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第23話 妻を安全に里帰りさせるため、ドラゴンに部屋を背負わせることにした

 ある朝、俺はイレーネのお腹をそっと撫でながら、一つの問題を考えていた。

 王城への挨拶。

 落ち着いたら行くと言った。イレーネも楽しみにしている。レオナルト陛下とマルガリータ王妃も、手紙のたびに「早く来い」という圧力を送ってくる。マルガリータ様に至っては直近の手紙で「来なければそちらに行く」と書いてきたので、もはや猶予がない。

 問題は一つだ。

 イレーネのお腹が、もうかなり大きい。

「旦那様、どうされましたの? 難しいお顔をして」

「王城への移動のことを考えてた。馬車は揺れる。陸路は時間がかかる。でもお前のお腹の状態で無理はさせたくない」

「まあ……でも旦那様、ドラゴンがいるではありませんか」

「ドラゴンは揺れる。落ちたら死ぬ」

「……確かに」

(空路が一番早いが、ドラゴンの背中に直接乗せるのは論外だ。あの揺れと高度でイレーネに何かあったら、俺は帝国の残党を全員消し炭にする前に自分が先に倒れる)

 俺は三秒考えた。

(ドラゴンに部屋を背負わせればいい)

「ヘンドリック」

「はっ」

「クラフト部隊を全員呼べ。ドラゴンの背中に乗せる専用の輸送用の部屋を作る。素材は軽くて頑丈なもの。揺れを吸収する魔力クッション付き。イレーネが安心して横になれる広さ。窓から景色が見えるように。あと安全帯も忘れるな」

 ヘンドリックが目をぱちくりさせた。

「……ドラゴンに、部屋を?」

「背負子の原理だ。荷物を背負う時に使う木枠と紐を、ドラゴンサイズに大きくして、その上に部屋を乗せる。それだけだ」

「……」

「何か問題があるか」

「いえ、ございません。ただちに」

 ヘンドリックが走り去った。

「旦那様……」

 イレーネが俺の腕をそっと握った。

「わたくしのために、そんなことまで……」

「当然だろう。お前とお腹の子を揺らすわけにはいかない」

「ふにゃ……」

「今から溶けるな。まだ部屋ができていない」

「無理ですわ……ふにゃふにゃ……」


 クラフト部隊の動きは早かった。

 というのも、ヘンドリックが部隊に伝えた言葉がこうだったからだ。

「奥方様のための輸送用の部屋だ。もし奥方様が移動中に気分を悪くされるようなものを作った者は、閣下に直接報告する」

 それだけで十分だった。

 部隊全員が「閣下に直接報告」という言葉の意味を理解しており、翌朝から全員が鬼の形相で作業に取り掛かった。

「素材の魔力密度が足りない! もう一度やり直し!」

「クッションの振動吸収率が基準値以下だ! 全部剥がして詰め直せ!」

「窓枠の強度が不均一だ! 閣下に見せられるか!」

 怒号が飛び交う作業場を窓から眺めながら、俺は少し申し訳ない気持ちになった。

(俺、そんなに怖いか)

「旦那様、怖いですわよ」

「そうか」

「でも皆、楽しそうでもありますわ。旦那様とわたくしのために全力を尽くせることが、嬉しいのだと思いますわ」

 俺は作業場を改めて眺めた。

 確かに怒号の合間に笑い声も聞こえる。若い連中が張り合いながら作業している。日陰の夫たちが息子たちに技術を教えている。

(……悪くない光景だ)


 三日後、完成した輸送用の部屋を見て、俺は少し黙った。

 部屋というより、小さな宮殿だった。

 軽量化した特殊合金製の外壁。内部には魔力クッションが何重にも敷き詰められ、ドラゴンの羽ばたきによる振動を完全に吸収する設計になっている。天井には採光用の魔法石が埋め込まれ、柔らかな光が部屋全体を照らしていた。大きな窓からは空の景色が見渡せる。中央には最高級の寝台が鎮座し、イレーネが横になったまま快適に過ごせる広さが確保されていた。

「……やりすぎじゃないか」

「閣下のご要望を最大限に反映した結果でございます」

「俺は『揺れなければいい』と言っただけだぞ」

「奥方様のためですので」

(それはそうだが)

「旦那様、素敵ですわ!」

 イレーネが目をキラキラと輝かせながら中に入っていった。寝台に横になり、窓の外を眺め、「ふわふわですわ!」と歓声を上げている。

(……まあ、いいか)

「ドンデルたちを呼べ。背負子を取り付ける」

「ははっ!」

 俺が庭に出ると、ペットのドラゴンたちが尻尾を振りながら近づいてきた。イレーネに懐いているせいか、最近は俺にも比較的素直に従う。

「いいか。これからお前たちには大切なものを背負ってもらう。揺らすなよ。落とすなよ。万が一何かあったら……」

 俺は雷剣ドンデルをチラつかせた。

 ドラゴンたちが一斉に背筋を伸ばした。

「わかったなら、よし」

 こうして、前代未聞の「ドラゴン輸送宮殿」が完成した。

「閣下、一つよろしいですか」

 ヘンドリックが近づいてきた。

「何だ」

「この輸送用の部屋の設計……例の本に書いてありましたか?」

「いや。これは俺のオリジナルだ」

「……そうでございますか」

 ヘンドリックが深々と頭を下げた。

「閣下は今や、本の知識を超えておられます」

「大げさだ。背負子とドラゴンを組み合わせただけだ」

「それを三秒で思いつくのが閣下なのでございます」

(……やっぱり大げさだ)

 なお後日、この輸送用の部屋の設計図がクラフト部隊の手によって写し取られ、「空飛ぶ宮殿」として連邦の新たな特産品になることを、このとき俺は知る由もなかった。

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