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第34話 空飛ぶ宮殿が量産されそうで、義弟が婚約して、弟が何かを企んでいた

 エルナが生まれて一ヶ月が経った。

 王城での生活も落ち着いてきて、俺はようやく本当の意味での引きこもりライフを満喫できるようになっていた。

 エルナはすくすくと育っている。最近は俺の顔を見るたびに手足をばたばたと動かすようになった。

(可愛い)

「旦那様、またそのお顔になっておられますわ」

「何のことだ」

「エルナを見るたびになる、とろけたお顔ですわ」

「なっていない」

「なっておられますわよ? ふふっ」

 イレーネがくすくすと笑いながら、エルナに乳を与えている。

(……なっているかもしれない)

 そんな平和な朝に、通信魔道具が光った。

 トールからだ。

『閣下、ご報告があります』

『何だ』

『空飛ぶ宮殿の量産化について、めどが立ちました』

 俺は少し身を起こした。

『そうか。どんな状況だ』

『設計を改良・簡略化した結果、クラフト部隊の技術で十分に再現できることが確認できました。素材の調達も連邦内で賄えます。ただ……一つ問題がございまして』

『何だ』

『ドラゴンが足りません』

(そうか。あれはドラゴンに引かせる設計だからな)

『何頭必要だ』

『量産するとなると、最低でも今の三倍は欲しいところで……閣下のペットのドラゴンたちは今何頭おられましたか』

 俺は指折り数えた。

 帝国のドラゴンライダー部隊から接収したドラゴンが数十頭。今は庭で番犬として活躍している。

『数は足りているが、全部出すわけにはいかない。イレーネが気に入っているしな』

「旦那様、わたくしのドラゴンたちをどうされますの?」

「少し借りるかもしれない」

「ダメですわ!」

 即答だった。

(だろうな)

『トール、ドラゴン以外の動力を検討してくれ。魔石を使えないか』

『魔石ですか……試してみる価値はありそうです。ただ相当な量の魔石が必要になるかと』

『魔石の需要はどうせ増えているんだ。採掘業者と交渉しろ。ヘンドリックに話を通しておく』

『かしこまりました! 魔石動力の空飛ぶ宮殿、必ず完成させます!』

(あいつは本当に張り切るな)

 俺は通信を切り、エルナの頬をつついた。

「旦那様、空飛ぶ宮殿が増えますの?」

「増えたら連邦中の移動が楽になる。商人も使えるようになれば物流も変わる」

「またついでで大陸が変わりますわね」

「ついでだ」

 イレーネがふふっと笑った。


 午後、フロリアンがやってきた。

 ミレイユと並んで歩いている。二人の距離が、昨日より少し縮まっている気がする。

「義兄上、少しよろしいですか」

「何だ」

「ゼーフェルトの件なのですが……正式に連邦への加盟を申請したいと、ミレイユが」

 ミレイユが静かに前に出て、深々と頭を下げた。

「コルネリス公爵閣下。ゼーフェルト王国をウィレム連邦に加えていただけますでしょうか。残された民のためにも、連邦の一員として新たな出発をしたいと思っております」

「わかった。ヘンドリックに手続きを進めさせる」

「……ありがとうございます」

 ミレイユの目が、わずかに潤んだ。

「あと」とフロリアンが少し照れくさそうに言った。

「ミレイユとの婚約を、正式に認めていただきたいのですが」

「父上に言え」

「義兄上から言っていただけると、父上も喜ぶかと思いまして」

「面倒くさい」

「義兄上……」

 俺はしばらく二人の顔を交互に眺めた。

 フロリアンの顔が真剣だ。ミレイユは緊張した面持ちで俯いている。

(まあ、いいか)

