第20話 帝国最強のドラゴンが来たので、土を食わせてペットにした
尽きることのない石ころの雨によって、帝都の防壁は完全に崩壊しつつあった。
後方のテントで妻を膝に乗せてくつろいでいた俺の耳に、空を引き裂くような巨大な咆哮が届いた。
「陛下! もはや帝都は持ちません! しかし、別の国を滅ぼし終えた我が帝国最強の部隊『ドラゴンライダー』が、たった今上空に帰還いたしました!」
「おおっ! 天はまだ帝国を見放していなかったか! いけえっ、あの忌まわしい石を降らせる悪魔どもを、ドラゴンの炎で焼き尽くせ!」
帝都の上空から数十頭の巨大なドラゴンが、俺たちの陣地に向かって急降下してくるではないか。その背には、帝国の誇る最強の竜騎士たちが跨っている。
「旦那様! 空からトカゲの化け物が!」
「あー、もう。しつこいな。せっかくいい雰囲気だったのに」
俺は舌打ちをすると、イレーネを優しくソファに下ろしてテントの外に出た。
ドラゴンたちが一斉に口を大きく開け、灼熱の業火を放とうと息を吸い込む。まともに食らえば陣地ごと灰になるだろう。
(さて、どうするか)
俺はドラゴンたちを見上げながら、ぼんやりと考えた。
雷剣ドンデルを振り回せば倒せるかもしれないが、数が多い。空中を飛び回る相手に一体一体当てていくのは面倒くさい。
(土壁は地面から作って、それを倒した。倒れる方向に敵がいれば終わりだった)
(じゃあ、空中を飛んでいる相手には?)
(……逆にすればいいんじゃないか)
壁は地面から作って上に向かって倒す。ならば空中の相手には、上から何かを作って下に向かって落とす。
(囲いを空中で作って、そのまま上から被せる。飛んでいる相手を空中で囲めば、羽ばたけなくなって落ちる。地面に激突したところを仕留める)
俺は三秒ほどそれを考えてから、特に深くもなく結論を出した。
(やってみるか)
「『レベル1・土壁』」
俺が足元の地面を軽く踏み鳴らすと、無尽蔵の魔力が大地に流れ込み、ドラゴンのブレスを完全に遮断する超巨大な土の壁が、天高くそびえ立った。
「なっ!? ば、馬鹿な、ドラゴンの炎を防ぐ土壁だと!?」
竜騎士たちが動揺する。その隙に、俺は空高く手を掲げた。
狙うのは、壁の上空で旋回しているドラゴンたちの、さらに上の空間だ。
(壁は下から上に向かって作った。今度は上から下に向かって……重くて、頑丈で、飛んでいるものを閉じ込められる形のものを)
「『レベル1・物質錬成』」
俺の魔力によって空中に突如として錬成されたのは、何十トンという重さの巨大な鋼鉄の檻だった。
「えっ?」
竜騎士たちが間抜けな声を上げた次の瞬間、上空から降ってきた巨大な檻が、飛んでいるドラゴンたちにすっぽりと被さった。
空中で檻に閉じ込められれば、当然羽ばたくことはできない。
数十頭のドラゴンと竜騎士たちは、そのまま重力に従って地面へと一直線に墜落していった。
ズガアアアアアアンッ!!
