第36話 モフモフが増えて、雷を食べて、義妹が技術者だった
朝、目が覚めた瞬間に異変に気づいた。
重い。
胸の上が、やけに重い。
目を開けると、白いふわふわが三つ、俺の胸の上に乗っていた。
(……増えている)
「旦那様、気づきましたか?」
イレーネが隣でにこにこしながら言った。
「いつから?」
「今朝起きたら増えていましたわ。可愛いですわよね!」
「……ヘンドリックを呼んでくれ」
数分後、ヘンドリックが青ざめた顔でやってきた。
「閣下……ワタ様が増えておられます」
「様をつけるな」
「し、しかし相手が相手ですので……」
「なぜ増えたかわかるか」
ヘンドリックがしばらく考えてから、震える声で言った。
「……昨日の洞窟でのやり取りと関係がございますか」
「そうらしい。洞窟で魔力比べをしただろう。あの時に俺の魔力がこいつに流れ込んだらしい。それが数十年分の充電に相当したようで、昨夜のうちに分裂条件が整った」
「……閣下と魔力比べをしたせいで神獣が増殖しているということでございますか」
「そうなるな」
「対処法は……」
「ない」
ヘンドリックが天を仰いだ。
増えたワタたちは全員、イレーネの周りをふわふわと飛び回っている。エルナがそれを見てきゃっきゃと声を上げていた。
「まあ! 皆わたくしたちに懐いていますわ! 旦那様、可愛いですわよ! チュッ!」
「奥方様、それ全部災害指定でございますよ!?」
護衛騎士が止めようとしているが、イレーネは全く聞いていない。
「護衛が増えたと思えばいい」
「そういう問題ではございません!」
「イレーネとエルナに懐いていて、俺の指示に従う。それで十分だ」
ヘンドリックがため息をついた。
「……かしこまりました。そういうことにしておきます」
フロリアンが遠くから眺めながら、ミレイユに小声で言った。
「義兄上、相変わらず規格外だな」
「ええ」とミレイユが静かに頷いた。
午後、庭に出た俺は、ワタたちの様子を眺めていた。
三匹のワタが俺の周りをふわふわと漂っている。
その時、一匹のワタが俺の腰に下がっている雷剣ドンデルに近づいた。
じっと見ている。
金色の瞳が、ドンデルをじっと見つめている。
「……気になるか」
ワタが小さく鳴いた。
(試してみるか)
「ヘンドリック、庭の端に誰も近づけるな」
「はっ? 何をされるのですか」
「ちょっと試したいことがある」
俺は庭の端の何もない場所まで歩き、ワタを地面に下ろした。
ワタが俺を見上げている。
俺はゆっくりとドンデルを抜いた。
「食いたいなら食ってみろ」
ドンデルに魔力を込め、ワタに向かって雷撃を放った。
バチバチバチバチッ!!
凄まじい電撃がワタに直撃した。
「閣下!?」
ヘンドリックが叫んだが、次の瞬間全員が固まった。
ワタが、電撃を……吸い込んでいた。
もぐもぐと、というよりふわふわと。体全体で電撃を吸収している。
やがて電撃が収まった。
ワタがほんのりと光っていた。
金色の瞳が細くなった。満足そうだ。
「……食べた」
俺が思わず呟くと、いつの間にか庭に出てきていたイレーネがのんびりと言った。
「美味しそうに食べましたわね」
「ただ食べただけじゃない。吸収して魔力として蓄えているようだな」
俺の言葉に、ヘンドリックが震える声で尋ねてきた。
「閣下……それはつまり、いざとなればその雷撃を放出できるということですか」
「そうなるな」
「妻子の護衛どころか……最強の迎撃兵器では」
「まあ、そういうことだ」
ワタがとことこと俺の足元まで来て、頭を押し付けた。
(こいつ、充電させてくれてありがとうと言っているのか)
「どういたしまして」
ヘンドリックが深々と頭を下げた。
「……閣下、本当に用意周到でございます」
「ついでだ」
「はい。そういうことにしておきます」
翌日。
俺はヘンドリックを呼んで、補給と輸送の話を始めた。
「食料の備蓄は十分か」
「はい。クラフト部隊の農地整備と水路のおかげで、連邦全土の備蓄は十分でございます」
「輸送はどうだ」
「そこが問題でして……現状では馬車に頼っています。悪路や山岳地帯では輸送速度が落ちます」
「移動式の倉庫を作る。クラフト部隊に設計を頼め」
「どのようなものをお考えですか」
「空飛ぶ宮殿の地上版だ。飛ばさなくていい。地上を走れればいい。その分頑丈に作れ」
「かしこまりました。ただ……悪路への対応が課題になりますが」
