第40話 移動要塞で帝都に突撃したら、思ったより深刻だった
出発から二日。
連結した移動式住宅が、巨大な移動要塞となって帝国領を爆走していた。
六棟を横に連結し、さらに上に二棟を重ねた八棟構成。クラフト部隊が土魔法と風魔法を交互に使い、舗装された道を最大速度で突き進んでいる。
「閣下、前方に異常あり!」
哨戒役の部隊員が叫んだ。
道の両脇の木々が、根元から黒く変色している。葉が枯れ、幹が腐ったように崩れている。
「黒い変色がここまで広がっているか……思ったより早い」
「閣下、帝都まであと半日の距離ですが……この速度だと」
「間に合うかどうかわからない、ということか」
「はっ」
俺は少し考えてから通信魔道具を手に取った。
「フロリアン、ドラゴン部隊の状況は」
『今のところ異常なし。でも義兄上、空の様子がおかしい。黒い霧が低く垂れ込めていて……ドラゴンたちが嫌がっています』
「高度が取れないか」
『かなり厳しい状況です。このままだと帝都上空での運用が難しくなるかもしれません』
俺は舌打ちをした。
(空からの支援が使えなくなる。予想より遥かに深刻だ)
その時、黒い目をした魔物の群れが、道の両脇から一斉に飛び出してきた。
「総員、迎撃!」
バチバチバチバチッ!!
ワタたちが蓄えていた雷撃を一斉に解放した。
六匹分の雷が、魔物の群れを薙ぎ払う。凄まじい光が辺りを照らし、魔物たちが次々と黒い霧を吐き出しながら崩れていく。
「おおっ! ワタ様が!」
「突破しろ! 速度を落とすな!」
移動要塞が魔物の群れを文字通り蹴散らしながら突き進んだ。
帝都の外壁が見えた時、俺は思わず黙った。
帝都が、黒い霧に包まれていた。
外壁の半分が黒く変色し、崩れかけている。上空は分厚い黒雲で覆われていて、陽の光が差し込んでいない。
「……これは」
「想像以上です、閣下」
ヘンドリックが青ざめた顔で言った。
「北の遺跡から始まった変色が、帝都まで到達している。しかも拡大速度が加速している」
その時、フロリアンから緊急の通信が入った。
『義兄上、まずい! ドラゴンたちが黒い霧に引き込まれそうになっています! 高度が……!』
「フロリアン、ドラゴンを地上に降ろせ!」
『でも空中支援が!』
「いいから降ろせ! 今すぐだ!」
『……かしこまりました!』
通信が切れた瞬間、俺はクラフト部隊長のトールに向かって叫んだ。
「トール! ドラゴンが降りてくる! 着地点を確保しろ!」
「どこにですか閣下!?」
「帝都の外壁前だ! そのまま壁として使う!」
「……壁として?」
「ドラゴンを横並びに着地させて、そのまま外壁の穴を塞ぐ盾にする。その後ろから移動式住宅を並べて補填する。外壁の代わりにしろ」
トールが一瞬固まったが、すぐに目を輝かせた。
「やります!!」
フロリアンのドラゴン部隊が一斉に降下してきた。
黒い霧の中を、ドラゴンたちが翼をたたんで急降下する。
ズガアアアアアアンッ!!
