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第39話 ワタが雷剣を求めるので、ドラゴンを空に上げることにした

「……また来たのか」

 朝目が覚めると、六匹のワタが全員俺の周りに集まっていた。

 金色の瞳が、一斉に俺の腰のドンデルを見ている。

(わかった、わかった)

 俺はため息をついてベッドから出た。

「旦那様、もうお出かけですの?」

「ちょっと庭でやることがある」

「また剣を振るのですか?」

「ワタが求めるんだ。仕方ない」

 イレーネが少し心配そうな顔をした。

「旦那様、最近お顔が疲れておられますわ」

「気のせいだ」

「気のせいではありませんわ。毎朝剣を振って、毎夜ぐったりされておられますもの」

「問題ない」

「……本当に?」

「問題ない」

 俺はイレーネの頭をそっと撫でてから、庭に出た。


 あの洞窟から戻って以来、ワタたちの様子が変わっていた。

 毎朝俺を起こし、ドンデルを見つめ、ねだるように鳴く。

 最初は一発二発で満足していたが、今では全力で何十発も浴びせないと満足しない。

「ほら、食え」

 バチバチバチバチッ!!

 ドンデルから放たれた極大の雷撃が、六匹のワタに向かって一斉に降り注いだ。

 ワタたちが全員で吸収していく。ふわふわと体を震わせながら、電撃を余すことなく蓄えていく。

 十発。二十発。三十発。

「……もういいか?」

 ワタたちが一斉に首を縦に振った。

 金色の瞳が、満足そうに輝いている。

(毎朝これだ)

 俺はぐったりと地面に片膝をついた。

 魔力が空だ。底をついている。

「閣下!?」

 ヘンドリックが慌てて駆け寄ってきた。

「大丈夫か、閣下! 魔力が枯渇しておられます!」

「わかってる」

「わかっているのにやめないのですか!?」

「ワタが求めるんだ。仕方ない」

「仕方なくありません! 閣下の魔力が底をついたら……!」

「回復する。少し待てばいい」

 ヘンドリックが天を仰いだ。

 その横で、ワタが一匹、俺の膝に頭を押し付けた。

 温かかった。

(お前たちが強くなる必要があることは、俺もわかっている)

(北の空がおかしい。あの黒い変色が、じわじわと広がっている)

(備えておくに越したことはない)

「ヘンドリック、少し話がある」

「はっ」

「空の守りを強化したい」

「……ドラゴンでございますか」

「ああ。これまで地上の守りはクラフト部隊に任せてきた。だが空からの脅威には対応できていない。ドラゴンを本格的に運用する」

 ヘンドリックが真剣な顔になった。

「指揮系統はどうされますか。閣下が直接というわけには……」

「フロリアンに任せる」

「フロリアン殿下に?」

「あいつは各地を旅していた。人の扱いと指揮は得意なはずだ。それに……」

「それに?」

「義弟に仕事を与えないと、毎日俺のところに来て『何かできることはないか』と聞いてくる。面倒くさい」

「……それが理由ですか閣下」

「ついでだ」

 ヘンドリックが苦笑いしながら頭を下げた。


 フロリアンを呼ぶと、目を輝かせた。

「俺に任せてくれるんですか、義兄上!」

「ドラゴンの空中部隊の指揮だ。できるか」

「もちろんです! 旅の途中で各地の騎兵隊を見てきましたから、指揮の基本は理解しています。ドラゴンに乗った経験は……ありませんが」

「乗らなくていい。指揮だけしてくれ」

「わかりました。ミレイユも手伝ってくれると言っています」

「そうか。頼む」

 フロリアンが嬉しそうに駆けていった。

 その背中を見送りながら、ヘンドリックが静かに言った。

「閣下、フロリアン殿下をうまく使っておられますね」

「使っているのではない。適材適所だ」

「はい。そういうことにしておきます」


 ドラゴンの運用体制はこうなった。

 数頭を空中哨戒担当として連邦の上空に展開させる。数頭を移動式住宅の空中牽引担当として、万が一の時に素早く移動できるようにする。そして数頭をイレーネとエルナの直接護衛担当として、常に傍に置く。