「基本は木製の重ね板バネで衝撃を吸収する。悪路ではレベル1の風魔法で浮かせて乗り越える。クラフト部隊なら得意だろう」
「……なるほど。ただ精密なショック吸収機構となると、レベル1魔法だけでは難しいかもしれません。高レベルの技術者が必要かと」
俺は少し考えた。
その時、フロリアンとミレイユが執務室に入ってきた。
「義兄上、何かご相談ですか?」
「移動式倉庫のショック吸収機構を研究できる技術者を探している」
ミレイユが少し前に出た。
「……よろしければ、わたくしにお任せいただけますか」
「ミレイユが?」
フロリアンが目を丸くした。
「ゼーフェルトは山岳地帯の国でした。急斜面を荷物を載せて移動するための技術が代々受け継がれています。衝撃を分散させる荷台の構造、雪道や岩道を滑らかに走るそりの技術……帝国に攻められる前は、それが我が国の誇りでしたから」
「……そんな知識まで持っていたのか」
フロリアンが静かに言った。
「山の中で生き延びるためには必要でしたから」
ミレイユが穏やかに笑った。
俺はしばらくミレイユを眺めてから言った。
「頼めるか」
「喜んで。ゼーフェルトの職人たちも呼んでよろしいですか。彼らの技術を連邦のために使えるなら、これほど嬉しいことはありません」
「ああ、頼む」
フロリアンが感動した顔でミレイユを見ていた。
「ミレイユ……」
「なんですか、フロリアン」
「すごいな、お前」
「山育ちですから」
ヘンドリックが静かに頭を下げた。
「ゼーフェルトの技術が連邦の補給を支える。素晴らしいことでございます」
(ミレイユを連れてきたのはフロリアンだが、結果的に連邦に大きな貢献をしてくれることになったな)
(面倒くさいことが、また勝手にうまくまとまった)
その夜、フロリアンから報告が入った。
カールとの通信の内容だ。
「義兄上、ヴィルヘルムの件ですが」
「何かわかったか」
「……深淵の狂王に関係する何かを探している可能性が高いとカールは言っています。ただ具体的に何を探しているのかまでは」
俺は少し黙った。
(深淵の狂王か。ヴィルヘルムも同じものを追っているのか)
(洞窟の祠に刻まれていた文字……ワタ……地図に記されていた場所)
(全部繋がっているのか)
「わかった。引き続き頼む」
「義兄上は……心配ではないのですか」
「備えはできている」
俺はワタたちを眺めた。
三匹のワタがイレーネとエルナの周りをふわふわと漂っている。ドンデルの電撃を蓄えた一匹が、ほんのりと光を帯びながら。
移動式倉庫の設計は始まった。防衛拠点はクラフト部隊が建設中だ。ドラゴンは手元に集中管理している。補給線も整いつつある。
「来たら来た時だ」
フロリアンがしばらく俺を見てから、静かに言った。
「……義兄上は、いつも全部準備してから待っているのですね」
「後方支援だからな」
「後方支援……」
「前線が派手に動く前に、後ろで全部整えておく。それだけだ」
フロリアンが少し笑った。
「かっこいいですね、義兄上」
「うるさい」
部屋に戻ると、イレーネがエルナを抱きながら、三匹のワタに囲まれてにこにこしていた。
「旦那様、おかえりなさいませ。チュッ!」
「ただいま。……ワタたち、またイレーネにべったりだな」
「だって可愛いのですわよ? ねえワタ、そうでしょう?」
ワタが小さく鳴いた。
エルナがきゃっと声を上げた。
(イレーネとエルナを守る者は揃った。移動式倉庫の研究も始まった。防衛拠点も整備中だ)
(ヴィルヘルムが深淵の狂王に関係する何かを探している。洞窟の祠も気になる)
(でも今は)
「旦那様、何を考えておられますの?」
「何でもない」
「またそのお顔ですわ」
「何のお顔だ」
「全部把握して、全部整えて、それでもまだ考えているお顔ですわ」
俺は少し黙った。
「……後方支援の癖だ」
「素敵ですわ。チュッ!」
「だから突然するな」
「ふにゃ……」
その時、エルナが声を上げて笑った。
ワタたちが三匹一斉に、きゅっと小さく鳴いた。それに反応して、エルナがまた声を上げて笑った。
「……旦那様! エルナがワタたちと笑い合っておりますわ!」
「……本当だ」
(神獣と笑い合う娘か)
(……まあ、この子らしいかもしれない)
俺はエルナの頭をそっと撫でた。
(ヴィルヘルムのことは、また明日考えよう)
(今はこれで十分だ)




