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第33話 義弟が来て、国防を整えたら、ヴィルヘルムが動き始めた

 フロリアンとミレイユが王城に到着したのは、翌日の昼過ぎだった。

 俺はエルナを抱きながら、玄関広間で出迎えの列に並んでいた。

(面倒くさいが、義兄として出ないわけにはいかない)

 レオナルト陛下とマルガリータ王妃が先頭に立っている。王妃様は懐妊中にもかかわらず、朝から全力で準備を進めていた。リーヌが「お体に障ります」と何度も止めようとしていたが、全く聞かなかった。

「来ましたわ! フロリアンが来ましたわよあなた!」

「わ、わかっておる! 落ち着け王妃! 走るな!」

 扉が開いた瞬間、マルガリータ王妃が飛び出した。

「フロリアン!!」

「うわっ、母上!? お体は……って、お腹が!?」

「そうよ! あなたに弟か妹ができますのよ!!」

「え!? 父上と母上が!?」

「当然でしょう! 愛し合っているのですから!」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 フロリアンが目を白黒させながら、母親の猛タックルを受け止めていた。

 背が高く、茶色の癖毛を無造作に束ねた青年だ。旅の埃が残る質素な服を着ているが、確かに王族の血筋を感じさせる顔立ちをしている。

 レオナルト陛下が、静かに息子の肩を掴んだ。

「……フロリアン」

「父上」

「帰ってきたか」

「……はい」

 陛下の目から、ぽろりと涙がこぼれた。

「この馬鹿息子め」

「……ごめんなさい」

「でも……よく帰ってきた」

 親子が抱き合った。

 その後ろで、ミレイユが静かに立っていた。

 旅の疲れが顔に出ているが、凛とした佇まいがある。山岳の小国の王族らしい、素朴だが品のある装いだ。

「ミレイユ様」

 イレーネが前に出て、両手を差し伸べた。

「ようこそウィレム王城へ。長旅でお疲れでしょう。歓迎いたしますわ」

 ミレイユが少し驚いた顔をしてから、深々と頭を下げた。

「……ありがとうございます。お会いできて光栄です、イレーネ様」

「様はいりませんわ。これからは家族になるかもしれないのですから」

 ミレイユの目が、わずかに潤んだ。

「……はい」


「義兄上」

 謁見の後、フロリアンが俺のところに来た。

「義弟か」

「よろしくお願いします」

「……まあ、よろしく」

 フロリアンがエルナを見て、顔をほころばせた。

「可愛いな。姪っ子か」

「ああ」

「抱いてもいいですか」

「……丁寧に頼む」

 俺はエルナをフロリアンに渡した。フロリアンが慣れた手つきでエルナを受け取った。

「吟遊詩人として各地を回っていたから、子供の扱いには慣れているんです。村に行くと子供たちが集まってきて」

「そうか」

「義兄上、一つだけ聞いていいですか」

「何だ」

「ミレイユのことを……助けてくれてありがとうございました。クラフト部隊を送ってくれて」

「ついでだ」

「ついででも、あの人たちが来てくれたことで、ゼーフェルトの民は救われました。本当に」

 俺はしばらく黙った。

「お前が数年間、あの国の民を励ましていたそうだな」

「……大したことじゃないですよ。俺にできることが歌くらいしかなかったので」

「歌で民を支えていたのに、大したことじゃないはないだろう」

 フロリアンが少し驚いた顔をした。

「……ヘンドリックから聞きましたか」

「ああ」

「義兄上に褒められるとは思っていなかったな」

「褒めてない。事実を言っただけだ」

 フロリアンがくすっと笑った。

「義兄上、面白い人ですね」

「面倒くさがりなだけだ」

 エルナがフロリアンの指をぎゅっと握った。

「……この子、力強いな」

「そうだろう」

「義兄上、相当な親バカですね」

「うるさい」


 その夜、ヘンドリックから報告が入った。

『閣下、少し不穏な情報があります』

『何だ』

『ヴィルヘルムが帝国内で独自に兵を集めているようです。カール殿下の耳にも入っており、先ほど通信が来ました』

 カールからの通信も光っていた。

『公爵閣下、弟が少し面倒くさいことをしているようです。一応お知らせします』

(やはり動き始めたか)

