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第37話 連邦が発展し、娘が歩き始め、モフモフの謎が深まった

 エルナが生まれて半年が経った。

 王城での生活はすっかり落ち着いていた。

 マルガリータ王妃のお腹も随分と大きくなり、レオナルト陛下が毎日甲斐甲斐しく世話を焼いている。解呪前には想像もできなかった光景だ。

「あなた、そんなに心配しなくても大丈夫ですわよ」

「何を言うか、王妃よ。余はただ……」

「ふふっ、嬉しいですわ。チュッ」

「おおっ……! 王妃よ……!」

 廊下を歩きながら、俺はそっと視線を逸らした。

(毎日これだ)

「旦那様、微笑んでおられますわよ?」

「してない」

「してますわ。ふふっ」

 イレーネがエルナを抱きながら、俺の腕に寄り添った。

 エルナが俺を見て、きゃっと声を上げた。

(……可愛い)

「旦那様、またそのお顔ですわ」

「してない」

「してますわよ? チュッ」

「だから突然するな」

「ふにゃ……」


 連邦はこの半年で、目に見えて発展していた。

 クラフト部隊が整備した道と水路は連邦全土に広がり、物流が飛躍的に改善された。農地の収穫量は増産が続き、備蓄は十分すぎるほど積み上がっていた。

 通信魔道具の普及により、連邦各地との連絡が劇的に速くなった。魔石の需要は増え続け、採掘業と魔物討伐の依頼が活性化している。

 そして移動式倉庫が、ついに完成した。

「閣下、ご覧ください!」

 トールが興奮した顔で報告してきた。

「木製重ね板バネと魔力強化の組み合わせで、通常の馬車より三倍の荷物を安定して運べます。悪路では風魔法でホバークラフト的に浮かせて乗り越えられます。ミレイユ様のゼーフェルト技術のおかげで、ショック吸収機構も完璧です!」

「そうか。よくやった」

「ありがとうございます閣下!」

「ミレイユにも礼を言っておけ」

「はっ!」

 ヘンドリックが静かに近づいてきた。

「閣下、ゼーフェルトの職人たちが連邦の技術者と交流を深めております。新しい技術が生まれつつあるようで……連邦の発展に大きく貢献してくださっています」

「そうか。フロリアンは?」

「王太子殿下は毎日ミレイユ様を見て惚れ直しているようでございます」

「……それは報告しなくていい」

「かしこまりました」


 フロリアンとミレイユの婚約は正式に発表され、ゼーフェルト王国の連邦加盟も正式に決まった。

 ゼーフェルトの民衆は、王族同士の婚約を喜んで迎えた。

「ミレイユ様が、連邦の王太子殿下と……我々ゼーフェルトも、正式に連邦の一員になれるのか」

「あの英雄公爵閣下が助けてくださった。その義弟殿下がミレイユ様を守ってくださる」

 ゼーフェルトの民衆にとって、コルネリスはすでに英雄だった。

「閣下、ゼーフェルトの民から感謝の品が届いています」

「そうか。ヘンドリックに任せておけ」

「かしこまりました」

(また神扱いか)

(面倒くさいな)


 そんな平和な日々の中、エルナに変化が訪れた。

 ある朝、イレーネが興奮した声で呼んだ。

「旦那様! 来てくださいませ! 早く!」

 俺は慌てて部屋に飛び込んだ。

 エルナが、床の上に立っていた。

 ふらふらと、しかし確かに、自分の足で立っていた。

「……立った」

「ええ! さっきから立ったり座ったりを繰り返していますの!」

 ワタたちがエルナの周りをふわふわと漂っている。エルナがワタに向かって、一歩踏み出した。

 ふらり。

 倒れかけた瞬間、ワタが一匹スッと下に入り込んで、エルナを支えた。

 エルナがきゃっと笑った。

「まあ! ワタがエルナを支えましたわ!」

(守護者の仕事が早い)

