第24話 クラフト部隊が道を作ったら、連邦の食糧問題が消し飛んだ
ドラゴン輸送宮殿の完成と同時に、俺はクラフト部隊にもう一つの仕事を言いつけた。
「出発前に、王都までの道を整備しておけ」
「かしこまりました。どの程度の規模で……」
「全部だ」
「……全部、でございますか」
「ベルク領から王都アムステルまで、道が通っているところは全部補修。ないところは新しく引く。あと道の横に用水路も一緒に作れ。どうせ魔力を使うなら一度にやった方が効率がいい」
ヘンドリックが地図を広げて眺めながら、こそりと呟いた。
「……閣下、これは相当な規模になりますが」
「クラフト部隊は今何人いる」
「本隊だけで二百名、ダルム公国から合流した者を含めると四百名ほどかと」
「魔力量は全員基準以上か」
「はい、閣下の基準で選抜した者たちですので」
「なら足りる。やれ」
「かしこまりました」
ヘンドリックが少し楽しそうな顔になった。
「閣下、実は部隊の者たちも、次の仕事を心待ちにしておりました。帝国との戦争が終わって、腕が鳴っているようで」
「そうか。せいぜい暴れさせてやれ」
クラフト部隊の動きは、俺の想像を超えていた。
部隊長のトール(元一兵卒、今は男爵)を先頭に、四百名が縦隊を組んで進みながら、道を作り、用水路を引いていく。
「『レベル1・土木』!」
「『レベル1・水流』!」
四百人分の魔力が地面に流れ込む。
ズゴゴゴゴゴゴッ!
荒れ地が均され、石が取り除かれ、土が圧縮されて硬く平らな道が生まれていく。レベル1の魔法でも、四百人分の魔力をゴリ押しで込めれば、その質は凄まじいものになった。
道の表面は雨でぬかるまないほど硬く締まり、わずかに中央が高くなった設計で水はけも完璧だ。幅は荷馬車が二台並んで走れる広さ。
そして道の両脇には、同時進行で用水路が引かれていく。水魔法で地下水脈を探り当て、最短ルートで引き込んだ清潔な水が、新設の水路をさらさらと流れ始める。
「……すごいですわ」
輸送宮殿の窓からその光景を眺めていたイレーネが、目を丸くした。
「あの方たちが通った後、道が生えてきておりますわ」
「生えてくるというか、作ってるんだが」
「まるで大地が喜んで整列しているみたいですわ」
(詩的な表現だ)
俺はイレーネの隣に座り、窓の外を眺めた。
確かに、クラフト部隊が通った後の光景は圧巻だった。
荒れた土道が、石畳のように滑らかな街道に変わっている。その両脇には真新しい用水路が光を反射しながら走り、周囲の農地へと水を引き込んでいた。
「旦那様、あの用水路……あそこの畑に繋がっていますわ」
「ああ。道を作るついでに、沿道の農地にも水を引けるようにした。水があれば耕作できる範囲が広がる。荒れ地だったところも畑にできる」
「……旦那様、それはつまり」
「食糧が増える」
イレーネがしばらく黙った後、静かに言った。
「旦那様は、わたくしたちが王城に挨拶に行くついでに、連邦の食糧問題を解決しようとしておられるのですわね」
「ついでだ。どうせ通る道だし」
「……ついで、なのですわね」
「そうだ」
イレーネがくすっと笑った。
「旦那様のついでは、いつも連邦を変えてしまいますわね」
(大げさだ)
クラフト部隊は三日間で、ベルク領から王都アムステルまでの主要街道を全て整備し終えた。
さらに部隊は止まらなかった。
街道から枝道を伸ばし、沿道の村々へ。村から村への細道も整備し、用水路を引き込む。荒れ地だった場所に新たな開墾地が生まれ、水路沿いに新しい畑が広がっていく。
「閣下、報告があります」
ヘンドリックが興奮を隠しきれない顔で地図を持ってきた。
「開墾が進んだ結果、ベルク領とダルム公国の旧領合わせた農地面積が、出発前の二倍以上になりました。水路の整備により、既存の農地の収穫量も平均で一・八倍に増加する見込みです」
「そうか」