 ワタたちはイレーネとエルナとともに後方に置く。

「旦那様、わたくしたちは後方ですか?」

「ああ。お前たちが動く時は、いよいよという時だ」

「いよいよ、というのはどういう時ですか?」

「……ワタたちが本気を出す時だ」

 イレーネが少し考えてから、穏やかに言った。

「わかりましたわ。その時まで、エルナをしっかり守っておきますわ」

「ああ。頼む」

「チュッ」

「……ありがとう」

「まあ! 旦那様、今日は怒りませんでしたわね!」

「感謝している時にまで怒れない」

「ふにゃ……」


 ドラゴン部隊の編成が始まって三日後の夜。

 通信魔道具が激しく光った。

 カールだ。しかも今まで見たことのない、緊急の印が三重についている。

「カール、何があった」

『閣下……ヴィルヘルムが、おかしくなっています』

 声が震えている。

「どう、おかしい」

『目が……黒く染まっています。瞳が完全に黒くなっていて、普通の目じゃない。それだけじゃなくて、あいつの周りにいた帝国軍の兵士たちも同じように目が黒くなって……暴走を始めています』

「感染している、ということか」

『そうとしか思えません。北の遺跡から持ち帰った何かが……ヴィルヘルムを通じて広がっているのかもしれません。閣下、俺、正直怖いんですが』

「カール、今どこにいる」

『帝都の端にある別邸に隠れています。護衛を信頼できる者だけ選んで……でもいつまで持つか』

「わかった。動くな。そこにいろ」

『閣下、お願いします。あいつを……ヴィルヘルムを助けてやってください。あいつは馬鹿なことをしたが、悪い奴じゃないんです』

(馬が合わないと言っていた弟を、それでも助けてほしいと頼んでいる)

「……わかった」

『ありがとうございます、閣下』

 通信が切れた。

 俺は少し黙ってから立ち上がり、ヘンドリックを呼んだ。

「出発の準備をしろ」

「かしこまりました。……閣下、今回ばかりは珍しく早めに動かれますね」

「理由が二つある」

「はっ」

「一つ目は、早く終わらせないと、ワタが毎朝剣を振らせてくる。こっちの魔力が持たない」

 ヘンドリックが少し固まってから、神妙な顔で頷いた。

「……二つ目は?」

「ついでにヴィルヘルムを助けてやる。カールに頼まれた」

「ついでですか」

「ついでだ。面倒くさいが、カールには世話になっているからな」

 ヘンドリックが深々と頭を下げた。

「……かしこまりました。全力で準備いたします」


 その夜、俺が出発の準備を整えている間に、庭でワタたちが変化した。

 六匹全員が北を向いて、一斉に鳴いた。

 今まで聞いたことのない声だった。

 低く、深く、しかし美しい音だった。

 そしてワタたちの体が、ほんのりと光り始めた。

 蓄えていた雷の光だけじゃない。もっと深い、根源的な何かが輝いている。

「……本気を出す気か」

 ワタが一匹、俺を見上げた。

 金色の瞳が真剣に輝いている。

「わかった。俺が時間を稼ぐ。その間にお前たちが仕事をしろ」

 ワタが静かに頭を下げた。

 イレーネが隣に立っていた。

「旦那様、わたくしも一緒に……」

「後方にいてくれ。お前とエルナを守ることが、一番の優先事項だ」

「……はい」

「ワタたちがついている。ドラゴンもいる。リーヌもヘンドリックもいる。何も心配するな」

「旦那様こそ、無事で帰ってきてくださいませ」

「ああ。早く終わらせて帰って寝たい」

 イレーネがくすっと笑った。

「旦那様らしいですわ。チュッ」

「……今回は許す」

「ふにゃ……」

 エルナが眠そうな目をこすりながらやってきて、俺の足にしがみついた。

「おとしゃま、どこいくの?」

「ちょっとお仕事だ。すぐ帰る」

「ぜったい?」

「ぜったいだ」

 エルナが俺の指をぎゅっと握った。

(この感触のために、早く終わらせて帰ってくる)

 俺はエルナの頭をそっと撫でてから、立ち上がった。

 北の空が、黒く染まり始めていた。

 ワタたちの光が、それに対抗するように輝いていた。

(深淵の狂王よ、お前が残した本と、ワタと、この馬鹿げた魔力で、なんとかしてみせる)

(早く終わらせて帰って寝たいからな)

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