 俺はしばらく考えた。

 ヴィルヘルムの目的は何だ。

 帝国の実権を握りたいのか。それとも連邦への対抗心か。ドラゴンを奪われた屈辱の報復か。

(まだはっきりしない。しかし備えておくに越したことはない)

『ヘンドリック、クラフト部隊に追加の指示を出したい』

『はっ、何でしょうか』

『道と水路を整備したついでに、防衛拠点を各地に作れ。石の壁なら得意だろう』

 しばらく間があった。

『……閣下、それはつまり』

『国境沿いに、堅牢な砦をいくつか建設する。敵が来ても対応できるように。ただし目立たせるな。復興作業の一環として進めれば自然に見える』

『かしこまりました。トールに伝えます』

 数分後、トールから返信が来た。

『閣下! 砦の建設ですか!? やります! 全力でやります!!』

(相変わらず張り切るな、こいつは)

『丁寧にやれ。急がなくていい。でも確実に』

『ははっ!』


 翌朝、俺はフロリアンと王城の庭を歩いていた。

「義兄上、何か考えておられますか」

「少しな」

「ヴィルヘルムのことですか」

 俺は少し驚いた。

「知っているのか」

「あの男のことは昔からよく知っています。野心家で、負けを認めない。ドラゴンを取られた屈辱を、あいつは絶対に忘れていない」

「どう動くと思う」

 フロリアンがしばらく考えた。

「……直接攻めてくるとは思えません。あいつは頭がいい。正面から戦って勝てないとわかっている相手には、別の方法を使う」

「別の方法?」

「内側から崩す、とか。あるいは……義兄上が動けない状況を作るとか」

 俺は黙った。

(動けない状況……エルナのことか。イレーネのことか)

「なぜそれを俺に言う」

「義兄上に知っておいてほしいから。それと……俺にできることがあれば、やります。放浪していた分の借りを返したい」

 俺はフロリアンをしばらく眺めた。

(吟遊詩人として民を励ましていた男だ。人を見る目はあるだろう)

「一つ頼んでいいか」

「何でしょう」

「カールと連絡を取り続けてくれ。帝国の内部でヴィルヘルムがどう動いているか、カールは把握しているはずだ」

「わかりました。あいつとは気が合うので、それは任せてください」

「助かる」

 フロリアンが少し笑った。

「義兄上、俺のことを使ってくれるんですね」

「役に立つなら使う。それだけだ」

「……ますます面白い人だ」

「面倒くさがりなだけだと言っている」

 庭の向こうから、マルガリータ王妃の声が飛んできた。

「フロリアン! ミレイユ様と一緒にお茶にいらっしゃい! 婚約の話もしましょう!」

「……母上が元気すぎる」

「懐妊中なのにな」

「義兄上、どうにかなりませんか」

「無理だ。リーヌでも止められないんだから」

 フロリアンが苦笑いしながら、庭を歩いて行った。

 その背中を見送りながら、俺はぼんやりと考えた。

(ヴィルヘルムか)

(深淵の狂王の地図も、まだ調べていない)

(面倒くさいことが溜まってきたな)

「旦那様」

 イレーネがエルナを抱いて近づいてきた。

「何を考えておられますの?」

「色々と面倒くさいことが溜まってきたな、と」

「旦那様らしいですわ」

「褒めているのか)

「もちろんですわ。チュッ」

「だから突然するな」

「ふにゃ……」

 エルナがきゃっと声を上げた。

(まあ、来たら来た時だ)

(今はこれで十分だ)

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