凄まじい地響きとともに、帝国最強の部隊が地面に激突する。
「……」
「お、おお……!」
後ろで見ていたヘンドリックと日陰の夫たちが、言葉を失っている。
「閣下……今のは……」
「土壁は下から倒した。なら上から被せればいいだけだろう。同じ発想だ」
「同じ、でございますか……」
「ああ。方向が逆なだけだ」
ヘンドリックがしばらく沈黙した後、震える声で呟いた。
「……閣下。一つのやり方から、こうも自然に最適解を導き出されるとは……」
「面倒くさかっただけだ。一体一体相手にするより、まとめて落とした方が早い」
「閣下の真の恐ろしさは……魔力でも魔剣でもなく……そこにあるのでは……」
「大げさだ」
俺はそう言いながらテントを出て、墜落した檻に近づいた。
「いてて……な、なんだこのふざけた戦法は! ええい、ドラゴンよ、檻を壊して奴を食い殺せ!」
墜落の衝撃から立ち直った竜騎士たちが叫んでいるが、俺はすでに彼らの目の前に立っていた。手には雷剣ドンデルを握っている。
「おとなしくしてろ」
俺は大剣に限界まで魔力を込め、鋼鉄の檻に向かって思い切り突き刺した。
バチバチバチバチッ!!
「「「ぎゃあああああああっ!?」」」
鋼鉄の檻を伝って、致死量を超える極大の電撃がドラゴンと竜騎士たちを同時に焼き焦がす。竜騎士たちは一瞬で白目を剥いて気絶し、ドラゴンたちも全身を痙攣させて倒れ伏した。
「よし。あとはこいつらを逃がさないようにな。『レベル1・土魔法』」
俺はさらに念を入れ、地面の土を魔力で極限まで圧縮し、ドラゴンの四肢と胴体をガチガチに拘束した。絶対に身動きが取れない、生きた化石状態だ。
しかし、さすがは最強の幻獣。ドラゴンたちはまだ闘志を失っておらず、俺に向かってギリギリと牙を剥き、威嚇の唸り声を上げている。
「まだ反抗する気か。腹が減ってるなら、これを食え」
俺は再び土魔法を発動し、威嚇のために大きく開けられたドラゴンたちの口の中に、圧縮した土塊を次々と猛スピードで突っ込んでいった。
ボグッ! ドゴッ! ズボボボボッ!
「ガウッ!? ゲホッ、ゴホッ! ギャンッ!」
口の奥まで泥と土をギチギチに詰め込まれ、ドラゴンたちはついに涙目になりながら「クゥーン……」と犬のような情けない声を上げて降参のポーズ(腹見せ)をとった。
物理的な拘束と、雷剣のショック、そして口いっぱいの土責め。どんなに誇り高いドラゴンでも、圧倒的な理不尽の暴力には逆らえなかったらしい。
「おお……閣下は帝国最強の幻獣すらも、赤子をあしらうように降伏させてしまわれた!」
「旦那様! あの大きなトカゲ、とっても可愛いですわ! わたくしたちのお庭で飼いましょう!」
イレーネがいつの間にかテントから出てきて、目をキラキラと輝かせながら俺の腕に抱きついてきた。
「……危ないから中にいろと言っただろう」
「でも旦那様が格好よくてつい……ふにゃ」
(まったく、この人は)
「そうだな。ちょうどいいペットになりそうだ。よしお前ら、今日から俺の妻に絶対に服従しろ。わかったな?」
俺が雷剣ドンデルをチラつかせながらドラゴンたちに向けると、数十頭のドラゴンは尻尾を丸めて激しく首を縦に振った。
「……閣下」
ヘンドリックがまだ呆然とした顔で近づいてきた。
「何だ」
「一つだけ、お聞きしてもよろしいですか」
「何だ」
「土壁から檻の発想に至るまで……どれくらいお考えになりましたか」
「三秒くらいか」
「……」
ヘンドリックが黙った。
日陰の夫たちも黙った。
若い連中も黙った。
全員が、ただ静かに頭を下げた。
(大げさな連中だ)
俺はドンデルを鞘に収めながら、ぼんやりとそう思った。
土壁を倒す、檻を落とす。どちらも「重いものを重力に従って落とす」という、ただそれだけの話だ。方向が違うだけで、発想の根っこは同じだ。
(まあ、サルでもわかる話だろう)
こうして、帝国の最後の希望であった最強部隊は、妻を溺愛する男の面倒くさがりな発想力によって、ただの巨大な番犬へと成り下がってしまったのだった。