十数頭のドラゴンが、帝都外壁の崩れた箇所の前に横一列で着地した。巨大な体が、そのまま生きた壁として機能し始める。
「よし! 移動式住宅を後ろから並べろ! 連結して補填する!」
クラフト部隊が動いた。
移動式住宅を次々と展開し、ドラゴンの背後に並べて連結していく。ガチャリ、ガチャリと壁が引き出され、屋根がせり上がり、あっという間に強固な防壁が完成していく。
「閣下、防壁完成しました!」
「黒い霧の侵食を抑えられているか」
「はっ! ドラゴンが霧を跳ね返しています! 移動式住宅の魔力強化と合わさって、侵食が止まっています!」
「よし。このまま維持しろ。クラフト部隊は防壁の強化を続けろ」
「ははっ!」
フロリアンが降りてきた。ドラゴンから飛び降り、俺の隣に立つ。
「義兄上、これは……」
「間に合った。それだけだ」
「ドラゴンを壁に使うとは思いませんでした」
「空が使えないなら地上で使う。それだけだ」
フロリアンが苦笑いしながら頷いた。
カールの別邸は帝都の東端にあった。
「閣下……来てくれましたか」
カールが玄関から飛び出してきた。顔が疲労で憔悴している。しかし目は正常だ。
「無事か」
「俺は大丈夫です。でも帝都の大半の兵士が……黒い目になっています。ヴィルヘルムは王城に」
「案内しろ」
「俺も行きます」
「動けるか」
「義弟のことです。行かせてください」
カールの目が真剣だった。
「……わかった。来い」
王城への道は、黒い霧が濃かった。
黒い目になった兵士たちが行く手を塞ごうとしたが、ワタたちが蓄えた雷撃でその都度蹴散らした。
「ワタたちの動きが……さっきより速いですね」
カールが呟いた。
「ああ。近づくほど、やる気が増しているようだ」
「まるで、ここに来るために生まれてきたみたいですね」
(そうかもしれない)
王城の正門に着いた時、俺は足を止めた。
正門が黒い霧で完全に覆われている。普通に入れる状態ではない。
「クラフト部隊、壁を作れ。霧を押し返す」
「はっ! 『レベル1・土壁』!」
クラフト部隊が一斉に魔力を解放し、巨大な土の壁で霧を押し返した。霧がじわじわと後退していく。
「今のうちに入れ」
「はっ!」
俺たちは正門を突破し、王城の中庭へと踏み込んだ。
中庭の中央に、ヴィルヘルムが立っていた。
全身を黒い霧に包まれ、両目が完全に黒く染まっている。しかしどこかで、本人がまだ中にいる気配がした。
「ヴィルヘルム!」
カールが叫んだ。
黒く染まった目が、こちらを向いた。
「……ぁ……にい……さ……ま」
かすかに、声が聞こえた。
「まだいるな」
俺は呟いた。
「閣下、どうされますか」
「ワタに任せる」
その瞬間、六匹のワタが全員、ヴィルヘルムを取り囲むように動いた。
金色の瞳が輝いている。
そして六匹が三匹に融合した。
三匹が一匹に融合した。
最後の一匹が、巨大化した。
ふわふわとした白い毛が光を帯び、金色の瞳が太陽のように輝いている。
「……これが」
カールが息を飲んだ。
「本来の姿か」
巨大化したワタが、黒い霧の中心を見つめた。
そしてコルネリスを一度だけ振り返った。
金色の瞳が語りかけてくる。
(任せろ、ということか)
「……わかった。頼む」
ワタが頷いた。
そして次の瞬間、誰も止める間もなく、ワタは黒い霧の最も濃い場所へと、猛速度で飛び込んでいった。
「待て……!」
俺の声は届かなかった。
黒い霧が激しく揺れた。
内側から、金色の光が弾けた。
バチバチバチバチッ!!
蓄えていた全ての雷撃が、一気に解放された。
光が、霧を内側から焼いていく。
「うわっ!?」
「目を閉じろ!」
凄まじい閃光が王城全体を包んだ。
そして……静寂が訪れた。
黒い霧が、薄れていった。
ヴィルヘルムが、その場に崩れ落ちた。目の黒が、じわじわと薄れていく。
「ヴィルヘルム!」
カールが駆け寄った。
「……にい……さま」
「馬鹿野郎が……! よかった、生きてるじゃないか……!」
カールが弟の肩を掴んで、涙をこぼした。
俺はその光景を眺めながら、霧が晴れた空を見上げた。
ワタが、消えていた。
黒い霧が漂っていた場所に、小さな光の粒が一つ、静かに漂っていた。
「……ワタ」
俺は手を伸ばした。
光が、俺の手のひらに降りてきた。
温かかった。
かすかに、震えていた。
「……生きているな」
光が、小さく揺れた。
「よくやった」
光がまた、小さく揺れた。
ヘンドリックが隣に来て、静かに言った。
「……閣下、帰りましょう」
「ああ」
俺は手のひらの上の小さな光を、そっと胸元に抱えた。
(早く帰って寝たい)
(でも今だけは……お前を抱いて帰る)