「……今日の夕食に陛下を呼ぶ。その席で話せ。俺も同席する」

「ありがとうございます、義兄上!」

 フロリアンが目を輝かせた。

「礼を言うな。飯が一食増えるだけで面倒くさい」

「義兄上は本当に……」

「何だ」

「いえ。かっこいいと思って」

「うるさい」

 ミレイユがくすっと笑った。

(まあ、うまくいきそうだ)


 夕食の席で、フロリアンが正式に婚約の申し出をした。

 レオナルト陛下が目を真っ赤にした。

「フロリアン……お前、ようやくまともなことを言うようになったか」

「父上、それはひどい」

「ひどくない! 書き置き一枚で出奔した息子が何を言うか!」

「……すみません」

「まあ……ミレイユ殿、うちの息子をよろしく頼みますぞ」

「はい。謹んでお受けいたします」

 マルガリータ王妃が「きゃあああっ! フロリアンに嫁が! しかも素敵な王女様! ねえあなた! 嬉しいですわ!」と号泣しながら陛下に抱きつき、陛下が「苦し……いや、嬉しいぞ王妃よ!」と窒息しかけていた。

 イレーネがエルナを抱きながら、ミレイユの手をそっと取った。

「おめでとうございます、ミレイユ様。これで本当に家族ですわ」

「……はい。よろしくお願いします、イレーネ様」

「様はいりませんわと言いましたわよ?」

「……イレーネ、さん」

「もう一声ですわ」

「……イレーネ」

「よろしい! チュッ!」

「え、あ……」

 ミレイユが面食らっている。

(イレーネのキス攻撃がミレイユにまで及び始めた)

 フロリアンが苦笑いしながら俺に近づいた。

「義兄上、ありがとうございました」

「礼はいい。それよりカールから連絡は来ているか」

 フロリアンの顔が少し引き締まった。

「……来ています。ヴィルヘルムの動きについて」

「どうだ」

「相変わらず何が目的かわからない、とカールは言っています。兵を集めているのは確かだが、連邦に向けて動く気配はない。かといって帝国内の政変を狙っている様子もない」

「……何かを探している、ということか」

「カールもそう感じているようです。ただ何を探しているのかが……」

 俺は少し考えた。

(兵を集めて、何かを探している。連邦にも帝国にも向けていない。では何に向けているんだ)

「引き続き情報を集めてくれ」

「はい。義兄上、一つ聞いていいですか」

「何だ」

「ヴィルヘルムのことが気になっているのに、なぜそんなに落ち着いているのですか」

「来たら来た時だ。備えはしてある」

「備え……クラフト部隊の防衛拠点ですか」

「ああ。それと」

 俺はエルナに目をやった。

「今はこっちの方が大事だ」

 フロリアンが少し目を細めてから、静かに笑った。

「……義兄上、かっこいいですね」

「さっきもそれを言った」

「本当のことなので」

「うるさい」


 その夜。

 俺はイレーネとエルナと三人で窓の外を眺めていた。

「旦那様、ヴィルヘルムのこと……本当に大丈夫ですか?」

「わからない。ただ、わからないまま動いても意味がない。向こうが何をしたいのかが見えるまで、こちらは備えながら待つだけだ」

「……後方支援らしいですわね」

「そうか?」

「ええ。旦那様はいつも、必要な時に必要なものを用意して、待っておられますわ。それが後方支援ですわよね」

(……そういう見方もあるか)

 俺はエルナの頭をそっと撫でた。

「旦那様」

「何だ」

「わたくし、旦那様と一緒にいると……どんなことでも乗り越えられる気がしますわ」

「大げさだ」

「大げさじゃありませんわ。チュッ」

「だから突然するな」

「ふにゃ……」

 エルナがきゃっと声を上げた。

(まあ、ヴィルヘルムが何を企んでいるにしても)

(今はこれで十分だ)

 窓の外には、整備された街道が月明かりに照らされていた。

 その遥か先、深淵の狂王の地図に記された場所がある。

(そっちも、そのうち調べなければならないな)

(……エルナが歩けるようになってからでいいか)


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