表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/50

第32話 王妃が懐妊し、王太子が捕獲され、吟遊詩人が王太子だった

 朝から王城が騒がしかった。

「あなたぁっ! 大変ですわ! 大変なことが!」

 マルガリータ王妃がレオナルト陛下の執務室に飛び込んでくる声が、廊下まで響いてきた。

 俺はエルナを抱きながら、イレーネと顔を見合わせた。

「……何事だ」

「わかりませんわ。でもお母様のあの声は……」

 数分後、レオナルト陛下の執務室から、今度は陛下の声が響いてきた。

「なんとぉぉっ!! 王妃よ!! 本当かっ!!」

「本当ですわ!! あなたぁっ!!」

「おおっ……おおおっ……!!」

 廊下を歩いていたヘンドリックが、音のする方向を眺めながら俺に近づいてきた。

「……閣下、何が起きているのでしょうか」

「わからん。ただ、予想はできる」

「と、申しますと」

 俺はエルナをイレーネに渡しながら、静かに言った。

「王妃様が懐妊されたんじゃないか」

 ヘンドリックが固まった。

「……え?」

「解呪されてからのあのお二人の様子を見ていれば、驚くことでもないだろう」

「そ、それは……陛下はおいくつで……」

「大げさだ。まだいけるだろう」

 その瞬間、執務室の扉が勢いよく開いた。

 レオナルト陛下が、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら飛び出してきた。

「コルネリス! コルネリスよ! 聞いたか!! 王妃が!! 王妃が懐妊したぞ!!」

「おめでとうございます、陛下」

「おおっ……おおおっ……! 孫が生まれたと思ったら、今度は我が子が……! 余はなんと幸せな男なのだ……!」

 陛下がその場にへたり込んで泣き崩れた。

 マルガリータ王妃が後ろから「あなた、廊下でへたり込まないでくださいな!」と引き起こそうとしているが、陛下はなかなか立ち上がれないでいる。

「きゃあああっ! 陛下と王妃様に御子が!!」

 ファンクラブの令嬢たちが廊下の端で悶え転がっている。

 リーヌだけが「おめでとうございます」と静かに頭を下げていた。

 イレーネがエルナを抱きながら、目をじんわりと潤ませていた。

「お母様……本当によかったですわ」

「ああ。エルナと従兄弟か従姉妹ができるな」

「ふふっ……エルナ、お友達ができますわよ?」

 エルナがきゃっと声を上げた。


 その騒ぎが落ち着いた午後、通信魔道具が光った。

 ヘンドリックからだ。

『閣下、ご報告があります』

『何だ』

『フロリアン王太子殿下の居場所が判明いたしました』

 俺は少し驚いた。

『どこにいた』

『カール殿下から情報提供がありました。「あいつなら知ってる。よく一緒に飲んでたから」とのことで』

(カールのやつ、抜け目ない)

『今どこにいる』

『ゼーフェルト王国の近辺です。トールたちがちょうどその付近にいたので、確保を依頼しました』

『わかった。トールに任せる』


 数時間後、トールから通信が入った。

『閣下、フロリアン殿下を確保しました』

『どんな状態だった』

『吟遊詩人の格好をして、ゼーフェルトの村で歌っておりました。民衆に囲まれて、随分と慕われている様子で……正直、最初は別人かと思いました』

(吟遊詩人か)

『本人は何と言っている』

『「帰りたくない」と』

(カールと同じことを言っている)

『「帰らないと王太子を廃嫡する」と陛下が言っていると伝えろ』

 しばらく間があった。

『……「わかった、帰る」と言いました』

(素直だな)

