第25話 王城に帰ったら全力でサボろうとしたが、一つも成功しなかった
王都アムステルが見えてきた朝、俺はイレーネの隣で一つの計画を練っていた。
計画の名前は「いかに正式な公爵叙任式をサボるか」だ。
考えてみれば、俺はまだ正式な公爵叙任を受けていない。書面だけで済ませたままだ。王城に到着すれば、当然レオナルト陛下から「正式に式をやろう」という話になる。式となれば準備が必要で、準備となれば時間が必要で、時間が必要となれば俺がイレーネと二人でゆっくりできる時間が削られる。
(絶対に阻止しなければならない)
俺は密かに作戦を立てた。
作戦その一:到着をなるべく遅らせる。
「ヘンドリック、王城への到着時刻はいつ頃になる?」
「このままのペースですと、正午ごろかと」
「もう少しゆっくり行けないか」
「奥方様のご体調を考慮して、すでにかなりゆっくりのペースでございます」
「そうか……」
作戦その一、失敗。
作戦その二:到着後、疲れたふりをする。
王城の前庭に降り立った俺は、大げさに肩を落として見せた。
「長旅で疲れた。今日は休みたい。式は明日以降にしてほしい」
「旦那様、ドラゴン輸送宮殿でずっと横になっておられましたわよね?」
イレーネが隣でにっこりと微笑んでいる。
「……あれは体が揺れると気持ち悪くなるから横になっていただけで」
「まあ、そうでしたの? それは心配ですわ。旦那様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
「よかったですわ! では式に参りましょう!」
作戦その二、失敗。
作戦その三:陛下に直接交渉する。
「陛下、式は簡略化できませんか。書面だけで十分では」
「なにを言うか! 余の娘婿が正式な公爵の印綬を受けていないなど、あってはならぬ! しかも連邦の統治者だぞ! 盛大にやらねばどうする!」
「しかし準備に時間がかかると思いまして」
「もう準備はできておる! 半月前から準備しておったわ! いつ来るかと首を長くして待っておったんだぞ!」
陛下がツヤッツヤの顔でそう言った。愛妻マルガリータ様の呪いが解けて以来、陛下の顔のツヤが毎回増している気がする。
「では明後日くらいに……」
「明日だ! 今日は歓迎の宴、明日は式、異論は認めん!」
作戦その三、失敗。
作戦その四:マルガリータ王妃を味方につける。
「王妃様、俺はただイレーネとゆっくりしたいだけで……」
「あら、コルネリス。あなたはよくやってくれました。娘を幸せにしてくれて、本当に……」
マルガリータ様の目が潤んできた。
(あ、これはまずい方向に)
「だから、せめて式くらいはちゃんとやってくださいな。わたくしからのお願いよ?」
「……かしこまりました」
作戦その四、失敗。
作戦その五:ヘンドリックに式の準備が間に合わないと言わせる。
「ヘンドリック、準備が足りないとか言えないか」
「申し訳ございません閣下。陛下が半月前から準備されていたとのことで、何一つ不足がございません」
「……そうか」
「それどころか、連邦中の要人への招待状も既に出ており、明日の式には各地から貴族たちが集まってくる予定でございます」
「……何人くらい」
「おそらく三百名ほどかと」
「……」
作戦その五、失敗。
作戦その六:リーヌを通じてイレーネに体調が悪いと言わせる。
「リーヌ、イレーネが疲れているとか言え……」
「閣下」
リーヌが静かに俺を見た。
「奥方様は今、お義母様と三年ぶりの再会を果たされ、大変お喜びでございます」
「……そうか」
「奥方様のお顔が、今日一番輝いております」
「……」
「閣下、奥方様のために、明日の式だけはきちんとご出席なさってくださいませ」
「……かしこまりました」
作戦その六、失敗。
そして夕方。
俺はイレーネとともに、王城の庭を歩いていた。
歓迎の宴まで少し時間があるということで、イレーネが「お庭を散歩したい」と言い出したのだ。