「そうか、で済む話ではございません閣下! 連邦全土の食糧自給率が、ほぼ解決してしまいました! 帝国との長期戦で心配していた兵糧の問題が……!」
「まあ、道と水があれば畑は増えるからな。当然だろう」
「当然……」
ヘンドリックが天を仰いだ。
「後方支援の基本だ。物資の供給路と水の確保は最優先事項だぞ」
「……閣下はそれを、移動のついでにやってのけたのでございますね」
「そうだ。どうせ道を通るなら整備した方がいい。整備するなら用水路も一緒に引いた方がいい。それだけだ」
ヘンドリックがしばらく沈黙した後、深々と頭を下げた。
「……我々がいかに閣下の思考に追いつけていないか、改めて実感いたしました」
「大げさだ。それよりトールたちに伝えてくれ。よくやったと」
「かしこまりました。……ところで閣下、トールの件なのですが」
「何だ」
「集団離婚パニックで自爆した大貴族たちの爵位と領地が、まだかなり空いておりまして。クラフト部隊の主だったメンバーへの叙爵を、正式に申請したいと考えておりますが」
俺は少し考えた。
(そういえば、あの大貴族たちが消えた後、爵位の空きがやたら多かったな)
集団離婚パニックで妻に全財産を持っていかれ、前線送りになり、そのまま帝国の伏兵に突撃して自爆した傲慢な貴族たち。彼らが空けた爵位と領地は、今や宙に浮いたままだ。
(使い道ができたな)
「いいだろう。トールに男爵から子爵への昇爵。他の主だったメンバーも実績に応じて順次叙爵する。ヘンドリック、査定は任せた」
「ははっ! 喜んで!」
「ただし一つ条件がある」
「何でしょうか」
「叙爵した後も、クラフト部隊の仕事は続けること。貴族になったからといって偉そうにふんぞり返る奴は要らない。泥にまみれて働ける者だけを上げろ」
「……閣下、それは」
「何だ」
ヘンドリックが目を赤くした。
「あの傲慢な貴族たちとは正反対の、本当の意味での貴族を作ろうとしておられるのですわね」
「難しい話じゃない。働ける奴を上げるだけだ」
「……かしこまりました。必ずや」
その夜。
輸送宮殿の中でイレーネと並んで窓の外を眺めながら、俺は静かに息を吐いた。
眼下には整備された街道が月明かりに照らされ、用水路の水面がきらきらと光っていた。その先には、開墾されたばかりの新しい農地が広がっている。
「きれいですわね」
「ああ」
「旦那様が通ってきた道が、全部きれいになっていますわ」
「クラフト部隊が作ったんだ。俺じゃない」
「でも旦那様が動かしたのですわよ」
俺はしばらく黙った。
(雷将を倒して逃げるのに必死で。イレーネの呪いをたまたま解いて。国中の離婚パニックを引き起こして。帝国から逃げ回っていたら連邦ができて。妻の安産のために道を整備したら食糧問題が解決して……)
(なんで俺、こんなことになってるんだ)
「旦那様、笑っておられますわ」
「そうか?」
「はい。珍しいですわ、そんな顔」
「……なんか、おかしくてな」
「何がですの?」
「早く帰って寝たいだけだった男が、連邦の公爵になって、ドラゴンに引かせた宮殿に乗りながら、整備したばかりの道を眺めてる。おかしいだろう」
イレーネがくすくすと笑った。
「おかしくありませんわ。旦那様は最初から、ずっと同じことをしておられますわ」
「同じこと?」
「大切なものを守ろうとして、必要なことをされているだけですわ。それが結果として、いろいろな人を助けているだけですわよ」
俺はイレーネの顔を見た。
月明かりに照らされた横顔が、とても穏やかだった。
(こいつは本当に、たまに鋭いな)
「……そうかもしれないな」
「チュッ」
「……そのタイミングか」
「大切なものを守るために必要でしたの」
「どういう理屈だ」
「旦那様を照れさせるためですわ。ふにゃ」
(なぜお前が照れる)
遠くに、王都アムステルの明かりが見え始めていた。




