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第21話 妻が妊娠したので、帝国の始末は部下に丸投げして引きこもることにした

 帝国最強のドラゴン部隊を、我が家の庭で飼う番犬として調教し終えた直後のことだった。

 俺は急いでイレーネの元へと戻り、先ほどの暗殺者によってつけられた腕のかすり傷に、念のためもう一度レベル1の治癒魔法を叩き込んでいた。

「旦那様、もうすっかり傷は塞がりましたわ。そんなに心配なさらなくても……きゃっ」

「ダメだ。万が一傷跡が残ったらどうする。念には念を……ん?」

 俺の魔力探知が、イレーネの体内にある別の生命反応を捉えた。

 かすり傷の治療よりもはるかに微弱で、しかし確かに力強く脈打つ、温かい光のような魔力。

 俺は目を見開き、震える手でイレーネのお腹にそっと触れた。

「……イレーネ。最近、体調が優れなかったりしなかったか?」

「え? ええ、まあ……少し体が熱っぽくて、胸が張るような感覚はありましたけれど。まさか、暗殺者の毒!?」

「違う。そうじゃない。……いるんだ。俺たちの、子供が」

 その瞬間、俺の頭の中から帝国という二文字が完全に消し飛んだ。

「えっ……? わたくしと、旦那様の……赤ちゃん……?」

 イレーネはぽかんと口を開けた後、みるみるうちに大粒の涙を瞳に浮かべ、俺の胸に勢いよく飛び込んできた。

「あああっ! 嬉しいですわ旦那様! わたくしたちの愛の結晶が! チュッ! チュッ!」

「ああっ、俺も信じられないくらい嬉しい! よし、決めたぞ! もう戦争なんてやってる場合じゃない!」

 俺はイレーネを大切に抱きかかえたまま、テントの外で待機していたヘンドリックや部下たちに向かって声高らかに宣言した。

「おいお前ら! 俺の妻が妊娠した! したがって、今日から俺は妻の安産と育児の準備に全精力を注ぐ! 帝国の始末なんかやってる暇はない!」

「な、なんとぉぉっ!? 公爵閣下の、いや、我らが神の御子が誕生されると!? 万歳! 万歳!」

「お前ら、あとの事後処理は全部任せた! 適当に帝国を降伏させて、さっさと和平を結んでこい! 俺は帰って、最高に安全でふかふかなベビーベッドを錬成しなきゃならないんだ!」

「ははぁっ! 全てお任せくださいませ! 閣下と奥方様、そして新たなる希望の御子のため、あの愚かな帝国には我々が完璧な事後処理を施してまいります!」

 部下たちはなぜか血走った目で、歓喜の涙を流しながら帝都の方角へと突撃していった。

「……行ってしまいましたわね」

「ああ。あとはあいつらに任せた」

 俺はイレーネを抱き寄せながら、小さく息を吐いた。

 するとヘンドリックだけが、少し複雑な顔で残っていた。

「閣下、一つだけよろしいですか」

「何だ」

「石ころの件なのですが……実は先日から、部隊の報告を聞いていて少し疑問がありまして」

「何だ」

「帝都を包囲してかれこれ数日になりますが……あの石ころ、本当に尽きる気配がありませんでした。戦場の周囲に、あれほどの数の石が転がっているとは思えないのですが」

 俺はしばらく黙った。

(ああ、そういえば言ってなかったな)

「実は石じゃない」

「……え?」

「土だ。土を魔力でガチガチに固めて、球状に均等に成形したものだ。本物の石は最初の数発で尽きた。あとはずっと土製だ」

 ヘンドリックが目を丸くした。

「ど、土でございますか? あの、城壁を粉砕していたものが……」

「土でも魔力を限界まで込めて音速を超えれば、石と変わらない威力が出る。むしろ土の方が都合がいい。そこら中にいくらでもある」

「な……」

「しかもサイズを均一に成形しておけば、筒の内径と完全に合わせられる。本物の石は形がバラバラだから、筒との隙間で威力が安定しない。土製なら同じ大きさで大量に作れるから、毎発同じ威力が安定して出せる」

 ヘンドリックがしばらく沈黙した。

「……閣下」

「何だ」

「それは……本当に後方支援部隊出身の方が思いつく発想でしょうか」

「後方支援だからこそだ。物資の調達と安定供給は後方支援の基本だぞ。石が尽きたなら土で代用する。代用するなら規格を統一して品質を安定させる。当たり前の話だろう」

「……」

「それより早く帝国を片付けてこい。俺はベビーベッドを作らないといけない」

「かしこまりました……」

 ヘンドリックが何とも言えない顔で頭を下げ、走り去っていった。

「旦那様、今のお話……すごいですわ」

 イレーネが俺の腕の中から顔を上げた。

「石が尽きたら土で作る、というのは……わたくし、全く思いつきませんでしたわ」

「そうか? 当たり前の話だろう」

「当たり前じゃありませんわ。みんな『石が尽きたら終わり』と思っているはずですもの。旦那様だけが……尽きないようにする方法を考えていたのですわね」

 俺は少し考えてから、首を傾げた。

(そういうものか?)

「後方支援で物資管理をしていたからな。物は必ず尽きる。尽きる前提で代替案を考えておくのは当然だ」

「……旦那様の恐ろしさは、やっぱりそこにあるのですわ」

「何がだ」

「誰もが『ない』と思っているところから、旦那様は必ず『ある』を見つけてしまうのですわ」

 俺はしばらくイレーネの顔を見つめてから、照れ隠しに頭をかいた。

「……大げさだ。それよりお前、体調は大丈夫か。あまり外にいると冷えるぞ」

「ふにゃ……旦那様ったら、照れておられますわね。チュッ!」

「突然するな」


 一方その頃、帝国の首都では。

 尽きることのない石の雨(実際は土製)で防壁を失い、最強のドラゴン部隊をペットにされ、さらに「主君の御子誕生祝いという名の血祭り」に沸き立つ狂信的な軍勢が押し寄せてくる絶望的な光景を前に、帝国皇帝はついに白旗を揚げた。

 完全なる無条件降伏。

 こうして、大陸を恐怖に陥れた帝国は、一人の男の「妻と子供のために早く帰って引きこもりたい」という極私的な理由によって、あっけなく陥落し、完全なる和平が成立したのである。

 なお後日、降伏交渉に来た帝国の使者が「あの尽きない石は何だったのか」と青い顔で問い詰めてきたのに対し、ヘンドリックはこう答えた。

「ただの土でございます」

 使者は三秒ほど沈黙した後、その場にへたり込んで号泣した。

 俺はそんな歴史的偉業など知ったことかと言わんばかりに、スパリゾートに引きこもり、イレーネの少しずつ丸くなっていくお腹を撫でながら、ひたすらレベル1のクラフト魔法でマタニティグッズを作り続ける、究極の親バカ&妻大好きスローライフへと突入していくのだった。

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