイユを呼んだ。

「帝国とゼーフェルトでの技術指導を頼めるか」

「喜んで」

 ミレイユの目が輝いた。

「ゼーフェルトの技術を、大陸に広めることができるのですね」

「ああ。お前の技術が一番役に立つ」

「……ありがとうございます、閣下」

「礼はいい。フロリアンにも話しておく」

 フロリアンが遠くから「義兄上、妻をそんなに働かせていいんですか」と叫んできた。

「ミレイユが喜んでいるだろう」

「……確かに目が輝いていますね」

「適材適所だ」


 こうして、カール・ヴィルヘルム・ミレイユの三人が動き始めた。

 帝都の各地に移動式住宅の生産拠点が設置され、ゼーフェルトの職人たちの技術指導のもとで量産化が進み始めた。

 帝国とゼーフェルトからレベル1で魔力が豊富な人材が次々と発掘され、クラフト部隊の新たな仲間として加わっていく。

「……なぜこうなるんだ」

 ヴィルヘルムがぼそりと呟いた。

「何がだ」

「俺は公爵閣下に大迷惑をかけた。なのに閣下は俺を罰するどころか、仕事を与えて……信頼してくださっている」

「信頼しているというより、使えるものを使っているだけだ」

「……それでも」

 ヴィルヘルムが真剣な目で俺を見た。

「俺は閣下に、一生をかけてでも報いたいと思っています」

「そうか。なら余計なことを考えずに仕事をしろ」

「……はい」

 カールが「だから言っただろう、逆らうなって」と呟いているのが聞こえた。


 その夜、ヘンドリックから最後の報告があった。

「閣下、一つご報告があります。深淵の狂王に関する文献を、新たに発見しました」

「何がわかった」

「……狂王サルデ・モワ・カルは、数百年前にこの世界に現れた人物でした。当時、今回と同じような大規模な厄災が大陸を襲い、それを一人で封じ込めようとした」

「一人で?」

「はい。当時は誰も信じてくれなかったようです。厄災の正体を知っている者がおらず、狂王は孤独に戦い、ワタたちを生み出し、封印を完成させた。しかし力を使い果たして……」

「死んだのか」

「はい。しかし死ぬ前に、本を書き残した。次の厄災に備えて、次の継承者のために」

 俺は少し黙った。

(だから「サルでもわかるスキル活用」なのか)

(誰でも読めるように。誰でも使えるように。次の誰かが、俺と同じように偶然見つけても使えるように)

「ヘンドリック、本の最後のページを見たか」

「はっ。実は……今日初めて気づいたのですが」

 ヘンドリックが「サルでもわかるスキル活用」を取り出した。

 最後のページを開いた。

 そこには一行だけ、古代文字で書かれていた。

 俺はゆっくりと読み解いた。

「……よくやった、継承者よ。お前のような者が現れることを、ずっと待っていた」

「閣下……」

「……最初から言っておけ」

 ヘンドリックが噴き出した。

「閣下、そのお言葉が出るのを待っておりました」

「うるさい」

 ワタが俺の膝の上で、小さく鳴いた。

(深淵の狂王よ。お前が孤独に戦って残してくれたもので、俺はなんとかなった)

(礼を言う)

(でも次からは、もう少しわかりやすく書いてくれ)


「やっと終わった……」

 俺はソファに深く沈み込んだ。

 イレーネが隣に座って、俺の腕にそっと寄り添った。

「お疲れ様でしたわ、旦那様」

「ああ」

「ゆっくりできますわね、やっと」

「ああ」

 エルナがワタを抱きながらとことこと歩いてきて、俺の膝に登ってきた。

「おとしゃま、おかえり」

「ただいま」

「ワタも、ただいま」

 ワタが小さく鳴いた。

(これだ)

(これのために、早く帰りたかったんだ)

「旦那様、チュッ」

「……今回は怒らない」

「まあ! 珍しいですわ!」

「頑張ったからな」

「ふにゃ……」

 俺はソファに深く沈み込んだまま、目を閉じた。

(やっと帰って寝られる)

(後方支援兵の苦難も、これでひと段落だ)

(しばらくは平和な日々が……)

「閣下ぁぁっ!!」

 ヘンドリックが血相を変えて飛び込んできた。

「……何だ」

「大変でございます!」

 俺はゆっくりと目を開けた。

「……また面倒くさいことか」

「はっ、実は……」

 ソファへの沈み込みが、止まった。

 イレーネが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「旦那様……」

「……わかった」

 俺はため息をついてソファから立ち上がった。

「早く終わらせて帰って寝る。それだけだ」

「閣下、本当に頼りになられます……!」

「面倒くさいと言っている」

 ワタが俺の肩に乗った。

 エルナが「おとしゃま、いってらっしゃい」と手を振った。

「……ああ、すぐ帰る」

 後方支援兵コルネリスの苦難は、まだまだ続く。

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