「旦那様、今日ずっと難しいお顔をしておられましたわ」
「そうか」
「何かサボろうとしておられましたわね?」
「……なんでわかる」
「旦那様のサボろうとする顔は、すごくわかりやすいのですわよ。目が泳いでいますもの」
(そうか、俺はわかりやすいのか)
「明日の式、嫌ですか?」
「嫌というわけじゃないが……面倒くさい」
イレーネがくすくすと笑った。
「旦那様らしいですわ」
「三百人の前に立って、でかい印綬を受け取って、偉そうにするのが性に合わない」
「偉そうにしなければよろしいのでは」
「式というのは偉そうにするものだろう」
「旦那様が旦那様らしくしていれば、それが一番よろしいのではないですか?」
俺はしばらくイレーネの横顔を眺めた。
夕日に照らされた顔が、どこか穏やかに笑っている。お腹は随分と大きくなっていて、それでも変わらず俺の腕に自然に寄り添っている。
(まあ、一日だけだ)
(イレーネが喜んでいるなら、一日くらいは我慢するか)
「……わかった。明日はちゃんと出る」
「まあ!」
「ただし式が終わったら、二人でゆっくりするぞ。誰も入れない」
「もちろんですわ! チュッ!」
「だから突然するな」
「まあ、旦那様が可愛いことをおっしゃるからですわ。ふにゃ」
(可愛いと言われても困るんだが)
庭の向こうから、マルガリータ王妃の「コルネリス! イレーネ! 宴の準備ができましたわよ!」という声が飛んできた。その後ろで「待て王妃、走るな、足元が……!」というレオナルト陛下の慌てた声も続く。
(あの二人、相変わらずだな)
「参りましょう、旦那様」
「ああ」
俺はイレーネの手を握って、歩き出した。
全力でサボろうとしたが、一つも成功しなかった。
(まあ、いいか。どうせイレーネが喜ぶなら同じことだ)
翌日の正式な公爵叙任式。
広間に集まった三百名の貴族たちと使節たちを前に、レオナルト陛下がいつになく厳かな声で宣言した。
「本日、ウィレム連邦の功績と発展を担ったコルネリスを、正式に公爵の位に叙し、ウィレム連邦統治者として任命する。その働きは、王国の礎となるものである」
俺は粛々と印綬を受け取った。
(重い。金でできてるのか、これ)
「おおおっ! 公爵閣下万歳!」
三百名が一斉に頭を下げた。
その中には、ヘンドリックが涙をこらえる顔、日陰の夫たちが目を真っ赤にする顔、トールを始めとするクラフト部隊の若者たちが拳を握りしめる顔があった。
ファンクラブの令嬢たちは「きゃあああっ! 公爵閣下と奥方様、最高に素敵ですわ!」と黄色い声を上げ、会場の厳かな雰囲気をぶち壊していたが、もはやこれが我がファンクラブの平常運転だ。
俺はひとまず前を向いて、深く息を吸った。
(早く終われ。早くイレーネとゆっくりしたい)
それが、ウィレム連邦公爵コルネリスの、叙任式における心の声だった。
式の後、控室に戻った俺を待っていたのは、にこにこ顔のイレーネだった。
「旦那様、素敵でしたわ!」
「そうか」
「式の間中、ずっと早く終われって顔をしておられましたわ」
「……バレてたか」
「三百名全員にバレていたと思いますわ」
「それはまずくないか」
「大丈夫ですわ。皆、それが旦那様らしいと思って余計に好きになっていましたわ。ヘンドリックが泣いておりましたもの」
(なんでそれで泣くんだ)
「約束通り、これからゆっくりしますわよ、旦那様」
「ああ、そうだな」
「二人で」
「ああ」
「誰も入れずに」
「そうだ」
「リーヌに言いつけてありますの。今日は絶対に誰も通さないと」
「……頼もしいな、リーヌ」
「でしょう? チュッ!」
「だから突然するな」
「ふにゃ……」
こうして全力でサボろうとした男は、六つの作戦を全て失敗し、正式に連邦公爵の印綬を受け取り、妻とゆっくりするという本来の目的だけを手に入れたのだった。
(まあ、最終的に目的は達成されたから、いいか)
申し訳ありません、投稿予約ミスしていました。本日4話投稿していきます。