 俺はその光景を眺めながら、目の奥が熱くなるのを感じた。

「旦那様、泣いておられますわ」

「泣いてない」

「泣いておられますわよ?」

「……泣いてない」

 レオナルト陛下が廊下から「コルネリス! エルナが立ったと聞いたが!?」と飛んできて、ドア口で目を真っ赤にしながら「おおっ……立っておる……! 余の孫が!!」と号泣した。

 マルガリータ王妃が「あなた、廊下で泣かないでくださいな。わたくしまで泣けてきますわ」と言いながら自分も泣いていた。

(相変わらずだ、この親子は)


 夜、エルナが眠った後。

 ヘンドリックが少し神妙な顔でやってきた。

「閣下、少しよろしいですか」

「何だ」

「ワタについて、古い文献を調べておりましたが……少し奇妙なことがわかりました」

 俺は少し身を起こした。

「何がわかった」

「過去に大陸規模の災害が起きた際、ワタに似た存在が現場に現れたという記録が複数ございます。それ自体は災害指定の根拠と一致しております。ただ……」

「ただ?」

「その災害、全て最終的には収まっているのです。しかも記録によれば……ワタが現れた後に、です」

 俺は少し黙った。

「……どういうことだ」

「わかりません。ただ、災害を引き起こしたとされる存在が、なぜ災害を収めるのか……文献だけでは判断できません。引き続き調べます」

「そうしてくれ」

 ヘンドリックが退室した後、俺はしばらく考えた。

(ワタが現れた後に災害が収まる……)

 眠っているエルナの横で、三匹のワタがふわふわと漂っている。

 金色の瞳が、静かに光っている。

(お前たちは、何者なんだ)

 ワタが一匹、俺の足元に来て頭を押し付けた。

(……まあ、いい。敵ではないことはわかっている)

「旦那様」

 イレーネが隣に座った。

「何だ」

「ヘンドリックから話を聞きましたわ。ワタのこと」

「ああ」

「わたくし、最初から怖い子たちだとは思っていませんでしたわ」

「そうか」

「だって、こんなに可愛いのですもの。悪い子たちのはずがありませんわ」

 俺は少し笑った。

(お前の直感は、いつも正しいな)

「旦那様、笑いましたわ」

「そうか」

「珍しいですわ。チュッ!」

「だから突然するな」

「ふにゃ……」


 翌日、カールから通信が入った。

「公爵閣下、少し気になることがあって」

「何だ」

「ヴィルヘルムが最近、帝国の古い遺跡を調べまくっているようでして。特に……深淵の狂王に関係する場所を重点的に」

「そうか」

「閣下は洞窟で何か見つけてきたんでしたっけ」

「ああ」

「ヴィルヘルムも同じものを探している可能性があります。ただ……あいつは文献の読み方が荒くて、誤った解釈をしやすい。そこが心配で」

 俺は少し黙った。

(ヴィルヘルムが誤った解釈で動くと……何が起きる)

「わかった。引き続き情報を頼む」

「はい。それと閣下、一つだけ」

「何だ」

「ヴィルヘルムを……止められますか?」

「来たら来た時だ」

「……相変わらずですね、閣下は」

 カールが苦笑いしているのが通信越しに伝わってきた。

 通信を切った後、俺はしばらく窓の外を眺めた。

(ヴィルヘルムが深淵の狂王の遺跡を探している。誤った解釈で動く可能性がある)

(何かが起きる前に……いや、起きてから対処するか)

(備えはできている)

 ワタたちが俺の周りをふわふわと漂っていた。

 金色の瞳が、静かに輝いている。

(お前たちが鍵なんだろうな)

(……エルナが歩けるようになったら、もう一度あの祠に行くか)

「旦那様、またそのお顔ですわ」

「後方支援の癖だ」

「ふふっ……今日のエルナ、もう少しで歩けそうでしたわよ?」

「そうか」

「明日には歩くかもしれませんわ。楽しみですわね!」

 エルナがワタに支えられながら、また立ち上がろうとしていた。

 ふらり。

 倒れかけた瞬間、またワタがスッと支えた。

 エルナがきゃっと笑った。

(まあ、ヴィルヘルムのことは明日も考えられる)

(今はこれで十分だ)

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