『それと閣下、もう一つご報告があります』

『何だ』

『フロリアン殿下がゼーフェルトにいたのには、理由がありました。この地でミレイユ様と……再会したようです』

『再会?』

『はい。以前からの知り合いだったようで。ミレイユ様の様子が……少し、複雑でございます』


 翌日、トールからより詳しい報告が入った。

 話はこうだった。

 帝国がゼーフェルトを蹂躙していた数年間、身分を隠した吟遊詩人が各地の村を回っていた。

 荒廃した村々で歌を歌い、民衆に語りかけ、帝国への恐怖で折れそうになる心を励まし続けた。

「諦めるな。必ず夜明けは来る」

 その言葉と歌が、ゼーフェルトの民衆を支えていた。

 その吟遊詩人の正体が、フロリアンだった。

 ミレイユはその姿を遠くから見ていた。王族として表に出られない立場で、ただ民衆を陰から支えながら、あの吟遊詩人の言葉と歌だけを心の支えにしていた時期があった。

 そして今、クラフト部隊とともにフロリアンが現れた。

「……あなたは、あの時の」

 ミレイユの声が震えた。

「覚えていてくれたのか」

 フロリアンが驚いた顔をした。

「忘れるはずがありません。あなたの言葉が……民を生かしていたのですから」

 二人がしばらく黙って見つめ合った。

「俺は……実は」

 フロリアンが言いにくそうに口を開いた。

「ウィレム王国の……廃嫡されてなければ、まだ王太子という立場で……でもこんな立場を放棄してフラフラしていた俺には」

「……」

「釣り合わないかもしれないけど」

 ミレイユが一歩前に出た。

 フロリアンの言葉を、静かに遮った。

「肩書きは関係ありません」

「ミレイユ……」

「わたくしは……あなたという人を見ていました。王太子かどうかなど、関係ありません。あの時、誰も希望を持てなかった時に……あなただけが、民のそばにいてくださいました」

 フロリアンが黙った。

 長い沈黙の後、静かに言った。

「……俺、まじめに王太子やるわ」

「え?」

「この国も、あなたも守れるくらいに。ちゃんとやる」

 ミレイユの目から、静かに涙がこぼれた。


 その報告を聞いた俺は、エルナを抱きながら窓の外を眺めた。

「……うまくいきそうか」

「そうですわね」

 イレーネが隣で微笑んだ。

「でも旦那様、ミレイユ様のことを考えると……ゼーフェルト王国の民が、王族同士の結婚を認めるかどうか、難しいところですわね」

「ああ。没落したとはいえ、ミレイユは王族だ。民にとっての象徴だ。フロリアンが王太子である以上、政略結婚としての形を整えないと民が納得しない」

「ゼーフェルトがウィレム連邦に加わる形になれば……」

「自然に解決するな」

「旦那様、これもついでで解決しますわね」

「ついでじゃなくて……まあ、ついでだな」

 ヘンドリックが静かに近づいてきた。

「閣下、フロリアン殿下が王城に向かっております。ミレイユ様も同行されるとのことで」

「そうか」

「陛下は今から謁見の準備をされるとのことですが……閣下はいかがなさいますか」

「俺か?」

「はい。フロリアン殿下の義兄として、ご同席いただければと」

(義兄……そうか、俺はイレーネと結婚しているから、フロリアンの義兄になるのか)

「……わかった。出る」

「ありがとうございます」

 ヘンドリックが深々と頭を下げた。

「ところで閣下、一つよろしいですか」

「何だ」

「フロリアン殿下が吟遊詩人として各地を回っていた期間……実はヘンドリックは把握しておりました」

「……そうか」

「陛下が『本人が帰る気になるまで待て』とおっしゃっておりましたので、黙っておりましたが……あの方は、放蕩息子ではありませんでした。ただ、王太子として何をすべきかを探していたのだと思います」

 俺はしばらく黙った。

(吟遊詩人として民のそばにいた王太子か)

(それはそれで、立派な王太子の修業だったのかもしれないな)

「……まあ、うまくいきそうで何よりだ」

「はい」

「ヘンドリック、ゼーフェルト王国の連邦加盟の手続きを進めてくれ。ミレイユとフロリアンの件が落ち着いたら、正式に話を進める」

「かしこまりました」

「あと、フロリアンには言っておけ。吟遊詩人として民を励ましていたのは、立派な仕事だったと」

 ヘンドリックが目を赤くした。

「……閣下、ご自分でおっしゃってはいただけませんか」

「面倒くさい」

「閣下……」

「まあ、会った時に考える」

 俺はエルナを抱き直しながら、立ち上がった。

(放蕩息子が吟遊詩人で、王太子の自覚を取り戻して、没落した王国の王族と結ばれる)

(面倒くさいことが、勝手にきれいにまとまりそうだ)

「旦那様、行きましょうか」

 イレーネが俺の腕に寄り添った。

「ああ。行くか」

 エルナがきゃっと声を上げた。

(この子が歩けるようになる頃には、連邦はどうなっているんだろうな)

(……まあ、なるようになるだろう)

 廊下の向こうから、マルガリータ王妃の「フロリアンが帰ってくるですって!? しかも素敵な方を連れて!? 早く会いたいですわ!」という声が響いてきた。

 その後ろで「落ち着いてください王妃様、お体に障ります」というリーヌの声も続く。

(相変わらずだ)

 俺はイレーネとエルナを連れて、廊下を歩き出した。

●   作者からのお願い   ●

ここまで読んでくださりありがとうございます!

続きが気になる!

応援したい!がんばれ!


そう思ってくださると大変うれしいです!

そして評価とブックマークをぜひお願いしたいです!その行動が応援の声となり伝わります!

評価とブックマークでの声援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